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最強魔法師の隠遁計画  作者: イズシロ
5部 第1章 「休暇という名の労働」
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物騒な手解き

「言うだけのことはあるな」


 手放しに感嘆を漏らしてしまうのは仕方がないことだった。アルスとロキの眼の前にだだっ広い訓練場が出迎えた。

 ざっと見ただけでも三十人ほどの生徒が訓練に勤しんでいる。

 入口側には全国から集められた無数のAWRが鎮座し、軍に配備されている装備までもが置かれていた。

 それだけではなく実戦を意識したように障害物のある区画に水辺を想定した区画、視界を妨げる程の濃霧に包まれた区画があった。この全てが外界での実戦を想定しているのは火を見るより明らかだ。


「第2魔法学院ではありえない光景ですね。それにしてもここまでの設備投資となると」


 ロキの圧倒された言葉の背後にある気まずい虚脱するような言葉。


「ハハハッ、ほとんど訓練場の資金が問題だったんだけど、その甲斐もあって昨年度から軍の魔法師は一段レベルが上がったのは事実なんだ」

「だから今年は揃ってるなんて大会前にベリックへ連絡が入ったのか。そのおかげで年甲斐もなく対抗心に火が点いたわけだ」


 ジャンは自然に作った苦笑で追及を回避する。

 ただこの光景を見せたいにしても少しの不可解にロキが気付いた。


「それにしても今は授業じゃないのですか?」

「せっかくだからな、うちでも噂の絶えない第2魔法学院の異端児に手解きしてもらいたくてな」

「おいジャン……」


 アルスの冷ややかな眼を申し訳ない表情で返すジャンは蠱惑的な微苦笑とともにその瞳に強い切望を含ませていた。


「これで吊り合いが取れるとは思ってないけど、頼まれてくれないかアルス。あいつにはもう少し背中を追い掛けさせてやりたい」


 彼の吊り合いが何を指しているのか、アルスにはわかった。過去の共同作戦時でジャンの部下が死なずに済んだのは一重にアルスのおかげだと彼はしきりに礼を述べていた。もちろん、アルスにそのつもりがあったわけではないのでそれを貸しにしたつもりはなかった。


 だが、貸しがないわけではない。これから貸しを作ることになるのだが。

 ジャンにはルサールカ訪問時の連絡でそのことについても頼んでいた。まだ色良い返事は返ってきてないのだが。

 もちろん命が掛かるとも伝えている。

 まずは引き合いに出されている条件を確認した。


「受けると言ったら?」

「……もちろん俺は最初から引き受けるつもりだったさ」


 つまりはそれを即答しなかったのはこの時のためだったのだろう。


「お前は教育者に向いてるよジャン」

「どうかな、これぐらいしかしてやれないのが歯痒い」


 ジャンが誰を指しているのかを逸早くロキは気付く。再会するのは7カ国親善魔法大会以来だ。

 全ての試合が中断されて訓練場に集っている生徒が駆け足でジャンの元に整列した。


「お久しぶりですジャン様、それにアルス様とロキさんも」


 真っ先に慇懃な一礼を披露したジャンの愛弟子と言えるフィリリック・アルガーヌ。軽いウォーミングアップを済ませたのだろうか上気した身体が熱を発していた。

 乱雑に毛先を跳ねさせた赤味がかった髪は清々しい雰囲気を出している。以前のような棘の籠った視線はすっかり鳴りを潜めていた。

 彼に続いて全生徒がジャンに向かって頭を下げた。


 アルスの記憶が正しければ7カ国親善魔法大会の面々は全員含まれていた。最初からそのつもりで集めていたのだろう。


 アルスはフィリリックに対して軽く腕を上げる。その意図に遅ればせながら気付いたのか、ジャンを一度見てから目を伏せて謝罪した。

 この場で様付けはよくない、というだけの話なのだが。


「皆突然集まってもらってすまないね。コルセイ理事長には講義の欠席を免除してもらえるように言っているから気兼ねなく腕を磨いてくれ」


 その妙な言葉に生徒を代表して一人の女性が挙手して前に出た。


「では、ジャン様のご指導ではないのでしょうか」

「そうなるね。今日は案内役だからね」


 翡翠色のかわった髪色をした女生徒の髪は鎖骨に触れる辺りで肌をくすぐるように揺れていた。正面から見ればモミアゲの毛束をリボンで二本に結っている。切れ長の眼はどうしたって不服に見えてしまうだろう。それ故に利発的な印象を持つ。

