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最強魔法師の隠遁計画  作者: イズシロ
第4章 「陽の下」
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知識の実

 アルスは息を吸い込み戦場を見据えた。敵は貪欲な学徒。

 殲滅するための知識はあるが、限られた時間内では彼らに向けた講義内容を絞らざるを得ない。彼らが魔法師として求めるものを提供できるかに尽きた。


「これからは講義形式で纏める。個人的な質疑は時間の無駄だ。生徒として向上心のある者は当然、先達の魔法師に学びたい薫陶を受けたいという思いがあるだろう。よってここでは普段学ぶ由もない外界の話なんかを踏まえた内容で講義していく。その前に限られた時間では当然全てに答えている時間はない。だからまずは質問を受け付ける。そこから展開していくことにしよう」

「では質問のある方は挙手を……」


 ロキの声に同調するように一斉にピンと張った腕が天井に向けられた。この期に及んで下級生という侮りはない。

 シングル魔法師というある意味で本人も認めた状況ではあるが、生徒たちは己の目で確認した圧倒的なまでの魔法センスに心奪われていたのだ。耳を貸すのはそれだけで十分過ぎた。


 いくつかの質問にそつなく即答するアルスはその中から一つ議題とした。


「外界で生き残るために魔法師に求められる素養とはなんでしょうか?」


 何人目かで男子生徒が月並みの質問を上げたが、これはアルスをしても少し考える時間を要した――一秒にも満たなかったが。

 さすがにこの場においてアルスを低学年だからと慣れ慣れしく敬語を取り払う勇者はいない。


 この質問は突き詰めれば膨大な時間を要するがアルスは面白いと思う。この学院において抜け落ちた要素。学院で学ぶべき授業にはほとんど含まれていないものだ。

 しかし、アルス個人としては軍に入隊する以前に見につけておくべき知識と技術であろうと考えていた。学院では魔法をメインに扱うがそれでは外界に放り出されてから四苦八苦するのは目に見えている。

 もちろん僅かな学院生活において限られた知識と自分の身を守るための術を学ばせなければならないのだから取捨選択は仕方がない。


 軍では外界における生き残る術を多岐に渡って学ばせるが、当然一年やそこらで全てを習得できるはずもなく、新人として任務を重ね、経験として培って行くものだというのが通例となっている。

 無論、そんな悠長なことをいっているから新人の死傷者がいつまでも減少しないのだが。それが数値として明確な危機を示すにはアルスの活躍は悪く影響しているのは確かだろう。


 ふむ、とアルスは一つ唸ると今回の題材として抜擢する。


「面白い質問だから、少ない時間ではあるが話すとしようか。さて、そこでメモを取るのは自由だが、悠長に書き終わるまで待っているつもりはないぞ。それだったら無理矢理にでも脳みそに要点を記憶しておくことを推奨する。同時進行なんて離れ業ができるなら問題ないが」


 そう指摘された生徒は有無を言わさずコクリと頷きメモ帳を仕舞った。

 全員の視線がアルス一点に集中すると緊張すら感じさせず流暢に語り出す。


「今質問があったように外界での任務は過酷を極める。ここで学ぶ魔法は生き残る術だ。だが、それは全てではない。寧ろ半分以下と考えてもいいだろうな。魔法は魔物に相対した時に身を守るための手段に過ぎない。ではそれ以外に外界にでる魔法師に求められるモノとは何か。ここにいる生徒全員が外界に出れる魔法師として仮定した上で話す」


 魔物を目の前に膝を屈してしまう魔法師は命からがら生き延びたとしても魔法師としてスポイルされてしまう場合がある。今、それを追求した所で話が進まないため、あえてアルスは最大の懸念を振り払う。


「全員がどの部隊で外界でどのように立ち回るのかはわからない。それでも奪われた領土の奪還など軍の防衛を離れての任務に就くとすれば、求められるものは魔法だけではない。外界では悪天候に見舞われるだろう。それを機微に察して先を読むことも必要だし、魔物の知識や習性を熟知していればそれだけ危機感知能力が高いことにも繋がる。この場合は隊の生存率に大きく関わるため重宝されるな。要はサバイバルが出来るかに終着する」


