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最強魔法師の隠遁計画  作者: イズシロ
第3章 「かつての栄華」
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一難去ってまた一難

 訓練場に引き返したのはすぐのことだった。

 一応理事長も同伴しているのは単なる興味故だ。


 再度、騒然となる訓練場は結果として舌を巻く事態となりそれほど騒ぎにはならなかった。まさに職人の技といった具合に感嘆を漏らす程度だ。


 自分の尻は自分で拭わなければならない。さすがにフェリネラに頭を下げられるようなことではないのだ。

 問題は穴を埋めるということはそう容易いことではない。

 教員を総動員したとて易々と元に戻るかと言うとそうでないのが魔法が万能と言われない所以である。要は魔法は仮想を一時的に現実の事象として投射するからだ。

 魔法は魔力を媒介に発現する一時の奇跡。


 つまり土系統の魔法でも一時的に穴を塞ぐことに成功したとしよう。しかし、それが物質としてあり続けるには魔力を要する。つまりはその場凌ぎでしかない。

 ではどのようにして戻すか。


 これはアルスが今までに戦った痕跡を修復する際にも用いられた方法だ。

 要は仮初の質量を与えればいい。魔法であろうと現実の物質としての媒介を魔力から物質に置換すればいいだけのことだ。

 言うは易し行うは難しと言ったところだろう。この規模の損害は修復に必要な魔法師を100人は要する。


 今回の場合置換するのは容易だ。無論一人で行う分膨大な魔力は消費するが。


 まずは穴の壁面を正確に複写する、ひたすらそれを繰り返すだけだ。しかし座標は逐次変更し複写位置をずらさなければならない。

 例えばアルスならば手っとり早く【リアル・トレース】で小石を複写する。発現場所を少し重ねるとどういうことが起こるかと言うと、小石が同化するようにくっ付くのだ。

 少しずつ体積を増やしてやればいい。


 そうすることで世界を欺く。そこにあるものとして魔力が尽きても質量を同化した物と同じ物質へと変異させることができる。これについては理論的な解明はできていない。


 この手の技術を得意とするのは頭で計算できる人種に多く見られる。もちろん投射しても置換できない場合はある。それは鉱物に含まれる含有量によって左右されるからだ。

 この場合は複写する素材は無数にあるから心配はないだろう。


 また質量が大きいものを一気に複写しようとも現実との乖離が大き過ぎると実体を得るのに数年の時間を要する。

 蛇足だか硬貨を使わなくなったのは技術の進歩以外にこれが原因でもあるのだ。同時に硬貨にも含有量から複写できない金や銀も使われているが、そういう違法の技術があること自体を忌避してのことだ。

