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最強魔法師の隠遁計画  作者: イズシロ
第3章 「噛み合う動向」
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誘いの騎乗

「アルス様、どちらに向かわれるのですか?」


 黙々と一歩後ろを歩くロキがふいにそんなことを尋ねた。

 というのも行き先に覚えがないからだ。事前に聞いているわけでもなかったのでどこに向かうのか知らない。


 だが、ロキはルサールカに来てからというものアルスの背中に不吉な気掛かりを見ていた。ついにそれが色濃くなったことで訊かずにはいられなかった。

 それほど機微に感じ取れるのはロキだからだろう。


「中々ルサールカも面白いところだな」

「は、はい……」


 空々しい返答はロキの意図したものとは違う本心の吐露のようだった。

 乾いた相槌を打った彼女は窺い見るように距離を近づける。アルスの横顔は少しの申し訳なさが宿っていた。


「国によって特色が違う。別世界と形容してもおかしくない」

「ルサールカがお気に召したのですか?」


 ロキは比較的穏やかに質問を重ねた。この問いに対して彼女が思うところは何一つない。結果として彼女は常にアルスの傍に居れるのならばそこがどこであろうと然したる問題ではないのだ。

 寧ろこれまでのアルファの扱いを見る限りではルサールカに移住しようとも何かが変わるわけではない。


 それでもロキは学院でアルスの学生ライフが意外に充実していることを知っている。そのため多少なりとも戸惑いを含んだ口調になっていた。

 万が一ルサールカに移るとするならば、それはアルスの本心とは懸け離れているようにも思える。


 が、やはり懸念だったのだろう。


「ルサールカだけじゃないだろうな。アルファ内の事なら大抵のことを知っているが他国ともなると俺の知らないことがまだまだ多い。こう、興味をそそられないか?」

「はい、もちろんです!」


 杞憂と知ってロキの顔は少し晴れたように自然と頬が持ち上がる。

 だが――。


「だからこそ早々に片付ける必要がある」

「――――!!」


 そう言ってアルスは懐から一枚の便箋を取り出した。


 ロキは息を呑む。フェーヴェル家で見た便箋だ。その内容について彼女は知らないまでも大凡の検討はついている。


「クラマですか」

「たぶんな、宛名があるような間抜けだと楽なんだが断定できる要素はない……ほぼ間違いないと思うけどな。それと……気になることもある」

「気になることですか? それは……」


 先を促すように己の欲求が言葉として出たためロキは口を急いで紡ぐ。

 どんな仲であろうとパートナーであるロキは踏み越えてはいけない一線に足を掛けた、そう思った。


 しかし。


「まぁ、ロキならいいか。内容はお誘いだな……けど、俺自身のルーツについて何か知ってそうなニュアンスがある」


 そう、手紙には『アルス・レーギンの素性を知る者』と締め括られていた。


「――!! それはクラマがアルス様の生まれに関係があるということですか!」

「さぁな、だが、俺より俺のことを知っているというのはまったく根も葉もないわけではないだろう。強いていうなら知らないことを知っている。それについての確証はないがな、なんせ俺自身が自分のことを何一つわかっちゃいない。ルサールカで行われている研究もそうだが、いつまでも隠し通せるものじゃないだろう。それ以前に俺が知りたいからでもあるし、まぁ俺という人間は謂わばブラックボックスだ」


 アルスが行う研究の最終到着地点は自身の解明だ。その時間を作るためにこれまで必死にあがいてきたと言っても良い。魔法を研究し、AWRを作り、自分がいなくても何とかなるようにと貢献してきたのだ。

 研究自体が好きであるのは否定できないが、何よりもその過程で自身に繋がるヒントを模索する意図もあった。


 しかし、わからないことがわかっただけだった。だからこそ思わぬところから出た情報にアルスは飛び付くほかないのだ。それはアルスが狙われていることもあり避けられないのならば、いっそ渡りに船でもある。


