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最強魔法師の隠遁計画  作者: イズシロ
第4章 「陽の下」
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不落

 フローゼはそれも含めてテスフィアに対して「次期当主の自覚」と発したのだ。

 それに遅ればせながら気付いたテスフィアは何かを思い出したように頬を染めるばかりで弁解の言葉は放たれることがない。


 それをぶつぶつと呪詛を唱えながら直視する銀髪の少女。

 据わった瞳が健気な少女へとアルス越しに飛んでいた。そして一拍後には捨てられた犬のような潤んだ瞳が彼の眼下から向けられる。


 努めて無視するということに罪悪感を感じながらもアルスは口を開く。


「既成事実も何もありませんよ…………」




 誤解を解くのは実に容易なことだった。その際にくちづけというキーワードが放り込まれたがこの場ではいたしかたない。

 それだけでロキを眩暈が襲うに十分な威力を秘めていたのだが。


 フローゼは額を覆い、首を振っていた。


「我が娘ながら、なんて初心な」


 ここにきてずっと給仕に勤しんでいた執事のセルバが可笑しそうに整った口髭を振るわせる。


「フォッフォッフォ、それも無理からぬことです。お嬢様は夢を見て、夢に生きる麗人でありますれば」

「それじゃ困るのよ」


 長くなりそうな話にアルスは割って入った。


「こちらも軽率な行動ではありました。相手がある種の暗示を掛けていたことは事実です」


 しっかりと正当性を主張しつつ穏便に修める言葉も含ませる。

 さすがのアルスも貴族の常識を知り尽くしているわけではない。寧ろ、知らないことのほうが多いだろう。

 ここで接吻を婚姻と同義に取られでもしたら厄介極まりないのだが、今のところ暴論の気配はなかった。


「それに関しては今まで気付けなかった私の不甲斐なさが招いたようなものだから、感謝はするわ。でも……これを機に、ね」


 どうしても軌道を戻したいフローゼにアルスは断固として拒絶した。


「ヴィザイスト卿にも言ったことですが、俺にその意思はありません」

「それはそれで大問題よ。総督も黙ってないんじゃないの?」

「いえ、これは総督との協議の結果と見ていただいて結構です。こちらにもそれなりの事情があるんですよ」

「…………」


 その秘められた物がなんであるか、この場で最も気になったのは隣に座る赤毛の少女だろう。チラチラと窺い見る熱を帯びた視線。


「その理由をこの場で口に出すことは当然ながら出来ません」


 フローゼは大凡察したのか、不承不承納得しつつも問う。


「それは一生涯ということかしら、それともいずれは解消し得る問題なのかしら」


 随分と食い下がってくる相手にアルスは事実を述べる。実際問題核心を避ければそれに付随する条件も禁句には成り得ないだろうと判断した。


「どうでしょうかね。俺自身は解消するつもりで望んでいますが、結果がどうでるか神のみぞ知ると言ったところでしょうかね。わかるのもいつになるのやら」

「はぁ~、わかったわ。その神が善良な気まぐれを起こしてくれることを祈ってるわ」

「ありがとうござます」


 目を伏せたアルスはこれでやっと本題に移れると一瞬暗闇に染まった眼、次に開いた時には気疲れを全て振り払っていた。


 赤毛の少女は真相が気になるのか、落ち着かない様子だ。強烈な一言は反応に困っているようでもある。

 すでに意中の相手がいるわけではないのだから、比率で言えば少なくない安堵が占めていた。


 反対の銀髪少女は軽く魂が抜けかけている。それでもだらしなさとは無縁の彼女だ。姿勢だけは淑女然としているものの彫像のような硬さが窺えた。


 これまでの会話はかなりと言って良いほど気の抜けたものだった。


 事態をそれほど深刻に受け止めていない、とさえ取られかねないほどだ。ある意味でフェーヴェル家の存続に関わるというのに。


 アルスは訝しげにフローゼを見るが彼女は拍子抜けするほどに含むような笑みを保ったままだった。


「フィア、一先ずは目先の脅威をなんとかしましょう。フェーヴェル家を絶やすことはできないわ」

「は、はい!」


 続いてフローゼは「アイルの子坊主はこれを見越していたのかしらね……だとしたら」と小声でぼやいては即座に「それはないわね」と否定した。

 その際に皮肉っぽい笑みが口元を彩る。


 フローゼはアルスという最強の切り札を得たことで楽観視している節があるのを否定しない。それもそうだろう。彼女がおおよそアルスの順位について確信を得た時、彼の傍に娘がいることは本当に僥倖だったと言えた。