 一言一句聞き逃すまいと生徒たちは記憶するのではなく言っていることを理解しようと必死だった。

 この場には既にシングル魔法師はおらず、数多くの知識を与える教員と生徒の構図が出来上がっていた。


 と、なれば生徒たちも質問することに躊躇いが減る。


「でしたら、魔物との遭遇時における生存率はサバイバル能力に帰結するということでしょうか?」

「遭遇時ではまた別のファクターが作用するため単純な生存率で言えば隊を率いる指揮官の腕にも左右されるが、それこそ連携や魔法という今学んでいることが生かされるわけだ」

「では……」

「結論を急ぐな……そもそも遭遇と言ってもピンからキリまでだ。天候や地形、魔物の特性を事前に知り対策を立てることは遭遇時における優位性を確保するためだ。遭遇時という限定された状況だったから隊の戦闘能力を出したが、撤退においても退路を事前に確保できるかも違ってくる。では聞こう、君たちが今五人一グループで外界に出たとしよう。当然指揮も君たちの中から抜擢されるとしよう。隊のレベルで言えば4桁で構成された魔法師だ」


 アルスは脳内で状況を整理し、どうすればわかり易いたとえとなるか熟考する。何分自分では経験のないことだったが、想定するのにそう時間は取られなかった。

 仮想液晶ではなくホワイトボードに直接条件を記載していく。


「補給や、救援はなし。君たちは連絡の途絶えた外界数十km地点で方角だけを頼りに帰還の最中だ。メンバーは負傷者なく万全な状態としよう。探知魔法師が随伴していると仮定してもいい。それでも君たちが帰還するには隊の戦力を考えても連戦は避けなければならない。当然魔物は帰路に蔓延っているだろうな。だが、この場合天候はどれほど重要か」


 小首を傾げる生徒たちにアルスは微笑を浮かべる。これを知っているかどうかでも今後彼らが外界で生き残る確率が0.1%でも上昇するかもしれないのだ。


「まず、熟練した魔法師は天候を確認する。更に言えば湿度もな。アルファ近郊の魔物の種類は熟知しているか? 地形は?」


 答えを待たずに続ける。

 隣のロキも思案しているのだろう。ボードを見ては頷いている。


「君たちが生き残るためには重要なことだというのに人任せではダメだ。雨量によっても左右されるが、仮に雨が降っていた場合どのルートが最も安全か」


 アルスは簡単な地図を書き、それを見ずに一点を指した。


「もちろん全員が無事な状態だが、この場合は直線でアルファには帰還せず、迂回してクレビディート側から帰還したほうが遭遇率も低い。この辺りは縦長に禿げた平原が僅かにある。アルファ近郊の低レートならば雨の場合深い樹木で潜んでいる場合がある。そうしたルートを通れば退路もなく囲まれるのが目に見えているな」

「それは可能性の話であって……そのもしかすると高ランクの魔物と遭遇することも……ある、のでは?」


 反論をするのも一苦労な様子で女生徒が疑問を呈した。

 しかし、アルスはその質問を一蹴する。


「もちろんその可能性はある。だが、普通に帰還してもその可能性は同じくらいある。言っておくが外界において絶対という言葉ほど胡散臭いものはない。それでも生き残るためには常に最善を尽くす努力を怠っていいはずもない。ましてや隊を率いる隊長の心境は尋常じゃないぞ。隊員の命を預かってるんだからな。選択を間違えるわけにはいかない。最悪クレビディートに入ればいい」

「それでは排他的国境を侵犯するんじゃ」

「間違いじゃない。が、侵犯というほど大袈裟なことでもない。軍属である以上規則は守らなければならないが、それは命に代えても守ることができる堅物は往々に早死にすると決まっている。利用すべきは全てを使う。生きていれば挽回なんぞいくらでもできるんだからな。侵犯するからと命を投げ出す奴は軍に入るべきじゃないし、そんな指揮官に当たった不運を俺なら嘆く」


