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最強魔法師の隠遁計画  作者: イズシロ
第3章 「噛み合う動向」
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波及

 ルサールカでのテロ行為は瞬く間に全世界へと波及した。

 詳細な報告はまだ先のことだろう。しかし、確実視されている事実のみは各国軍を震撼させる。


 アルファではその対応に追われていた。特に総督であるべリックの糾弾は凄まじいものがある。それでも優先すべきことはアルスの捕獲に他ならない。

 無論、これは体面上、国としての措置だ。動員した魔法師は数知れず、アルファ国内では防衛に当てている全魔法師以外が駆り出されていた。

 各国がどういった対応を取るか、そこまでの判断はできないが、戦闘になる可能性は高く、それは生死を問わないことと同義だ。


「最悪の事態だ」


 べリックはどこから手を付けるべきか考えあぐねる逡巡の間にそんな愚痴を溢した。報告によれば栄華を誇るルサールカ、その首都が半壊。

 使用された魔法の中には【空置型誘爆爆轟デトネーション】の魔法名が上がっている。これは世界広しと言えど、使える魔法師はアルスとレティの二人だけだ。

 当時、レティは外界に出ていた。これに加えてルサールカでは犯行時のアルスの動向を掴めていないときている。

 ルサールカで大規模魔法の使用、その後アルスは逃亡。

 外界から防護壁を潜った時点で本人であると検知されている。事情説明のためにルサールカ軍の追尾を振り切り破壊活動に及ぶ。これはルサールカ国内で多くの目撃情報が報告されていた。

 報告書だけを見れば重罪人は明白だ。しかし、アルスを知る者からすれば――いや、こんなことをするはずがないと知っていれば不細工なシナリオに見えてくる。


 だからこそ、そんな手に引っ掛かったことがべリックを憤らせていた。


「で、どうするべリック? お前のことだ、既に手を回しているんだろ?」


 同じく報告書に目を通したヴィザイストが呆れ混じりに纏められた紙束を乱雑にテーブルに放る。


「こうなることを考えていないと言えば嘘になるが……そうだな、最悪だと言ったのは既に手遅れな気がしたからだ」

「おいおい、まさかこのまま頭を抱えているわけじゃないんだろ」

「愚問だなヴィザイスト。まさかこの歳になってヒヤヒヤさせられると思わなかったがな。できることは少ないがそれでもアルスがこのままで済ますとは思えない」

「なら俺らがすべきは大義、か」


 ヴィザイストはべリックの思考を先読みしてそう結論付けた。そのための手段はわからないが。

 真相を暴くのは必須。ここまでの事態になったことを考えればクラマが関与していることは断定的だと言えた。

 

「そうなるな。まったく迷惑をかけないという話だったが、これは減俸も考えねば」


 べリックのその言葉だけで察したヴィザイストは頬を僅かに上げた。自分もまた退役からは遠そうだと重い腰を奮い立たせる。


「馬鹿な子供の尻拭いはいつだって大人の役目だ」

「あぁ、だがまぁ、それもまた利用しようとする私は良い父にはなれんだろうな」

「べリック~、大人は汚いもんだ。綺麗なもんも汚くできる。俺もお前もこれ以上ないぐらいには汚れているさ。それでも小奇麗にするのはもう少し先の話だってことだ。やるんだろ?」

