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最強魔法師の隠遁計画  作者: イズシロ
4部 第1章 「ぎこちない福音」
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逃れられない妥協

 7カ国における【学園祭】とは非魔法師の私学とはまったく異なる意味を持つ。

 例年通り行われる魔法学院の【学園祭】とは言わばキャンペーンである。学院のPRはもちろんのこと、国営であり軍の一形態である学院は国民の賛同の上で成り立っている。

 であるからこそ学院における表向きの部分は誰でも閲覧できるように公表されているわけだ。


 人類の存亡が掛かっているとは言え、民衆の反対が強ければ国策として成立しない。悪い風評が立てば魔法師の素質があろうとも入学させる親はいないだろう。ましてや他国への流入も考えられるとあれば是が非でも成功させなければならない。

 学院、学生としての肩書がある以上、軍事色が強過ぎれば批判も買いやすい。その点では第2魔法学院は今年初めて外界での課外授業を導入したため、民衆が不安視する前に打ってでる必要があった。



 例年通りとは言え、今年に限っては一層の力を入れなければならないだろう。特に今年に変更があった物については説明の場を設ける必要もある。

 毎年、学院が置かれる都市ベリーツァでは周辺にある店なども出店を構えられる。第2魔法学院の生徒が多いからと言っても、これだけの広大な敷地を全て使いきるのは物理的に不可能なのだ。



 学院を上げてのPRではあるが、学外から招く店舗以外では全て学生に委ねられている。形式上は【学園祭】を取っているためだ。

 学院では宣伝として講堂を使った説明会を行うぐらいで基本的には各クラス――この場合は実技授業のクラスになる――が出し物や見世物を最低一つは出さなければならない決まりがあり、毎年様々な催し物が出されている。



 これが現在アルスが理事長室でシスティから直接聞いた内容の要約である。

 彼のために代弁するならば自分の意志で赴いたのではなく、校内放送で呼び出しを食らったのだ。確か、最初は「任務、お疲れ様」から入り、続いて休んだ分の講義に付いての話になった。

 一応は免除ということになっているが、これがいかに理事長権限であろうとも各教員に了承させることはできない。無論そんな奴はクビにしてしまえばいいのだとアルスは安直に言ったが、そうもいかないのが学校運営である。


 とは言え理事長に権限がある以上教員に真っ向から反発する勇者はいない。ましてや相手が元シングル魔法師となれば教員たちからしても国を支えてきた敬意を払うべき重要人物だ。


 というわけでレポートの提出が求められたとしてもそれはアルスとしても甘んじて受け入れるべきだろう。現に本人はにべもなく頷き返していた。

 これぐらいは想定済みだ。本来ならばこの長い期間休んだことを考えればいかにテストの点が良かろうとも出席日数がクリアしていないため単位は取得できない。



 総督との単位免除の話はおそらく来期に活用されることだろう。ついては最高履修単位分の科目を履修しなくても学期最高単位が取得されるはずだ。もちろん成績面での反映がないため学期末に発表される総合点順位にはランクインしないだろうが、アルスからしてみれば些事である。



 では現在アルスは渋い顔を隠そうともせず、いや、あからさまに非難の表情をシスティに向けている理由は別にあった。



「毎年、第2魔法学院の【学園祭】ではそれなりの警備を雇っているの」

「そうでしょうね。他国からの渡航がこの時期は自由になるんですよね?」

「えぇ、普段から制限はないのだけどこの時期はサークルポートのアクセスが直接学院に転移することができるわ。それだけに毎年懸念されているのがテロや反魔法師組織よ。そうでなくともいざこざは絶えないのだけれどね。一応警備は軍から要請できるけど……」


 なんとなくではあったがアルスは理事長の言いたいことの意図を読み取ることができた。この場合はできてしまったということなのだろう。どちらにしろ本題に入るのが早いか遅いかの違いでしかない気がするが。


