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最強魔法師の隠遁計画  作者: イズシロ
4部 第1章 「ぎこちない福音」
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準備期間中は散財中

 【学園祭】まで残すところ三日に迫っていた。

 当初、クラス内では期間までを悠長に準備し当日巡る出店のルートを思索する期間だっただろう。それが意図も容易く瓦解したのは自業自得と言えばそうに違いない。

 しかし、アルスも学院の生徒であり、射的と言う安易な提案に賛同してしまったため見て見ぬふりはさすがに出来なかった。


 そう言った理由からアルスの研究室で大掃除と称した景品探しが開催されたのは記憶に新しい苦い思い出だ。

 幸いにも軍から持ってきた支給品――これは景品に出して良い物なのか心配ではあったが――をいくつか提供。

 使い捨てのコイン型煙幕や、閃光弾などである。一応軍支給ということもあるがアルスに試供されているのは最先端技術が用いられている。

 ただ当人はそう言った小物を使う必要性がなかったために大量に抱え込んでいるという状況になっているわけだ。諸々の事を考えれば不必要な物である。

 どれも学院の生徒が必要とする物ではないが、今後学院の方針で外界に出る機会が増えることを考えれば持っていて損をすることはない。

 半日掛けて宝探しをした結果、小物合わせて100点ほどが集まった。無論全て景品とするのは難しく余ったらちゃんと返却してもらうが。


 こんなにもあったのかというのはアルスの感想だ。なんだかんだで学院に来てからも弄っている物も少なくない。



 はてさてここでやはりテスフィアやアリスが気になったのはやはり金額的な面だった。アルスが提供した物で特に高価な物を挙げるとすれば確実にAWRはトップ3にランクインする。

 上級者向けとは言ったがその実、火か水系統の適性さえあれば問題なく使用できるため、生徒にとっても有用である。何しろ説明書付きに【ブドナ】の保証書も付いているのだから尚更だ。


 金額で言えば900万デルド、市販されているAWRの凡そ10倍の額である。これは二桁魔法師を想定していたため、金に糸目を付けなかったのが原因だろう。そこそこ外界に出て功績を上げている二桁魔法師ならば3カ月分の給料に匹敵する。


 蛇足だが、アリスにプレゼントした金槍の制作費用は3400万デルドである。当然、メテオメタルを使っているため単純な売価は更に跳ね上がるだろう。


 

 次いで対魔法繊維で作られた全干渉防御外套だ。これはアルスが手を加えた物ではなく、研究の恩恵に預かった軍の製作班が試供用に寄越した物だ。現在一般魔法師に支給されている外套よりは断然高機能である。ただ高位魔法師には常に最先端の物が支給されるため一段落ちるが、この外套の製作班限定のエンブレムを見ればわかる者にはわかる逸品だ。


 アルスは外套の色が白いのが気に喰わなかったという理由から一度も着用したことはない。

 額にして650万デルド、これは軍の最先端防護具でも飛び抜けて高い。なお、その理由は色にある。染料ではなく本当に白い繊維を使用しているからだ。


 続いて上手いこと発掘されたのが無数の対人用小型AWRである。ほとんどが刃渡り20cm未満のナイフである。巻物のように丸めて収納していたのだが、それを広げた時の三人の顔はまさにギョッとしたと形容できるほど唖然としていた。

 もちろんこれも無用の長物である。アルスのAWRを作る際に試しに作った、正確には試しに魔法式を彫ったものだ。ただこのナイフに関して言えば系統ではなく単体の魔法式に限定されている。

 要はたった一つしか魔法が使えないのだ。無論初位級なんてちゃちな物はない。

 最低でも中位級、はたまた最上位級までが含まれる。


 さすがに最上位級の魔法式はおいそれと公表できる物ではないため除外しなければならないのだが。


「アル、これってもしかして」


 そう説明を求めてきたのがテスフィアだった。この中には当然彼女が得意とする氷系統の魔法も含まれている。そうとわかれば彼女が指差した先も想像が付いた。氷系統で最上位級に分類される【永久凍結界ニブルヘイム】の文字がナイフの上に明記されている。

 ただアリスの光系統だけはないのだが。


「やめておけよ。お前には上等な逸品があるんだ。そんなものに頼らなくてもいずれできるようになる」


 と念を押すにはそれなりの理由もある。単一の魔法式から魔法を発現することは作業的にも簡単な工程で済ませられるのだ。ただやはり弊害は付き物で、簡略化され過ぎるため現在の魔法師が陥り易いイメージで魔法を発現する方法が定着し易くなってしまう。

 要はプロセスを意識しなくなってしまうのだ。そんな今までの訓練を全否定するようなことをアルスが許可するはずがなかった。

 そう、本来ならば単一の魔法式は構成要素を把握し、簡略化に頼らなくても使えるのが理想的なのだ。要は非常時用とでも言うのだろうか。主戦武器であるAWRの破損や紛失が外界でもある。そういった場合のサブウェポンだと思ってもらえばいい。だから提供しても上位級までである。その中にはアルスが考案した魔法も含まれるのだが。


