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最強魔法師の隠遁計画  作者: イズシロ
第3章 「かつての栄華」
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彼我の実力差

 デルカ・ベイスの話を聞いた二人は眉を顰める。

 既に試合場にはサイズの合っていない赤いローブを着た少女が待機していた。あまり相手を待たせるというのは関心しないことだ。

 しかし、テスフィアとアリスは話しを聞き終えて訝しげにその区画を見つめる。


 デルカ・ベイスの言っていることが本当だとは俄には信じられない。幼いと思っているロキよりも更に子供っぽさが残っている。

 どの道二人に断る選択などできない。その判断はデルカ・ベイスの仕事だ。


 テスフィアは小声で試合場に向かいながらアリスに問い掛けた。


「どうするのよ、あれ」

「一先ずやるしかないんじゃない? フィア、力加減間違っちゃダメだよ」


 そう窘めるのも彼女は魔力量の多さに加え、アリスよりもコントロールが感情に左右されやすい。

 かく言うアリスも人のことは言えないのだが。


 1対2という試合形式は臨機応変なこの模擬試合では珍しいことではないようだ。軍関係者が実力を見るのによく使う手、らしいのだが。


 それにテスフィアもアリスもアルスの訓練でいくらか自信も強くなっている確信も持っている。魔物ならいざ知らず軍人だとしても並み程度では二人を同時に相手するのは至難だろう。


 アリスも一度アルファの部隊員と模擬試合を経験したが、その時は体裁があるため痛み分けという結果に終わっていた。内容としてはアリスの魔法適性上対人戦では圧勝に近かった。無論、手加減、手心は加わっていたのだろうが。


 観戦者たちのざわめきはルールの変更を認めたからだろう。

 一名ずつの試合に学院側が二名出している。注目を集める7カ国魔法親善大会学年別優勝者と準優勝者が入って行くのだ。それだけで注目度は最高潮に達する。

 

 実を言えば、この場にいる観客でも毎年飽きもせず足を運んでいる常連というのは意外に多いのだ。というのも模擬試合におけるハプニングが必ずと言って良いほど発生するからだ。

 ある種風物詩、お決まりとなってそれを楽しみにしている者が多い。


 だから、所々で「今年はなんだ?」と興奮気味、心なし浮ついた声音が飛び交っていた。

 これまでの試合はほとんどが入学を志願する少年少女に手解きする、そんな見ている観客からしたら少々刺激が足らないものだった。

 せいぜいが一矢報いるのを待っている程度だ。逆に軍関係者、OBが参加すればそれはそれで学生を応援し、手に汗握る試合になる。




 遠目にデルカ・ベイスが心配そうな面持ちで二人が入って行くのを見守っていた。何かあるなどというジンクスは当事者からしてみれば冷や汗物だ。

 精悍な顔立ちは平静を装っていたが、なんとも頭が痛くなる光景が今から始まろうとしている。他の試合よりもこちらに注視しなければならない。


 相手に何かあってもいけないし、我が校の生徒に何かあってもいけない。

 それはデルカ・ベイスの責任であり仕事だ。




 テスフィアとアリスは話しに聞いた通り一応目上としての対応を取る。信じられないが軍関係者らしいのだ。

 ライセンスを偽装したと言われた方がまだわかる。子供の悪戯で済めばいいが、万が一本当だったならば二人にとって礼を欠いて良い相手ではない。


「遅くなり申し訳ありません」


 テスフィアが目を伏せ、アリスが頭を下げた。

 そんな二人に対戦相手の少女は気にしていないという風に微笑を浮かべながら応えた。


「いいさ、無理を言ったのも承知している……けど、見当違いだったかな、一番強い生徒を指名したはずだったが……」


 小さく形の良い唇に指を付けて疑問符を浮かべる少女にテスフィアとアリスが一拍遅れて反応した。


「すみません、今試合メンバーには私たちよりも上位の選手もおりますが生憎と出ておりますので、私たちで勘弁願えませんでしょうか」


 こんなことをアリスの隣で言うのだからテスフィアという少女は意外にも貴族が板についている。プライドからか、上位という言葉だけで決して強いとは言わない辺り彼女らしいのかもしれない。

 負けじとアリスも柔和に口を開いた。


「未熟の身ですが精一杯挑ませていただきます」


 ローブを着た少女はどこか嬉しそうに「ククッ」と笑う。それは本当に子供のあどけなさがあり、一つも厭味たらしくない。

 もちろん言葉は反する意味を乗せるのだが。


「構わないさ、今のアルファを見定めるのも悪くはない、精一杯頑張ってみてくれ若人」


 これに対して二人はピクリとも反応を示さない。明らかに自分たちよりも年下の女の子に上から言われるという見た目との違和感はあったが、どちらかというと背伸びをする子供のような可愛らしさが覗いていた。というか言われ慣れているせいで一々反論するのが面倒だったというだけの話なのだが。


 テスフィアが刀を抜き、アリスが金槍を構える。

 そのAWRを見た少女は関心するように唸った。それでもまだ戦闘態勢を取る素振りすら見せない。明らかに上位者が見下す余裕を持っている。


 そんな事よりも二人は気になることがあった。

 これから試合をするに当たって到底見過ごすことなんてできない――なくては始まらない物。

 それは魔法師を決定づける道具であり武器――AWRだ。


 少女の手はすっぽりと袂の広いローブが覆っている。しかしAWRを忍ばせるほど広くもない。


「あのAWRは……」


 アリスが相手の準備が出来ていないと見て確認の言葉を投げかけた。


 一瞬の間が降りたのは少女が本当にうっかりしていたからだ。何を言っているのかが理解できなかった。

 やっとのことで意図に気が付く。

 

