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最強魔法師の隠遁計画  作者: イズシロ
第3章 「かつての栄華」
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ミナリス・フォルセ・クォーツ

 水の中に閉じ込められていたテスフィアとアリスは少しの落下感を味わい、倒れるように膝を着いて何度も咳き込む。


 その満身創痍、死に直面した二人の生徒をイリイスはただじっと眺めていた。

 考えたことはというと【死水の牢獄(ウォルピノス)】が破られたことに対してだ。


(空間自体が斬られた、か)


 固定座標を含めた魔法の構成そのものが断裂されたのだろう。液体を斬るというのは物理的には不可能であって可能だ。結果的に魔法が解けることがないため不可能と言える。


 それを切り裂いたのだから文字通り不可能を可能にしたのだ。斬り裂いた空間が僅かに水を吸い込んだのをイリイスは確かに見た。


 記憶にあろうはずもない未知の魔法だ。空間や次元自体を切り裂かれてはどんな防御魔法も意味をなさない。

 これはイリイスに対しての警告だ。


 瞬間――ブワッと濃密な魔力が爆炎の如く溢れ出す。

 クラマ内も面と向かってイリイスに喧嘩を売る者はいない。あのハザンであろうとも口先だけで本気でやり合おうとしたことは一度としてなかった。


(小僧が……いいだろう見てやろう、現1位アルス・レーギン)


 イリイスは手を隠す袂の中で指を曲げて見せた。




 アルスはキッと視線を鋭くその挑発に乗らざるを得ないことを覚ると。


 横で表情を引き締めたままのフェリネラに対していくつか指示を出した。


「フェリ、理事長にあいつを追尾できる人材を集めるように伝えてくれ」

「は、はい!!」

「それとあいつらの治療も頼む、試合場は区画を解放して魔力の変換レベルを最大に引き上げろ」


 淡々と告げるアルスにフェリネラは頷く他にない。

 今の試合を見て感じたのは魔法師としての力量そのものの次元が違うということ、それはフェリネラがアルスに抱く尊敬に近いレベルにあった。


 そのアルス自身からも最大限の警戒を以て当たれと言われたのだ。疑いようのない事実。

 彼が認めた実力者だ。


 怖いぐらい神妙な顔つきの横顔を見てフェリネラはすぐに動きだした。


 再度問い返したりはしない。

 きっとアルスは生徒としてではなく、1位として命令している。その彼が追尾する必要があると判断したのだ。


 フェリネラは救護のため万が一に備えていた救護員を呼んでいるデルカ・ベイスにアイコンタクトで伝える。

 そのただならない視線を受けてデルカ・ベイスは理解できないまでも行動自体は薄々察した。


 アルスが試合場に向かって歩きだした直後。


「せっかくの学園祭だ。できるだけ事を荒立てないようにするぞ」


 アルスの言葉にフェリネラは込み上げてくる感涙をぐっと堪える。

 自分でできる最大限を尽くし見送る。戦いにのみ専念できるように場を収めてこそ運営委員委員長としてのフェリネラの役目だろう。

 できることをすると告げるように覇気のある声で返事をした。


「はいっ!!」


 その少し隣ではロキが目を伏せてじっと屹立していた。


「ロキは外に警戒しててくれ、あれが何の目的でここに顔を出したのかわからないからな」

「敵の介入が確認できた場合は……」

「即時殲滅だ」

「了解しました」


 そう無表情で伝え、頭を下げるロキ。

 内心で「ご武運を」と告げていたが、表情にありありと表れていた。


 無論、アルスが言ったような事態になれば学園祭どころではないが、彼女一人ならばどうとでも取り繕えるだろう。


 試合場の防護壁が全て消失し、現在進行中、もしくは待機中の試合が全て中止となった。

 会場のアナウンスを入れているのはフェリネラだ。


 さすがに仕事が早いなとアルスは頬を上げる。


「会場にお集まりの皆さま、急遽第2魔法学院一の実力者と目される生徒アルス・レーギンとアルファ軍からの参加者の試合を始めます。諸事情により名を伏せさせていただきますが、今の試合をご覧になった通りその実力は未知数、試合場全区画を解放し試合を開催させていただきます」


