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最強魔法師の隠遁計画  作者: イズシロ
第2章 「学園祭」
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第2魔法学院学園祭

 第2魔法学院の【学園祭】は華々しいスタートを切った。午前9時から入場が開始されるのだが、校門手前では長蛇の列が前日から出来ているほどだ。



 これはこの時期に開催される学園祭の風物詩のような光景だと言う。

 テントを張っている所から察するに新作AWRの先行発売でも見る光景に似ていた――なお、これはアルスの経験談から来る比喩であって、一般的な物の例えとしては今一つだ。


 これが一気に押し寄せるとあっては開始直後は一層凄いのだろうな、と月並みな感想を抱いていた。



 現在アルスがいるのは本校舎正面である。これは開始直後、真っ先に密集すると考えられる。最初の仕事が客の混乱から生じる事故を防ぐことになろうとは本人は思いもしなかったことだ。


「こちら本校舎前配置に就きました」

『了解です。5分後に開門となりますので』


 片耳に装着しているコンセンサーで本部に詰めているイルミナ2年生に連絡を入れる。

 ついでに言えばアルスの右腕には警備の腕章が付いている。しっかりと自前のAWRも持ってきており問題はない。

 全ての要項を頭に叩き込んだ今となっては不安があるとすればこんな格好を知人に見られることだろうか。

 1年弱の間に随分様変わりしたものだと言われるのが目に見えている。


 蛇足……ではないかもしれないが、アルスのクラスが行う射的はなんとか形にすることが出来た。

 最初問題となっていた景品についても大量に持ち込んだ貴重な品にクラスメイト達は感謝の意を告げる前に物色し始め、主催者側が射的に参加するという事態が起きそうなほど眼の色が変わった。


 やはり、そんな高価な品以上に魔法師が喉から手が出る程の品々を持ち込んだアルスという人物に対して密かに物議を醸す。

 アルス自身は知らないことだが、この話題は入学当時から根強い疑問として様々な憶測が立っている。クラス内ではロキと常にいることからも軍関係者という筋が最有力となっていた。

 今回で追い打ちとなったのは言うまでもないことだ。


 そういう意味では入学時の失礼極まりない奇異な視線や、あからさまな嫌がらせというのはパッタリと止んでいた。寧ろその逆であり魔法師として高位なのではないかと一部の女性陣の間では確定事項になっているようだ。

 というのも誰もアルスの順位を知らない。

 こんな不自然なことが起こることに対してやはり女性は敏感ということなのだろう。順位の公表は個人の自由だがクラス内においては競争力を高めるため、もしくは単なる興味本位かは不明だがほぼ全てを把握している生徒が多い。




 アルスはクラスの方は問題ないだろうとコンセンサーから流れるイルミナの合図に耳を傾けた。


『開門時間です。では規定通りの対処をお願いします。再三に渡り申しますが、問題が発生した場合は逐次連絡をください』



 全員発信の諸連絡に返す言葉は必要ない。

 アルスは無言で真正面を見据えた。


 砂埃が舞いそうな光景に頬が引き攣る。


(走るなと言われているだろうに)


 そんな迫力ある突進に出店の前で客引きをしている生徒もたじろいで店の中に引っ込む。

 瞬く間にアルスの目の前には人だかりができ、通り過ぎていく人たちは二手に分かれる。片方はそのまま本校舎へ。これは出店の見取り図の構造上、本校舎から見ていったほうがルートしては順序立てられているからだ。

 そしてもう片方はそのまま訓練場へと向かう道だった。

 時間的にもまだ模擬試合の一般受付までには時間があるのだが、やはり席を確保したいという思惑が働いているのだろうか。


 模擬試合の時間割りでは最初の1時間だけは校内の生徒同士と模擬試合が公開され、その後小休憩を挟み昼まで休みなしの連戦となっている。

 この一般の魔法師が模擬試合に参加できる仕組みは学院の成果をお披露目するためと、もう一つ。

 学院の入学を希望する新入生に対するデモンストレーションも含まれている。


 例えるならばフェリネラに憧れて入学した生徒が少なくないというのも7カ国魔法親善大会やこの【学園祭】の模擬試合で手合わせできたからでもあるのだ。


 目標とする先輩に憧れるというのは魔法師社会では珍しくない。というか順位がそうさせている節もあるのだが。

 なおいつもの三人の姿がないのはもちろんこの模擬試合に参加するからだ。



 

