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最強魔法師の隠遁計画  作者: イズシロ
第4章 「陽の下」
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行列のなる木

 なんの冗談だろうか、というアルスの内心呆れ気味の訴えは誰に聞き入られることもなくじわりと胸中を曇らす。

 学園祭最後の三日目、連日の賑わいは衰えることを知らず、今日も今日とて聞き取れない喧騒は乱雑とした客によるものだ。

 昨日に続き、アルスは己の仕事を全うできたと胸を張ることができなかった。それもそうだろう、彼の意志に関わらず問題事は彼を巻き込まずにはいられないようだ。


 もちろんそれを言い訳にするつもりはアルスになかった。何よりもポリシーに反する。だからこそ、最終日くらいは目を光らせるつもりで臨んだのだ。やる気になっている時ぐらいは満足のいく仕事をさせて欲しいものだが。


 残念ながらアルスには今年の学園祭での活躍は失われてしまった。

 憮然とした面持ちでアルスは椅子に腰かけている。それもいつもの教室丸々一室を使用し、その最奥にでんと腰据えた姿はどこか侘しさを漂わせていた。


 本来ならばこんなことをしている場合ではないのだ。一度引き受けた警備については今更だが、仕事をさせてもらえないのならばアルスにすべきことは山とある。

 その一つが今片手に持って指を挟むように広げている一冊の本。これは今朝方図書室で借りてきたばかりの貴族の裁定(テンブラム)に関するルールブックのようなものだ。


 これを読む限りテンブラムは貴族間では比較的メジャーな競技の一つと表記されていた。これが現在に受け継がれない理由にアルスはすぐに気付く。

 ある意味では意図的に廃止されたようだ。


 それもそうだろう。魔物が進行してきて以来、人間同士のいざこざなど不毛以外のなんでもない。軍というよりも国が廃れるように工作したとしても不思議ではなかった。

 テンブラムとは謂わば、戦争の縮小版のことだ。人間同士を争わせる戦略ゲームである。


 アルスは読みかけの本にしおりを挟んで軽いため息を吐きだしテーブルを挟んだ向かいに一歩ずれてピンと張った背筋で直立しているロキを見た。


「で、あと何人いるんだ?」

「最後尾では1時間待ちなのでざっと100は越えているかと」


 疲れた目で正面に座る生徒を見据えてから、その背後に整然と並ぶ行列を眺めた。教室内を蛇行する列は入口を抜けて廊下にまで至っている。


 何故こんなことになっているかというと、初日に加えて昨日でのことが原因だ。端的に言えば完全にアルスの順位が学院中に知れ渡った。

 それを受けて生徒たちは理事長に直接交渉するためのブースを求めたのだ。交渉とはだれ一人言っていなかったが。

 何にしても生徒たちからすればシングル魔法師というのは天上人にも等しいのだ。生徒たちの直談判は実に的を射ていたのだ、厄介なことに。


 彼らは言った。直接でないにしろ、ちゃんとした交流の場を設けなければ学園祭そのものが立ち行かなくなってしまうと。

 抜け駆けしようとはせずとも、アルスの周囲にとんでもないほどの人だかりが城塞のように構築されるのは二日目で明らかとなったのだ。

 生徒たちは様々な事故や入らぬ騒ぎの原因であると、紅潮した顔で理事長に直訴したらしい。


 その結果としてアルスは早朝から丸々一室を使った交流の場が持たれた。これには彼の意思は一切反映されていない。

 今日は模擬試合のスケジュール上暇となっているロキがそのお目付け役として進行役を受け持っている。


 横目で見るロキはどこか誇らしげに胸を逸らしていた。


「一人当たり、30秒ですので」


 ロキの言葉に愕然とする表情が見て取れた。

 とは言え、アルスと面と向かって何かするでもない生徒たちだ。文句は言っても実際に行動に移すことはできない。

 それでもたまにこういう面倒な奴も現れるのだが。


「今まで身分を偽っての生活、何かと思うところが多かったでしょう。察せる事が出来なかったこの身がお恥ずかしいばかり。ひいては不肖、チリッチ家嫡男、オロロが快適な学生生活をお約束します」


 椅子を用意してあるにも関わらず彼は直立したまま視線を中空に固定して恐る恐る紡ぎ出す。


 それをアルスは右から左に聞き流し、一言だけ返す。これはすでに数十回と繰り返していた台詞だった。


「結構だ。はい、次――」


 がくりと首を落としてもその瞳は未だ爛々と輝いていた。


 この手合いならばまだ一言で事足りるが、やはりそうでない者も少なくはなかった。


「失礼します」


 どかっと机に乗っけられた箱はこれで何度目だろうか。


「お納めください」


 そう言って漆喰の箱を開けると、その中には眩いばかりの金品が敷き詰められている。無論、こういった無粋な連中は当然のように裕福な家系に多い。


 ぱたりと興味なさげに蓋を閉めたアルスはキリッと見返す。

 正直言って時間の無駄だ。


「一度父とお会いになっていただけないでしょうか。東域第3国防殲滅師団の……」

「父君に恥をかかせるもんじゃない。見なかったことにする」

「し、失礼しました!!」


 三度ほど腰を直角に折ると机の上から金品の敷き詰められた箱をかっさらって逃げて行った。


 殲滅師団と言えばエリートだ。父というからには部隊の指揮官だろうか、過酷であると同時に重責の伴う誇りあるポストだ。

 間違っても腐った貴族のような真似はして欲しくはなかった。もちろんこれがその者の指示である可能性もあったが、どの道アルスの返答は変わらなかっただろう。


 まだ手ぶらの方が好印象を抱く。どうも貴族など身分にモノを言わせる輩の典型なパターンには疲れてきた。


 いや、持ってくるモノ次第では考えなくもないのだが、誰もアルスの趣向など理解している者はいないだろう。


 次の順番を呼ぶロキはやはり喜々としている。最近、何かとフラストレーションが溜まる思いをさせている気もするのでこの程度でガス抜きができれば安いものだろう。

 更に言えばアルスには秘密にしておきたいことがつい先日増えたばかりだ。さすがに自意識過剰とも思わなくもないが、テスフィアにした行為が漏れるようなことがあればロキの反応はきっと芳しくないだろう。