「徹底的にな」


 動かせる部下は僅かだ。それでも打てる手は全て出す。唯一の懸念は元首であるシセルニアの承認がどこまで得られるかということだ。

 万が一にも失敗すれば総督を任免したシセルニアもただでは済まない。それでも彼女の協力は必要不可欠だろう。

 べリックは手元の資料にもう一度視線を落とす。

 全世界に指名手配されてしまった自国のシングル魔法師。7カ国が協力して討伐に討ってでるか、それは元首会合で決められるはずだ。

 どういった方針になるにせよ、時間は必要だった。


「べリック、レティは使えんのだろ?」

「まず無理だな、残ったシングルを捜索に出さないことにはアルファの面目が立たん、国自体が危うくなる」

「だわな。うっし、じゃあ俺のほうも動くか」


 片腕を回すヴィザイストは意気込みを露わに踵を返し、背中越しに大きな手を振った。


「任せたぞ。こっちは上を固めておく」


 そう言ってべリックは通信用の端末を取り出して、直通回線を開く。

 コール音は数回、通話状態になった直後すぐに声を詰まらせた。


「シセルニア様少し…………」

『ど、どういうことかしら?』


 ドスの利いた声音に冷や汗が吹き出す。


「今回の件です、が……」

『どおおおおおおおおおすんのよっ!! 全部パーッよ。コツコツコツコツ積み重ねてきたのにぃ~。もういやー。私が何をしたのよー』


 喉が震えて涙声になってきたところで、突然相手が変わった。


『申し訳ありませんべリック総督。その、少し取り乱しておりまして』

「そ、そのようですな」

『で、どのようなご用でしょうか』

「まず、誤解を解いておきますが、今回の一件はアルス個人による犯意ではありません。間違いなくハメられたと見ています」

『――!! キャッ、シ……セルニア……様――』


 受話器の向こう側が慌しかった。取っ組み合いでも起きているのだろうかと思った直後、べリックの鼓膜を騒音のような声が叩く。


『そ、それは本当ッ!! 間違いないわね。アルスの犯行じゃないのよね?』

「え、えぇ。事前に聞いていた限りでは……」

『詳しく話しなさい!!』

「それはもちろんなのですが、現在最も不信を抱かれているのはアルファです。昨今のバルメスの件もございますので、通話では誰に聞かれるか」

『もっともね。わかりました。すぐに私の部下を送ります。こちらに来てください。召喚状もすぐに認めます』

「ありがとうございます」



 ♢ ♢ ♢



 フェーヴェル家の一室では荒々しい音が机から発せられていた。重厚な机が主の怒りを一心に受け止める、それは漏れ出た悲鳴のようでもあった。

 軍にも顔が利くフローゼはアルスによるテロ活動の報告を聞いたばかりだ。彼とはまだ数日、厳密には二日程度の付き合いしかない。

 だからこそ、フローゼは裏切られたような気持ちを最初に抱いた。


 夕暮れとともに静かに灯る室内の明りが対策についての思考に切り替わる。彼に変わる代役は早々いないだろう。

 最悪、セルバを出せば良いが、それも前日までにオーダー表を送信しなければならない。


 こんな心境になるのもやはり親心故だとフローゼは気付けない。すると今し方テスフィアに言伝を頼んだセルバが戻ってきた。

 今彼女に事実を伝えることを得策とは思えなかったが、当日に知るよりは早いほうが良いとの判断だ。今日まで参加者を集うのに奔走したことを考えれば到底無駄になどできなかった。


 家名を差し出す覚悟は貴族ならばわからないはずもない。やっと人数を集めた矢先にこれだ。

 焦りは次第に苛立ちへと変わっていた。


「フローゼ様、お嬢様にお伝えして参りました」


 いつもと変わらない執事にフローゼは恐る恐る尋ねる。


「で、フィアの様子は……」

「ホッホッホ、お嬢様はお変わりありません。寧ろやる気が出たみたいですぞ。これで来なかったら一生恨む、と言っておりました」

「は? それだけ?」

「えぇ、それだけです」


 妙な脱力感に見舞われたフローゼはそのまま椅子に倒れるように座った。

 そんな主を見て、セルバが嬉しそうにお茶の用意に移る。


「フローゼ様、やはり学院に入れたのは正解だったのでしょう。親の目の届かないところでも子は成長するものです。アルス殿はそれだけ信頼に足るお方なのですよ。お嬢様が信じるお方を我々も一度は信じたではありませんか」

「それで万事上手くいくならね」

「今回の件に関しては何か事情が御有りなのでしょう」

「そうでしょうね。あの手紙が原因なのか……どの道小火騒ぎじゃ済まないわ。唯一の救いはこの手配書が各国軍など限定的に通達されたことね」


 ルサールカの事件に関して詳細な情報――特にアルスに関することを――民衆のほとんどは知らない。国家規模の犯罪なのだ。一般市民がどうこうできるレベルでない以上、発表は控えているのだろう。情報統制が行われているが、それも時間の問題だ。

 貴族であるフローゼが知り得ていることを考えれば徹底することは不可能に近い。


 軍関係者、貴族などどこからか必ず洩れることだ。


「今更テンブラムが取り消されることはないでしょう。後二日、情報が広がらないことを祈るばかりね。フィアも決心したなら私もとことんやるしかないわね。セルバ、今回の参加者が直前で辞退することも考えて……」