 アルスがこの紹介に表情を引き攣らせたのは言うまでもないが、この試合で絶対に隠せないことがある。

 それはアルスの実力だ。

 フェリネラはその可能性を考慮し学院内一番という表現を使った。

 これを聞いていたのが学院の生徒ならば初耳だろう。ならばどう考えるか? そうアナウンスを流しているフェリネラ自身が認めていると解釈する。



 アルスは担架で運ばれてくる二人の間を通り、擦れ違いざまに「いい試合だった」と告げた。


 二人にとって良い経験になったのは間違いない。最後の魔法は完全にアルスを壇上に上げる為の茶番だ。

 それがわかっていて乗らざるを得ないのだから癪に障る。


 学院の生徒、選手も全員が試合場から退場していく。

 その中を逆に歩いていく人物がいれば不自然に思うだろう。


 デルカ・ベイスもその一人だった。

 フェリネラの隣に駆け付け、いったい何をするつもりなのかと問いただす。無論3年である彼が2年である彼女に対して上からの物言いでも不思議ではないが、そこは順位を考慮する。貴族としての体裁を保ちつつ急かされる気持ちをなんとか抑え込んで口を開いた。


 それでも異常事態に変わりない、監督を任されている身としては気が気でなかったはずだ。

 しかし、フェリネラはいたって冷静に返す。


「先輩、ここはアルスさんに任せます。現状では学園祭を継続する方向で動きましょう。そうできるようにご協力願います」


 彼女が自身に対して頭を下げることは初めての事だ。

 ベイスは異常事態の認識を一段上げた。


 彼は7カ国魔法親善大会に出場していない。軍での新人教育が隊によっては始まっているためだ。無論、言えば出場のための休みを与えられただろうが、デルカ・ベイスには優先すべきことがわかっていた。


 だから、今フェリネラが告げたアルスという名に聞き覚えはあっても信用できるかは判断できない。

 その実力も1年生ということから推測するしかなかった。


 そんな彼に生徒を殺す寸前まで追い詰めた相手を任せていいものなのか。

 いや、いいはずがない。貴族としての矜持とでもいえばいいのか、いや、違う。ベイスは上級生としてすべきことを理解していた。

 下級生に押しつけて良い道理などない。


「いや、俺が話を付ける」


 そう言って腰に下げている剣型AWRに手を掛けた直後。


「先輩ではダメですよ。それに、これは命令です。私ではなく……彼の」


 ベイスはフェリネラの視線を追う。

 アルスを捉え、その意味にハッと気が付いた。ベイスは既に軍の部隊へ配属が確定している。


 俄には信じられないが、フェリネラ・ソカレントは軍内部でも知らない者がいないヴィザイスト卿の息女だ。

 その彼女が断言するのだ、ベイスとしても疑う余地などなかった。しかし、不安は募るだけだ。言葉だけでは信用するには不十分。

 それを察したように足を止めたベイスに。


「彼が存分に戦えるように私たちは補佐です。それに先輩もすぐにわかりますよ」


 どこか嬉しそうなフェリネラにベイスは不謹慎だぞ、と訴えるように眉を寄せて諦めたようにため息を吐きだす。


 フェリネラを信頼しないわけではないが、やはり責任感の強いベイスは何かあれば自分が割って入る覚悟を決めていた。


「私は理事長に言伝を頼まれましたので急いで向かいます」

「いや、それは俺が請け負おう。この場には俺よりお前がいた方がいい」


 これはフェリネラがアルスから直々に頼まれた案件だ。それを人に託すことなどできようはずもない。

 しかし、ベイスの絶対に譲らないと言わんばかりの表情。


 きっと彼は内容を知りたいのだ。アルスの正体の一端を考え、その裏付けが欲しいのだ。

 フェリネラが諦めるしかない。でなければ自分がいない間にすぐにでもベイスは割って入るかもしれない。


 アルスの正体を知らなければそれが最善。推測されようとも、それは誰も責められるものではない。

 フェリネラはアルスの邪魔になるようなことは絶対にできない。場を整えるとまで言ったのだ。ならば、その約束とを天秤にかけ、ベストな選択を優先した。


「わかりました。理事長は今も講堂にいるはずです。言伝は……あの少女を追尾できる人材を用意すること、恐らくですがアルスさんは学外での捕縛を考えているかもしれません」