「ですが、罠ではないのですか?」

「十中八九な。だが、クラマを潰すにしても聞きだすにしてもこちらからは動きようもない。相手の誘いに乗った上で奴らが何をするつもりなのかを突き止める必要もある」


 イリイスの言葉でもアルスを標的にしている以上、衝突は逃れることはできないだろう。ここらが限界でもある。それはクラマという組織が大きくなるにつれて手に負えなくなってきたからだ。そしてクラマはウイルスのように国を蝕むだろう。


 どうせやり合うのならば連中の動向を掴む手段として招待に応じるのも一つの手だ。それに罠であろうと今回は真正面から克ちあう可能性は低いと読んでいた。


「場所は外界、ルサールカから10kmといった所だな」

「相当近いのでは?」

「あぁ、だからこそ魔法戦のようにドンパチやればすぐさまルサールカの魔法師が駆けつけてくるはずだ」

「クラマは何をしたいのでしょうか」

「さぁな、それも行けばわかるんじゃないか? それでなんだけど、ロキはどうする? やはりクラマが絡むとなれば俺も余裕がなくなる」


 当然の心配だ。アルスは助かってもロキが助からない可能性は、相手がシングルに匹敵する犯罪者であれば現実味が増す。

 しかし、そんな懸念を一蹴するようにロキは即答した。


「当然同行しますよ」

「だよな……」


 すでにロキの行動を規制する取り決めは二人の間に存在しない。だからこそ、アルスは問うことはしても拒否することまではしない。


「わかった。じゃあ、ちゃっちゃと済ますか」

「はい!! ですが外界ともなるとどこから出るんですか? 普通にルサールカ軍に許可を取るにも時間が掛かるんじゃ」

「いいや、許可なんか下りる訳がないからな。普通に防護壁を潜っても察知されるだけだ」


 実はロキが断っても直前までは彼女を連れて行かなければならない理由がある。


「それで、ロキに探知魔法で防護壁の薄い箇所を見つけてもらいたいんだ」


 皮肉にも人類が領土を拡大する度にバベルの防護壁の効力が弱まっている。こんな所で役に立つとは思いもしなかったが。

 必ずあるはずの隙間を見つけるには探知魔法師の能力でなければ難しい。


「そ、それはわかりましたけど……」

「何だ?」


 振り返ったアルスは眉間を寄せる。

 その後に続く彼女の表情は不安げに変わっていたからだ。

 アルスに心当たりはない。というか、ロキと暮らすようになっていろいろなことがわかった。女心とは外界の空と同じように移り変わるもので、それをアルスが読むのは非常に困難だということだ。

 だから言葉を以て問うしかない。情報を手繰り寄せてやっと顔色がわかる。僅かな間でも彼からすれば大いなる進歩である。


「そ、そのアルス様は御自分のことを知ってどうされるのですか?」


 真実は必ずしも良い結果ばかりではない。そんな一抹の不安をロキは抱いたのだ。もしかするとどこか遠くへ行ってしまうような、そんな恐怖が脳裏を過った。


 いくらロキであろうとアルスという人間の異常さを客観的には理解できる。一線を画するという言葉すら生易しいとさえ思える魔法の造詣の深さ。無系統という稀有な能力に加えて、魔力を食する異能。

 どれ一つとっても異常である。


 だが、それとロキがアルスを慕う理由は何の因果もない。きっとアルスも同じ考えだと信じているが、一方で一度浮かんだ不吉な思いは早々に払拭されるものではないのだ。ましてや自分に言い聞かせるように自己完結させるには不安定過ぎる上に揺るぎやすい。

