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最強魔法師の隠遁計画  作者: イズシロ
第2章 「試験」
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伏兵はパートナー候補

 やはりと言うべきか、当然のように問題の試験場から出てきたアルスを出迎えたのはクラス中からの奇異な視線だ。


 それを避けるためにも目に付く位置に腰を落ち着けているテスフィアの傍で壁にもたれ掛かるようにアルスは腕を組む。

 テスフィアは足を抱えるように座っており、その傍らには刀が壁に立て掛けられていた。


 こういう時に右手に何も持っていないのが物寂しくすらある。


 アリスはすでに試験へと移っていたが、こうしてテスフィアがいるということはまだ呼ばれていないのだろう。


「さっきのは何」

「機材が不調だったみたいだな」


 明らかな虚言にテスフィアも無遠慮に疑わしげな顔を作ってみせた。

 機材が爆発したことに関して言えば事実だ。それがアルスの魔法に起因するとしても。


「嘘ね」


 だから斬って捨てるセリフ。

 隣に立つアルスを訝しげに見上げてくる。


 その瞳の色をアルスは鬱陶うっとうしく思う。だから正論を以て――。


「詮索するのか」


 これが魔法師である最低限のマナーであることは言わずもがな。


「……フンッ!」


 それが分かったのだろう、テスフィアは顔を真正面へと勢いよく戻した。


「実戦に出るようなことがあれば見る機会もあるかもな」

「……」


 そんなことを呟く。

 独り言のようなものであったが、次にテスフィアの名前が呼ばれた時――。


「ならさっさと追いついてやるわよ」


 きっぱりと言い切るテスフィアの表情はわからなかったが、声は決意のようなものが上乗せされていた。

 軽く体をほぐすように伸びをして、しっかりとした足取りで刀を握り締め訓練場へと向かって行った。




 入れ替わりにアリスが出てきたが、テスフィアと同じことを聞いてきたから省略する。

 とは言ってもテスフィアとはだいぶ趣の異なった会話だったから調子の狂ったアルスはつい口が滑りそうになってしまうのであった。



 ♢ ♢ ♢ 



 お昼時、午前の試験が一通り終わったことで少し遅めの昼食だ。遅めというのは単に時間が予定通りに行かなかったことを意味し、決してアルスのせいではない。

 教室に戻ると各々持参したお昼ご飯を広げる。学食に向かう者もいれば、売店で軽食を買ってくる者など様々だ。


 アルスも自分のというわけではないが、空席に着くと……!


