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最強魔法師の隠遁計画  作者: イズシロ
5部 第1章 「休暇という名の労働」
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荒れ模様の邂逅

「ほ~、万能性を追求する点では中々アルファで見られないコンセプトですね」

「少し違うわぁ。私が決めるんじゃないの」

「というと?」

「市場の需要を先読みしてるだけぇ、お金大好きだしぃ」


 主語に疑問を覚えたが、それよりも大好きという言葉をこれほど沈痛な面持ちで聞いたのは初めてだ。

 現在無駄に広い4頭立ての馬車内には対面式の座席にアルスとロキが、向かい側にジャンと初対面のヒスピダ・オフェームがいる。


 馬車内にシングル魔法師が三人いるという贅沢な環境が出来上がっていた。

 そしてアルスは挨拶を軽く交わして、魔法師というよりも商売人としてのヒスピダとの会話に華を咲かせていた。


 彼女は自身が使用する魔法書型のAWRを模して一般用に改良して販売している。

 プロフェッショナル仕様である魔法書型AWRは多彩な魔法を扱えることでヒスピダは重宝しているのだろうが、これが並みの魔法師には困難である最大の欠点だ。

 多彩な魔法というのは熟練した魔法師ならば系統魔法式だけのAWRでも事足りる、しかし、多彩な魔法という点で本型AWRは単一の魔法である魔法式をそのまま刻むため遥かに効率がよく魔法としての完成度も高い。


 だが、これには魔法式の理解が深くなくてはならない。ましては魔法書型ともなると実際の戦闘時に接近戦で役に立たないだろう。

 それがここまで人気を集めるのはヒスピダというシングル魔法師の高名さもある。


「大勢の魔法師が何を必要としているかを考えた結果こういう作りになったのぉ」


 そう言って脇から流通している魔法書型のAWRを渡された。

 それを受け取りアルスはまず全体のフォルムに目を通し、続いて中をパラパラと捲っていく。


「なるほど考えましたね」

「お金への執念が窺えるだろ? 今や魔法関係の通りでヒスピダさんなしじゃあれほどの発展はなかったと言われてるしな」


 ジャンの感嘆とも皮肉とも取れる言葉を我関せず……というか本当に具合が悪いのか、黙殺するヒスピダ。


 その様子にジャンは「気にするな、ただの働き過ぎだ。主にそっちのな」と苦笑して加える。


 研究者も商売人も過労具合で言えば大差ないのだろう、とアルスは曖昧に頷き、隣で要領を得ないロキのためにも解説を始めた。


「魔法書型AWRは単一の魔法式を刻むのが利点なんだが、これは一般化されている。つまりは利点であり欠点が使いづらさだったわけだが、このAWRは系統魔法式と単一魔法式を上手い具合に組み合せているな。実際に求められるのは単一魔法式より系統魔法式のほうだが、これはその両方を備えたAWRだ。既存のAWRにはない一般向けの魔法特化仕様とでも言うのかな」

「ルサールカは進んでるんですね」


 ロキの感想に間髪いれずヒスピダが青白い顔で「お見事」と正解をもたらした。


 アルスとしては売れ行きを考えた商品ではあるのだが、着眼点はまさに研究者のそれだ。


「進んではいるが、AWRは国にとっても主要な生産業だからどの国も余念はない。ルサールカでは魔法師の数が多いことからも生産数を重点に置いているし、アルファは品質重視だ。あそこは職人が多過ぎるからな。結局は国によって特色が生まれる」

「博学だねぇ、文武両道だぁ」


 魂が抜けるような間延びした称賛にアルスは言葉に詰まりながら礼を述べてAWRを返した。直後にゴトッと車体が揺れ。


「ゴフッ! ウッ……気持ち悪い」

「ちょっ、ヒスピダさん、体調悪いなら来ない方が良いってあれだけ言ったのに来るから」


 揺られながらの馬車に耐えきれなくなったのか、ジャンの言わんこっちゃない、といった言葉を返す間もなく見る見る死人のような顔色に変わったヒスピダは口元を押さえながら馬車の小窓から顔を出した。

 

 商品開発において彼女の右に出る者はそうはいないだろう。自分でさえ売り込むための宣伝にしているのだから。

 ヒスピダという人物もまたアルスと似た側面を持っていると言えた。共通して言えることは死因は過労だということだ。


「アルス様、気になったのですが、系統魔法式と単一魔法式の組み合わせというのは現実問題可能なのですか?」


 場の空気を戻すためだったのか、ロキの質問は研究者としてのアルスの食指を掻き立てた。


「良い所に気が付いたな」

「おや、そちらの子もまた博学ぅうう……ウウゥゥ……」


 せめて一言だけは言いたかったのかヒスピダは一瞬だけ車内に顔を戻してはまた外の景色に晒す。


 できるだけ触れない方がよさそうだと判断したアルスはパートナーのあっぱれな質問に自らも説明したい衝動が襲っていた。ジャンはすでに種を知っているのか、どこか気まずい顔で耳を傾ける。


「本来なら魔力の伝導率を多少なりとも損なうから推奨はされていない。ロキも見たようにレティなんかは単一の魔法式が刻まれたAWRを別に持っていただろ」


 ロキの真っ直ぐな瞳はここまでの説明を肯定していた。向かいで聞くジャンも「へ~」と軽く流している。


「二種類以上のAWRを持つのはかなりの手練だ。まぁ、多ければ良いという問題でもないが。結論を言えば実現は不可能じゃない。非効率ではあるがな、刻めても一つか二つが手いっぱいだ。その最大の要因はAWRの元となる材質にある」