 これはまたとない機会だ。フェーヴェル家として存続するだけでなく、その名は向こう何百年と色褪せることはないだろう。


 家名を託されたフローゼは肩の荷が下りた気がした。

 娘の望みを叶え、それが家名を守るのであればこれ以上の好運はない。最優先は家の存続であることは変わりない、しかし、娘が望む相手とはフローゼの経験上成就し得ないものだ。

 フェーヴェル家にはそれに相応しい相手でなければならない。これは由緒正しき貴族の慣習だ。

 何代になろうともそれを覆すことはできない。フェーヴェル家の格位を落とすことは恥である。


 だからこそ、このまたとない相手を手放すことはできなかった。


 だというのにここにきてウームリュイナが出張ってきたことにどれだけ歯を食いしばったことか。己の浅慮さは後悔しても尽きなかったほどだ。

 フローゼはこの期に及んで家名だけを守るつもりはなかった。全ての条件が目の前に用意されているのだ。それを掴まずして悔いを残すことだけはできなかった――自分のためにも娘のためにも。

 どの道乗り越えられなければフェーヴェル家も終わる。貴族とは名ばかりの傀儡と化すのは目に見えていた。

 


 だから悠長でもなく、余裕でもなく、諦めたのでもない。

 既に覚悟は決まっていたのだから。二人の――正確にはアルスの意志を訊いたのはその決意をより強固にするためだ。

 両想いならば親としての責務を果たす。しかし、結果は誤解であったが、フローゼの決意は鈍ることがなかった。


 それは最後の最後で切り札があったからだ。落ち目は免れないがギリギリの所で存続は叶うだろう。

 フローゼは屋敷の奥に仕舞われている一振りの刀を幻視する。

 フェーヴェル家は氷系統の認識より刀を扱う家柄として名を馳せていた。今もこうして存続していられるのは先祖伝来の宝刀を守り続けているからでもある。


 万が一の時にはこの宝刀を交渉の場に持ち出せばなんとかなるだろうと打算あってのことだ。フローゼの代で致命的な汚点を残してしまうかもしれない。それでも彼女は躊躇わなかった。

 亡き父や祖父に顔向けできなくなるだろう。もしもの時は最悪な形で娘に家督を譲る情けなさが当主を苛んだ。



 気を取り直し、貴族の裁定(テンブラム)についての作戦を煮詰めに掛かる。

 もっとも、フローゼとてテンブラムについて行われたゲームを直に見るのは指の数ほどだが、この場にはなんといっても頼もしき老馬之智ろうばのちがいる。


 話を進める上で彼の知識は必要不可欠であろう。


「もちろん、お嬢様のためとあらば老骨に鞭を打ちましょうとも」そう言って出てくる案をテンブラムのルールに当てはめて是非をセルバが下す。


「正攻法じゃ歯が立たないでしょうね。不利な条件を相手側が提示してきたとは考えられない。どう見積もっても奇策は必要になってくる」


 アルスの的を射た意見にフローゼも賛同した。


「えぇ、そもそもテンブラムはウームリュイナが考案したと言われているわ。もちろん人間が作り出した物に完璧はありえないとは思うけど隙はないでしょうね。ましてや本番は戦局が秒単位で変わっていくはず……」

