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最強魔法師の隠遁計画  作者: イズシロ
5部 第1章 「休暇という名の労働」
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第1魔法学院の貴公子

 アルスの所属する第2魔法学院とは全体的な立地状況が異なる第1魔法学院は高層な校舎が多い。というのも首都フォネスワの南東部にあるため学院周辺には民家も広がっていることもあり敷地面積は第2魔法学院ほどではない。

 本校舎は正面から見れば扇状に広がった6階建、内部に訓練場も含まれているらしく地下にある。


 本校舎手前でアルスたちを出迎えたのは壮年の男だった。カジュアルなブラウンの紳士服に纏め、短く切り揃えた白髪交じりの短髪に整った口髭を生やしている。弛んだ目と深い皺が見た目以上に老けて映していた。


「よくおいで下さいました。着いて早々ではありますが、歩きながら向かいましょうか」


 がっしりと握手を交わす手は両手で包むように添えられた。物腰の低そうな男だが、今年度アルファが7カ国親善魔法大会で優勝するまでの二年連続優勝は彼の手腕によるところが大きいとのことだ。


「お久しぶりです。コルセイ理事長」

「おぉ~久しいな。それにしても見る度にでかくなっているんじゃないのか、ジャン。ふむ、やはりワシの若い頃そっくりだ」


 前言撤回。

 意外に図太い男のようだった。まさか稀代の美形を相手に若い頃にそっくりだと言ってのける辺り、物腰が低いというよりも柔らかそうだ。

 どことなく似ている気もする。


「さすがにこの歳ででかくはなりませんよ。御壮健そうで何よりです」

「お前もな、最近外は穏やかだと聞くがお前の頑張りもあるのだろう。相変わらず謙虚な所は変わらない、か」


 シングル魔法師を相手にお前呼ばわりをするあたり二人の間は相当に親密なのだろう。のちに聞いた話ではジャンが生徒だった3年間は黄金時代とまで呼ばれ、後世に伝わっているらしく、その時期にコルセイは教員として世話を焼いていたようだ。

 今で言うアルスとシスティ理事長のような間柄に近いかもしれない。


「コラァ~私もいるぞぉ」


 気の抜けるような間延びした声が馬車の小窓から聞こえてきた。のそりのそりと覚束ない足取りで馬車から姿を露わした女性にコルセイは「失礼しました!!」と平に頭を下げ、校舎入口で踵を返してそそくさと駆け寄って手を差し出す。


 老婆のように手を支えにヒスピダが降り立つと。


「景気はよさそうだね、理事長殿。試作品のデータ取りの際の協力には感謝しているんだよぉ私は」

「もちろんですとも、我が校の生徒も絶賛しておりました。まさかヒスピダ様もお越しになられるとは予想もしませんで」

「ま、いいけどね」

「はぁ~」


 忙しなく物腰を使い分ける当たり世渡りは巧みだ。

 そんな二人の関係についてジャンがアルスに耳打ちする。


「一時期学院の財政難で苦しんでいたところ、ヒスピダさんがバックアップしたって話だ」

「学院はどこも国策だろ?」

「そうなんだが、設備投資を徹底したために膨大な資金を注ぎ込んだのが原因だな。国策だろうと予算の割り当てに内務も苦悩していた。だが、生徒の質を落とすことを懸念したコルセイ理事長はリチア様に打診したんだが、通らずヒスピダさんに泣きついたってわけだ。あの人は金の匂いをかぎ分けられるからな。資金提供ではなく商品や企画提供・協力という形で経営に一枚噛んでる」


 以前にジャンがヒスピダのことを金の亡者と揶揄したが、ここまで来ると亡者というより申し子だ。


 さすがにヒスピダまでもが同行したとなればコルセイ理事長一人では手が足らない。いくら壮年とは言え疲れが見て取れる年頃のコルセイにジャンが助け舟を出した。


「コルセイ理事長、案内は私に任せてください」

「しかしだなジャン、私も学院を預かる身としてアルファの客人に失礼があってはいけない。それに学院については私も勉強をさせていただきたい、改善したい所は山とあるんだからな」


