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最強魔法師の隠遁計画  作者: イズシロ
第4章 「陽の下」
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恵まれた劣位

 テスフィアは一人だけの保健室でベッドの上で横になった。アルスには精神的に負荷があったはずだから寝ていたほうが良いと言われていたが、とても寝付けそうにない。

 腕で眼の上を覆う。この先どうすればいいのか。考えることは数えきれないほどだ。


 ただ今、考えなければならない優先順位はウームリュイナである。想い人のことは一先ず考えないようにしなければならないだろう。


 三大貴族として幼少期より交流のあったウームリュイナ家にはフローゼに連れられて度々訪れていた。ずっと忘れていたはずだ。もっと言えば思い出さないようにしていた。

 テスフィアは過去を跳ぶ、遥か昔に遡り想起する。



 あれはまだテスフィアが9歳の時だ。

 貴族間の交流は退役したフローゼとしては最優先事項となっていた。彼女の功績によりフェーヴェル家は頭角を現しあっという間に三大貴族の仲間入りを果たした。

 それ故に懇意にすべき古参貴族とは定期的に密な関係作りに精を出さなければない。これは貴族社会ではごく当たり前のことだった。ある意味では軍とは違った貴族の派閥がありルールがある。


 貴族の最たる家がウームリュイナだ。フェーヴェル家は由緒正しい格式高い家柄だが、魔物の出現で貴族に求められるのは古さではなくなってしまった。

 人類を代表するのだ。高貴さは責任を伴う。


 古ければ古い程、貴族というのは高貴さを誇示し続ける人種のことだ。それはフローゼとて例外ではない。寧ろ彼女は家を守る責務をも負っているのだから、何よりも貴族であろうとした。

 貴族は上位貴族の管理の元で統制されていると言っても過言ではない。三大貴族とは貴族間のいさかいを抑止する、言わば貴族の眼だ。


 派閥とはそういう意味でのグループ分けのようなものだ。派閥同士の争いなど忌避されるべき事態と言えた。

 そのため三大貴族間では情報を交換したりと別の管理職も兼任している。とはいえ、貴族の全てを管理することはできない。そして強制権ももちろんない。

 単なる御旗とでも言うべき監視である。無論、下位貴族間のいざこざもまた三大貴族に責任が帰属することはない。

 だが、責任の範囲を超えてくるのが貴族というものだ。あるべき理想像をそれぞれが持ち、それに沿うように貴族として理想的にあろうとする。

 そのため三大貴族以外は三家の内の一つとは懇意にしているものだ。


 三大貴族間の交流は成り立てのフェーヴェル家、ソカレント家と含めた三家で定期集会を開くのだが、ソカレント家のヴィザイストは本人の性格もありほとんどを欠席していた。


 そのため次期当主として将来を嘱望されたテスフィアとウームリュイナ次男であるアイルが面倒を見るのが常だった。

 当時はウームリュイナ家の長兄が唯一当主との会合に参加することを許されていたのだ。


 言わずもがな貴族の息子などそんなものだ。二番目、三番目ともなれば扱いとして保険程度の存在。だが、アイルに限っては虎視眈々と幼いながらもヴィジョンを思い描いていた。

 それはたとえ両親であろうとも彼の本質を見抜くことができなかったということだ。ずば抜けた天才ではなかったが上辺だけの口上は卓越していた。相手の隠した本心や野心を見抜くのは造作もないことだった。彼が唯一興味を持てたのは魔法ではなく、人間の思考だったのだ。

 最初は実験的にメイドの数人と会話をする程度。


 自室に呼んで他愛もない会話を繰り返した。メイドたちは最初こそ緊張な面持ちで終始平伏するような上辺だけのやり取りだったが、コツを掴んだ後は実に拍子抜けするほどだった。

 想いを引き出し、不満や苦情を満面の笑みで受け止める。つい友人感覚で敬語を忘れようともアイルは幼いながら笑顔で受け流した。


 どんな言葉が欲しいのかそれを探る。近しい距離に持っていき誘導してやれば口を軽くする。欲望や願望を満たし、優劣を薄れさせる。それは地位の差を忘れさせることでもあった。

 自らが望んで口を開くようにするのだ。数カ月も過ぎた時にはメイドたちはアイルとの会話を楽しんでいた。様々な仕事の中で最も気が楽になるのだと。休憩時間よりも充実した感覚だった。

