7カ国魔法親善大会の名残
三日三晩というのは少々大袈裟だろう。
何はともあれ、そう表現してしまいたいほどだ。これはクラスの出し物を決めるために要した時間だ。結局男子生徒が願う接客業というのは途中から一切上がらなくなった。
というのもテスフィア、アリス、ロキの1年生三大美女がフルに参加できないことにある。
詳細な部分は割愛するが、7カ国魔法親善大会で好成績を残した三名は【学園祭】の目玉である、模擬戦の相手を努めなければならないという伝統のような物に参加しなければならない。
学院における魔法の成果をお披露目する演出である。
訓練場を用いて親善大会出場者との手合わせができるのだ。もちろん出場者というのは後々できた決まりで不文律なのだが、各国の学院間ではすでにお決まりとなっている。
というわけで出場者には連戦の模擬試合が組まれ、そこに参加しなければならない。無論これに参加するのは好成績を残した出場者だけではなく、その逆も然りだ。出場出来なかった生徒も参加できるがその場合は審査がある。
要は1回戦負けという選手はどちらでも良いのだが、決勝に進んだ三人、その中でも1~3位までを個人戦でもぎ取った三人は否応もない。
そういう意味ではアルスも声が掛かるはずなのだろうが、彼には警備という仕事が既に舞い込んでいるため参加は不可能だった。恐らくフェリネラがその辺を汲んでくれたと思われる。
こういった経緯があり、アルスたちのクラスは射的というつまらない案で集束した。なお、これは女子勢からの案に男子生徒が反発して落ち着いた所に落ち着いたらこんな結果になってしまったわけだ。とは言え、まんざらでもないのは割く人員が少なくて済むため時間の空いた生徒は楽しめるからだろう。
学院の狙いとは大きくかけ離れているが、こんな物なのだろう今の若者とは……いや、それでいいのだ。大人の意向を汲む子供なんて可愛くもなんともない。寧ろ生意気なのかもしれない。
が、何の打算もなく射的になったのではあまりに間抜けだ。
当然そこには集客するための狙いなんてものもあったりなかったり、簡単に言えば7カ国魔法親善大会の恩恵でアルファに流れ込んでくる物品の中で一部市民の間で人気になりつつある玩具がある。
今や旧世代の兵器と呼べる銃だ。クレビディートから齎された玩具である。これは武器としての改良ではなく玩具として転用させたことで子供たちの間では人気があり、流行ってもいる。誰もが内包している魔力を使った魔力弾を飛ばすだけの代物だ。
当然危険視されがちだが、親指ほどの魔力弾の構造が工夫されており、魔力が使われるのは魔力弾の表面に限る。内部は空気であり魔力も薄さ0.1mm未満というのだからなんとも優しい代物だ。要は魔力弾とは言え、ほぼ空気弾である。
この案になるにはやはり弊害は付き纏う。流用している魔包銃は込める魔力量によって最大で軽く背中を押された程度の衝撃がある。それに加えて微量とは言え客に魔力消費を求めるのはどこか違うだろうという意見だ。
ついでに言えば、この案になろうかという流れになってから賛否両論を3時間も続けていた。気が付けば放課後から始めたことを考えれば外は完全に暗くなっている。
業を煮やしたアルスはついそれぐらいならば改良できる伝手があるなどと口走ってしまった。いや、この瞬間においてこれ以上時間を浪費することに我慢できなかったのだから仕方がない。
隣のロキは目を伏せてはいるもののイライラしているのが明らかだったし、テスフィアはため息を溢すだけで提案を一切しない。
元々碌に参加できないのだから提案だけしても無責任なのだろうが。
アルスから見れば少々アリスが気の毒になって来たというのが理由に打ってつけだった。
司会進行役を経験できただけでも良かったのかもしれないが、あっちこっちから飛び交う提案と批判にてんやわんやだ。
アルスも無責任に言ったわけではなく、弄ってみるのも面白そうだし……伝手などなく単に自分でやるだけなのだが。
中が空砲という時点で大凡の構造も見当が付くため時間も掛からないだろう。
客に魔力消費をさせなければ問題ないのならば、理事長……もしくは軍にでも言って常駐型疑似魔力生成機を貸して貰えばいい。
それがダメならばロキの訓練に使っているのが一基学院の敷地に眠っているからそれを使えばいいだろう。
ということで各人が景品となる品物を持ち寄るということで一致した。一応各クラスに予算が振り分けられるので魔包銃と土台と景品を購入してくれば問題はない。
かなり手抜き感が漂う出し物だったが、アルスとしてはこの上なくありがたいものだ。警備と掛け持ちになればさんざんだったに違いない。
その点、この出し物ならば少ない人員で効率よく回していけるし、警備の仕事があるアルスに回ってくることはないだろう。
蛇足だが【学園祭】では各部門毎に賞品が贈呈される。売上額、集客率、それと来客によるアンケートで関心の高い出し物で1位を取ったクラスにはプラスとして訓練場の一区画を半期占有できる。もちろん売上はクラスで分配される。