 魔法の起源が錬金術からなるという一説はこの技術があるからとも言われている。


 一度で並列的に何万の複写を連続して行い。数分で9割以上を複写する。後は実際に土なりを敷けば強度的にも問題ないだろう。

 この時にアルスは全力で【始原の遡及テンプルフォール】を使わなくて良かったと思うのだった。


 久しく味わう魔力の枯渇による疲労を隠しながら再度理事長室に向かう。


 廊下を横並びに歩いているが、試合を直に見た生徒はまだ戻ってきていないのだろうか。それほど騒がしくなく閑散としている。


「それにしても相変わらずの規格外っぷりね」


 呆れたような声にアルスはなんと返したものか一拍の間が空いた。


「ありがとうございます」

「皮肉のつもりかしら?」

「じゃあなんと言えば?」

「そこは、ホラあるじゃない、理事長には負けますが、とかね」

「本当に言って欲しいんですか?」

「……それこそ皮肉ね。でもさっ」


 何を言わんとしているのか薄々察したアルスは諦めたように口を付く。元々吝かではないのだ。


「理事長が来なければあの魔法は使えませんでしたよ」

「うんうん。まぁ、今度からは省かないで情報を伝達してもらいたいものね」

「そうは言いますが、俺もあそこまでとは思いませんでしたから」


 理事長室のある最上階まで上がり、誰もいないことを確認するとアルスは神妙な顔つきで言葉にする。


「魔眼、セーラムの隻眼の保持者だったとは……」

「実在していたのね」

「完全に制御出来ていましたよ……それにしてもあまり驚かないんですね」

「驚いているわよ。ただ魔眼保持者は相当な過去があるものだからね。私自身知識がないのもあるけど」

「ですか」


 何気なしの相槌を返し、システィの先導によって重厚な理事長室の扉が開く。

 彼女はローブと尖がり帽をソファーの上に脱ぎ捨て真正面の机まで進み「始めましょうか」と口を開いて椅子にでんと座る。


「まずはなんで逃がしたのかしら? 追尾なんて言わずともあなたなら何とかできたんじゃない? 彼女に心当たりがあるんでしょ?」


 アルスは番のソファー――空いている方――に腰を落ち着けた。

 この問答はそもそも強制ではない。もちろんシスティには軍への要請をしたのだから事情説明の義務が発生するのだが。


「端的に言えば直感ですね」


 バンッとシスティには珍しく両手で机を叩いた。

 その表情は険しくいつもの飄々とした喰えない魔女ではない。この席に着いた時点で切り替えられていたということだろう。


「これはあなたの裁量を超えているのよ。もちろん私もね!」


 怒声にも似た声にアルスは微動だにせず口を開いた。彼の視線は中空へと向けられている。


「理事長、俺の裁量を超える事案などありませんよ。そこまで俺が尽くさなければならない義理はありませんので、そこを履き違えないでください。あくまでも今は魔法師なだけです。こんな物いつでも捨てますよ」

「は~あなたは変わらないのね」


 淡々と当たり前のことだと告げるアルスにシスティは怒りを抱きながら諦める。この学園に来て1年も経っていないとはいえ、彼に何かしらの変化があったと見ていたシスティは思い直すのだった。


「それに話は最後まで聞いてください」

「納得のいく説明をお願いよ」


 ここでアルスは火に油を注ぐ言葉を口にする。

 たった一つ、それが最もシスティを巻き込むことだとわかってもアルスは指を1本立てた。


「その前に上への報告を一部改竄してもらえませんか? 少し言葉が悪かったですね。俺の落ち度にしてくれても構いませんので魔眼についてと……今回の標的の名前を伏せて貰います」

「当然、話を聞いた後で判断しても良いのよね?」


 かなり怒りを抑えた表情で問い返すシスティは笑みを作ることもしなくなっていた。冷ややかな視線は何も語らない。


 ここが妥協点だと判断したアルスはコクリと頷く。

 もちろん聞いてもなお上に報告するのであるならばアルスとてそれ以上口を挟むつもりはなかった。ただその際には彼の中での理事長の評価が下落するだけだ。


 始めてちょうだい、と言外に告げるように掌を差し出すシスティ。


 アルスは内心ほくそ笑む。いつも利用されてばかりなのだからこれぐらいの溜飲を下げさせてもらっても罰は当たらないだろうと。

 だが、ことはそう単純ではない。軍という組織のことを考えれば尚更だ。


「まず今回戦った相手はアルファ軍に所属していた元魔法師、ミナリス・フォルセ・クォーツです。今はイリイスという名前らしいですが」


 その名前を思い出そうとするシスティだったがすぐに出てこない所であっさり解答を提示した。


「50年前の元シングル魔法師ですよ」

「あっ! えっ!?」


 荒唐無稽に聞こえるだろう。当時でさえ結構な年齢だ。ましてや訓練場で見たのは誰が見ても少女である。

 