「忘れた」


 寝てないせいもあり、うっかり続きである。それ以前に昼食を用意する習慣がないので忘れたのはある意味で毎度のことだ。

 アルスはそのまま机に突っ伏した。眠気もあるが、それ以上に面倒くさかったのだ。今頃どちらもごった返しているに違いない。


 しかし、俯いて間もなくすると。


「そこ開けてもらえる?」


 などと耳元に袋の擦れる音が睡眠を妨げる。

 顔を上げるのですら億劫に思い、目だけを薄く開く。


 目の前に買ってきたと思われる真新しい袋が見えた。


「何も持ってきてないでしょ?」


 反対側でアリスの声が聞こえ、そのマーメイドの如く声音がさらに睡魔を誘う。

 抗いがたい眠気ではあるが、無視を貫くことは出来なかった。テスフィアが持ってきたのは、どうやらアルスへの差し入れらしかったからだ。善意であるのは疑いようもない。

 顔を上げると、すでに持ってきた椅子で、アルスの隣をさも当然だというように確保していた。


「はいこれ」

「くれるのか?」


 手渡したのがアリスならばお礼をすぐに言えたのだが、テスフィアとなれば中身を確認せずにはいられなかった。


「売店で買って来たから大したものじゃないけど」

「……悪いな」


 ついつい何かあるのじゃないかと疑ってしまうのは仕方のない……ことではないなとアルスは自重した。


「本当に大したものじゃないな」


 もちろんリップサービス? だ。

 楽しい昼食を演出するための話題提供、スパイスみたいなもの……だったはずが。


「じゃあ食うな」

「――――あっ」


 ぶんどるように取り上げられてしまった。それをわざわざ取り返したいとも思わないのだが。

 アルスはお世辞にも気を遣ったり、無駄話に華を咲かせるのが上手くない。

 弁が立たないというほどではないのだが、同年代の感性に隔たりを感じるのだった。



 なんとか誠意の籠った謝罪を経て取り戻したアルスは次の試験へと話題を切り替える。

 手に持つのはサンドイッチだ。名門だけあって売店であろうと上質な食材で包れ、予想以上に舌鼓を打つのだった。なお二人も似たり寄ったりの昼食である。


「次は模擬戦だな」

「「……!!」」


 二人はその内容に手を止めた。


「あんたどこでそんな情報を仕入れてくるわけ? ソースは?」


 別に知っていたからと言ってカンニングというほどのことでもないのだが、その情報源が理事長であるなどと言えばいらない煙が立つのは必然だ。


「正確な魔法師の順位を測定するのであれば、それしかないというだけだ」


 嘘を吐くなどと大げさな話ではない。彼女達新入生は順位の測定をしたことがないのだろう。

 その点でアルスは軍で度々経験しているのだから、試験の趣旨さえわかってしまえば、やることは大差ないはずなのだ。


「この場合の模擬戦は格上を相手にするのが通例だな」


 1位のアルス以上は存在しないため、普段アルスが模擬戦で測定することはない。

 というよりも実戦に出ている魔法師はそれほど測定することに固執しない。常に変動する順位を正確に測る意味がほとんどないからだ。

 年に一回は義務付けられているものの、まじめに測定する者はほとんどいないのが実情だ。


 アルスはどうなるのかと言うと、理事長の口ぶりからやらないわけにはいかないのだろうなと顔を引き攣らせた。


「この人数だ。上級生が相手なんじゃないか」

「ウソッ……」

「勝てるかな」


 二人の実力ならば最上級生か教員が相手になることも考えられるが。


「勝てたらそれに越したことはないが、負けたからといって順位が下がったりすることはないぞ。寧ろ勝てない相手を付けることで正確な順位を測るんだからな」


 午前の授業でプラス面での加点が加わり、午後の模擬戦で下方修正が掛かるのだ。

 二人の順位を考慮すれば、校内でもそれなりの順位が宛がわれるのは想像に難くない。


 というのも、測定相手は段階を踏んで攻勢に回る。マニュアルもあるほどだ。最初は防戦に……ひとしきり実力を発揮することができたら攻勢に回って測定者の戦闘能力を計るというものだ。そのため、格下の力では存分に実力が発揮されることはない。


「誰が相手でも勝つ気でやる」

「…………」


 気合いだけは籠っているが、テスフィアと一戦交えているアルスはただただ口をつぐんだ。



 昼休みが終わり、クラス毎にぞろぞろと訓練場へと向かう。

 今度はさらに時間が掛かっているのか、訓練場内は雑然と他クラスがまだ居座っていた。

 午前の試験と同じで十カ所に区分けされた場内は魔法が使われているのだろう。戦闘の音が所々で響いている。


 真っ先にテスフィアとアリスの下に他クラスの生徒が集まった。


 さすがに人気者だなと、アルスは一人人気の少ない隅で壁を背に座る。



「フィア、アリス聞いた?」

「何を?」


 突然の問いに二人は首を傾げた。


「四番試験場ではベイス先輩が相手だったらしいわよ」


 デルカ・ベイス、三年生にして1000位台の四桁、学院内では知らない者がいない有名人だ。すでに軍務でも外界で活動する実戦部隊への内定が決まっている。

 貴族の中でも鼻に付かず、面倒見の良い性格から下級生の注目の的だ。


「そお」

「凄いじゃない」


 テスフィアは驚きが少なく、アリスは大げさに取り繕った。二人はフェリネラという三桁魔法師の先輩に名前を覚えられ、それに加えシングルのアルスに手解きしてもらっているだけあり、今ではその程度で驚きすらしなくなっている。


