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最強魔法師の隠遁計画  作者: イズシロ
5部 第1章 「休暇という名の労働」
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悲願の戦いと



 この対戦カードをフィリリックは待っていた。ロキとの試合で多少はアルスに対する見方は変わったものの未だ最強の魔法師はジャンであると思っていた。それだけは譲れなかった。

 だが、事実としてその教えを受けているロキに敗北したことはフィリリックの思い込みを少しは修正するきっかけになったと言えた。


 だからこそ実際に刃を交えてみたかったのだ。全ての決断はそれからでも遅くはない。フィリリックは開始のブザーが鳴っても一番後ろで神経を研ぎ澄ましていた。

 望むのならば一対一がよかったのだ。それでもこの試合は彼の予想に反して早く叶った。だからその機会を無駄にはしない。


 足元に広がる真っ黒い影が波紋を立てながら訓練場を覆うように壁に沿って走った。


 その間に生徒たちの戦闘は絶え間なく入れ替わっている。背後を取る者もいればそれを援護するように魔法を一斉行使する者も様々だ、が……。


「何よ、それ……うそでしょ」


 フィリリックとは別の意味で一人戦闘に参加せず遠巻きに見ていたカリアがボソリと溢した。

 アルスはAWRすら抜いていないのに襲い掛かった生徒が次々に吹き飛ばされていく。


 今も二人の男子が左右から挟みこむように回り込んで魔力を付与した剣を同時に一閃させる。だが、振るった男たちは身体をよろけさせながら何かに弾かれたように蹈鞴たたらを踏んだ。


 カリアは結果から何があったのか推察する。武術に覚えがある彼女は無意識に理解してしまう。あれは触れる前に素手で刀身の腹を殴り付けただけだ。

 力の方向を逸らすという達人級の妙技。


「ぐあぁぁ!!」

「がっ!」


 間髪入れずに腹部に回し蹴りがそれぞれ叩き込まれて来た道を倍の速度で飛んでいく。

 が、その一瞬すら見逃さずに女生徒が背後から連携で魔法を行使する。それは飛んで行った男子生徒と入れ替わりの出来事だ。


 アルスの周囲で旋風が起こったと思った瞬間、カチッと火打石を擦るような音が鳴り、一瞬にして爆炎が起こる。炎を逃がさないように旋風は炎の竜巻となって天に昇った。


「やった!」


 そんな息切れした声を隣で聞いたカリアも「良しっ」と口を吐いた。今のは上手い、回避不可能なタイミングだ。カリアが後輩や同輩に指導するに当たって魔法はタイミングさえよければどんな相手だろうと、どんなに弱くてもダメージが入ると教えてきた。


 が――。

 あまりの爆炎に竜巻が押さえきれなくなったことにカリアは二人の女生徒を見た。


「油断しないで、しっかり制御――」

「そ、それが……できないんです。魔法がいうことを……」

「違いますカリア先輩、同調されました!! いえ……既に私たちの魔法じゃ……」


 自分たちが何を言っているのか理解できないといったふうに印象だけで説明する二人の女生徒だが、カリアは不吉な予感を抱きその荒れ狂う炎の竜巻を睨みつけた。


 刹那、甲高い怪鳥の鳴き声が響き渡った。

 そして爆炎を弾き飛ばし中から姿を見せたのは業火を纏った巨大な怪鳥だ。


 誰もが見惚れるなかでカリアだけは理解した。ジャンが連れてきた少年がただの生徒ではないこと、まるでジャン本人に指導されている以上に懸絶した差を感じた。


 無論、それはジャンの性格もあって女性に対して厳しくできないからでもあるのだが。悪い意味でもジャンは過保護である。


「…………!! 回避、防護魔法急いでっ!!」


 我に返った生徒たちが一斉に展開する障壁をお構いなくアルスの召喚した【不死鳥フェニックス】が大きく羽ばたいた。その熱波に容易く障壁は崩れ去り生徒たちは軽々と吹き飛ばされて壁面に衝突する。