「故に魔眼です。おそらく魔眼の副作用とでも言うのでしょうね。たぶんですが彼女は歳を取らない(だけならばまだよかったのだろうけど)」


 内心までを告げることはしない、ミナリス――イリイスは魔力を元に魔眼を媒体として肉体を復元することができる。これはほぼ間違いないと推察していた。


「証拠は?」

「彼女が認めたぐらいしかありませんね」


 だとしてもあれほどの魔法戦が年若い少女にできるはずもない。

 一先ずシスティは置いておくことで思考を切り替えた。まだ話は続くようだ。


「ミナリス、いえイリイスは現在クラマの構成メンバーです」

「――!!」


 アルスはそこで手を突き出してシスティの言葉を遮った。でなければ尚更理解できないと説教に時間を割くことになる。


「早合点しないでください。イリイスが何故クラマにいるのかという経緯を無視できないんですよ。俺は一度軍の極秘文書を見たことがありますが、そこで非合法の研究に関する計画書を確認しています。たぶんイリイスとは無関係ではないでしょう。【不老不死】なんて単語を見れば尚更」

「ちょ、ちょっと待って! じゃあ何、当時のシングル魔法師を軍のい、一部? の上層部が被検体に選んだのがミナリスということ?」


 一部であって欲しいという藁にも縋る思いでアルスに問い掛けたが、頷きが帰って来たことでシスティはホッとしたように続けた。


「だから魔眼、特にセーラムの制御成功例である彼女の個人情報がほぼ全て抹消されていたのだと思います」


 アルスの言わんとしていることをシスティはすぐに到達して巡らせた。確証はないとしてもだ、彼が推測するだけの材料があるということにじわりと冷や汗が伝う。


「彼女を捕縛してこれが公になれば……」

「アルファ軍は失墜ですね。内々に処理できるレベルも越えてます。理事長たち三巨頭が駆り出された数年前の大進行にまで言及されるでしょう。結構死にましたし……それだけじゃ済まなそうですが。故意的にシングルを排斥しようとしたこと自体人類に対する反逆行為」


 爪を噛むしぐさで苦味を紛らわそうとしているのか、システィは予想される損害を考えていた。いや、考えるだけ無駄だというのはわかりきっている。上の首はそっくり変わるはずだ。軍自体が解体の対象となる可能性もある。

 犯罪者を捕まえることは平穏に暮らす、そこに住む人々にとっても重要なことだが、アルファにとっての不利益が大き過ぎるのだ。


 その表情を見たアルスは止めとばかりに追撃を加えた。


「理事長は見ていないかもしれませんが、イリイスの召喚魔法は危険過ぎます。万が一あれが完全に召喚されればこの国は良くて半壊しますよ。それでも良ければ今からでも追いますが、死体の山には眼を瞑ってもらいますよ」

「……意地悪」

「はっ?」

「人でなし! そんなの私に権利がないの知ってるじゃない、権利があっても下せるわけないじゃない……グスッ」


 瞳が湿ってきた時、アルスは少し言い過ぎたかと表情を引き攣らせる。さすがに年増に泣きつかれようとも言葉を引っ込めたりはしないが、確かに意地が悪かったのかもしれない。


「少々言い過ぎましたが、でも納得してくれましたね」

「そうねぇ、それじゃしょうがないわよね」

「…………」


 顎に指を当ててあどけない顔で何事もなかったように告げるシスティ。その瞳は一瞬前まで潤んでいたはずだった。


(やられた)


 アルス自身何をやられたのかわからなかったが、釈然と負けた気がするのは気のせいではないだろう。


「でも、このまま放置はできないわよ」

「わかってます。これも直感としか言えないのですが、彼女はクラマを抜けるかもしれません。少なくとも以前とは変わってくるはずです。その後については俺に考えがあります」