「すでに揃ってございます。とは言ってもフェーヴェル家に便宜を図ってもらった家も多くございますので、ご心配されることはないかと」

「一応よ」


 これまでもフェーヴェル家は他家を取り込むためにいくつかの便宜を図ったことがある。貴族の息子が不祥事を起こせばそのもみ消しに出たり、貴族間の諍いの仲裁も含めて、そうして人情に訴えかける方法を取ってきた。もちろん、法に触れるギリギリのことまでも。

 ただ、やはりそんなことはごく一部で大半はフローゼの教官時代に培ってきた縁が大きい。


 それを知っているセルバは不要の心配だと思っている。

 だが、何事にも保険は必要だ。貴族ともなればどんなところから足元を掬われるかわからない。弱みはどの貴族にもあるはずだ。それを事前に調べていたセルバはデータの入ったカードを渡した。


「仕事が早いこと」

「恐縮です」

「まったく良くも悪くも先がわからないわね。今回は退役していたことが功を奏したってところかしら」


 軍属ならば指名手配されたアルスを見す見す逃すことはできない。しかし、今回の情報は軍に属する者、もしくは国の元首などの重鎮に限られる。だから本来はフローゼが知り得ないことなのだ。

 白を切るにはそれで十分。


「セルバ、フィアには悪いけどこうなったら準備はしておいて。それと軍の思惑も探らないとね」


 テンブラムに関して言えば軍の動きを探る必要はあるが、思惑までは関係がない。

 しかし、その必要性をフローゼは理解していた。


 魔力を通して引き出しの鍵を空ける中から一枚の羊皮紙を取り出す。

 婚約証明書だ。この期に及んでも手放すには惜しいが、犯罪者と婚約していたと知られれば家名にも傷がつくかもしれない。だが、それでもテスフィアが信じたのならばこの誓約を反故にすることはできなかった。


 だからこそ、軍が彼に対してどういう対応をするか、知っておく必要を感じたのだ。


 ここでフローゼは話題を第三者に切り替える。この場にはもう一人いた。今まで黙って経緯に耳を傾け、今日までテスフィアの訓練にも参加している。

 さすがに歳ということもあり、敏捷な動きはできなかったが、元魔法師として若い者に後れを取るまいとする気概はある。

 急激な運動量によって悲鳴を上げた筋肉は娘が湿布を隙間もなく張ってくれていた。


「で、どうしますか? ブランシュ卿」

「フローゼさんもお人が悪い。私が断らないとわかっていて訊くのですから。当然、何があろうと私は参加させていただきますよ。もちろん、足手纏いは重々承知ですが、まだまだ動くことも証明できましたでしょ? ウームリュイナの倅に一泡吹かせてやりますよ」


 赤みを含んだ茶髪、整髪後のように綺麗に整えられている。良い歳だというのにブランシュ卿――キケロ・ブランシュ――は生真面目で淀みのない顔で断言した。


 たった1時間前まで息を切らしていた男の台詞とは思えないが、彼だけは危険を覚悟で代役を立てていない。

 それだけで彼の誠意というものが窺える。それに実際、他の貴族から集められた代役の中には子息も含まれており、フローゼのコネクションの太さも窺えよう。

 キケロはそんな中でも魔法師としての経験が長いこともあり、武器の扱いも長けている。体力面で不安は残るのだが、戦力の増強としては願ったりな人物なのだ。


 それでも少しばかりフローゼは心苦しくもあった。


(そんなつもりで貴族位を残してもらったわけではないのだけれど、それに……)


 そんな懸念をキケロは汲み取ったのか、自ら口を開き出す。


「フローゼさん、今回の件は妻や娘にも応援されていましてね。父としてここはカッコイイ姿を見せたいじゃないですか。っていうのは理由になりませんが、娘はテスフィアお嬢様の境遇に心を痛めています。フェーヴェル家の意向がそうであるならば何も問題はないのですが、徹底抗戦の構えを取るのであれば是非協力させていただきたい。今さら何があろうとも一度口にしたことは曲げることをブランシュ家では良しとしません」