こういう理由からクラスの出し物としては研究発表するクラスはほぼ皆無なのだが。
準備は多少手伝っても他クラスと違ってテスフィアとアリスの訓練にも大きな影響はないだろう。
こんなことを1週間ほど前に思っていたが、そんな安易な考えは早々にゴミにでも捨てれば良かったのだろう、とアルスは自責の念に駆られていた。
というのも学院で寮生活をする生徒に景品となる品物が早々あるわけない。当初の予定では各自で一つは持ちより+αを運営委員から出される予算でやりくりしなければならないのだ。
しかし、実際は教室を使った土台作りの材料費、装飾の費用に魔包銃を7丁購入してほぼ壊滅状態という無計画さ故に悲惨なことになっていた。
さすがに司会進行をしたアリスに全責任が圧し掛かるわけではないが、本人の性格もあって自責の念にかられても仕方のないことだろう。
放課後の研究室では訓練、もとい猛勉強中の二人がいる傍で、アルスは受け持った7丁の魔包銃を絶賛改良中であった。ただ本人としては面白味のないカラクリに少々落胆気味で、すでにやっつけ仕事になっているのだが。
チラリと二人の様子を窺って見た。【学園祭】における影響を軽視していたが予想以上に進行を阻んでいるのが現状だ。
特にアリスは気が気でなく、まったくと言っていいほど身が入っていない。
テスフィアに関しては元々というべきなのだろうが、少なくとも親友のことだけあり、自身も無関係でないためやはり捗っていないようだった。
そこでふとロキが熱心に何かを作っている姿が目に入った。
「ん? ロキは何をしているんだ?」
「は、はい。そのせっかくなので簡単なシュシュを作っているんです。出し物ということでしたので何でも良いかと」
「シュシュ?」
「え~とですね、髪留めです」
「手作りか、いいんじゃないか」
というか約2名に少しは学べと言いたくもなる。
ただ当然ロキがそこまでのスキルを身に付けているわけでもないので、独学で本を見ながら制作していた。
「いいなぁ~ロキちゃん私にも作って」
「アリスさんの長さでは必要なくないですか?」
「大事に保管しておくよ」
ぐっと晴れ晴れとした表情で断言するが、呆気なく「面倒なのでいやです」と一蹴されてしまう。
各自で一つという話だが、すでにこれは難易度が高いノルマと化していた。
「で、お前らはどうすんだ?」
「それなのよねぇ、本当にどうしよう」
「アリスは手編みとかできないの?」
「フィアだって出来ないでしょ」
なんとも益のない会話だとアルスは傍観する。確かに由々しき事態だが、これぐらいは個人でどうにかしてもらわないければ、それこそ甘えるなとか言いたくもなるだろう。
そんなことを考えていると二人は参考までにと前置きを付け加えてアルスに問う。
「アルだって手編みできないでしょ」
「誰がするか、俺は特に考えてないけどその辺に転がってるのでも構わないだろ」
なんてことを言い出したのはテスフィアだった。既に何を競っているのか、目的を見失っていた。
まぁ、これは冗談としても……いや、そうであってほしいのだが。
そもそもアルスが景品として提供する物を参考にしようとする時点で的が外れていた。
「いや、さすがにそれはないよぉ。一応学院の体裁もあるから下手な物は出せないよ」
「えっ!!」
驚愕の声は鋭意制作中のロキから発せられた。下手な物と言う言葉に過敏に反応してしまい自分の作りかけのシュシュへと視線を落として…………手を止めた。
「ち、違うのロキちゃん。そういう意味じゃなくてぇー使用済みとかそういう意味ぃ」
半ば泣きそうになるアリスにロキは「気にしてません」とケロッとした顔で言い返した。
そしてアリスの言葉を否定するようにテスフィアが客観的に意見を述べる。
「いや、たぶん人気で言えば圧倒的だと思うけど……ちゃんと制作者名を明記しておけば大丈夫」
などと歯に衣着せない言葉を選んだが、当のテスフィアとアリスは何一つ解決していない。
「懐事情もあるし……」
とテスフィアの言葉はクラスの大半が悩んでいることだ。予算が特別少ないということもない。ただ要らない出費というのは装飾をすべきと言う案を聞き入れたがために起きた散財である。
肝心要の景品を買う資金が雀の涙ほどということになった。
「自己負担したんじゃ学園祭として失敗じゃないか? ロキみたいに何か作ったらどうだ」
アルスの指摘は的を射るだけの理由がある。それはロキに負けず劣らず美女であるということだ。これは客観的な評価であり、クラスの男子生徒が認めているのだから、何かしら手間を掛ければ問題ないと思ったのだ。
「え、いや、その~……」
テスフィアの横に流れていく目を見て大凡察したアルスは。
「不器用な奴……」と発した。ただ、このままでは【学園祭】が終わるまでは一切勉強に手が付かないという事態に陥りかねない。というかすでに陥っているのだが。