 相手が子供だとしても、それすら感じさせない。


 アイルは兄弟との間に一切の情を挟まない。その代わりに場所を譲ってもらおうと常々思っていたのだ。


 さぞ、兄が将来座る場所は見晴らしが良いだろうと。

 下等な人間共を駒のように使い捨てることすら可能な高みなのだ。


 アイルがそれに気付いたのは父に不敬を働いたどこぞの馬鹿な貴族が出た時だった。名前など知らない、知っているのはウームリュイナ家より下位だということだけだし、それだけで十分だ。

 貴族として軍に顔の利くウームリュイナ家当主は瞬く間に家を一つ潰してみせた。それは呼吸をするが如く指先一つの指示だけのことだ。


 それで思い通りに事が済む。

 三大貴族といえど実質的にウームリュイナ家より力を持った貴族など皆無だった。軍とて無視できないほどの権力と財力と戦力。



 ウームリュイナ家ではメイドから傍付きに昇格させることができる。ある意味では慣習だ。これは志願制であり二人の息子たちが指名することもできるのだが、ウームリュイナ家では貴族の資格として下の者を率いる先導者としての力量をも要求される。

 言ってしまえば当主候補とメイドの両者が合意しなければ側近として傍付きにはなれない。無論メイドたちには伏せて行われるため断ろうと思えば断ることも可能である。それによるペナルティは発生しない。

 年に一回、これは執事長、メイド長とで執り行われる。


 傍付きが現れない年も多い。メイドたちもそうだが、当主候補の二人がそもそも数を必要としないことが原因だった。

 それでも一人に付き二枠ほどのチャンスはある。

 これはある意味でウームリュイナ家の人間に最も近いメイドが選ばれるのが常だ。メイドたちもそれを知ってか志願する者は出来レース同然に少ない。


 アイルは兄と二人で中央に現当主である父を置き、選考が始まるのを待った。二人の息子たちは広大な舞踏会を開くためのホールで距離を取って座っている。

 反対側にはメイドたちが整然と同じ所作で整列していた。

 ここにいるのは屋敷の雑務を行う雇いメイドではない。最低限の雑務は別に人材が用意されているのだ。ではここにいるメイドたちはというと、主に身の回りの世話などが該当する。用事を言付かるのもメイドたちだ。鍛え抜かれたメイドの中のメイドである。