「つまり警備は学院内に配置できないということですか?」


 そこまで告げた後、理事長は顔の前で両手を合わせた。少し可愛げのある仕草で頭を下げ上目遣いをしてくるあたり魔性と呼べるだろうか。

 無論、外見故だろうが。この際実年齢を推測するのは野暮なのかもしれない。否、これで何人の男が手玉に取られているかと思うと美女とは得である。


 今、その数多いる手玉に含まれそうになっているアルスは内心頭を振って言い訳がましく(そうなるのか)と未来予知をする。


「お願い。生徒主体で組織される学内の警備委員に入って貰えないかしら」

「…………」


 一拍置いたのは考える為ではなく、ここの生徒にこの理事長ありだと感じたからかもしれない。それはシスティに失礼というものだとわかってはいるのだが。

 やはり力にはそれ相応の責任が伴うということなのだろうか。


 しかし、この提案はアルスにとって手間でも面倒事でもなかった。強いて言うならばクラス内で出す出し物に割く時間がすり替わると考えれば二度手間ということはない。

 蛇足だが、アルスのクラスの出し物で最も有力視されていた候補は喫茶店だ。何せ学内でもトップクラスの美女がこれだけ集まっているのだから接客業にしない理由は皆無だ。結果として没になったのだが、その理由についてはのちのち話すとして。



「で、軍から要請できる警備員の配置はどうなっているんです?」


 この言葉を了承として受け取ったシスティはパアッ表情を明るい物へと一変させ。


「このコロンも胡散臭い名前だと思っていたけど買って良かったわ」と頷く理事長にアルスは入室した時から漂っていた香りに合点がいったと感じた。

 フローラルな香りで甘ったるい匂いに眉を寄せたが、特に追及するつもりはなかったのだ。


「いえ、匂い云々で決めたわけではないです、よ」


 と勘違いするシスティに補足の言を付け加えた。


「えっ違うの!? で、でもこれ【魅惑の花園】って名前で……」

「そんな怪しいの買わないでください! そして俺で試さないでください」


 自分の手首を嗅いでシスティは小首を傾げた。


「いえ、他の男子生徒で試した時は効果覿面だったのよ?」


 アルスは言葉に詰まる予感を抱く。この問答の行き着くところを先読みしてしまっていた。そう結局は彼女の魅力に惑わされた愚かな生徒ということだろう。

 システィを持ち上げていい気分にさせるのは極力遠慮願いたい、不毛に違いないのだから。


「自分の生徒で実験したんですか?」


 呆れ混じりの問いにシスティは淡白に答えた。


「少しだけ用事を頼んだだけよ」


 フフッと含み笑いが後に続いたが、もう何も言うことが出来ないアルスは自分を叱咤したい気持ちを蒸し返した。彼女のペースに乗っていると気付いた時にはもう後の祭りだ。


「そうそう、軍の配置よね。まったく学内に配置できないわけではないのよ。これも毎年のことなんだけど人が集まりそうな場所、眼に着くような場所に配置できないだけなのよ。だから学院の外周を覆う形で人気のない所は徹底できるわ」

「じゃ、俺を入れたいと言う警備委員は主に校舎内とか本校舎に続く通路ということになるんですね」

「えぇ、一応本校舎周辺に出店だったりが密集する形になるわ。まぁ人が多い場所ということになるわね」


 そこまで聞けば大体は理解できる。本当に警備目的なのだろう。テロ活動を阻止するには学院に入る人の検査、もしくは学内に足を踏み入れる前に事前阻止することが理想だろう。万が一学内で事件が起きればそれを対処するのは学生では荷が重すぎる。

 教員もいないことはないが、やはり彼らは学業のエキスパートであって戦闘のプロではない。


「細かい点についてはフェリネラさんと協議してちょうだい」

「はい?」

「だから彼女は今回【学園祭】の運営委員長だもの」


 アルスは眉間を摘まみ一時眼を閉じた。

 要は話はすでに進行していたということだろう。粗方事前にフェリネラとシスティの間で話し合いが済んでいたということになる。

 何がなんでも受けて貰うつもりだったのか、それともコロンとやらに絶大な自信を持っていたのかは定かではないが、先んじて手を打つのはアルスの専売特許であると思っていただけに敗北感は拭えなかった。


 それにシスティは決して口に出しはしないが、アルスの入学や欠席について相当苦心しているようだ。いくら学院のトップに立とうとも規律は順守しなければならない。

 そういう意味で各教員に頭を下げた、かはわからないが、無理を通したのは想像するまでもない。規則通りならばすでに留年は確定していそうな気もする。


 軍のお達しは拒否できるようなものではないのに対して学内の問題は全て理事長であるシスティに責任を求められる。


「一応参加者には入隊時の成績にプラス加点されるんだけど……」

「寧ろご免願いたいです」

「よねぇ~、じゃ、じゃあ学院の図書館の特別司書というのは? 貸出期間も無制限よ、これなら……ダメ?」


 ギュッと目を瞑って頼み込むように顔の近くで手を合わせる。どこからか【魅惑の花園】の香りが匂ってくるが、アルスは鬱陶しそうにハタハタと手で払った。


 何故、三巨頭と呼ばれた彼女がこうして理事長なんて損な役回りを続けているのか理解に苦しんだが、ふと彼女と初めて出会った時を思い出した。どこか得心がいった気がして。


「わかりましたよ。確か所蔵されている図書は他校からも借り受けができましたよね。それと研究図書の新書も増やしてください」

「うんうん、だいじょうぶい」


 二本立てられた指がメトロノームのように左右をいったりきたりしている。

 