「それは?」

「今は秘密です。でもアルファにとっても彼女にとっても良い結果になると思いますよ」


 そんなwin-winの関係などありえるのだろうかとシスティは疑わしげな眼を向けたが、一切逸らそうとしないアルスに嘆息しながら不承不承納得せざるを得なかった。


「気になったんだけれど総督には知らせてもいいんじゃない? というかまずくないかしら」

「もちろんそれも考えましたが、伏せておいたほうがいいでしょうね。知っていて隠蔽するのと知らずにいるのとでは万が一の時の対処も違いますし」

「随分優しいじゃない……その優しさを私にも分けて貰えないものかしら」

「これ以上ないほど労っているつもりですが」

「や・さ・し・さ・よ。労られるほど老いたつもりはありません!! 失礼しちゃうわ」


 やはり頬を膨らませる仕草は外見だけを見るならば許容範囲内なのだが、咄嗟に出てくる実年齢の計算式が素直に笑えない原因だった。


「万が一軍内部でイリイスの討伐が計画された場合は俺は手を引かせて貰うつもりです。結構疲れますしね。相性的にもレティは出せないでしょう、結局見送る他ありませんよ」

「大事はごめんよ」

「もう大事ですよ。ですが彼女がもしクラマから抜けるのならばもしかするとクラマ自体を壊滅させるのも時間の問題かもしれません」

「そこまでなの?」

「最後の魔法を見ました?」

「え、えぇ」

「あれも魔眼と併用した魔法です。彼女は深淵深海(アビス)と呼んでいましたが、その気になれば訓練場全員を一瞬で圧壊させることもできたはず……それぐらいには厄介極まりないですね。正直今のシングル魔法師ではどこまでやれるか判断できません。対抗手段があったとしても2・3位が2人掛かりでも五分でしょうかね」

「本当にそれ合ってるの?」

「俺が戦った限りですが、魔眼がある以上良くて五分です」


 クラマの壊滅と言ったもののこれは安易な推測でしかない。イリイスがバルメス付近の鉱床で遠距離戦闘の相手だということは裏が取れている。だとするともう一人のリンネが見たとされる大男の実力は知れている。

 一対一ならばアルスが後れを取ることはないだろう。


 まだメンバー全員の顔が割れているわけではないが、さすがにイリイスのような化け物級が然う然ういるとも思えない。

 シングル魔法師を数人集めれば壊滅の目途は付く。


 だが、その戦場を学院にするわけにもいかないだろう。今後についても考える必要がある。一先ず賊の侵入を受けて軍からも応援が要請されるだろう。

 クラマの狙いを考えるにアルスを警戒するのは理解できる。もしかするとアルスのみが壊滅への引き金と判断したのかもしれない。

 現実問題、他国のシングルを一度に投入するのは困難だ。ならば一人で圧倒的戦力を誇るアルスを真っ先に叩くことはクラマの存続にもなる。


 相手がどこまで評価しているか不明だが、イリイスを欠いたとなればことさら困難になる。ならばアルスが学院に入れば元シングルのシスティを交えての戦闘になるだろう。

 軍からもそう遠くないことを考えればアルスにも少しの猶予が生まれる。もちろんいつまでも学院に留まるのが得策ではないだろう。


 だが、下準備をする時間はあるように思えた。アルスだからこそ大凡の察しが付くというものだ。人間を標的にする場合は確実に一人でいる、もしくは周囲の戦力を鑑みて極力勝率を上げ、リスクを減らすものだ。


 十中八九、イリイスが漏らした情報はクラマに伝えないだろう。彼女の行動でもわかるようにクラマは一枚岩ではない。


 アルスの側から打って出れないのは歯痒いが仕方あるまい。可能性を判断し万が一に備えておく必要が出てきた。


(それにしても制御された魔眼があれほど厄介な代物だとはな)


 魔眼への興味は尽きず、アルスはいつぞやの約束を思い出しつつ悦に浸れる時を楽しみに待つ。


「わかったわ。一先ず上への報告は任せてちょうだい。でも不信を抱かれないためのリスクは負ってもらうわ。警備を強化する必要もあるわね」

「それで構いません。ありがとうございます。ですが出てけとは言わないんですね」

「クラマなんて勘弁して欲しいわよ。でもあなたは当学院の生徒ですからね。本当に手が掛かる生徒さんだけど、まぁ学園祭が中止にならないで済んだのだから良しとしましょう。それに万が一の時は手を貸してくれるでしょ?」


 悪戯っぽい笑みをアルスは無言で受け止め。


「無論です。相手の狙いは俺のようですから、そうなる前には離れますよ。守りに徹するのは得意ではないので」


 アルスが退出する際に理事長に目標を取り逃がしたとの一報が入った。


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