 アイルの事前の下調べで兄はたった一人、その女性を傍付きにと強く志願していた。

 アイルはただじっと結果だけを持った。


 中央では現当主である父に代わってメイド長が若さを窺わせる張りの利いた声を上げる。


「それではこれより傍付き選考会を始めます。なお、次期当主であるお二方には貴族としての資質も問われることになりますので」


 その言葉にアイルは誰にも気付かれないように内心ほくそ笑んだ。二番目である自分が候補として呼ばれるなんて……なんて優しいのだと。

 既に次期当主など決まっているようなものだ。たった一つの優位な点が決定的な決め手。

 たった一つ、先に生まれたというだけのことで。


 兄は地歩を確信して止まないことだろう。それは父にも言えることだ。後継者など生まれる前から決まっているのだから。

 ならば既存の浅はかな考えを覆せばいいだけのことだった。


 傍付きの試験はどちらかというと二人の子供に課せられた試験でもある。

 寧ろそちらのほうが意味合いとしては強い。


「それでは傍付きとしてお世話したいほうへと向かってください」


 メイド長の言葉に一礼したメイドたちはそれぞれが仕えたい方へと歩み寄って行く。


「なっ!!!」


 そんな驚愕の声を上げたのは兄だった。兄の強く指名していたメイドもアイルの側に付いている。

 そう、ここにいる50人近いメイドの全てがアイルの背後で整列していたのだ。


 これには当主も言葉を詰まらせた。


 兄の驚愕を無視して事前に知り得ていたメイド長はアイルに対して畏敬の念を含ませた声音で問う。


「では、アイル様、この中から傍付きの指名をお願い致します」

「わかってるよ」


 柔和に返したアイルは背後を一瞥して一言発した。


「じゃ~ここにいる全員を僕の傍付きに指名する」

「――!!」

「し、しかしアイル様それでは暇を余すメイドが……」


 メイド長の言葉を流し、


「これでも足らないよ」


 父を当主と認識した上ではっきりと断言した。


「当主、モロテオン・フォン・ウームリュイナ様、次期当主としての資質の明暗が分かれた今、それでは物足らないと思います」

「聞こう……」

「下の者の支持を集めた今、この人数を使いこなしてこそ求められる資質ではありませんか? 誰一人として不要な存在を作りません」

「だがな……」

「結果として出ている以上、兄上にお譲りするというのも不敬極まりない話です」


 アイルは憤慨する兄を尻目に当主を見返した。

 ここで求められるのは当主としての資質だ。それが正しい資質でなくともいい。現当主が正しいと思う資質を提示できれば良いのだ。


「もちろん、これほどの数ですので、仕事を怠るようなメイドが現れるかもわかりませんので【仮】としてはどうでしょう。その判断はメイド長に任せます」


 そんなメイドがいるとは微塵も思っていない。それもそうだろう、アイルは彼女たちにとってかけがえのない存在。縋るべく存在となっていた。

 次の実験ではできれば嫌悪すらをも越えた服従を植え付けることだ。その次は痛みを……次は命を……天秤をアイルに傾けることができれば実験の成果としては十分満足がいくだろう。


 当主の望みを正確に読んでいたアイルは続けて畳みかけた。

 まるで子供とは思えない、含ませた笑みを浮かべて。


「父上、僕ならウームリュイナ家の発展に貢献することができます」


 二人の子供にそれなりの英才教育を施してきた。当主は厳めしい顔つきで当主候補として問う。


「いかにして」

「まずは三大貴族を普遍にしなければならないでしょう。今のように代わる代わるでは下位貴族に示しが付きません。その上でウームリュイナ家は常に最上位を座すれば良いのです。まずはフェーヴェル家、確かあそこには僕に近しい娘がいたように思いますが」

「――!! 取り込むつもりか」

「えぇ、そうなればウームリュイナは盤石だと思います。無論フェーヴェル家を途絶えさせるつもりはありません。子供を二人設ければ存続は可能でしょう。であるならば、間違いなくウームリュイナは向こう百年は確実に……」


 当主は口を閉ざした。思案ではなく驚愕しているのだ。自分の息子とはいえまだ十の子供だ。

 自分と同じ計略を抱いていたことに頼もしくも恐怖心が湧く。ましてや、これは次期当主への義務だ。強制なのだ。嫌がって然るべき所だろう。決められた相手と婚姻するなど。貴族としての自覚が芽生えたとしても早々割り切れるものではない。

 だと言うのにアイルはその婚姻すらも利用しようと画策を明かした。そのために自分が犠牲になろうとも。


 しかし、アイルにはそれこそどうでも良いことだった――将来家族ごっこを演じようとも。


「よかろう、お前のしたいようにしろ」


 それだけ発すると兄の制止を無視してホールを後にした父。続いて兄も必死に追い縋る。

 残されたのはアイル、メイド長、執事長だけだった。


 30代後半とは言え、まだまだ若づくりする必要のない清楚なメイド長は嘆息するようにアイルに向かって発した。

 持っていた書類は全てを見越してのことだ。


「お疲れ様でしたアイル様」

「ウェルネとテイグもね」


 メイド長をウェルネ、執事長をテイグ。

 二人は労いの言葉を受けて同時に腰を折った。

 事前の根回しは上手くいったようだ。二人には特別してもらったことはない。端的に言えば兄が傍付きに指名したメイドの情報を流して貰ったのだ。


 そこから手籠めにしたのはアイル自身の手腕による。


「すでにご用意しております」


 そう言ってメイド長から受け取った書類を満足そうに眼を通す。

 フェーヴェル家の息女、テスフィア・フェーヴェルに関する様々な情報。この場合はフェーヴェル家とでも言えば良いのだろう。

 会合の際はいつも通り兄に道化を演じてもらい、自分は彼女を……。



 それから幾度かの会合の場が持たれた。その都度、アイルはテスフィアと一緒にいた。余人は自分の手中にあるメイドのみ。

 実験の第二段階が始まった。



 暴力ではない、恐怖を擦り込む。そして一切の反論を唱えない人形作りだ。


 幼くも将来は間違いなく美女と呼ばれるだろうテスフィアを見た時アイルは、まさに打ってつけだと思った。

 貴族には容姿も重要な要素だ。アイルはどちらかというと全てにおいて恵まれていた、無能な父に似ずに良かったと心底安堵したほどだ。

 