 無論、アルスとしてもこの理事長がいようがいまいが先導してくれる者がいるのならどちらでもよい。


 それはできないとばかりにコルセイはジャンに言うが、彼が気を遣っているのを察せないほど鈍くはなかった。


「理事長、この学院のことは隅々まで知っていますし心配はいりませんよ。それよりも場所の確保とか段取りに専念していただきたいのです」


 もちろん、コルセイもこの日のために急遽残業をして準備してきたのだ。余念はなかったが、確かにジャンが言うように理事長としてコルセイがいないほうが客人にとっては楽なのかもしれない。


 そう、コルセイはアルファの要人とだけしか知らない。それもジャンの知人であるということぐらいだ。

 ならばこの案内を彼に任せるのはコルセイにとっても客人にとってもベストな選択なのだろう。


「そうだな、無粋だった。アルス殿、できれば学院を見終わった後に少しお時間を頂けないでしょうか。学院を良くするための意見はなんであれ貴重なものです。それにアルファの第2魔法学院は今年の優勝校、中々私自身視察に赴けないものですから」

「えぇ、構いませんよ。ただ、容赦ないですよ?」

「それはありがたい。忌憚のないご意見を」


 アルスの牽制にもビクともしないコルセイ理事長は柔和な顔を更に緩ませて深々と腰を折った。


「それじゃ私も気分がよくなるまで休んでるから頃合いを見計らって呼んで貰えるぅ? 理事長殿ぉ」

「それは構いませんが……御客人が」

「良いの良いの彼とは有益な時間を過ごさせてもらったからね。それに後は見学でしょ? 私の出番はなさそうだからねぇ」

「わ、わかりました。では……」


 支え代わりに腕を曲げて彼女の横に差し出す。そこに手を乗っけて二人は歩き始めた。


「相変わらず奔放な人だ」


 ジャンが呆れ混じりに下した感想にアルスは「いいんじゃないか」と相槌を打つ。ある意味、個人的には望ましい人柄だ。

 それに本当に催されても困る。



 ♢ ♢ ♢



 それはあっという間のことだった。さすがにルサールカということもありジャンを知らない生徒はほぼ皆無だ。

 人だかりの群れにもみくちゃにされながらアルスたち一行は各教室を回っていく。講義妨害同然の騒々しさに教員も困惑を隠せないでいた。

 が、ジャンの一言で室内は水を打ったように静まり返る。彼がここに度々招かれている成果なのかもしれない。


 うっとりと恍惚な表情を浮かべる女生徒と羨望の眼差しを向ける男子生徒。これはこれで授業にならなそうだ。

 ヒスピダもいると知れば混乱は免れないだろう。ミステリアスな雰囲気を醸し出す彼女は密かな人気を博している。


 そんな生徒たちもアルスとロキを見て不躾な視線を向ける者はいない。さすがに全国が注目する7カ国親善魔法大会だ。一目置かれているということなのだろう。


「ジャン様、そちらのお二方は大会で拝見した……」


 恐る恐ると言ったふうにこれ以上ないほど礼儀を尽くした女生徒が代表するようにジャンに尋ねた。なお、現在も講義中であるのだが。


「あぁ、知っての通りアルスとロキさん。二人とも僕の知人でね。今日ははるばるアルファから訪ねて来てくれたのでこうして学院を案内しているわけなんだ」

「そ、そうでしたか!! お見えになると知っていれば……」


 知っていればなんだというのか、女生徒の頬がみるみる紅潮していく。

 おめかしでもするつもりだったのか、わからないが、その視線を追えば当然のようにジャンに行き着いた。


 それにしても7カ国親善魔法大会でも見たが、アルファとは違い機能重視ではなくファッション重視の制服は多種あるようで、女生徒だけでも3種類の制服が見えた。


 そんな身悶えする女生徒にジャンは綿毛のように軽く微笑んだ。

 