 なんとか立ち上れたのは単に心的ダメージの変換率が最高値だからだ。こんなものを生身で受けたら一瞬で消し炭だろう。

 アルスとジャンが教える上での違いを見出すとすれば容赦ない点に違いない。


 その恐怖を乗り越えられるかが今は求められる。これを越えられた者は一段魔法師として高みにいけるはずだ。寧ろアルスに指導を頼んだのはそういった目論見故かもしれない。


 火の粉を降らせて消えていく不死鳥に安堵しながらもカリアは頭痛をねじ伏せて立ち上った。

 何人かの生徒もその背中に後押しされるように続く。



 アルスは立ち上ってくる姿に関心していた。予想以上に多く、ここからが本当の意味で彼ら彼女の成長に繋がる戦いになる。



 カリアは震える自分の手を見つめた。


(あんな化け物じみた相手が……あの攻撃が、指導?)


 今の攻撃は完全に死んだ。結果的に死ぬ死なないではなく殺す気で放たれた魔法だということだ。その証拠に死を実感したカリアの手は小刻みに震えている。


「アルスさんでしたね」

「あぁ……」

「先ほどの失礼をお許しいただけませんか?」


 アルスは彼女が失礼を働いたとは思っていなかったので小首を傾げた、が、彼女の瞳に宿るものを見て一拍の間の後「気にしてない」と素っ気なく答えた。


「ありがとうございます」


 自然と紡ぎ出す言葉は徐々に身体を解していく。相手が何者かなどどうでも良くなった。一人の魔法師として競いたい衝動がアルスを対等の相手へと押し上げる。


 キリッと開いた瞳は一切の迷いを振り払った無心。

 両手に持った短槍が淡く藍色シアンの光を溢れ出す。片手を突き出し、もう片方を顔の前で引く姿は弓を構えているようでもあった。


「押して参ります!!」


 一歩、二歩、と歩を進めた瞬間、番えた弦を放すように弾かれた初速は低空で距離を詰めた。足運びだけのステップに魔法を組み合わせて左右に幻影を作り、三本の短槍が閃いた。


 瞬速突きに加えてフェイクが二本。


「――!!」


 しかし、一番端から突いた本物の突きに対してアルスは的確に下から柄を蹴り上げた。金属音すら聞こえてきそうな強烈な一打にカリアの短槍は上空に引っ張られる。間一髪で手を放さずに済んだが、若干身体が浮き上がってしまう。

 服が捲れ上がるのもお構いなくカリアは次手に転ずる。


「まだまだっ!!」


 視線はアルスに向いたまま、構えたもう片方の短槍が先端から小さな氷塊を作った刹那、氷柱を真横にしたように一直線に顔面目掛けて伸びる。ほとんど誤差などなかった、それこそ瞬時に攻撃に転じたカリアの反応は驚異的ですらある。


 

 しかし、これほどの至近距離でありながら、それを背面に逸らせて回避したアルスの次の行動はさらに素早かった。


「悪くないが足元はお留守なんだな」

「キャッ!」


 着地の一瞬を狙った足払いにカリアは体勢を崩すものの引き戻した短槍を地面に突き刺し、体勢を整える、と同時にアルスとの間に巨大な氷の棘を地面から生やして追撃に備えた。

 長いこと中空にいたかのように踏み締めた足場に早々に別れを告げて大きく後退し、片膝を突く。


 すぐに相手に顔を向けるが自分が作り出した氷の棘で確認できなかった。


「それで終わりじゃないんだろ?」

「――!!」


 カリアは親指で短槍を掴んで両腕を上げる。背後にいる人物に対しての降参の意志表示だった。


「どうしますか? もう少しお相手していただけたらお見せできますよ」

「それは楽しみだが、君にばかり構ってもいられないようだ。回復したらいつでも来て良いぞ。次はAWRぐらい抜かせて貰おうか」

「あら、連れないの……ですねッ!!」


 カリアは振り返り様に短槍を薙いだ。 

 が、空を切り、離れた位置のアルスはかなりと言ってよいほど不気味な微笑を浮かべて手を振っている。


 これ以上ないほど嫌な予感を抱いたカリアは反射的に真横に向かって十字に短槍を構えた。たらりと冷や汗が頬を伝い。

 