 アルスは人ごみ紛れて押し潰れそうになっている少女へと華麗な体裁きで手を取り濁流の中から救出しては、転倒しそうな人を抱えて離脱を繰り返していた。

 それが本当に瞬時に行われていくのだから助けられたほうとしてはお礼を告げる間もなかったという。



 小1時間程本校舎前で救出劇を繰り広げていたアルスはコンセンサーから騒動の連絡を受け、本校舎へと急いで向かった。

 殊アルスに関して言えば混雑していようと何も問題はない。瞬時に人の分け目を見抜いてルートを割り出すと滑るように目的地へと向かう。



 そこには廊下を往来の真中でいがみ合う二人の生徒がいた。一人は当校の2年生だろうか、もう一人に関して言えば外見的に見て他校の生徒であり魔法師で間違いない。

 両者ともすでに剣型AWRを抜いていた。魔力が通っていることからも一触即発と言ったところだろう。


 アルスは間に合ったことに一先ず安堵した。


「失礼、警備の者です。何か問題でも?」



 アルスから見て他校の生徒が手前で背中を向け、奥にいる当校の2年生はこちらに目を向けて明らかに身体を強張らせた。それだけで相手に向けていた敵意は鳴りを潜めている。

 彼はアルスの7カ国魔法親善大会での活躍を知っているのだろう。思わぬところで役立つ。



「い、いや何でも……」

「ふざけるな!! 貴様俺は金を払うと言っているんだ! わざわざこのオーエン家がだぞ、わかっているのか。横から口を挟むとは身の程を知れ」


 怒声を上げる男にアルスはつい洩らしてしまった。


「は?」


 そんな唖然としているアルスの背後からいつの間にかひょっこり顔を出したシエルが呆れたように説明し始める。


「本当に貴族だか何だか知らないけど、やんなっちゃう。実は彼がね……!」


 そう紡ぎ出そうとしたシエルを振り返らず腕を上げて遮ると。


「すみませんが、どういった経緯であるにせよ、この場でのAWRの使用は警備として看過しかねます」


 AWRの使用は訓練場以外では禁止されている。本来ならば有無を言わせずに捕えても問題はない。しかし、衆人環視の前で大事にするのは避けたかった。話し合いで済むのならばそれに越したことはないのだ。

 かなり面倒くさそうな物言いだが、貴族と目される男は背中越しに鼻で笑い。


「黙ってろ。俺はこいつと話を付けなきゃいけないんだ。関係無い奴は引っ込め!!」


 アルスは貴族の男を無視して対面にいる当校の2年生に鋭くAWRを睨みつけた。それを理解したのかAWRに通っていた魔力が霧散する。

 さすがに二人とも見過ごすことはできないが、すぐに解除したのならば咄嗟の自己防衛と言い訳も立つだろう。たぶんだが。


 本来こんな回りくどいことをしないアルスだが、今回に限ってはフェリネラが運営委員長をしている。この程度の労力は支払っても罰は当たらないだろう。それに本来の職務を全うしただけのことなのだから。


「そうはいきませんね。これでも警備を任されているので、それに一般のお客様にご迷惑が掛かっている」


 次第に苛立ちが垣間見えたが我慢するしかないのだろう。


「誰だか知らないが、俺に口を聞くな!!」



 侮蔑の眼、それは権力者が笠に着る眼だ。相手を自分よりも身分の低い下賤と蔑む眼。

 アルスは内心したたかに……表面上穏やかに返す。


「それ以上、おいたが過ぎるとこちらも実力行使に出ざるを得ませんが」

「やってみろ。アルファのカスにオーエン家が後れを取ると思ってるのか?」

「ではそうさせてもらう」


 男は振り返り様、魔力の通った剣を横薙ぎに一閃させた。ふいというのが最も適切だろう。貴族にしては汚いやり方だったが相手が悪い。


 アルスは細く冷ややかに剣を見る。

 ただそれは顔の横で立てた2指が剣を見事に受け止めていた。


「なっ!!」


 もちろん生身で受けるような馬鹿な真似はしない。指に纏った極細の魔力が指を覆っているのだ。

 そして――。



「あ……」と掠れるような声を上げる男。一瞬でアルスは背後に移動して手刀を首元に浴びせた。

 倒れる男を片手で支えると、集まって来た他の警備員に引き渡す。

 一応当事者二人が敢え無く御用となった。罰としては当校の2年生は注意勧告だけで済むだろう。


 アルスはやれやれ項を擦る。

 すると一件落着を待っていたかのように野次馬たちから拍手が湧いた。


 この中には非魔法師も多い。

 怪我がなくて何よりではあるのだが。どうにもむず痒さが襲った。



 そしてアルスは視界に入る盗人のような連中を目撃してしまう。あれは同じクラスの女生徒であると記憶している。

 そこでアルスは彼女が入って行った教室に眼を向けた。


(ここってうちのクラス、だよな)