「仰る通りです奥様。事前に立てられる作戦通りに事が運ぶなど相当な力量差がない限りは難しいでしょう」


 セルバの視線が一瞬だけ不安げなテスフィアを捉えた。彼の言葉は要となるのはやはり指揮を取る者に委ねられているとさえ聞こえる。


「となるとこちらが誘導する必要がありますね」


 すかさず蚊帳の外を恐れたロキが割り込む。いつの間にか喪失状態から復帰した彼女は挽回の機会を逃したりしなかった。でなくともアルスの人生を賭けた試合に彼女が一切の口を挟まないということ自体ありえないことだ。


「まずは相手の主戦力を確認しましょう。実際の所セルバさんはシルシラとオルネウスという従者の実力についてご存じですか?」

「直に目にしたことはありませんが、シクオレンは代々ウームリュイナの血族の護衛として磨き上げられた剣です。もちろんそのおかげで過去ウームリュイナの家系で命を落とした者は記憶にありません。シルシラ殿はその中でも歴代随一の英才」


 そこでセルバは誰もが気付いていないだろう事前確認を口にした。それはアルスも予想していない抜け穴である。


「アルス殿、十中八九その両名は参加してきます」

「――!! それはルール上不可能なはずでは……」


 そう各家で一名しか代役は立てられないことになっているのは確認済みだ。


「シルシラ殿は確かに従者ではあるのですが、オルネウスという御仁については確か正式に雇い入れていないはずです。個人契約とでも申しましょうか。過去のテンブラムに二人とも参加したこともある以上、おそらくは……」

「額面は近しい貴族に雇わせているのか。ちっ――となるとあの二人が出てくる、か」


 テンブラムは個人的戦力に上限を設けているので一騎当千のように一人で突破することは容易ではない。というのも主に白兵戦を想定しているため、魔法の行使は身体の一部から離れてはならないのが大原則だ。

 これはある意味で役割に左右される。テンブラムには参加する兵に対して一名だけ遠距離による支援を許可されている。魔法を構成するための魔力供給に制限を設けているため、実質的には並みの上位級魔法が限界だ。これを弓兵アーチャーと呼ぶ。


 これらの制限は開始前に装着する腕輪によって魔力の奔流に強制的な負荷を掛ける。指示は通信と腕輪より発信されるため方向や座標はそれに従えばよい。

 もちろん、通信においての命令以外の連絡は規定に反する。

 


 貴族の裁定(テンブラム)の役割はいくつか存在する。事前にオーダー表に記載しなければならない。それを踏まえた上で全体を監視する審査員はルールに則しているかの判断を行う。王の命令を審査員は違反しないか判断し、命令回数をカウントする。

 王には仲間の配置がわかるようにマップが渡される。そこに配下からの情報を元に敵の位置情報をリンクさせることで戦況の全体図を明確化するのだ。これは初歩中の初歩であり、この優位を先手取ることは重要だ。


 弓兵アーチャー:戦場内における遠隔魔法の使用を許可されている。

 騎士ナイト:王の命令に服従する一方で独自の判断で動くことを許可されている。前提として全ての駒は指示に背けない。

 戦士(ウォーリア―):戦士に索敵された者は交戦しない限り前進できない。戦士は行動において標的を見失わないための追跡を独自で下せる。

 暗殺者アサシン:後退時のみ独断行動が許される。索敵されていようとも後退した場合に限り相手の王のマップに表示されない。

 盗賊シーフ:偵察において交戦の状況により撤退判断を独自に下せる。役目としては索敵にある。索敵範囲は目視外にもおよび、腕輪の探知範囲約50mの反応を自動探知する。

 工作兵ルーク:周囲50m圏内における相手の通信を傍受する。これは役割としての腕輪に追加機能がついている。

 歩兵ポーン:全ての行動において王の指示に従う。最下兵である。


 歩兵ポーン以外の役割は二つを上限として選択できるのだが、定石として最も王を殺しうるのは騎士ナイトである。


 

 実際の戦闘では回避行動まで指示を仰ぐ必要がないため、アドバンテージとしては戦局を大きく左右するかはそれこそ動かし方一つで有利にも不利にもなる。


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