「嘘でしょ!?」


 ほぼ同時、凄まじい衝撃が襲う。

 斜め下方から氷の壁面が凄まじい速度で突き上げるように競り上がってきた。先ほどカリアが繰り出した魔法に近い。当然密度もそこに込められた魔力も桁違いだ。

 構えた短槍が無意味に思えるほど彼女を軽々と上空に押し上げる。


 カリアを押し上げたまま延々と生え続ける氷の壁に成す術なく彼女の身体は障壁にぶつかるまで止まることはなかった。

 大音響の衝突が生徒たちの顔を蒼白にさせる。普段から最高値で訓練していない彼らには凄惨に見えただろう。


 氷の壁が霧散してずるずると落下するカリアの姿を見て安堵した。彼女の意識ははっきりとしていたからだ。変換率最高値は伊達ではない。


 

 アルスは飛んでいくカリアを最後まで見取ることをせず手刀を作った両腕を眼にも止まらぬ速度で振るう。全方位から黒い影が触手のように鋭利な先端を走らせていたのだ。

 布切れのように細切れにされていく影はハラハラと灰のように舞う。


「次は期待していいのか?」


 生徒たちの隙間を縫うようにして最奥にいる人物へと発した。続いてアルスは「来い」と言外に告げて四指を曲げた。


「すぐに余裕がなくなりますよ」


 フィリリックは片膝立ちで地面に手を着けていた。準備していた全方位からの影による刺突は通用しないことは想定済み。この程度で不意を付けるのならばロキにだって遅れは取ってなかったはずだ。

 ハラハラと舞った影の残滓が地面に触れるとそこに墨を落としたような染みが出来る。


 アルスは一瞥すらせずフィリリックを見据えていた。


 まだ気付いていないシングル魔法師に内心ほくそ笑んだフィリリックは逸る気持ちを抑えコンマ数秒を待った――が。


 一瞬早くアルスの周囲を火球が包んだ。これが仲間からの援護でないことは一目了然だ。フィリリックが仕掛けた影が軒並み焼き尽くされたからだ。予定では地面から剣山の如き影が串刺しにするはずだったが、完全に読まれていた。


「――!! クソッ!!」


 そしてもう一つ、自分が相手に夢中で注意を怠っていたことに気付く。振り返る間すらなくフィリリックは頭を抱えながら横に飛び退って転がる。背後で小規模の爆発が起こったのだ。その衝撃に地面を擦りながらすぐさま体勢を起こす。


 アルスがこちらに向かって未だ四指を曲げていた。


「期待はずれかな?」


 その台詞にフィリリックは歯噛みするしかなかった。今ので完全にわかってしまった。ジャンと訓練するような感触だったからだ。遥か高みから手を差しのべられているように確信が持てる手加減。

 敵わないことはわかっていたことだが、感じ取れる力量差が仰いでいる師と同格であるのが堪らなく我慢ならない。

 認めたくなかった。自分と同じ歳でジャンと同格、いや、それ以上の順位を示していることに。



 その間にも数人の生徒が挑み、軽くいなされては壁面に衝突していった。それが途切れると同時にフィリリックは全力で臨む。出し惜しみなど時間の無駄だ。魔力量からして違うのだから。


「【ヘルハウンド】!!」


 自身の影から飛び出すように5体の漆黒の狼がアルスに向かって俊敏に駆る。


 アルスはその単調な召喚魔法に落胆を濃くした。この程度魔法を使うまでもない。影の刺突を斬ったように手刀を模った魔力刀で応戦する――が、直後でアルスは魔力刀を解いた。