「なに!!」


 彼女の試合参加を許可したのはベイスだ。

 それを捕縛するとなればただ事ではない。ましてや理事長に対してほぼ命令も同然の言伝に恐らくベイスは確信を持った。

 アルスが軍に所属していること、それも理事長に対しても同等に近い立場にあることを。


 驚愕は一瞬、自分のすべきことの重大性を理解したベイスはすぐに走り出した。




 観客たちは少々行き過ぎた試合だったと誤認してくれたと思われる。

 フェリネラによって新たに組まれた対戦カードは熱狂を再起させるのに十分過ぎる熱量を帯びていた。もちろんこの中にアルスの実力を正しく理解している者などいない。

 紹介に学内でも1番と言われただけの知識。


 だが、同じ対戦相手を迎えたとあれば自然と今の試合よりも高度な魔法戦が繰り広げられることは想像するまでもなかった。


 新たに訓練場全てを覆う防護壁が再構築されただけでうねりのような坩堝へと場内は変貌する。

 今か今かと試合の開始を待つ観客は時計の秒読みを無意識に見つめた。



 そしてアルスが試合場へと入って行く。

 観客たちは合唱のように喉を鳴らし、銅鑼を打ち鳴らすように足で床を何度も踏み鳴らす。



 アルスは試合場に入るなり、軽快に見下したような口調で軽口を叩いた。

 それは率直過ぎる感想だ。


「思ったよりチミっこいな」

「なんだと小僧」


 挑発するような声音にイリイスは眉を歪める。

 こと身体的なことに関しては他人にとやかく言われるのを最も嫌う。無論年齢についてもだ。

 さすがにハザンのような短気ではないが、腹に据えかねる。

 しかし、イリイスは自分の魔法が破られたことに関して言及した。


「随分面白い魔法を使うようだ……空間自体を裂いたな」

「眼は良いか」


 アルスは視線を外さずにお互い様だと補足を入れる。

 最後の魔法は【死水の牢獄(ウォルピノス)】、魔法が躍進的に発展した際の古い魔法だ。古いということについて意味するところを明らかにすべきだろう。

 初期段階時の魔法開発のコンセプトは人間を容易く殺しうるものとして考案・開発されている。これは魔物という未知の外敵に対しての情報不足故だ。

 だから、当時開発された魔法は殺傷性が高い。



 【死水の牢獄(ウォルピノス)】はそれこそ人間を殺すために作られたものだ。本来は魔法として射出するはずだが、それを大気中に初期段階で散布しトラップのように使用した。

