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最強魔法師の隠遁計画  作者: イズシロ
5部 第1章 「休暇という名の労働」
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魔法師の成長

 カリアとの試合も終盤に差し掛かった頃、二本の短槍の猛攻を軽く凌ぎ、アルスは視線の誘導に気付いた。カリアの短槍についている赤い紐が視線を僅かに刃先からずらしている。彼女はそういう連撃を繰り返していたのだ。


 いつの間にかコンマ数ミリ視線がずらされる。魔法が使用されるタイミングはそのコンマ数ミリを的確に突いていた。


 少しずつ後退りするアルスの背後を取るかのように魔法が使用される。

 アルスの背後に人一人を呑み込むほどの球体に閉じ込められた水――巨大な水風船――が出現し膨脹すると、堰を切ったように弾けた。

 その間ですら短槍がアルスの脇腹を的確に突いてくる。それはダメージ量ではなく的中率として最も回避しづらい箇所を狙ったものだった。だからアルスも槍をかわし、背後に反応するのが一拍遅れる。遅らせたようにも見えたが。


 背後で冷気を感じた直後、弾けた水が一瞬にして氷結していく。鋭利な氷の棘が枝分かれするように無数に突き出、脈略も無く全方位に氷の棘が生えた。

 


 さすがのアルスも前と後ろを同時に対処するにはAWRを抜かざるを得ない。

 いつ抜いたのかも気付けた者は観戦者のみだろう。アルスは視線をカリアから放さずAWRを鞘から抜きざま背後に一閃。たった一振りで無数に生み出された風の斬撃がいとも容易く氷を砕き、そのまま短槍の突きに対して体勢を半身にずらす。


 その一連の動作は戦っているカリアでさえ反応することができなかった。まるで自分だけが緩慢になってしまったように感じた。いや、アルスの動きが時間を早送りにしたように映ったのだ。


 会心の突きは吸い込まれるように半身になったことで背中の傍を通り過ぎて行く。緩慢な時間の中でカリアは冷静に認識できた。より鮮明にアルスが華麗にスライドするようにカリアに近づいてくるのを。


 その動きは気付けばそこにいたという意識の外で起きたと錯覚するほどに清流の如き体捌きだ。カリアの踏み込んだ右足に踏み出されたアルスの右足が触れる。


(え?)


 ポンと触れられるようにカリアの胸骨に手が添えられていた。刹那、背中が引っ張られるようにカリアは吹き飛んだ。力は加わっていないはずだ。ただ触れられただけのことだが、現実は目まぐるしく上下左右を入れ替わる視界が物語っていた。


 受け身もままならない。そう感じたが運良くカリアは盛大に吹き飛ばされた後、ぺたりと座った状態で止まった。


「え? ――ッ!!」


 鈍痛を訴える頭に顔を歪めながら戦えないほどではないと、カリアは徐に立ち上ろうとする、が。

 膝に力を入れた直後身体の――というより身体を流れるエネルギーの異常を感じた。


「心配しなくていい。少し君の魔力を乱させてもらっただけだ。2、3分で戻るはずだ……それにしても結局抜かされたか」


 自分の手に黒々としたAWRを見て、項を撫でた。接近戦という彼女の土壌に乗ったが故にアルスはAWRを抜かされた。

 さすがに空間干渉魔法を行使することができなかったのもあるが、やはり彼女の白兵術と魔法の組み合わせによって抜かされるに至ったのだ。


「良い物が見れたんじゃないですか?」


 ぺたりと地面に腰を落とし息も切れ切れにカリアは皮肉っぽく見上げた。


「見事な戦術というほかないだろう」


 アルスも強がりは言わずに素直に称賛する。フェリネラとの訓練時にもAWRを抜かされたことを考えれば二人の実力に差異は見られないだろう。

 カリアという優秀な魔法師をこの目で見、実感できたのはアルスとしても有用な一時だった。


「一つお伺いしても良いですか?」

「何者か、でなければな」


 カリアは見透かされていたことに深いため息を吐いた。一つとは言っても実に問いたいことは僅かな戦闘の内に山とできたので尽きるということはなかった。


「では……最後の技、というか足運びからの一連の動作はどういった技術なのでしょうか」


 カリアはこれでも槍術の師を幼い頃に仰いでおり、その研鑽故に魔法師としてよりも武術家として大いに興味を掻き立てられたのだ。

 まだまだ知らないことは魔法に限らず、といった具合だろう。


 それが自分の限界を引き上げるきっかけのようにさえ思えてくる。魔法と武術は切っても切り離せないと考えるのは順位を上げればより理解できるのだが、カリアはすでに身体で理解していた。


「俺の対人戦闘は全て我流によるところが大きい。今までに経験した人たちの技を吸収して使っているに過ぎないけどな。今のは古書から引っ張り出して自分なりのアレンジを加えている。足運びは武術を極めて行けばいずれは辿りつける。相手の呼吸、人間は特に意識して鍛えない限り呼吸と動作は連動する。特に攻撃に移る時は顕著にな」