 これで少なくとも請け負う上での対価となった。



 学園祭における持込みの制限は明らかに意図が分からない危険物に限られる。しかし、毎年10万人弱が訪れるため全てを検査することは不可能だ。

 そのため、入場口に取り付けられるのが簡単な感知機だが、これには魔力を発している物に対してのみ反応するため容易く突破されやすい。

 続いて数十人体勢で持ち物検査が簡単に行われる。しかし、AWRの持込みが許可されている以上制限の解釈は幅広いのが実状だ。AWRでもない刃物を持ちこめば当然引っ掛かるが、AWRであれば注意事項を踏まえた説明のみで通されてしまう。

 何故AWRの持込みが許可されているかというと魔法学院における目玉と言える催しがあるからだ。



 そういった未然に防げる事態を想定できない上に成り立っているのが魔法学院の厄介な点である。

 また、学園祭を行わないという決断ができないのは、民衆の不信を買わないためだ。軍のお膝元とはいえ、一般の私学と変わらない所を強調する必要がある。その上で魔法学院特有の講義や成果をアピールしなければならない。



 徹底する警備だけではないということだ。無論犯罪が行われても良いということでもない。だからこそ学院の生徒に警備委員なる組織を作らせる必要が出てきてしまうのだが。

 が、今までに軽度のいざこざ、暴力沙汰はあってもテロと呼ばれるような大惨事には7カ国でも起こったことはない。


 今年特に第2魔法学院が警戒しているのは7カ国魔法親善大会での優勝があるからだ。おそらく入場者数は過去最大になるだろう。そんな中では不審者を見つけるのは困難を極める。

 だからこそ迅速に被害を最小限に収め、できれば行動を起こす前に捕まえることが求められる。現実的な問題はあるが軍もそこには余念がなく、探知魔法師を惜しげもなく提供しているわけだ。



 警戒し過ぎて困るということはないだろう。



 アルスは理事長と1時間ぐらいのやりとりをした帰宅途中、そんな思いに耽りながら帰路に着いていた。


 頼まれはしたもののこればかりは承諾するしかないだろう。

 生徒という肩書がある以上は無関係ではない。それぐらいはアルスも承知の上だ。アリスに言われるまでは完全に忘れていたが、あの後スケジュールの修正のために学園祭の要項を入学時に貰ったパンフレットと学院のHPから知識を得ていた。



 翌日には正式に開催の準備期間に入ったことを知らせるアナウンスが全校生徒に行き渡ったのだが、アルスたちのクラスというか、どのクラスにも担任と呼ばれる教員はいない。そのため1年生の科目を担当している教員が各クラスに説明のために赴いた。


 まずはクラス内での代表を決める必要があり、これには満場一致でアリスが選ばれた。

 推察するにロキが選ばれなかったのはアルスの傍に常にいるから……ではなく生徒の催しと言う点でお堅いイメージがあったのだろう。

 テスフィアに関しては他人の意見を真っ向から反対する性格だと思われる。要は男子の欲望に染まった提案を一蹴されるのが目に見えていたということだろう。

 そういう意味で、男女比がほぼ1:1のこのクラスでは女子に対して優位に働くと見たため平行線を辿ると思われる。


 決まる物も決まらないというのがアルスの感想だ。これは個人の見解であって真意までは測りかねるが、男子と女子の両方の意見を汲み、人望も実力もあるアリスに白羽の矢が立ったのは至極当然で、最も建設的な選択だったのだろう。


 彼女自身矢面に立たされるのは苦手な性格なだけに、アルスは少しは慣れろと内心で教壇に立つアリスに呟いた。



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― 新着の感想 ―
[良い点] 瀕死の時にそばに居たロキちゃんに、やっぱり他とは違うなって思いました。 ロキしか勝たん、シングルの2位を彼女が手にしてほしい。
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