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最強魔法師の隠遁計画  作者: イズシロ
4部 第1章 「ぎこちない福音」
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知識と生存

 あんぐりと口を開け放ったのはテスフィアだった。

 彼女からしてみれば勉強とは頭痛の種である。必要だとわかっても頭にチマチマ詰め込む作業というものはイライラして続かない。そんな机の前で張り付けられるよりも汗だくになっても身体を動かしていたい、というのは勉強を苦手とする者の方便だろう。


 まぁ、どちらかでも得意な、好きなことがあるだけマシなのだが、アルスが目指す魔法師像はそれでは到達できない。


「……!! ちょっ、ちょっと待ってよ。勉強は学院でもしているし、それが外界でも戦える訓練とどう関係あるのよ」

「フィア……」


 少しだけ同情の眼差しを含ませたアリスが溢した。それは彼女の性格を誰よりも理解しているがための言葉だ。


「フィアだってアルが教えてくれる知識が学院とは懸け離れているのは知ってるでしょ。確かに、フィアは勉強が嫌いなのはわかるけどね。でも何で勉強なの? 何の勉強なの?」

「まぁそうなるわな。テスフィアが毛嫌いする人種なのはわかるが、そんな魔法師が外界で長生きするわけないぞ」

「ぐぬっ……だってぇ」


 既に今から頭痛を覚えているような表情だった。


「というわけでお前たちにはまずは魔物について勉強してもらう。もちろん学院でも初歩的な所はやるし、軍に入ってからも勉強する機会はあるだろう。だが、軍に入ってゆっくり勉強できる時間なんて新米には持てないだろう」

「魔物に関するって学院での勉強が不十分だってこと? 確か三年生までは魔物に関する講義はあるはずだけど」


 アリスの言葉を聞いてもアルスの解答が変わることはない。そもそも着眼点が違う。学院で行う講義は魔物についての多角的な見地だ。


「そうだな。それでも魔物に関する講義は本質がずれている。発生や根源的な物が多いよな。種類やレートそれ以外にも過去の事例を用いた講義で確かにそれも有用だ。教員がちゃんと研究データを踏襲していることが窺えるしレベルも低くはないだろう」

「じゃあ何で?」


 テスフィアの問いは僅かな逆転を願ってのものだ。


「魔物に関する講義は多角的過ぎる。だが、俺が教えることは一つだ」


 小首を傾げる二人にアルスはニッと笑んで答えた。


「魔物の種類と性質や習性だけだ。まぁ少しは触れる科目もあるだろうから、その講義を受講すればまったく無駄ということにはならんだろ」


 ロキは座り紅茶を片手に口を挟まず聞き入っている。外界を知るロキには嫌というほど納得してしまう言葉だ。


「それってそんなに大事?」


 この馬鹿な発言はもちろんテスフィアだ。外界を知らないということは本当に怖いことだなとアルスはしみじみ思った。

 一方でアリスは発言を控えている。機微に察する彼女は余計な言葉で踏み込んでこない。それが良いかは判断できないが、この場合は思わしくない。

 疑問を残したままというのは命が掛かった外界では軽視できないのだ。

 無論それを含めて知識不足がないように叩き込むつもりだが。

 それでも、


「いや、もうお前に無知だとは言うまい。それは酷というものだ」


 わざわざ口に出して言ったのは少しだけ溜飲を下げたいという思惑があってのことだ。延いては学院での噂の際に茶化されたことへの。

 こんなチンケな小言も些事なのだが。


「しょうがないじゃない。だったら分かるように教えてよ!」

「やっと俺の訓練の重要性が理解できたか」

「二人とも……」


 アリスがいつもの一連の流れだという具合に戯言の応酬の仲裁役を買って出た。


「一先ずは本題に入る前に言っておくが何も勉強だけをするわけじゃないぞ。知識の詰め込みをメインにするというだけで魔法の実戦訓練もする。アリスの魔法も途中だしな」

「た、確かにそっちも重要よね。うん。知識だけ入れても戦う技術がないんじゃ意味がないしね」

「フィア……」


 明らかに嬉しそうなテスフィアを見て、アリスもまた朗らかに同意を示した。ただその瞳には少しだけ羨望が混じっている。素直で感情を表に出して表現できる親友を本当に少しだけど、羨ましく思ってしまうのだった。隠すことができないとも言えるが。