 だからこそ彼女も言葉という不安定で曖昧な手段を持ちだした。きっと嘘であろうと自分が信じるアルスの言葉ならばこの不安定さを安定させることができるだろうから。



 しかし、アルスは小首を傾げるように思案する。その表情はなんとも拍子抜けするほど向う見ずな様子で口を悪戯に尖らせるだけだった。

 まるで質問された内容を考えていませんでした、といった風だ。


「ん~どうするか、か。そりゃまぁ、疑問が解消されるな。もしかすると無系統という魔法の概念が認知されるかもしれないし、いや、更に行けば無系統の魔法式の解明にも繋がる…………そうなったらAWRにも刻めるか」

「…………ア、アルス様?」

「無系統の性質上、他系統の阻害は無いはずだから……凄いことになるぞロキ」


 子供のように浮かれた顔を突然向けられたロキは呆然と足を止めて見返すことしかできなかった。

 そして。


「どうしたロキ」

「クフフッ………ククッ、ア、アルス様笑わせないでくだ、さい」


 手の甲で口を覆い隙間から漏れる笑い声はロキ自身に向けられている。つまらないことだった、それがわかっただけで可笑しくて仕方がない。

 だって、当の本人は自分のことを解明することで結局は赤の他人である魔法師のために貢献しようとしているのだから。


 口ではいくらでも言える。結局アルスは国のために無意識にでも役に立ってしまう。そんなこと、これまでで十分わかっていたはずなのにビクビクと怯える自分が少しだけ滑稽に思えた。

 そしてきっとアルスは自分がなんであろうと変わらないだろう、ロキは確信する。昔助けてもらったようにこれからも彼は変わらない。


 何に阻まれようと根底で彼は変われない。そう抱かせた瞬間だ。


 お腹が捩れるかと思った頃――とは言えロキの経験でもこれほど笑ったのは遠い記憶にしかない――理性がハッと我に返す。

 機嫌を損ねてしまっただろうか、と意地悪く窺い見る。いつものように諫めてくれる彼もまた彼女の好きな所だったからだ。

 他愛ないやり取り、温もりすら感じさせる皮肉が心を温め、傍にいたいと思わせる。そんな皮肉交じりの吐露が飛び出す……はずだった。


 だが、ロキの視線が少しだけ持ち上がった時、ふいに影が降りた。

 ポフッと置かれるように手が銀糸の髪に乗っかる。


「今までと何も変わらないさ」

「…………!」


 見透かされていたことにロキは言葉を呑み込んで俯く。


(ずるいっ)


 そう悪態を吐くのもさっきまで蟠っていた暗雲がすっかり姿を消したからだ。それに弄ばれた気すらする。いつもは自分がアルスを少し困らせ、ひと言をアルスから引き出すという一連の件は今回に限って逆になった。


 機先を制された気分だ……が、それも一つアルスが心を開いてくれたことで距離が縮まったと感じたロキにとっては些細なこととして処理された。





 ルサールカから外界へ渡る工程は実にスムーズだった。それも二国間の国境沿いは管轄外として実は見落としがちになる。防護壁の弱まる部分と監視の面で弱体化するのは仕方がない。そのため歩哨と言った対策を講じているわけだが、並みの魔法師程度ならばアルスたちが発見される可能性は極力低くなる。