「そうよね、すぐできるようになるものね」


 誰もすぐにとは一言も言っていないのだが、上機嫌になったテスフィアをあえて失意の底に落としてやる必要はないのだろう。


「AWRが補助武器なのに対して更に補助武器というのもおかしな話だが、外界ではないこともない話だしな。一番はAWRを使えなくても魔法を自由に行使できるのがいいのだが」

「そんなことができるのはアルス様同様のシングル魔法師しかいないのでは?」


 そんなロキの指摘を受けてアルスは肩を竦めた。


「シングル魔法師でも上位級以上は無詠唱で早々できるもんじゃないと思うがな、というか詠唱式なんて俺もほとんど覚えていないしな」


 さすがにこのカミングアウトに驚く者はいない。覚えずともアルスの脳内では完璧に魔法の構成要素を把握しているため、程度の差こそあれ発現は確実にすると断言できたからだ。



 こんなやり取りがあろうとも実はテスフィアとアリスにとって状況はあまり変わっていない。

 個人で一人一つがノルマなのだから、いくらアルスの部屋を漁ろうとも出てくる物はアルス提供であって然るべきだろう。


 ただ【学園祭】での窮地は脱したと言えた。

 それになんとはなしに二人が安堵してしまうのは決してノルマを忘れたわけではないが、これで万が一何もなくても支障は小さいと、考えたのかもしれない。


 無論、そんなせこい考えをアルスが見過ごすわけもなく。


「で、人の部屋を漁って、お前たちは余裕だな」

「…………」

「……」


 場に静けさが降りたのはどう判断すべきなのだろうか。


「いやぁぁぁ……何でこんなことにぃ」


 なんてテスフィアのワザとらしい叫喚をアルスとロキは白々しく傍観した。


「フィア、諦めよ……」

「おい、お前たち、ちょっとそこになおれ!」



 と少しの間アルスの説教が始まる。要約すると他人頼みの情けなさについて、ということになるだろうか。

 しかし、説教が終わったと見るや二人は慌しく出て行ってしまった。

 本格的にまずいというのがわかったのだろう。学年でもトップクラスの二人が何も出しませんでは周囲の落胆は濃厚だろう。まさかとは思うが擁護するような連中がいないことを願う。


 そしてアルスは背中を無言で見送り、部屋内を見渡し盛大なため息と共に眉間を摘まんだ。

 見かねたロキが手を止め「しょうがない人たちです」と呆れた顔を浮かべて立ち上った。


「悪いな」

「いいえ、これも私の務めみたいなものなので」


 「ん?」と疑問符を浮かべたのは改めて聞いたからだ。いつも通りよくやってくれているとは思うが、パートナーとしての務めとは大きく懸け離れていると告げるのは……本当に今更なのだろう。


 結局、1時間と経たずにテスフィアとアリスが帰って来たのにはさすがに驚いたが、その手に裁縫道具と入門書が握られているのを見て無言で出迎えるのであった。



 ♢ ♢ ♢



 警備班とは【学園祭】時に設立されるその名の通り学内におけるトラブルを未然に防ぐことが役目になっている。簡単に言えば風紀委員のようなものだ。普段、学内におけるトラブルは自主的に活動する上級生によって処理される。これは順位を優先する風潮の利点でもある。ノブレス・オブリージェのような社会的責任が何も貴族に限ったことでない証明でもあった。高貴さを順位と履き違えてはいけないが、そうあろうとするのは人間として、魔法師として正しいあり方なのだろう。


 今回の警備は運営委員のほうで臨時で設立される組織ということになっている。


 2日前にしてこれまでのおさらいの場が持たれた。

 半月前より放課後を使い規則など、主にどういった場合にどのような対処ができるかを叩き込む時間だ。



 警備の総指揮を取るのはいつもフェリネラといることが多い、イルミナ・ソルソリーク2年生である。彼女はフェリネラの影に霞んでしまいがちだが、その手腕を知るものは少なくない。イルミナは【学園祭】が開催される3日間の警備責任者を担当する。


 彼女もまた貴族ではあってもそれを鼻にかけない性格――いや、澄ました性格なのかクールというのか、あまり表情に出ないタイプではあったし、出さないタイプでもあった。

 それだけに有能そうだというのがアルスがイルミナに抱いた第一印象だ。仕事ができる人間が常に冷静で物事を多方面から見ることができるというわけではないが、やはりデキる人間にそんなイメージを持ってしまうのは仕方のないことなのだろう。


 現に彼女が作成したと思われる見回り表はよくできている。もちろん警備にあたる生徒の稼働率は高いのだが。


 仕事の内容は至って簡単である。口論で終わるならば注意や勧告で留める。しかし、それが被害を出すような暴力沙汰、はたまた魔法を行使するような事態に発展すれば警備班は実力行使することが許可されていた。