 そして説明するために三人はテーブルに着席する。

 ロキに関しては最初から座っているため、含まれているだけだ。無論、彼女にも教授を賜りたいという思いがあるかもしれないが。


「ゴホンッ! 率直に言う。高レート以外での魔物との遭遇時に魔法師の死亡率が高いのは単純に魔物に対する知識不足だからだと俺は考えている。もちろん軍に入ってからも一通り研修時に学ぶことだが、基本的にそういったことは学院で学んできているという前提があるため不十分なんだ。ましてや魔物を討伐するために入隊するわけだから実戦投入は早期の段階で行われる。故に魔物の知識と言ってもそれは後手に回ってしまうことがほとんどだ。魔物よりも魔法や順位を優先してしまうのは嘆かわしいことだが、実際に遭遇してから気付いたのでは遅い」


 この場はアルスの言葉を聞く事に徹した空気が占領していた。


「一応総督に打診しているが、現実問題として任務の数は膨大だ。研修時にしなければならないことも制限された時間内では限界がある。だから本当なら学院でやってもらうのが一番なんだろうが、生徒への負担が大きくなるという弊害もある。これについては多分長い期間検討されているはずだ」


 任務の数が増えるということにはアルスが奪還した国土が含まれている。

 アルスは言葉を区切って巨大な本棚まで歩み寄ると一冊の分厚い本を取り出した。それをパラパラと捲る。

 これは魔物に関する詳細な情報を纏めた図鑑のようなものだ。無論貴重な物でホイホイと出回る物でもない。

 それをテーブルの上に広げ。


「つまり魔物の個体について理解していなければ適切な対処ができないということだ。万が一勝てないとなって逃走するにも軍に報告しなければならない。そもそも逃走できるかの判断も知識がなければ失策になるだろう。逃がした魔物の情報は現場の魔法師にしかわからないことも多い。そうなった場合アルファに多大な被害が出る可能性すらあるからな」


 と数年前の大侵攻のことが頭を過る。余りに不可解なAレートの【アラクネ】に対しての報告が不十分だったことが遠因だ。無論私情からAレートを逃がしたという報告に自己保身に走ったのかもしれないが。


「知れ渡っている個体からもレート判別ができるしな。ただ魔物の捕食という共通の性質がある以上、そこに載っている魔物が全てじゃない」

「それじゃあ、意味がないんじゃないの?」

「最後まで聞け、確かに魔物は捕食によって身体を変異させる。だが、ベースとなる種を大きく逸脱することは少ない。だから未知の魔物と遭遇しても知識さえあれば予想が立てられる。例えば、アルファ近辺に多い【レッジモンキー】は習ったろ?」


 当然だろう。講義の中でもこの【レッジモンキー】はアルファ近辺のどこにでもいるような魔物であるため、例として使うことも多く、真っ先に出てくる名前でもある。

 名前の通り絶滅種と目されている猿を模している。なお絶滅したかという事実については今の人類には手段がない。そのため魔物の侵攻以降については暫定的な見方をしているため曖昧なニュアンスを取っている。

 品種改良によりこれに似たペットもいるにはいるが今は置いておくとして、体長は人間の子供に酷似しており猿と言われる由縁だ。

 腕が長く皮膚は岩のように硬質、だというのに関節が多く鞭のようなしなりを見せる。


「【レッジモンキー】はEレートに分類されているな。これは捕食を介さない場合の形態になる。大体の形態はここから派生する中・高レートの魔物はいくつかの種に分類することができるが今はいい。新米魔法師が相手をする魔物としてはメジャーだ。だが、何も知らなければ対処や警戒は杜撰になる」


 話をしながら本の《れ行》を引き【レッジモンキー】の挿絵付きページが開かれた。


「こいつだけに警戒しなければいけない場合、まずどこに注意すべきかわかるか?」

「…………」


 沈黙をわからないと判断したアルスは解答を提示する――この解答権にはロキは含まれない。


「頭上だ。外界では他の魔物もいるから常にというわけにもいかないが、仮に【レッジモンキー】が大量発生しその討伐に駆り出されたのならば、警戒すべきは頭上、木の上ということになる。特にこいつは見た目通り体重があるから灌木などの低い木じゃなく、体重を支えられるだけの巨木だ。こいつらは体重故に宿り木のように巨木に群がる習性がある。そして見た目以上に臆病だ。慎重とも言えるがな」