「アルだって何も考えてないじゃない!」
「だから言っただろ、そこら辺に転がっているのを出すって」
「アリスが言ったの聞いてなかったの?」
「ふん、言っとくがお前たちの部屋に転がってるゴミと一緒にするな」
そう言ってアルスは適当に顎で示す。
部屋の隅に置かれている機材に立て掛けられている妙な縦長の包みへと一同の視線が集まった。
以前に部屋の片付けをした際にも全員が目にしたものだが、特段気に掛けることはなかった代物だ。無駄に大きいため邪魔という点で総意している。
テスフィアとアリスは訝しむように包装されている縦長の棒のような物を持ち、アルスに言われた通り持ってきた。
「何なの? これ?」
「俺が学院に入る前に作ったAWRの試作品だ。試作品とは言ってもれっきとしたAWRの性能はあるからな」
「「――――!!」」
「ただ、学院に移ってから開けることもなかったけど、どの道もう必要ない。捨てなくて良かった」
とワザとらしく言い。
「新品も新品だぞ。ちょっと上級者向けだが射的で取れると思えば上等だろう」
包みを取った中には見たこともないようなAWRが傷一つない白銀を映しだしていた。それは両側に両刃の刃先があり槍のようでもあった。状態としては両端に鞘がある。
特徴的と言えば長い柄の中心に円環が付いており、その中を貫通していると言えばわかるだろうか。一風変わっているが3人の興味を惹く破壊力はあったようだ。
「ねぇねぇ何が上級者なの?」
「この槍も凄そう」
テスフィアが簡単に食い付き、アリスが陶酔するような表情で見惚れているが。
「アリスの金槍はこれを元に作ったものだ。ベクトルは違うが断然出来は金槍のほうがいいぞ。あれは最先端も良い所だからな、その分癖は強いが。こっちは癖というよりも単純な魔法師としての技量が物をいう。そもそも二桁魔法師を想定して作ったものだしな」
「アルス様が作ったということはやはり何かあるのですよね?」
ロキの疑問は信頼から来るものなのか、経験からくるものなのか。どちらにしても二つ返事で頷いた。
そういう意味では信頼に応えたのだろうか。
「これは両方の刃先で別々の系統の魔法式が刻まれている」
と指を一本立てて説明を始めたアルスにいつものような教授の場が確立する。やはり殊AWRの話は学内でも人気ワードにあたる。その例に洩れなかったということなのだろう。
「二桁魔法師なんかは大概2系統を習得しているものだ。システィ理事長も2系統は確実に使えるし、程度の差はあっても3までは使えるかもしれない。このAWRは両端にそれぞれ火と水の系統を刻んでいるわけだ。ここまではそれほど珍しいことじゃない。というかやろうと思えば誰にでもできる、と思う。本来2系統の魔法式を一つに刻むと相克を起こす……が、そのAWRは中心に円環を置いて互いの干渉を中和してくれるし、二桁魔法師が使う2系統複合魔法を一つのAWRで可能にしているからな」
2系統複合魔法は早々できる芸当ではないが、それを可能にしたという点では類を見ないだろう。本来ならば別々のAWRを使用して行使する魔法である。しかし、それも特定座標の効果範囲圏内だと相克を来す為高度な情報改変能力が必要になってくる。
このAWRはその複合を発現する前、つまりはAWRの構造内で成立させ複合魔法として構築するため格段に楽になるというわけだ。
ただ円環は別の素材であるように量産に向かないのが難点なのだが。その素材というのが魔物を使っていることは企業秘密だったり。
貴重品どころの話ではない。テスフィアとアリスはこのAWRに掛かった製作費用を訊くことができなかった。
開いた口が塞がらないのだから言葉を紡ぎ出すのは困難だろう。
それでも絞り出した感想は。
「は、反則!!」
僻みを多分に含んだ野次だった。
「でも本当にいいのアル?」
「言ったろ、これは金槍を作るために役立ったから必要ない。邪魔なだけだしな……というわけで分かったか俺の研究室は謂わば宝の山だ!」
少々額に物を言わせた節はあるが、景品に制限がないのならば問題もない。
尊大な物言いになってしまったが理解は得られたようだ。
とそこで会話に参加してこないロキに目を向ければやはり手作りのシュシュに目を向けていた。
彼女は彼女でパートナーとしてやはり恥ずかしくない物をなんてことを考えていたわけだが。
「俺はいいと思うぞ。シュシュ? じゃなかったら俺も欲しいぐらいだ」
とロキの頭に置いた手を見て自分で自分を責めたくなった。在り来たりな言葉しか出てこず、本心とは言えぎこちなかっただろうと思う。
(俺も大概不器用なのかもしれないな)と。
しかし、効果は覿面だったようだ。
「本当ですか!! じゃ、じゃあ次は季節も考えてマフラーを作りますので、受け取ってもらえますか?」
「あ……うん……喜んで」
本心であってもこの疑似的に作り出す天候は季節が冬になろうともマフラーを付ける人は稀なのだが。
まぁ、いいか。と些細な懸念を振り払うのであった。