 もちろんAWRの携帯と同様に魔法の行使も厳しい制限の元一時的に許可される。だが、魔法の行使は最終手段であって詳細な報告が義務とされてる。

 警備班に落ち度がないように徹底することも重要なことだ。極力AWRの使用は控えなければならないだろう。


 そう思って見回り表に目を落としアルスは自分の名前を探した。

 諸連絡を言い終えたイルミナが黒縁の眼鏡を掛け直し「質問は?」と冷淡そうな声音を発した。


「アルス君、何かありますか?」


 苦い顔でもしていたのだろうか、胸中を覚られたアルスは渋々口を開く。


「自分の見回りが主に校舎前から訓練場一帯というのは……」



 そう、他の生徒が警備する範囲は――正確にはルートだが――建物内など学院内における主要箇所を8つに区分して警備を配置している。一区画でも一人で見回るには広すぎる為、基本5名以上が振り分けられている。しかし、事アルスが請け負うことになった最も人が集まるだろうと予想されている校舎前と訓練場に自分が固定されていることに対しての疑問だ。不満ではない。


 なお、校舎前の通路は出店などが密集し、混雑することが予想できる。訓練場はやはり【模擬試合】が故に大勢が押し掛けることだろう。

 最も人員を割かなければいけない場所にアルスだけというのは。

 他の生徒の視線を一身に浴びるのは不服だが聞かずにいれば何かあった時に対処できないのではという懸念があったからだ。


「アルス君には校舎前と訓練場を、というのは運営委員長からのご指名です」


 一瞬ざわめきだした室内に苦い顔を浮かべるアルス。

 当然、運営委員長はフェリネラである。

 直々の指名という言葉だけを聞けば羨望と一緒に妬みが混ざるのは仕方のないことだが、それで終わらせるわけにはいかなかった。


「ですが、1年生にここを担当させるのは不安が残りませんか? それに人員も少ないようですし」

「それは大丈夫でしょう。大会であなたの実力に口を挟む人はいないと思います。それは私もフェリも理解しています。人員についてはたぶん大丈夫でしょう。午後に交代する警備の生徒たちの出店もこちらで把握しています。アルス君には午前と午後と負担も大きいですが、常時5名に加えて非番の生徒が最低でも5~10名が校舎前に、訓練場には4~6名がいると思います。一応非番でも腕章は付けて貰うようにしていますので」


 そこまで考えていることにアルスは脱帽する。生徒はクラス内の出店がある以上午前と午後の両方を担当することは難しい。

 それでもアルスのクラスのように人員を抑えた出し物をするクラスもあるためアルスと同じ一日フルというのはまったくいなくもない。


「わかりました」

「他にありませんか? 当日はコンセンサーによる通信を密にお願いします。不測の事態もあるとは思いますが本部には私がいますので配置替えなど迅速な行動を心掛けるように」


 そう締め括り、各人に通信機器|【コンセンサー】と警備を証明する腕章が渡された。

 それをじっと見つめるようにアルスは忙しくなりそうだとぼやく。



 軍に提出する新基準の提案書も大詰めだというのに。

 やることは多いが今は【学園祭】に専念したほうが良さそうだ、と思考を引きずるように切り替える。

 室内からぞくぞくと出ていく中でアルスに近寄る者がいた。


 今し方説明をしていた警備班のリーダーを務めるイルミナだ。


「アルス君、負担が大きいのはわかっていますが、よろしくお願いしますね」


 そんな見下すように威圧的に言われれば気を悪くして当然なのだろうが、7カ国魔法親善大会でイルミナの人となりを多少でも知っているアルスからしてみれば特に気にすることもないことだ。

 彼女は見た目がきつそうな印象を持つだけで本人にはまったく言って良いほどそんな気はない。キリッとした目は気後れしてしまいそうな鋭さだが、性格自体は比較的温厚なのだ。

 理性的で合理的、そんな人物であり、フェリネラの光に霞みがちだが間違いなく人目を惹く外見。少しばかり不遇なのかもしれない。


 そんな失礼なことを内心で思っても口には出さないモラルは持っている。


「フェリも何だってアルス君にばかり押し付けるのかしら……それだけ信頼されているということなのかもね」

「はぁ……イルミナ先輩はフェリネラ先輩の幼馴染だと伺いましたが」

「えぇ、腐れ縁みたいなものよ。でもせっかく運営委員長にフェリがやる気になったんだから今年の【学園祭】は失敗できないのよ」


 そう言って微笑んだイルミナ。いつもクールな仮面を作ってはいても笑えば何も変わらない一人の女性がいた。


 アルスは外見とは違ったお人好しな性格にギャップを感じた。見た目だけで人は判断できないという良い例だ。

 そういう意味ではアルス自身もいよいよ以て手を抜くわけにはいかないのかもしれない。


「わかりました。そういうことでしたら俺も一口乗りましょう」


 一人称が俺に変わったことをイルミナは気に掛けず「よろしくね」と言葉を返すのだった。


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