(AWRがないと戦えないとでも思ってるんだろうな、お気楽な連中だ。郷に入っては郷に従え、か)


 呆れたようなため息は少し憐れみを帯びている。

 随分と技術は進歩し、それと同時に危機感は希薄になっていく。


 

 少女は別の意味も込めて魔力を腕に集中させた。

 こんな幼い子供の身体だ、遺憾ながら小娘にまで気遣われる始末、今までも割り切れない思いで我慢してきたがついに歳の差一世紀近い者にまで下に見られては逆に諦めも付く。


 袂を少し引くと内部の暗闇を相手に向ける。

 するとスッと伸びた澄んだ水を思わせる刀身が生えた。


「「――――!!!」」

「これでいいかな?」


 二人はその流麗にして澄みきった水の刀身を見て久し振りにゾクリと背筋が強張った。

 卓越した技量がなければAWRも無しに形状を維持するのも固定するのも困難だ。それを身を持って知っている二人からすれば、たった一つの魔法で両者の立ち位置が入れ替わる。


 アリスは急いで頭を下げた。


「す、すみません!!」

「構わないよ。私はAWRがどうも苦手でね。歳なのかねぇ新しい物についていけなくて……」


 苦笑を浮かべながらこめかみを抑える仕草は妙に年寄り臭く感じる。


 もちろん二人は少女ような愛想笑いで応えた。


 だが、これはテスフィアとアリスにとってもチャンスである。アルス以外の強者に手解きしてもらえるのだ。あの水の剣を見ただけでも二人よりも明らかに格上だ。

 どこまでやれるかはわからないが、二人でならば互角の戦いができるかもしれない。


 これまでの模擬試合で溜まったフラストレーションは何もテスフィアだけに限ったことではないのだ。アリスも金槍に流れる魔力量が多くなっていた。


「お名前を窺ってもよろしいでしょうか? 私はテスフィア・フェーヴェルと申します。こちらは……」

「アリス・ティレイクです」


 テスフィアの発言は少女を少しの間悩ませた。つい、いつもの名前が出そうになる。

 偽物の身分証まで見せたのだ、その名前を使えばいいのだが。


「……ミナリスだ。呼ぶ時はお姉さんか、お姉様と呼ぶこと!」


 同時に倦怠感が圧し掛かる。

 もう癖になっているのだろう。いい加減本名を偽名として使うのはやめたほうがいいのだが、これと言って良い名前など思い浮かばないものだ。もちろん、この名前を持つ者は常識的に考えれば疾うの昔に死んでいるはずだ。生きている可能性を考慮できる人間はもうこの世に残ってはいまい。

 かと言って犯罪者でありながら今使っている名前を簡単に明かすわけにはいかない。彼女の素顔を知る者は依頼者だろうと皆無だ。それこそメンバーしか知らないと言える。


 名前――イリイスという名もあまり知られてはいないはずだ。意外に気に入っている名前であり俗世と決別した証明でもある名だ。少しだけ思い入れがあっても不思議ではない。

 逆に本名とは忌まわしい過去を思い起こさせる忌み名のようなものだった。


 二人は「は、はい」と曖昧な返しをする。


「では、そろそろ良いかい? 本命までの時間潰しとは言え無益な時間を過ごすつもりはないから全力で掛かってきな」


 空いたもう片手はすっぽりと手を隠しているが中で指がどう動いたのかは確かに伝わっていた。

 クイッと指を曲げたのだろう。


 テスフィアとアリスは表情を引き締めて一気に魔力を放出させた。

 二人の連携は訓練時でもよく行われるため、下手をすると個人戦よりも戦い易さがある。全てを知っているからこそ二人の力は足し算ではなく、掛け算へと昇華される。


 試合開始のブザーが鳴ったのは両者が指定の位置に付いたからだ。

 小気味良い開始音が鳴り数秒経ったでも二人は動けないでいた。意気込み、全力で戦闘に臨むはずだったのにも関わらず足を地面に張り付けて冷や汗がぶわりと額に浮かぶ。


 圧倒的強者が目の前で魔力を解き放ったのだ。

 それは吐き気を催すような淀んだ魔力ではなく、正反対に澄んだ、瑞々しい魔力の放出。

 それだけに単純な力量差が計れてしまったのだ。


 こんな体験はそれこそアルスの戦闘を見た時以来だ。訓練時でもこんな魔力の奔流を経験したことなどない。


 ゴクリと生唾を呑み込む。


「この程度で気後れしたんじゃ期待はずれもいいところだよ若いの」


 男っぽい口調でソプラノ調の言葉が魔力に乗って二人の鼓膜を叩いた。

 奮起するにはそれだけで十分だろう。

 今までの積み重ね、真価を問われているのだ。何も成長したのが魔法や小手先の技術だけでないところを見ていないだろうアルスに示せる機会である。


 テスフィアはふぅ~と自身の鼓動を律し刀を一振り。


 周囲の空気が凍てつきパキパキと氷の結晶を振らせた。

 アリスは高速で槍を旋回させ自身を落ち着かせる。呑まれないように、いつものように自分の持てる力で以て迎え撃つだけでいい。


 模擬試合ではあっても二人は全力を出し切る覚悟を決めた。

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― 新着の感想 ―
[一言] 114話まで読んだと言ったな!あれは嘘だ! 実際はもっと読んでたわ(ノ≧ڡ≦)☆ ドキハラの焦燥感にかられるところまでは読んだわ(´-ω-)
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