 カリアは黙って全神経を傾けていた。この技術をどうしてもこの者から盗みたいが一心で。


 その決意に応えるようとアルスも詳細に語り出す。


「呼吸は意識、鼓動や感情と密接な関係がある。そこをあえて外すことができれば目で見ていても認識できないという事態が起こる。もちろん感情的にも単調でないとあまり効果はない。ようは視野が狭まる程集中してしまうことで意識の隙間は大きくなる。あまり役には立たないんだがな、結構面白いだろ?」


 面白いというニュアンスにカリアは素直に賛同することはできなかったが、反射的に頷いた。


「最後は何をしたんですか?」

「何をしたと思う?」 


 反問する形になったが彼女が何を感じるのかはアルスも気になるところだった。


 カリアはあの時間で体感した遅くなった空間を思い出す。そっと胸の膨らみの少し上を触れ。


「胸に触れただけで後は背中を引っ張られる感覚ですね。でも魔法じゃありませんよね」

「半分はあたり、ある意味では魔法の一形態だからな」


 洞察力は合格点、アルスとしては技術の種明かしぐらいは安い褒美のつもりだった。


発勁ハッケイという技だな。だが、正確にはこの発勁は元々体重移動や伸筋の力などを用いた武術なんだが、これを魔力で補強するとその効果は絶大になる。コツはいるが自分の体重の十倍までは易々と吹き飛ばせる。それに加えて体内の力を相手に拡散させているため放たれた魔力は力と一緒に体内で瞬間的に相手の魔力を乱す」

「そ、それを御自分で考案されたと」


 アルスは何度か見たことのある表情に「アレンジはしていると言ったが?」となんとはなし返した。

 ゴクリと喉を鳴らしたカリアはつい「あなたは一体……」と言いかけて急いで口を閉ざす。


 この予想が当たっていた場合、カリアは自分の態度を酷く後悔するだろうと思ったからだ。


 試合の終了は満足気なジャンによってもたらされた。


「うん、お疲れ様カリア。アルスにAWRを抜かせたんだ。そのことだけは誇って良いし、自分を信じていいはずだよ」

「は、はい!!」


 急いで立ったせいか、少し立ちくらみするカリアをジャンは微笑ましげに見た。そして次に彼の視線は少し離れた方へと向く。


「フィリリックもね。上には上がいる。今は、彼我の距離を図るどころか見ることすら叶わない。それがわかったなら、お前はまだ伸びるよ」

「…………はい」


 呆然としていたフィリリックもジャンの声に慌しく立ち上り、消え入りそうな声を発した。

 それだけでジャンとしては大きな収穫だ。


「アルスも悪かったな」

「いいや、中々面白いものも見れたし存外悪くない」

「そりゃよかった」


 汗一つ掻いていない最高位の魔法師にジャンは苦笑を禁じ得なかった。


「ジャン様、この度はこういった機会を与えてくださりありがとうございます」


 素直な謝意はカリア一人だけではなくこの場の生徒を代表しての言葉だ。しかし、そんな中に個人的な感謝の意が含まれているのは全員が気付いたことだった。


「皆には忙しくて悪いんだけど、この後にアルスが講義を開いてくれることになっている。今の彼が何を語っても君たちが得られるモノは大きい……これは君たちが一番理解したか」


 あれだけの戦いを見せられ、未だに試合前と同様に平然としていれば順位など訊かずともアルスに対する見方が180度変わる。

 全員が全員して真摯に受け取っていた。


 「あ……」という声の主はアルスだ。この後に控えていた講義をすっかり忘れていたのだ。昂ったテンションが一気に急降下する。アルスに限って緊張するということはないが、何を話すかの講義内容はさっぱりと無計画。