 片手に握られた二本の短槍は刃元、けら首から赤い紐が垂れている。


 他の生徒は落胆の表情に切り替わる中で彼女とフィリリックだけは変化が見られない。


「カリア、君にとっても良い刺激になるはずだよ」


 アルスはふとカリアという名に見覚・・えを感じていた。その名前、文字が記憶に残っているのだ。そして思い出すのはそれほど難しいことではなかった。彼女は7カ国親善魔法大会でルサールカのリーダーを務めていたのだから。

 アルスたち1年生の活躍が目まぐるしかったがために触れられることはなかったが、3年生の部では彼女が優勝している。


 第2魔法学院で彼女にチェックリストを入れていなかったのはカリアが三年生であり、第2魔法学院の三年生で彼女とまともに戦える生徒がいなかったからだ。


「ジャン様、私は日々生徒たちと刺激的な毎日を送っています。決して退屈を感じたことはございません」

「そう、だね。言い方が悪かった」


 カリアは淡々と述べるが、この場で気付かない者は部外者であるアルスとロキだけだ。彼女に比肩する実力者はフィリリックしかおらず、それも常にというわけでもない。


 カリアは見た目ほど無感情な人間ではない。それどころか内心は人一倍繊細だった。ましてや下級生に訓練の相手を頼むのは気が引けていたのだ。

 負けでもしたらどんな顔をして皆に指導すれば良いのかが無表情の下でいつも揺れていた。彼女自身ちっぽけなプライドだという自覚はある。しかし同校のそれも下級生ともなれば今まで築き上げた技術が虚しく感じてしまうのだ。

 やっと上り詰めた772位という順位が唯一心の支え。フィリリックは489位と自分よりも上だが、それはジャンという師がおり外界に出ているからで実力の差ではない、と内心では言い聞かせていた。


 だから、カリアはいつもフィリリックに試合相手を頼む時、必ず決着手前で切り上げるのだ。まるで臆病者のそれだとわかっていながらも全てを放り投げることができなかった。

 しかし、それがどういう結果を生むのか、カリアは気付いている。そう順位が上がらないのだ。いくら魔法の反復練習を繰り返しても模擬だろうと実戦に勝るものではない。カリアはフィリリックが入学してから100位は順位を落としている。


 彼女は人知れず大きな苦悩を抱えていた。だが、魔法師を目指す生徒たちは薄々ではあったが察していた。彼女の相手がいないことに……彼女がいつも後輩を指導していることに。


 それに気付いたのはジャンも同じだった。ジャンの中では弟子を取るつもりはなく、フィリリックは時間が空いた時に指導しているだけなのだ。それをジャンは責任だと思っている――彼を導いた自分の責務なのだと。


 シングル魔法師が特定の人物に目をかければ角が立つし、カリアは良くも悪くも名門の出。彼女を個人的に指導することができない理由は他にもあるが、そもそも学院に訪れるのは年に数回程度なのだ。その都度手解きはしているもののジャンでは彼女の苦悩を取り去ることはできなかった。

 ジャンのようにすでに周囲から認められた魔法師では彼女を本当の意味で変えることはできない。


 だからこそ、ジャンはフィリリックと一緒にカリアのことも含めてアルスに相手をしてもらいたかったのだ。

 何かが変わるきっかけにはなるだろう、と。



「今日はせっかくだからアルスに君たちの指導をお願いした……言いたいことはわかるが、僕は彼を高く評価しているし……」


 ジャンは生徒たちの表情を見ても顔色を変えない。

 アルスの順位を知る者にとってはこれ以上ない好運だが、知らない者にとってアルスとは未知数な実力ではあっても大会を途中棄権した点で印象的には良くなかった。


 カリアは「構いませんが、さすがに……」と言って鋭い眼をアルスに向けた。

 要は大会に出場した生徒に彼女の刺激になるとは思えなかったからだ。カリアは少なく見ても自分と肩を並べるという意味ではフェリネラ・ソカレントをライバル視していた。


 だからこそ尚更侮られているように思えて仕方ない。

 まだ隣にいるロキ・レーベヘルならばと思うが彼女は調査時に発覚した年齢的な差が大きいこともありやはり引け腰になってしまう。


 カリアは無意識にガリッと二本の短槍に力を籠めた。


 しかし、そんなカリアや生徒たちに対してジャンは明け透けなく答えた。


「大丈夫。君たちじゃ手も足もでないから」

「「「――――!!!」」」

「わかりました。ジャン様のご指示とあれば私たちは喜んで参加させていただきます」


(指示とは違うんだけどなぁ)