 そこでテスフィアが挙手をし、質問を受け付ける。


「でも、そんな低レートならば倒せば問題ないんじゃない?」


 彼女も理解しているのだろう。真っ向から否定したいのではないことがわかる。ただ疑問を徹底的に解消したいのだろう。まだ、勉強することへの抵抗があるのかもしれないが。

 だからアルスは正論で応えた。


「じゃあ、倒せなかったらどうする?」


 言葉に窮したテスフィアは納得顔で「そっか」と呟いた。


「倒せれば文句なんかない。だが、外界では隊で行動するのが常だ。選択を間違わないためだ。常に倒せる敵ばかりに遭遇するとは限らないからな。防衛の任に就いていても外界に出れば予想外のことばかりだ」


 1位の発する言葉のなんと重いことか、と身が引き締まる思いでテスフィアとアリスは姿勢を正す。


「だから不測の事態に対処するために魔物に関する知識はあって困るようなものじゃない。寧ろなきゃ死ぬ確率が跳ね上がるだけだ。それに倒せれば問題ないとはいえだ。過去には【レッジモンキー】の大量発生は縄張りとしていた巨木周辺にBレートが居着いたからだったこともある。そういった背景も現場の魔法師は機微な部分まで観察する必要がある」


 一通りの説明を終えたアルスは温くなった紅茶で喉を潤した。今はそのほうがちょうどよい。

 その間を以て三人から拍手が湧く。たかだか数人程度の拍手では喝采とまでは言えないが、納得するだけの弁舌ではあったようだ。

 ロキに関しては既知なのだから何も同調する必要はないのだが。


「なるほどね……でも、そんなに重要だって言うなら何で軍は徹底しないのかしら」

「だから……」


 同じことを繰り返し言わせるなと言おうとしたアルスは最後まで発さずに苦い顔を浮かべた。


「軍じゃない。魔法師の意識の問題なんだよ……」

「と言いますと?」


 ロキもこれは知らないのだろうと思われる。


「順位制の問題だ。魔法師に順位を付けることは窮地に陥った人類では最善の手だ。大きなメリットもあるがまったくデメリットがないということもない。それが魔法師の意識だ。順位に縛られる魔法師社会の構造がそうさせてるんだよ」


 「ま、言っても始まらんが」と付け加えたアルスに対してロキは俯き気味に顔を暗くした。


 軍が徹底すべきは統率と魔法師の能力向上だという声が大半だ。べリックとて魔物に関するセミナーすら開く時間もないことは理解していた。

 膨大な魔物に関する情報を学ばせるためには同様に膨大な時間を要するのだ。防衛に充てる隊をローテーションさせながら少しずつでもセミナーを受けさせようとしたが、訓練をする時間がないという声が上がったことで断念せざるを得なかったのだ。


 取捨選択するには難しい問題でもある。順位は給与にも影響を与えるため、既存のやり方を変えるには猛烈な反発があって然るべき。

 だからこそ現在の領分である学院で受け持つのが最も建設的なのだ。


「だが、俺に教えを請う以上は魔法だけを鍛えるだけじゃないことも理解しろ。異論はない、な?」


 ここまで懇切丁寧に説明して理解できないようであれば……世の中にはいないこともないだろうが、道理がわからない二人ではないはずだ。

 それに事前に二人には教えを賜る条件として順位への向上は後回しになるとも伝え、了承している。


 だが――。


「…………!!」


 頷くテスフィアの横で勢い良く手を上げたアリスに困惑してしまった。

 テスフィアならば分からなくもないが、アリスが……という思いからだ。


「反対か? アリスは……」


 その問いに「ん?」と顔を浮かべてすぐに両手を突き出して全否定した。


「違う違う違うよ! 訓練は賛成だよ。うん、大賛成」


 ならば何か質問だろうかと続きを待ったアルスは結果としてあんぐりと立ち尽くしてしまった。それも数秒もの間。


「でも、年末に掛けて学園祭がある、よ?」




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[気になる点] 魔物の情報テストも順位評価の対象とすればいいと思う。情報が命取りなことはバカでもわかると思うし、分からなければ効率が悪過ぎる。
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