 内心では来なくていいぞ。と言ってもその輝かんばかりの意欲的な表情を見て早々に諦めることにする。


 そんな逃れられない苦悩を抱えたアルスにこれまた期待がこれでもかってくらいに籠った抑揚の利いた声が掛かった。


「アルス様、頑張ってください!!」


 ロキの言葉は声量や音調だけでは言い表せない色彩が含まれていた。

 星の瞬きのようにキラキラとした瞳に上気した頬がアルスを追い詰める。さすがに手抜きじゃいよいよもってまずいだろう、と消極的な最終手段が破棄された。


 ガクリと肩を落とすアルスは無計画のまま意を決した。



 それからの講義は満員御礼。

 生徒が生徒に講義するという不自然な空気は開始直後に吹き飛んだ。どこの学院でも見られるだろう熱心な生徒の姿が視界を覆い尽くす。


 合間に入る多くの質問を瞬時に切り返し講義は予定していた1時間を大きく超えた。外界や魔物に関する教科書に載っていない話の数々は緊張を孕んで進行した。

 講義を終えたアルスに対して満場の拍手が浴びせられる。そんな中を気だるそうに退場していくアルスとずっと脇で控えていたロキが続く。


「お疲れアルス」

「だはぁ~もう疲れた。さすがに休みたいな」


 ジャンに出迎えられたアルスはガクリと肩を落として金髪の美男子に切な願いを望んだ。


「お疲れ様でしたアルス様」


 労いの言葉にアルスは弱々しく相槌を打つ。


「俺が聞いても参考になったよ。ルサールカでも少し試してみる価値はある。アルファでは?」

「残念ながらな。やはり体制的な問題が山積みだ。ルサールカだって現体制を変えれば反感は避けられないんじゃないか?」


 アルスが講義中に挟んだ戦略的な軍の改革は現行体制に否定的でもあった。ルサールカでは旧時代から貴族と呼ばれる高貴な身分の者がアルファよりも多い。

 軍属の絶対的な縦構造は順位で決まる。そのため隊の編成時には順位を参照する。経歴も重要な要素ではあるのだが、地位の高い者が隊のトップに立つのは常だ。

 これは貴族にも言えることで順位に関わらず位に任せて無知蒙昧な輩が指揮棒を振るう。もちろん排他的な考えではあるのだが。


 アルスが提唱するのは順位ではなく役割に則した人員での構成だ。これはチームにおける攻防や探査など専門分野を組み合わせて編成する。

 当然、当たり前のことだ。順位が高い者はそうした編成を心掛けるし重要性を理解しているものだ。

 アルスの場合は更に系統別に分ける編成である。同系統の魔法師は実際の所それほど重要な人員ではない。単純な火力としてはいいかもしれないが、魔物に対しても優劣が存在する以上、対処できる系統は隊に含めるべきなのだ。



 中隊以上ならばその心配もないのだが、それが末端までとなると単純な話ではなくなる。特に防衛や哨戒に就く魔法師は編成に選択肢がない。

 アルファではそれを緩和するために魔法師個人によって隊に縛られない仕組みを敷いている。つまり隊での命令とは別に魔法師個人での出動要請がこれに当たる。


 だが、これには多くの問題が発生する。仮に隊長個人に遠征組の参加が要請されれば隊から隊長が一時的に欠くことになるのだ。その分を補充しない間は隊として機能できない。仮に補充できたとしても最大限のポテンシャルを発揮することは適わないだろう。


 隊長としての位置は隊の要であるが、系統での編成ならば隊としての戦力の減衰が軽微に済むという寸法だ。

 そうした抜本的な問題の解消はやはり魔法師不足に帰結する。


 実はこの延長上でアルスは打開策を考案していた。実現には程遠いが仮に実現した場合、7カ国に速やかな人員を均等に配備することも可能だ。

 今はその構想だけを抱いているがアルスの中では既に完成に近い。


「試すのは構わないが、実験的に試す程度に留めといたほうが良いぞ」

「わかってるさ。有用性が証明されたとしてもすぐにどうこうできるレベルじゃないからな。それにルサールカだって当分はバルメスに魔法師を割かれざるを得ない」


 バルメスの急激な衰弱は7カ国全土に広がる弱体化だ。その補填には少なくない魔法師が各国から派兵されているのが現状だ。少なくとも後数年はこの体制が変わることはないだろう。

 現にアルファからはヴィザイストが新総督の補佐に就いている。


 地理的にも隣国であるイベリスとハイドランジからは相応の魔法師が、ルサールカとアルファは魔法師の保有数と実績から多くの魔法師が行っている。


 だが、アルスはアルファの派兵に別の思惑があることも知っていた。それはバルメスで見つかった鉱床の採掘権だ。採掘するための一切をアルファが請け負うという形でシセルニアがホルタル・クイ・バルメス前元首から一方的な交渉で勝ち取った戦果だ。


 稀少鉱物であるミスリルの採掘に伴い流通量が激増するだろう。AWRの競争も激化することは想像するまでもなかった。


 そんな会話をしながらなんとなくジャンに連れて来られてしまう。

 部屋の前のプレートには理事長室の文字が……。


「まだ終わってなかった」


 という悲嘆の叫びが弱々しく呟かれた。

 そんなアルスに朗報とばかりにジャンが一度ロキを見てから告げる。


「お詫びと言ってはなんだが、夜はホテルでの貸し切りディナーを楽しんでくれ」

「そんなことで……」

「本当ですかジャン様ッ!!」


 アルスの言葉を瞬時に遮って歓喜の声を上げたロキが今まで溜め込んだ鬱積を晴らすように詰め寄った。その表情は炎々としたともしびが期待の度合いを表している。


 これで嘘だと告げればジャンは二度とアルスと会えない気がした。もちろん嘘であるならば、だが。


「も、もちろん。最高級のコース料理を二人だけで堪能してくれ、さい」


 ジャンはこれでロキに対する心苦しさから解放されるだろう。あまりの豹変ぶりに気圧されてしまったがこれでよかったと言い聞かせて、盛大なパーティーを考えていたリチアに心の中で謝罪する。どうせ未だに起きたという連絡が入らないのだから許して貰えるだろう。



 本日最後となる決戦の場に先に踏み込んだのはロキだった。心の焦燥がそうさせたのか、彼女にしては珍しいミスもこの場で窘める者はいなかった。



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