 改良としてはかなり面白い追加プロセスを組んでいることになる。



 近年では殺傷性が高いため使用者はほとんどいない。7カ国魔法親善大会でも使用禁止となっている魔法の一つだ。


 そしてテスフィアとアリスの魔法を打ち破った水の尾についてはアルスでもまったく見当が付かなかった。行き着く結論は異能か完全オリジナル。

 ただあの一瞬で召喚魔法でないことだけはわかっている。

 わざわざ尾として自身と連結させているところから反射的な命令を逐次変数として書き換えているのだろう。

 いや、もしかするともっと単純なものなのかもしれないが、独立して動いているということはないだろう。


「さて、私が直に指南してやるぞ。先ほどの生徒よりは強いのだろ?」


 そう言ってイリイスは見下すように余裕を見せる。もちろんカモフラージュのための言葉。

 確実に自分の正体に気付いていないという自信からくる台詞だ。

 しかし、その仮面が剥がれるのはすぐのことだった。


「ほう、歳を取ると耄碌するというのは本当らしい」

「――!!」


 スッと細められたイリイスの視線を冷ややかに見返すアルス。

 彼女が口を開きかけるよりも早く追撃を加える――いや、正確には鎌をかける。


「ミナリス・フォルセ・クォーツ」

「なぜ……お前が!」

「当たりか」


 ギリッと歯軋りが聞こえる。

 アルスは何の確信もなく発した名。裏の仕事をする際に一度クラマについて調べたことがあった。全員の素性が明らかにはなっていないが、それほどの実力者は過去を遡っても然う然ういるものではない。

 だいたいは外界で命を落としているのが現状だ。

 もちろん手探りによる調査だったが、アルファに関する調査は機密文書だろうとべリックへ言えば大抵の場合閲覧することができた。

 しかし、まったくと言って良いほど手掛かりがない。

 

 だから、アルスがその人物の不自然さに気付いたのは偶然だ。

 

 ミナリス・フォルセ・クォーツ。当時2位を誇るアルファの戦力。過去SSレートの魔物の侵攻、大災厄と呼ばれた事件時、彼女を含めたシングル魔法師のほとんどが命を落としている。現在も直接戦ったとされる魔法師はもうこの世にはいないだろう。

 その死亡者リストの中に曖昧な……不自然な死亡の記述を確認したのだ。

 あまりに曖昧で不確かな死亡原因。SSレート【クロノス】と戦っていたはずなのにミナリスだけは誰もその最期を看取っていないような記述であった。


 アルスはこの人物について詳細な情報の開示を求めたが、残されている記録はほとんど存在しない。それは故意に抹消されたように跡形もない。


 同時期に目にした物、それは上層部が裏で計画していた非合法な研究データばかりが山と出てきた。その中には不死に関する物まであった。

 卓上の空論、老いを軽減させることはできても寿命までは伸ばすことができないのは子供でも知っている常識だ。その資料は流し読みした程度ですぐに本筋に戻る。


 アルスとて当時の魔法師が未だに生きているなど夢にも思わなかった――厳密には直接戦闘した魔法師。

 他国の機密情報をアルスが知り得るはずもないのだからクラマの構成員にアルファ出身者が混ざっている可能性は低い。


 この調査の際アルスは彼女が水系統を得意とする魔法師だという情報だけを得ていた。いや、それしか知りようがなかったのだ。

 姿形すら何もない。貴族とされているクォーツ家は昔に焼き払われている。

 だから、アルスが彼女に対して出した名前は本当に可能性を潰すための鎌かけ。ベイス三年生がもたらしたアルファの軍人という情報だけを元に導き出したに過ぎない。

 しかし、それだけで鎌をかけるには十分である。アルスが軍に所属していた数年でレティ以外の強者は見聞きしたことがない。


 が、その結果。予想とは裏腹に的中してしまったことにアルスは逆に内心驚いていた。

 まるで亡霊を見ているようだ。


「世の中にはとんでもないガキがいると思ったが、違ったようだな婆さん。もう一人いたデカイのは来てないのか?」


 その言葉に堪忍袋の緒が切れる音を彼女は確かに聞いた。


「あいつを連れて来ていたら今頃この学園は血の海だ」

「だろうな」


 イリイスは平静を維持する。そう、そんなことよりも重要なことがある。自分の秘密を知っているのは自分だけでいい。

 そうでなければいけないのだ。


「まったく恐ろしい小僧だ、予定を変更する。お前はここで殺しておくことにするよ」


 濃過ぎる魔力が系統に合わせるように液体へと変貌し始める。

 アルスは言質を得たことでこれ以上の問答は不要と判断した。ミナリス、この少女だけならばまだなんとかなるだろう。


「やってみろ」


 今度はアルスが片頬だけを持ち上げて人差し指を曲げた。その際に濁流の如く魔力が溢れ、周囲に満たされたイリイスの魔力を吹き飛ばす。





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