「……二人ともなんか変じゃない?」

「そうかしら」

「ん……」


 尊敬はする。それでも二人が目標とする地点には程遠い。

 だからなのか今はそんなことに気を回す余裕が二人にはなかった。


「フィアなんか、前は校内中の順位を聞いてたくせに」

「ちょ、変なこと言わないでよ」


 慌てて手を前でブンブン振って否定するが、隣から追撃の声が上げる。


「確かにフィアそんなことしてたね」


 そこにはからかいの要素は見て取れないが、思い出した光景が面白かったのかクスリとアリスは綻んだ。

 今となってはあまり気にならなくなった。その理由に二人は気付いている。


 一瞬だけ視線を離れた黒髪の少年に向けた。


「まあ、あれを見たらね」

「そうね」


 訳知り顔で口端を上げた。アリスが微笑し、テスフィアは呆れ混じりだ。


 寝ているのか少年の首には力が入っていないのだろうぐったりと俯いている。離れたここからでも寝息が聞こえてきそうなぐらいだった。


「何よそれ、教えなさいよ」

「ダメよ」


 気の抜けた会話はそれからも続き、弛緩した雰囲気が取り巻いている。

 訓練場がアルス達のクラスに切り替わると二人を取り巻く他クラスの生徒達は手を振って出ていく。



 やはり最初に名前を呼ばれたのはアルスだった。

 アリスにやんわりと起こされたアルスは多少睡眠を取れたことで気怠さが少しは抜けていた、だるくはあったが。


「あいつの相手って誰がやるのかしら」


 そんな素朴な疑問がとぼとぼ歩くアルスの背中を見つめながら紡がれた。


「理事長とか?」

「まさか~」


 また大事になりそうな予感が二人を過ったが、苦笑いを浮かべることしかできない。

 それでもふと試合形式という言葉を思い出せば、抑えがたい好奇心が湧くというものだ。テスフィアとの試合ではろくに実力を見せることはなかったのだから、1位の戦闘を見たいと思うのは当然だ。


 だから抜き足差し足で入っていった試験場に近寄ろうとした二人は指示を出していた教員に叱られるのだった。詮索は忌避されるべき行いで、試験中なのだからカンニングと疑われても仕方のないことだ。一線を越えずに済んだ二人だったが、その表情は落胆の翳りが降りていた。無念であると。




 アルスが試験所へと踏み入れると、当然理事長が待ち構えていた。しかし、午前とは明らかに違う。

 そこには理事長以外にもう一名が加わっていたからだ。


 銀髪の少女。

 テスフィアよりも少し小柄に見えた。照明を反射した銀糸のような髪は前下がりに顎のラインより下、綺麗な前下りなフォルム。前髪からチラチラと光を反射し、澄んだ瞳は蒼穹の如く青味がかって見えた。

 訓練着に身を包んでいるものの、それは学校指定の物ではなかった。アルスには見覚えのある馴染みある服装。軍で使われているものだった。


 さらに笑うでもなく怒るでもない表情は無形で感情が乏しく感じられる。まさしく人形のようだ。端整な顔立ちは人形と言われた方が納得がいくほどである。

 