 頬を掻いて苦笑するジャン。



 カリアはいつになく不機嫌になっていた自分に気付いた。ルサールカが誇るジャン・ルンブルズがこうして見えるのは限りあることだ。

 本来ならば内心ではお祭り騒ぎのはずなのだが、彼の個人的な指導に淡い期待を勝手に寄せていたということだろう。なんて身勝手なんだとカリアは自重気味に反省する。


 とはいえ、ふとシングル魔法師にここまで言わせるアルスという人物が少しだけ気になった。

 だからカリアは――。


「ジャン様、もちろん全力でいいのですよね」

「もちろん」


 満面の笑みが返ってきたことでカリアはそれ以上何も言わずに頷いた。


「さぁ、時間も押してるし準備に取り掛かって、区画は全部解放……っと、アルス一人一人相手をするかい?」


 全員に聞こえるような声量でジャンが不敵に問い掛けた。まるで挑発でもするかのように。


「今自分で時間が押してるって言っただろ。全員で構わない」

「なっ!!!」


 この声はカリアが発したものだ。全員同じ驚愕を浮かべたが、いつもの彼女からはまず聞けないだろう声音に機を逸していた。寧ろアルスのとんでも発言よりもカリアの声に驚いていたのだ。


「ステージは通常通りで…………置換レベルは最大にしておいてくれよ。全員準備出来たら言ってくれ」


 ダメージの心的置換を最大にすることは危険度が高いということを意味している。それだけに侮っていた相手が一気に警戒する敵へと変わる。


「そうだアルス、うちのは最新設備といったと思うが、ここの変換率の最大は少し特別なんだ。まぁ、軍で一般的に使われる最大変換値の二倍と考えてくれ」

「なるほど、そこまでさせるつもりなのか」

「万が一さ」


 第2魔法学院では最上位級魔法はまず変換することができない。だから使用することもできなかったし、それに匹敵する魔力を込めることもできなかったのだが、ここでは最上位級までは易々変換してくれるようだ。

 ただそれが良いかというとあながちそうでもない。言うなればそれ以下の魔法というのは全て変換され、かつ心的ダメージをも軽減する。

 衝撃などは緩和できないまでも魔法を直撃しても耐えることさえできればすぐに復帰することが可能ということだ。


「それは構わないが、AWRはどうするんだ? 今は持ってないぞ」

「当然心配はいらないさ。荷物はこちらに着くように手配している」

「…………」


 アルスは無言で眇めた。今更逃れられるとは思っていなかったが、手回しが良いこととプライバシーについては別の問題だ。アルスの大き過ぎるバッグにはこれまでの集大成とも呼ぶべき研究資料が入っているのだ。


「そんな眼で見るな、こっちもこれ以上ない程丁重に扱わせてもらってるし、当然開けるような馬鹿はいない」


 ジャンの引き攣り気味の弁解をアルスはため息とともに流した。

 その間に訓練場の各区画が壁面に収納されていく。数段ほど低くなった訓練場は障害物のないまっさらな地形に変わった。


 すでに届いていた荷物の荷を解き、アルスは中から漆黒のAWRを取り出して腰にベルトを巻く。


 その様子を遠巻きに眺めていた生徒たちは、ルサールカが誇るシングル魔法師であるジャンに対する言葉遣いに不快感を露わしていたが、一瞬にして喉を鳴らした。

 ここにいる生徒は全員自前のAWRを所持しているがその誰もがアルスの持つ不気味なAWRから視線を外せずにいたのだ。大会でも最後まで抜くことのなかったAWR。


 二重に展開された障壁の中に三十名の生徒とアルスが、外側にはジャンとロキがいる。

 臨戦態勢に入った生徒たちとは反対にアルスは軽く身体を解す準備体操を始めた。



「君は参加しないのかい?」


 隣に佇む少女にジャンは何の気なしに問う。彼としては全然加わってくれて構わなかったのだ。寧ろ参加するだろうと思っていたほどだ。


「いえ、私はこの格好ですので遠慮させていただきます」


 淡白な声音にジャンは横目でチラリと見た。

 ロキが何を言わんとしているのかを察せられるから。


「申し訳ない……」

「いえ、ジャン様のせいではありません」


 満面の作り笑いにジャンは上手く笑い返すことができなかった。内心で悪いことをしてしまった、という思いがある。

 ロキの服装はまさに街中でデートでもするような可愛らしい服装なのだ。綺麗に梳かされた銀髪は髪留めが着いている。白いグラフチェックのブラウスにブローチのついたショート丈のジャケット、ショートパンツにヒールの高いショートブーツ。こんな格好だったから走ってルサールカ入りするのが大変だったのだが。


 ジャンは直視できなかった。すぐに無表情に変わりそれが拍車をかけて怖かったのだ。


 滞空する気まずい雰囲気が解かれたのは全ての準備が整ったからだった。

 何とはなしにアルスとロキの関係を理解したジャンはこれから機を利かせるのに全神経を注ぐこととなった。


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