 徹底抗戦というほどではないが、大局を見れば下位貴族も傍観しているには事が大き過ぎるのも事実だ。

 頑として曲げようとしないキケロにフローゼは諦めた。元々貴族としてやっていくには性根が真面目過ぎるのがこの男の良い所であり、悪い所だ。

 そこまで言われてはフローゼも断る理由がない。やっと集めた参加者、そう言ってくれるだけでもフローゼは感謝の念を抱く。


 こんな男だからこそ手を差し伸べたのかもしれない。

 キケロの娘はテスフィアの姉のような存在でフローゼとしても助かっているのも事実。どうも感謝の応酬になりそうな雰囲気に彼女は軽く目を伏せるに留めた。


 後は他の貴族にも作戦の要となるアルスの事情を説明する必要があるだろう。人数が減ろうともそれを怠ることはできない。

 万が一、彼が欠場になったとしてもテンブラムそのものは続行しなければならないのだ。伏して敗北を待つことは三大貴族フェーヴェル家としてできない。

 最初から勝算は薄い、僅かな光明は彼がいることが条件になる。ならば結局、何をしても今さらなのだ。普段は打算的な行動を心がけるフローゼも自分を言い聞かせるようにテスフィアを信じることにした――キケロのような貴族を羨んだからなのかもしれない。だから、わかっていて触発されたのだろう。


 キケロの娘はフェーヴェル家に奉公に来ているが、たまにキケロが様子を見に来たり、休日に帰ったりしているほどに親子の仲が良いのだ。


 そこへ丁度、セルバが風の便りに耳を傾けたのか、雰囲気を感じ取ったのか、どうやって気付いたかはわからないが、一人の来訪を告げた。


「フローゼ様、ミルトリア老がおいでなさったようです」


 しかしセルバは扉を開けるわけもなかった。その代わりに老執事の視線はゆっくりとバルコニーへと向く。


「誰が老獪だわさ」

「そこまではおっしゃっておりませんよ。随分と難聴が深刻化してるようですね」


 フローゼとキケロが執事の視線を追った時、すでにそこには腰の曲がった老人が杖を付いて立っていた。


 セルバには珍しく訊き慣れない単語が飛ぶが、その表情はいつも通りの微笑ましげな微笑に見えた。


 フローゼは手ずからバルコニーの扉を両手で開け放つ。事前に聞いていた話によれば彼女はシスティの師匠にあたる。その実力は折り紙付きだったが、少しばかり心配になってしまう容貌だ。


 だが、そんなことよりもセルバと面識があることのほうが驚くというものだ。彼はミルトリアが参加することを知っていて伏せていたということなる。


「グリーヌス、あんたまだ生きてたのかい」

「それはこちらの台詞です。いつ棺桶から這い出てこられたのですか?」


 どちらも表情だけは笑っている。それがこの場では場違いなほど不吉な雰囲気を醸し出していた。ねっとりと粘りつくような、怨恨とでもいうような空気が中心で衝突している。

 ともすれば、フッと嘘のように消えた。


「フンッ、棺桶に片足突っ込んでても長生きはするものだわさ」

「えぇ……」


 ミルトリアは杖の先端をキケロに向けて開いた手を伸ばす。

 何を意図しているのか、即座に理解し小走りに近寄り中腰になってその手を取る。


「役得だわさ。若いの済まないねぇ」

「い、いえ。これぐらいは当然です」


 キケロはすでに50間近。そんな親父に対して若いという言葉はどこかお世辞を通りこしているが、ミルトリアは本当に役得であるように満足げだ。

 実際、キケロは年齢の割に若く見えるのだから、反論のしようもない。


 その様子を見ていたフローゼは一度、セルバに視線でなんで教えなかったかと問おうとしたが、今のやり取りでもなんとく察しはつく……ような。

 今のが挨拶だとでもいうような雰囲気すら感じる。


 キケロはゆっくりと椅子に誘導するが。


「キケロ様、その老婆は見た目ほど老いぼれてはおりませんよ」

「数十年ぶりに会ったっていうのに容赦ないだわさ、フェッフェッフェ」

「その笑い方も変わりませんね、あなたは」


 フローゼは当主として置いてけぼりを食らった形だが、割り込むにしても二人の仲には並々ならない深さを感じた。

 だが、このままでは始まらない。


「ミルトリア殿、この度は急な要請に手を貸して下さりありがとうございます」


 これは誠心誠意を込めた感謝だが、実際のところこのミルトリアという老婆に対してフローゼはシスティに聞き及んだ僅かな情報しかない。

 それも一人助っ人を頼んでいたわ、というような内容と実力の保証。参加条件のクリアも含まれていた。

 だが、ミルトリア個人についてはほとんどわかっていない。


「フェーヴェル家の今の当主かい。ここも随分大きくなっただわさ」

「こちらにいらしたことが?」

「随分昔のことだわさ……それより本題に入るだわさ」




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