 もちろん手荒な真似を抜きにアルスとロキは上手く死角をついて外界へと出ることに成功した。


 それからひたすら直進するが背後で警報音などルサールカに動きのようなものが見られないため、防護壁の感知をすり抜けたと考える。

 それでも帰りも同じように成功するかはわからない。そのため事後承諾になってしまうが、この辺りの魔物の数でも減らしておけば問題はないだろう。


 非難を緩和させる意味でも相手側に強く出られなくさせるためだ。それでもお叱りは目に見えていそうだ。


 実際の所、アルファとルサールカは隣国ということもあり、地続きのため大きく地形の違いは見られない。ただやはり魔物の種類というのはどうしても変わってくる傾向がある。

 アルファでは代表的な低レートの魔物の数は少なく、ルサールカでは様々な種類の魔物が跋扈しているように見えた。


 つまり、アルファでは低レートなりに小さな縄張り的な物がいたるところに点在するが、ルサールカでは種が比較的入り乱れている印象である。

 長い物に巻かれろ、という縦構造は魔物にも当てはまり生態系上、上位レートの魔物の縄張りで下につくというのは良くあることだ。


 だが、ルサールカ近郊で上位レートが野放しになっているとは考えづらい。つまり、これはルサールカの魔物が生き残るために種を越えて徒党を組んでいるということになる。


 だからといって何かが変わるわけではない。

 一先ず、アルスとロキは進行上に見える魔物を一瞬で屠っていく。ロキの魔法特性上派手になるのは仕方がないとはいえ避けたい。そのため彼女は直進していると瞬間的に横に飛び退り探知に引っ掛かった魔物を投擲用のナイフで確実に魔核を捉える。


 ただロキの場合は本数制限もあれば、一本一本がAWRのため無駄遣いはできない。

 魔物に向かって一足飛びに距離を詰めて胸に突き刺さったナイフが電流を帯びて魔物を滅すると同時にナイフを回収。


 実に効率が悪いのだが、投擲用のナイフは本来柄と呼べるものがしっかりついているわけではないため、扱い辛いのも事実だ。


 二人は進行ルート上を螺旋を描くように魔物を屠りながら進んで行った。



 10kmほどの距離を10分ほどで着く。そしてギリギリ視界で捉えられる所で二人は木の上で足を止めた。


「アルス様、あれですか?」

「間違いないな」


 二人の視線の先は木々の隙間から見える一本の老木に注がれていた。しわがれた木肌、今にも倒木していもおかしくない程の枯れ木だ。

 しかし、周囲の木々を見る限りでは季節に負けない瑞々しい葉を付けている、という不思議な光景だった。まるで周囲の木が枯れ木から養分を吸い上げているような。


「ロキ、周囲はどうだ? こっちはそれらしいのは見当たらないが」

「はい、私のほうでも反応は魔物だけですね。目的地周囲数百mは魔物もいません」

「おかしいな……」


 アルスは嫌な予感を顔に張り付けて口には出さないように気を配る。

 呼び出しておいていない、もしかすると探知を掻い潜れる魔法が存在することも考えられたが、そもそも罠であると考えているアルスは「一先ず何かあるかもしれない」と言ってゆっくりと距離を詰める。


 遅延型の設置魔法もないわけではない。威力的には大したことは無いとは言え無防備で直撃すれば人間は容易く死ぬ。

 まさか外界に出て魔物より人間による脅威を警戒することになる、という不思議な鬱憤を募らせた。どんな時でも警戒は怠らない。それはアルスがこれまで生きてきた上で培った経験則だ。

 無論、ロキにも同じことが言える。いざという時に備えて探知のソナーが毎秒、数十回と発信された。


 が、二人がかなり距離を詰め、地面に降り立ち徒歩で巨木の幹から覗き見た時。


「――!!」

「アルス様?」


 アルスは警戒を解き、普段と変わらない歩調で枯れ木に向かって歩き始めた。そしてロキも背後を警戒しつつ視線を同じ方向に向ける。


「ッ――!!」


 咄嗟に口を手で覆い悲鳴を堪える。幾度と見た光景がそこに広がっていた。ただそれだけならばアルスもロキも絶句するまでにいたらない。


 二人は枯れ木に張り付けられた一人の魔法師を見た。胸を短剣で一突き。貫通して標本のように幹に張り付けられている。短剣一本で支えられており、足は地面に着いてすらいない。

 膨大な血液は凄惨さを物語っている。地面はその血を絶えず吸って黒く変色していた。

 長い髪が垂れ、口元から固まった血の流れた痕が残っている。



 アルスは歯を食いしばりながらナイフを引き抜き、敬意込めて横抱きに抱えた。完全に血が乾いていないのかアルスの服に擦れたような血痕を残す。

 地面に横たえて、アルスは舌を打つ。


「まさか、搦め手でくるとはな」



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