 ピクリとヒスピダの肩が反応したの確認し、続けた。


「練度は無視するが、魔力から魔法を構築するまでに経由する魔法式は一つであれば100%だが、二つ以上だとどうしても反応してしまうため、注がれる魔力は90%以下になる」

「では、魔法書型のAWRは多様性に富んでいる分劣るということですか?」

「どうしてそっちにいく。それじゃ欠陥品だ。つまるところ二つを組み合わせる材質を見つけたんだ。でしょ? ヒスピダさん」


 いつの間にか窓の外に腕をだらりと出していたヒスピダは弱々しく片手を上げて「正解」と力無く肯定した。

 向かいではジャンがため息を吐いている姿がある。それですら嫌味たらしくなかった。


「いつまでも隠せるとは思わなかったが、よく初見でわかったな。トップシークレットも丸裸だ」

「それ私も聞きたい。商売は技術を盗まれるまでが生命線だか、らね」


 当ててはならないパンドラの箱でないことを祈りつつアルスはそんなに難しいことじゃないと前置きした。


「多少なりともAWRの構造に精通していれば気付くでしょう、材質なんてものは。そもそも魔法書型というのは解体すればページがAWRのようなものだ。表紙、外装は飾りだが、そこに別のAWRを持ってきましたね。おそらく系統魔法式が刻まれていながら良導体として回路の役割もあるのでしょう?」

「参りましたぁ~」

「これを使えばもっといろんなAWRにも応用できるのでは?」

「い、や……うっ!!」


 女性としては完全にアウト判定であろう醜態だった。彼女のような人種にはおしゃれや化粧気さえ二の次三の次だと思われた。

 応用について引き継ぐ形でジャンがドカッと背もたれに体重を預けながら口を開く。


「それが産出量の問題もあって中々に高価なものなんだ。僅かな量で生産できる魔法書型かそれ以下の補助用にしか使えない。ヒスピダさんが売りに出した魔法書型もAWRにしては高値にならざるを得なかった。コストが馬鹿にならないからな、それこそ今はヒスピダさんの商売戦略あってだろう。アルスも言ったようにこの材質、オーグライトというんだが、含有量の比率でやはり魔力を阻害する」

「なるほど、まさに魔法書型AWRに適してたってことか」

「そういうこと」


 突然始めたヒスピダの腹式呼吸の音が荒くなった辺りでジャンがさすがに見かねたようだ。

 

「ところでジャン、このまま元首様のところへ向かうのか?」


 ヒスピダの背中を擦りながら顔だけを向けるとジャンは罰の悪い顔で頬を無理矢理持ち上げて告げた。彼にしてはぎこちなさが拭えない。


「あっちも今日の日のために政務を寝ずにこなしていたんだが……」

「力尽きたのか」

「あぁ、今はぐっすりだ。明日には目が覚めるはずだ。で、予定なんだけど……」

「ちょっと待て、こっちにも予定はある」


 ルサールカ近郊に用があるというだけで数時間で済む用事だが。


「悪いが、アルスたちは国賓扱いなんだ。大々的に公表しないという条件はそちらの要望だぞ。こちらにも少しは顔を立てさせてくれ、なに僅かな滞在日数を全て奪おうとは思わないよ」


 さすがにお忍びですら自由な時間が持てないのか、と一つ学ぶと同時にガクリとアルスの首が気絶したように力無く折れた。


 馬蹄の連続音を聞きながらアルスはこの馬車でさえ控え目なのだろう、と嘆息しながら相手の顔を立てる首肯を一つ付いた。


 要はシングル魔法師としての仕事が待ち受けているのだろうと予想していたアルスは何かに似た建造物の前で停車するのを小窓の翳り具合で当たりをつける。

 アルファではシングル魔法師に課せられる仕事は軍の依頼を経由するためそれ以外については仕事と割り切るのは難しい。レティでさえ軍事教練の指導や要人警護程度だが、このルサールカではシングル魔法師の役目は多岐に渡る。


 その一つが。


「第1魔法学院、か」

「そ、俺は年に一回講義の場として招かれる。意識向上もあるが、今まで現場の話は彼らには無縁だったからな。平和ボケしないための指導だ。せっかくアルファから来たんだからこれを機に他国についても学ばせたいというのがリチア様とコルセイ理事長の思惑だ」

「おい、俺に教員じみた真似をしろというのか」

「してるだろ実際」


 馬車から降りたアルスは耳が痛い言葉に反論できない状況へ追い詰められる。弁舌を振るうのとは違うが、教え子がいるとそういう解釈をされるようだ。

 これは避けて通れないのだろうな、と思いながら金髪の青年に肩をポンと叩かれる。


「まずはルサールカが誇る第1魔法学院を見てくれ、後は好きなように知見を披露してくれればいい。リチア様たちもそこまで手が回ってるわけじゃない。シングル魔法師との交流の場を作ってやりたいんだろう。ましてや1位だ」


 皮肉っぽい言葉を清々しい顔で言うジャン。

 やりづらさを感じつつアルスは乱雑に後ろ髪をわさわさと掻いた。確かにこれもまた良い経験なのだろう。理事長への手土産もできる。少しは単位の融通も利かせてくれるだろうか、と淡い期待を抱いた。


 ルサールカのシングル魔法師とはなんとも損な役回りが多いようだ。人類最後の砦としての意識の高さ故だろうが。

 アルスは所属がアルファでマシだったと考え直す程度には面倒くささを感じた。

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