 不吉な予感を肯定するようにシエルが疑問を浮かべるアルスへと、またひょっこり顔を覗かせる。


「聞く?」


 愛らしく大きい眼が下から向けられた。

 断りでもすれば周囲から人でなしの烙印が押されてしまうような、そんなオーラを彼女は醸し出している。


「頼む」と少し引き攣る頬は不可抗力だ。

 仲裁に入ったアルスは聞く権利も聞く必要もあるのだから。


 シエルは一部始終を見てましたと言いたげに顎が上へと向き、教室の中へと手招きする。それは当然アルスのクラスである。シエルもその一員であるのだから何も不思議なことはない。


 その真前でいざこざが起きたのであれば……どうにも良からぬ気配が漂っている。


 教室に入ったアルスは間違いなく吃驚していた。

 それもそうだろう。たかが射的がここまで盛況なのだから……とするともしかしたら廊下にいる人だかりは騒動で集まったのではなく、射的目当てで集まっていたのだろうか。


 前日の準備で一応アルスも顔を出しているため中の作りは一通り頭に入っている。教壇から段々と上がって行く教室の構造上、射的の位置はもちろん教壇側ということになる。そして景品が向かいの本来生徒が使う机の上に並べられているシンプルなものだ。

 ただ景品の数が数だけに階段を上がって行くスペースにも台が置かれている。


 もちろん射的の相場であるところの高価な景品は最も取り難い場所に配置されているのだ。

 5段構成になる射的の難度は大きさや質量によって変わる。アルスが持ち込んだAWRが真正面に鎮座し、その横にあるのは……。


 ロキ手製の白いシュシュだった。他にもアルスが提供した高価な物順に並んでいる。確かに初めてにして異常にできがよかったのだが。そこは学園祭という場ならではなのだろう。


 しかし、更に一段下がればど真ん中にあるのはとぐろを巻いた巨大な毛玉のような物が一つ。これはアリス作のマフラーということだ。景品として並べるために丸めたのだろう。明らかに首を10周はしそうな大きさではあるが、彼女の性格が出ているのか意外にきめが細かい。要は手作り感が満載ということだ。それが良いと言うの事なのだろう。


 たとえそれが数十万デルドの列に紛れていても不承不承納得もしよう。


 だが、その横にある不気味な物と同列視されたのはただただ遺憾でしかない。


(なんだあれは……)


 きっと、いやそうであって欲しいのだが。あれはぬいぐるみではないだろうか。

 アルスは目一杯眉頭を寄せて考える。


「人間? いや耳っぽいのもあるが……でも両手の長さが違うしな……」


 なんとか立っているというようなギリギリの出来栄え。

 これをできたと言うのは何かが違うと思うが、この際手遅れだろうと思い。再度何を模したのか当りを付ける。


 四足で座っているような、そう思っても片手が異常に長いためかなり余っていた。


 シエルが背後で黙して見守っている。何を熱心に考えているかが手に取るようにわかるといった具合に可笑しそうに笑っていた。


 そこでアルスは落雷にでもあったかの如く閃く。

 

(……そうか、勉強の成果があったということか)


 内心で頷きながらアルスは自信満々に口を開いた。


「ふっ魔物とはな……」

「違う!!」


 シエルからの即座に挟まれた否定にアルスは「何!」と驚いた顔で振り向く。


「いやいや、シエル。でも実際にいるぞ。個体数も少なくだな俺もまだ直に見たことはないが……」

「もうアルス君、フィアがいなくてよかったよ。本当……」


 そう言って背伸びして耳打ちしてくる。


「あれは犬。正確には狼っていう種類らしいけど」

「…………馬鹿な…………何をどうすればあぁなるんだ?」


 そんな言葉にシエルは肩を竦めるが、どこか完璧過ぎる友人の欠点を見つけたことで嬉しそうに微笑む。


 実際に品種改良ではあったが狼を見たことがあるどころか一緒に任務をしていたことを考えれば、犬だろうと狼だろうとわからないはずがないという自負があった。

 要はそれほど原型がわからないということだ。


(それであいつだけ見せに来なかったのか)


 「つくづく不器用な奴だ」とアルスは嬉しそうにしているのか呆れているのか、そんなどちらとも取れない顔でもう一度ぬいぐるみを見て小首を傾げるのであった。


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