「ありがとう。僕はその制服も好きだし、今の君はとても素敵だよ」

「まっ!! ジャン様」


 血が一気に昇り過ぎたためかふらふらと覚束ない足元が眩暈を訴えた。それを我がことのように嬉々として舞い上がる女生徒は室内に色彩豊かな声を奏でた。

 これ以降、女生徒の制服が一種類しか見ることがなくなった、らしい。


 教員の迷惑な顔は半ば仕方ないものを受け入れているような諦めの境地だ。ジャンは一言妨害したことに対して謝罪する。


「それとアルスが放課後に講義をしてくれるようだから、みんなも来るといい。きっと役立つはずだ」

「「「はい!!」」」


 少しニュアンスの違う返答だった。


「彼はアルファ軍でも知らないものはいないほど有名な実力者」


 しかし、次の一言で生徒の表情は一瞬にして引き締まる。少なくともアルファよりは外界に対する脅威を理解しているのだと思われる。シングル魔法師の言葉であるのも否定できないが、前者であることをなんとなくアルスは願った。


「おい!」


 アルスの一喝をさらりと流したジャンは心配ないとばかりに続けた。事前に素性についてはまだ秘密にしておくはずだったのだ。肝心なことは口走るつもりはないようだが。


「個人的にも僕よりアルスのほうが様々な事に精通しているからね。君たちが成長する一助にもなるし、外界というものに対する他国……というより彼の見識は一見の価値があるよ」


 そこまで言われれば生徒の視線を否応なく集めてしまう。天井知らずにハードルは高くなる一方だった。

 ここで場を整えてやったぜ、的な顔を向けられたら即座に帰っていただろう。だが、ジャンは本気で生徒の成長を願っている。


 ジャン・ルンブルズとはそういう男なのだ。




 早々に教室を出て行ったのにも関わらず廊下を歩く一行の後ろには扉越しだろうと高まったボルテージの余波が騒々しく背中を叩いた。


「魔法学における基礎はもちろんだが、ここの教員はかなり個性的なイメージがあるな」


 これまで見学した講義の内容はほぼジャンの登場で中断を余儀なくされたが、液晶に表示されている講義内容はどれも教員の見解が書き込まれているものもあれば、直筆のものまでアルファでは見られない光景だった。


「それはしょうがない。この学院が掲げている理念は外界で生きていくための力を身に着ける類のものだから、教員も知識以上に現場での経験年数や実績を重視している。偏った知識を教えない為に教員には高水準での修学が求められるがな」

「では、ここの教員は全員が高位の魔法師なのでしょうか」


 ジャンが後ろ向きで歩きながらロキの質問に首を振った。


「まさかだ。良い選手が良いコーチになるわけじゃないように向き不向きはあるさ。当然、当校の教員の中には4桁魔法師も含まれている……ただ、外界での勤務期間は皆大差ない。部隊を任された隊長格も多い。そういった生きた知識は後世への教訓として伝えられるわけだ。いや、そうじゃなきゃいけないと僕も考えているよ」


 いくらシングル魔法師だろうと国営である魔法学院の経営方針に口出しすることはできないので、これは総督、延いては元首の意向なのだろうか。

 アルファも見習うべきだろうが、やはり上層部を一掃しておく必要はある。アルファの魔法学院は軍と元首の主に上層部で組織された【魔法師育成教育委員会】が最高機関になっている。


 アルスもジャンの意見に賛同した。いわばアルスがテスフィアやアリスに教えていることはまさに外界で生き残れる術なのだから。

 

「魔法師の質だけじゃどうにもならないからな。より実戦慣れしているほうが魔法師として使い物になる、これは前線に出ている魔法師なら誰もが思うところだろう」

「その点ではアルファは苦戦してそうだな」

「何にしても俺の関知するところじゃないが」


 小声でお前についても苦戦してそうだ、とジャンは胸中でぼやいた。

 

 どこか弾んだ歩調でジャンは「すまないが押しててね。次に行くとしようか」と言って浮動盤で階下に降りる。

 そして三階分ほど降りた辺りで減速、停止した。着いてジャンは「この学院はいろんな面でお金を掛け過ぎてるが、ここだけは正解だと胸が誇れる」と勢い良く両扉を押し開けた。


 開けるまでは無音だったが微かに開いた扉は眩い光を浮かべながら物々しい騒音が溢れ出した。



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