 最初に口を開いたのはアルスだった。


「そいつが監視してた奴ですか」


 アルスの言うそいつが誰を差したのか、銀髪の少女は一瞬ビクっと肩を震わせた。

 最初の模擬戦で感じた視線、その後もアルスに向けられる視線の正体が目の前の少女であると告げる。


「やっぱり気付いていたのね」

「つまりは軍の差し金といったところですか」


 理事長は頬を掻く振りをしてばつの悪い笑みを浮かべた。


 そこで銀髪の少女が一歩前へ踏み出し、片膝を突く。


「お初にお目に掛かりますアルス様。私は総督より監視、パートナーとして派遣されましたロキ・レーベヘルと申します」


 顔を俯かせたまま淡々と告げ。


「階位1034位……探位58位です」


 探位……魔法の中でも特に魔物を探知、魔物の命と言うべき核を探る能力を専門に扱う魔法師のことだ。

 希少な能力故に探位を持った魔法師がパートナーに付くのは二桁以上の魔法師だけだ。


 しかし、アルスは魔法の特性上今まで必要としてこなかった。


「俺には必要ないんだが」

「もちろん存じ上げています」


 顔を伏せて、高めの美声で静かに奏でられた。

 続きは理事長が引き継ぐ形で紡がれる。


「ロキはパートナー経験がないのよ。だから貴方が指導も兼ねてね」

「監視の意味合いのほうが強いと思いますが」


 アルスはこれ以上の面倒事を引き受けるには時間を浪費し過ぎていた。


「俺には必要ない。監視は理事長が十分担ってるじゃないですか」


 ついては相談事を引き合いに出して、時間を浪費している原因だと暗に告げる。


「私は忙しいのよ……」


 目が泳いでいた。

 本来監視なんてされる謂れはないのだ。


「だったら俺のほうから総督に掛け合って取り下げますよ。探位を持つ魔法師は貴重ですからそれこそ遊ばせてる余裕はないはずです」


 自分のことは棚上げして厄介事の排除に買って出た。

 必要ないという言葉が銀髪の少女の肩をビクつかせる。



「ロキは優秀よ……」


 それがアルスを助けると常套句になりかけている言い草がここぞとばかりに出てきた。

 さすがのアルスでも安請け合いを繰り返しはしない。


「何人押し付ける気ですか」

「まあまあ、取り敢えず試験は彼女と模擬戦してもらうのだから結論は急がずとも……ね」


 かなり強引な展開に試験の趣旨が変わっている気がしたが授業の名を打っている以上、理事長に逆らうことは躊躇われる。


 結局のところロキという少女の実力を見たところで結果は変わらないのだから。


「わかりました」


 ロキという少女にはどこか見覚えがあるような気がしたことも引き受ける一つの要因だが、それ以上に少女と呼ぶに差し支えない年齢で軍の制服を着ていることが一番の理由だろう。


「ありがとうございます」


 顔を上げたロキの表情は別の緊張が窺える。

 1位に胸を借りるとはわけが違う決死さが垣間見えた。




 模擬戦はすぐに行われた。

 理事長が中央で距離を取りながら、二人の準備が整うのを待つ。(正確にはロキの心の準備だが)


 ロキの手にはアルス同様に何も握られてはいない。

 それをアルスは嘗めているなどとは思わない。


 武器を隠しておくのは対人戦において、アドバンテージにもなり得るのだ。つまりは対人戦においても経験があるということだ。とは言え、軍に入れば訓練メニューにも組み込まれているので不思議ではないか。


 開始直前、ロキの腕に魔力が集中しているのが窺えた。三桁に迫る魔法師だけのことはある魔力操作だったが、アルスからしてみればまだまだ杜撰ずさんでテスフィアとアリスと比べても大差ないようにさえ感じるほどだ、脅威としては程遠い。


「アルス様、私が一太刀でも入れられたらパートナーとしてお傍に置いていただけませんか」


 窺い見るように投げかけられた条件にアルスは面白みを覚えた。ロキの表情は手加減は一切いらないとさえ言っているようだったのだ。

 1位と知ってもなお彼女は公正な試合を望んでいる。

 だからアルスは単なる馬鹿ではないと悟られないように口角を上げて指をクイッと曲げた。


「入れられたらな」


 ロキは深く頭を下げた。小柄でありながら数多の実戦経験を窺わせる雰囲気が覆う。

 チリチリと久々に感じる慣れ親しんだ真剣勝負。アルスはそれを涼しい顔で一笑した。


 そして顔が戻った時、ロキの顔色は戦闘モードへと切り替わっていた。


 理事長は舞台が整ったと見るや、開始の合図を鳴らす。

・「最強魔法師の隠遁計画」書籍化のお知らせ

・タイトルは「最強魔法師の隠遁計画 1」

・出版社はホビージャパン、HJ文庫より、2017年3月1日(水)発売予定

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― 新着の感想 ―
[気になる点] >「反対側でアリスの声が聞こえ、そのマーメイドの如く琴の音がさらに睡魔を呼び起こす。」  何を描写したいのか全く分からない。  「マーメイドの如く琴の音」が何を意味する文なのか、少な…
2022/11/10 13:35 退会済み
管理
[気になる点] ホントな、魔力で威圧して魔法で威嚇して、それでも尚本人が頼み込んで、理事長が舐めた真似?もうしないって誓ったら受け入れればいいと思うね。軍もちょっと粛清が必要なようですね。
[気になる点] もう周りがこんなゴミ人間しかいないのなら壁の外に行けばいいに 実力あるんだしどっか落ち着けるとこ探したらいいのにな
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