「なるほど」


 横陣のまま駆けた狼は次第に互いの距離を狭め一斉にアルスへと飛び掛かる。

 しかし、空中で全ての狼がくっつき別の形を形成した。腕を振り下ろす寸前の巨体は輪郭だけのシルエットの状態で剛腕を叩きつけた。


 丸太のような腕が爆音を轟かせながら粉塵を舞い上がらせる。


「召喚魔法が同一系統だとそんなこともできるのか」

「ッツ!!」


 フィリリックはごっそりと魔力を削がれるような感覚に頬を引き攣らせた。眼の前で夜叉が細切れにされていく。

 夜叉の性質上霧状の召喚魔法であるため物理的なダメージは通らないが、復元するのにも膨大な魔力を注ぐ必要がある。


 鬼が黒煙になってフィリリックの前で再構築を図った。


 相手はAWRすら抜いていないこの状況が信じられない。フィリリックは憎々しげに粉塵の晴れた先で平然と立つアルスを見た。


 ロキとの試合で敗北してからというものがむしゃらに訓練を積んできたのだ。敗北が無駄にならなかったというのは負け惜しみだとわかっても見えた課題をそのままにしておくのは怠慢に他ならない。

 だから、召喚魔法を遠隔で再構成できるように工夫し、更に改良も加えてきたのだ。


「夜叉は最上位級にも比肩する召喚魔法だぞ」


 生徒の一人が唖然と呟いた。最上位級魔法である夜叉がこうも容易く敗れる事実に誰もが開いた口が閉じられない。


 耳ざとく聞いていたアルスはフィリリックに一つ助言した。


「確かにな、だが、今の召喚魔法は未完成に過ぎる。もう少し考えてみるんだな」

「なっ!! 未完成だと!?」


 何も知らない奴にそんなことを言われればフィリリックでもなくとも腹立たしさがある。普段の慇懃な仮面も見せることなく「だったら見せてやる」と言ってどんよりとした魔力が溢れ出す。


「夜叉!!」


 フィリリックは自分の影から大剣型のAWRを引き抜きアルスに向かって一直線に走る。体捌きという点ではカリアに比べ一歩見劣りする。


 アルスは姿勢を低く身構えた。フィリリックではなく先に追い抜いた夜叉に対して。


 鬼は一瞬でアルスの眼前まで霧化して現れる。ほぼ同時に両手で挟みこむようにバシンッと空気を震わせた。しかし、その音は綺麗な拍手の音であって間に何も挟んでいないことを物語っている。

 間合いの外、数歩引いた所にアルスは揚々と立っていた。回避するにはそれで十分だというように。


 そしてアルスは手を鉤爪のように形作って振り上げる。

 五指がカマイタチを作って夜叉を切り裂く。【尖爪破ストーム・エッジ】は中位級に属する魔法だが、AWRを通さずに繰り出された【尖爪破ストーム・エッジ】はアルスの場合、上位級並みの威力を宿していた。


「ん?」


 アルスは手応えに疑問を浮かべた。先ほどのように霧となって切り刻めると思っていただけに手応えがあることが不思議だったのだ。

 顔を庇うように腕を交差させて凌いだ夜叉は不気味な瘴気を吐きだしながら笑った気がした――直後。


 夜叉の腹を中心に全身を霧状に変え、そこからフィリリックが剣を引きながら現れた。夜叉を構成していた黒い霧が今はフィリリックを覆い纏われていく。

 影の残滓であるような濃い霧が覆い漆黒の甲冑を構築していった。騎士のような姿になった直後、爆発的な踏み込みで一瞬にしてアルスの懐まで潜り込む。


 一本確実に取った確信なのか、いつものように落ち着き払った口元、バイザーの下で囁いた。


「取りましたよ」


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