 辛辣な言葉は何よりも死者を出さないための心構えだ。

 それを生徒たちはどこまで汲み取ることができただろうか。


「もちろん、今の話は必要な知識だが、学院において今すべきことは最低限自分の身を守るための力を付けることだ。当然、軍に入ってから学ぶことができるが、もし時間があるのならば外界についてもっと知識を付けておいたほうが良いとだけ言っておく。春夏秋冬、防護壁内にいるとわからんが外界では環境の桁が違う。魔物に限らず猛威を振るう動植物の存在も忘れてはいけないだろうな」


 周囲を見渡して視界に時計を収めたアルスは肩を揉んで「ではこれで終わりにする当然質問は受け付けん」と言ってロキが退場を促す。

 張り付いたように机でメモを取る生徒たちはホワイトボードと手元を視線が行き来していた。


 アルスが黒板消しを持つと悲壮に満ちた顔で「あっ」と声が所々で洩れた。


 その表情を見てアルスは意地悪く現実を突き付ける。

 明らかに嫌がらせの意図を思わせる速度でせっせと消し始めてしまった。


「ハイ、終わり」

「「「あ~」」」

「メモをするんだったら、忘れないように頭で何回も繰り返し考えることだ。どういう状況下ならばどういった行動がいいだろうか、とかな。順番を逆にするな、まずは知識だ。戦略的にも戦術的にも考えるには材料となる知識が絶対的に不足しているからな。それに学院では教えていないことを俺が講義したことが必ずしも正しいこととは限らない。役には立つだろうがな。今すべきことを見誤ってはどの道苦しい思いをするぞ。魔法を磨き、その上で余った時間に頭の体操次いでに少しずつ詰め込んで行けばいい。こういうのは経験者に訊いたほうが勉強し易いしな」

「は、はい」


 どこか緊張した顔でバッと立ち上ると言われるがままに納得して足早に退室していく。

 アルスはこの状況が本当の自分の姿だとは思いたくはなかった。教員など悪引きだ。なんの冗談だと思いながらも不思議と退屈は感じない。


 ロキは毅然と断言した。


「アルス様、お見事でした。誰もが聞き入ってましたよ」

「よせよせ、当たり前のことを言っただけで称賛されるようなことはなに一つ言っていない」

「えぇ、そうかもしれません。誰もが外界では思い知らされることでしょう。ですが、それを事前に知っているのとでは結果は少しだけ違うものになるかもしれませんよ」

「どうだろうな」

「アルス様の言葉だからこそ彼らは耳を傾け肝に銘じるのです」


 言葉の端々に喜色を混ぜながらロキは感慨深げに捲し立てた。

 それが順位によるものなのかアルスの実力を直に見たからなのかはわからなかったが、彼らに確かな知恵を授けたという点では間違いないだろう。


 時刻は昼前。照りつける疑似太陽は仄かな眩しさだけを地上に注がせ、これから控えているであろう講義の連続をアルスは思いのほか苦痛に感じることはなかった。

 講義終了後にアルスの元まで来る無粋な連中のことごとくをロキが鋭い視線で排除したため進行は実にスムーズだ。

 どれもが新鮮な反応にアルスは自分の知り得る限りの知識を提供する。良く見ればこれで二度目三度目の生徒の顔もあった。

 しかし、どの講義もまったく別の内容であるのならば向上心の高い生徒にとってみれば一つも逃すことができないのも理解できる。ただ、数回で終わるだろう試算はことごとく裏切られるのだが。


 若干名教員の姿もあったがアルスには同じ学ぶことを前提とした顔に見えた。


 第2魔法学院における教員の質が向上する一助となったできごとであるのは言うまでもないことだ。知識畑の教員たちは生徒に教えるべき事柄より取捨選択を見極める慧眼を見つけるべきだ。

 現状と照らし合わせたリアルタイムな柔軟な考えを教えることで生徒もより広い視野で物事と向き合える。


 教員からしてみれば少々退屈な講義であっただろうが、革新を得るには十分な一時であったのは、帰り様の教員としての表情の変化を見れば一目了然だった。


 


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