 当時のテスフィアも幼いながらも貴族として育てられているのが顕著に表れていた。

 楚々としており、まだまだ覚束ない礼儀作法。


 それでも言葉遣いだけは女性としては勝気な凛々しさを感じてる。


 自分を目上の相手として敬う心。それを作り変えるというのはアイルにとって至高の喜びだ。

 初めての手合いだったが、どうすれば良いのかのイメージだけは付いている。


 まずは上下関係を明確にして、断りづらいことを頼むのではなく、命令する。

 次第に見えてくる彼女の大事な物。


 家名? 母? 自分? それとも幼いながらも誇りでもあるのだろうか、と探り探り突き止めていく。

 テスフィアの心を丸裸にする工程はアイルにとっても充実した時間を与えた。


 罪の意識を植え付けるのもまた一つの手だ。しかし、彼女はまだ物事を多角的に見ることができないだろう。ならばどうすれば最も服従させることができるか、それも盲目的に。


 まずはテスフィアの行動一つで自分の家が没落すると強く認識させた。その力がアイルにはあると理解させる。実演する必要はなく、そうなのだと疑いさえ抱かれなければブラフだろうと問題はない。次は手駒のメイドを故意にしかり付けた。それは見せしめであるかのように暴力、血を見せるほどだ。


 恐怖を認識させるのは多感な子供には容易い。

 後はテスフィアに対して嘘のような優しさを持って接した。まるで実の兄のように演じたのだ。


 絶対的な権力を見せつけ、自分が逆らえないと思わせる。そこには彼女個人ではなくフェーヴェル家という家も含まれた。いや、それが最も大きい。

 個人のマイナス要素など、どうとでも乗り越えられるのだ。そうではなく連鎖的に不利になる要素、失う物を明確に擦り込ませななければならない。


 アイルはテスフィアと合う時と別れる時には必ず手をおでこに当てた。彼女からは彼の首から下しか見えないように。

 一種の暗示にも近いがその効果は覿面だった。


 今までとは違い、親しい関係から意識に割り込むのではなく、絶対に逆らえないという恐怖心から入り込む。

 後は罠にかけてテスフィアに罪を与えるだけだ。それだけで彼女は抗えない。成す術などなかった。


 全ては予定通りに進んだのだが、アイルは面白さを感じなかった。

 出会って半年もたたずに言いなりも同然の彼女は婚約の書類に直筆のサインと拇印を押す。一切の疑問を介さず婚約が成立した。


 しかし、光を失ったはずのテスフィアの眼はそれから三カ月ほど経った時には別の色を帯びていたのを見た。

 彼女が誰かと接触して影響を受けた、心境の変化を物語っていた。力が戻った眼はアイルに婚約の破棄を申し出た。

 さすがのアイルもこれには驚いたものだ。自分が完全に人形へとしたつもりだったが、自我の成長は完全にいいなりとすることの弊害になるのだと知った。

 だから今は何をしても効果が得られないのだろう。


 しかし、アイルはそれはそれで嬉しくもあったのだ。全てが上手くいき過ぎたのでは面白みに欠ける。

 反抗的な彼女の心を折ってこそアイルが求めた木偶ができる。


 アイルは自我に入り込むため手を尽くした。主体性の重要な部分に自分を置くことで解決を図れたのは大きかっただろう。

 意識に擦り込ませる上でアイルはいくつかの条件を無意識下に刻んだ。

 いずれは自分と娶わせる女だ。その間に誰かと結ばれるようなことになったのでご破算だ。だからアイルは彼女に魔法師としての大成を目標とするようにと教え込んだ。

 きっとこれがキーになるだろうと思った。きっと魔法師を諦める事態を彼女は最も忌避する。ならばそれをアイルが挫けば元通りだ。


 成長して思考も変化する。それでも幼少期に染み込ませた恐怖心を再起させるトリガーとなる。

 テスフィアには他人との婚約を否定しなければならない。アイルの言葉なくしての婚約を彼女は忌み嫌うように植え付ける。その上で男というものに対する関心を薄れさせた。


 今はそれで十分だ。本番は数年後。

 アイルがいよいよもって当主の座に近くなった時にこそ役に立つだろうと。

 