「へへへ、来ちゃった」

「なんの嫌がらせだ」


 てへっと舌を出す仕草で追及を逃れたのはアリスだった。彼女もロキと同様に最終日の今日は非番になっている。

 わざわざ並ぶ当たり彼女の意図が今一つ掴めないが、アリスはテスフィアと違って意図して回りくどいことをするため、これも単なる気まぐれの一つなのかもしれない。


「様子を見に来たんだけど、私だけすっとばして入ったら凄い剣幕で睨まれるでしょ?」

「いや……まぁ、そうかも?」

「でしょうね。この場にはアリスさんがアルス様にご教授を賜っている事実を知る者はいないでしょうし」


 ロキは既に様付けを敢行している。この期に及んでアルスも今更取り繕う意味がないのはわかっているので特に気にはしない。

 

 それにしてもやはりアリスはアリスのままだった。どこか小心な彼女は周囲の目に機微だ。わざわざ並ぶという手間に屈しても仕方がない。


 という話は当然背後の生徒たちの耳に届き、どよめきが湧く。さすがに1位からの個人的指導を受ける意味を誰もが想像しただろう。

 もちろんテスフィアとアリスが急激に成長を遂げたのがアルス個人のおかげであると下種な勘繰りをする者がでるともしれないが。


 否定はしないが、アルスはこの優秀な二人の弛まぬ努力故の成果だと思っている。


「それにしても凄い数だね」

「困ったものだ。一気にスケジュールが詰まったというのにな」


 その言葉にぐいっと身体を乗り出したアリスが小声で囁く。


「フィアはもう大丈夫だと思うけど、アルのおかげでまだ熱に浮かされてるよぉ」


 悪戯っぽい声音にため息を吐く。テスフィアにでも聞いたのだろう。アルスに色絡みの意図は一切ないといっても彼女らには何ら関係ないのかもしれない。話題性としては文句なしだろう。そういう年頃ということなのだ、とアルスは同年代でありながら達観した感想を抱く。


 少なくともロキの耳に届かない配慮はしてくれているようだ。


「アリスさん、一応一人当たりの時間を決めていますので」

「あっ、そうだったね」

「暇なら苦行に付き合わないか?」


 草臥れた顔を向けるアルスに、アリスは苦笑気味に「フィアの様子も心配だから」と先ほど大丈夫だと自ら口にしたことを容易く撤回する。

 彼女がこの場に残った所でただの道連れ以外の何物でもないのだが。


 横暴な要望を呑み込み、アルスは言伝を頼む。


「悪いんだが、フィアに学園祭が終わったら来るように伝えてくれ」

「は~い」


 間延びした返答は何を意味したのかわからないが、いい気分はしない。

 軽い足取りで教室を出て行くアリスは扉を開けた瞬間ギョッと廊下に顔を出す。


「ロキちゃん、1時間待ちが2時間待ちになりそうだよ」

「わかりました」


 淡々と返すロキとは裏腹にアルスは頭を抱えたい気分だ。まんまと逃げおおせた彼女が羨ましい。

 アルスもいっそ、と考えなくもないが、この学院内に彼が安穏と過ごせる場所があるとは考えづらい。


 列を見れば少し前には見なかった物が目に付く。あれは色紙だろうか。

 アルスは勘弁してくれと眉間を摘まむ。


「アルス様、ご心労とあれば散らすのも吝かではありませんが」

「本当か――」


 と言ってもこれは自ら招いた騒ぎだ。その尻拭いをパートナーに押し付けるというのも情けない話だ。

 が、これ以上、四苦八苦している暇も惜しい。


 アルスはバンッと机に両手をついて勢いよく立ちあがった。一人一人という構図がそもそも時間を食うのだ。実際貴族でもない限りアルスに用がある者などいない。

 要は珍しいもの見たさというのがある。


 そんな上辺だけのやり取りに時間を割くことをアルスは不毛に感じた。そんなことよりも彼ら彼女らにはもっとしなければならないことがある。

 学院の生徒である以上、その将来は魔法師に帰結する。


 根本がおかしいとアルスは感じていたのだ。もっと聞きたいことはあるはずなのだ。自分という魔法師に対してなんと無欲なことだろうか。

 学徒としての姿勢が見えなかったことに些細な苛立ちを感じた。


「面倒だ。ロキ、形式を変える。この教室に入れるだけ詰めろ。立ち見を入れれば70は入れるだろう。30分の講義形式で解消を図る」

「はい、畏まりました」


 どこか弾んだ声音を向けたロキはきびきびと生徒の誘導に移った。


 アルスも教壇に立つために人垣を割って重たい足を上げる。


 そして本来40名を収容できる教室には立ち見も含めた80人がぎゅうぎゅう詰めに押し込められた。


 猥雑な教室内でロキは笛を吹くような厳しい声で指を向ける。


「そこ、静かに!!」


 しゅんとなる生徒を尻目に場が整ったことを確認したロキは一歩横にずれた。お膳立てとしては満足がいったのか目を伏せて軽く銀髪を揺らすと凛とした面持ちで「では」と勧める。


 ここまでやる気を見せるロキに面喰うアルスだったが、時間は差し迫っている。80人ともなればチマチマやっていれば40分は掛かる。となればこの講義で30分で終わらせることができれば勝ちだ。




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