 

 人情の欠片もないアイルだが、ただ一つだけ他人を評価する基準を持っていた。

 それは力だ。


 力ある者は染まり難い。それを手に入れるためには今までのように意識に介入したのでは難しい。この場合、最も効率的なのは共感だ。

 まずアイルは戦闘用の専属メイドを一人、シルシラを傍付きに選んだ。彼女は元々警護を兼ねたメイドである。執事のようにも見えなくもないが、それは彼女が戦闘員としての責務に性別を差し込まないための覚悟だ。

 シルシラ・シクオレンは代々続く護衛のためにウームリュイナ家に仕えている家系の出だ。彼女の実力は歴代でも突出していると聞いていたため、兄よりも早く取り込んだ。


 純粋な彼女は悪意には鈍感だった。そのためアイルは聖人君子を演じ続けてた。彼女を心から守ると思わせるには最短コースだ。

 案の定シルシラは護衛として誰よりも忠実だった。彼女は業のせいもあるが、命を賭してもアイルを守るだろう。


 無口なシルシラもアイルの前では人が変わったように達者になる。そういう意味でもアイルは優先順位としてシルシラに最も時間を割いたと言えた。


 次にアイルは外から一人雇い入れる。本当の意味で彼には理解者が必要だった。狂気の沙汰を共に歩けるものが。

 それが当時世間を賑わせていた魔法師狩り【狩人】と呼ばれた犯罪者だ。

 アイルは巧みに包囲網を狭め接触を図った。一対一の常軌を逸した状況で彼は初めて胸の内を曝け出した。


「一緒に国を取ってみないか」と。


 アイルは元々そのつもりだったのだ。王族という高貴な身分でありながら貴族という下賤な格付けに甘んじている父に我慢ならなかったのだ。


 彼がアイルの軍門に下ったのは単なる気まぐれなのかもしれなかった。この包囲網内にはシルシラもいる。彼女を無傷で突破できるとは思わなかったのだろう。

 どちらにしても即答だった。


 彼もそろそろ潮時だと感じていたのだ。魔法師を狩るのは自己の存在意義を証明するためだと男は言っていた。

 アイルは彼に関する全ての情報を抹消させた。そして新たにアイルの従者として戸籍を偽造――名をオルネウス。


 彼だけがアイルの思想に共感してくれた本当の意味での強者だったのだ。

 


 アイルは奪われたものを奪い返すことを企てた。アルファはウームリュイナの下、運営されていかなければならない。

 何よりもアイルは最も高い場所を望んだ。

 同じ王族であっても現在元首の地位に就いているアールゼイトと同格だったのだ。それが今はこの差。


 年齢としてはアールゼイトにはシセルニアと呼ばれる絶世美の娘がいた。彼女とくっ付くことも選択としてはあった。しかし、アイルは彼女を最も嫌っていた。初対面で全てを見透かされたのだ。


 彼女は確実に敵だとアイルに思わせた。どんな言葉も彼女には全て見透かされる。それを分かった上で自分に掛けられる余裕の台詞。

 全ては力の差だ。地位の差だ。シセルニアはこの国で最も高い場所にいるのだから、それも当然だろう。


 シセルニアだけはアイルでも考えていることを読むことができなかった。何を思っているのかわからない不気味さは同時に吐き気のような不快感を伴う。

 だからアイルはシセルニアが元首に就いたと知った時、歓喜したほどだ。


 あの上から見下ろす女を引き摺り降ろすことができるのだと。

 そして自分の足元に平伏させてやるのだ。


 頭を踏みつけ、身分の違いを証明する。頭の出来を勘違いした女を懲らしめる必要があった。だが、様々な問題は山積みとなっていた。

 フェーヴェル家を取り込むことは同時にフローゼを取り込むことでもある。


 毒を呑むには彼女は強過ぎる。ゆくゆくは退場してもらわねばなるまい。

 もっともっとウームリュイナを大きくしなければならないのだ。


 アイルは着実と準備を整えた。しかし、それが天に届くことがないと知ってもなお狂気の縁に足を掛ける。

 


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