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最強魔法師の隠遁計画  作者: イズシロ
4部 第1章 「ぎこちない福音」
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成長と始動



 放課後をやっとと言えたのはテスフィアとアリスの両名だ。それも今まで当たり前のように行っていた訓練がここ約一ヶ月ほど停滞していたからだろう。

 もちろん、停滞と表現する箇所は訓練ではなく訓練場所ということになる。


 今朝のテスフィアの発言でもわかるようにアルスの目が届かない所でもしっかり続けていたようだ。

 それをそこはかとなく嬉しく思ってしまうのは教えてきたという自覚が芽生えたからだろうか。いや、二人を鍛えて磨いてきたのは事実だが、彼自身が教師役を演じたからだろう。

 今感じる喜ばしい気配を表情には出さずに……覚られないように隠す。



 こんな心情にしみじみしてしまうのは今日学院でのことが原因だったりする。ヒーローと祭り上げられるシルエットのみの1位があまりにも本人と乖離し過ぎているからだ。

 休まるのは教室を離れられる昼休みぐらい。

 何がそうさせたのかは明らかだ。気が滅入るとはこのことだろう。何よりも学院の生徒の多くは1位という名誉ある神にも到達し得る最高峰に陶酔している節がある。

 アルファを守護し発展へと繋げたと口々に言い合い「1位がいればアルファは安泰」だとか、他国と比較しようとする始末だ。どうにも優劣を付けなければ気が済まないのか。

 

 が、これらの反応はアルス自身にも責任の一端がある。

 強過ぎる力と巨なる功績は戦いに赴く者を拾い上げ、掬い上げて楽をさせてしまう。その結果がこれだ。

 つまり、彼らが国の比較をする中に自分が含まれていない。そして誰一人として肩を並べようと奮起する者はおらず、憧憬の眼差しと言葉を用いて無断で肩に乗車する。



 言わずもべリックの軍内部改革のために性急過ぎるアルスの功績が裏目に出たということなのだろう。現在の軍はべリックという頂点を置き、円滑に始動しているが学院内まで行き届いていない。

 寧ろ、その役目はシスティ理事長の役目なのだが。

 ただその試みの一つとして入学してすぐに行われた外界での課外授業は手始めであり一環なのだろう――提示されたやり方は穴だらけだったが。



 アルスは国を守って当たり前だという生徒たちの思考に怒りよりも呆れの境地に至っていた。


 テスフィアとアリスを教えて来て少しは教育のなんたるかをざっくりとではあるが理解したつもりだ。

 今となっては口だけでもシングル魔法師を目指すと言えばまだ救われただろう。次世代を担う若者のなんたる気弱なことかと嘆きたい気もしたが、ふとそこに自分も含まれそうなので思考を閉ざす。


 もし彼ら彼女らに一言言えればどんな顔をするのか見物だろう。

(俺は残りの人生を働かずにのんびりやりたいことだけをやって過ごす、後は頼んだぞ若人ども)なんて文言を脳内で作っても実際に言葉にする機会はないのだが。


 とまあ、こんな具合で気鬱が放課後まで続き、今に至る。

 研究室に戻れば訓練の成果を見るのだが、それは今日の鬱屈を晴らすような切り替えの一場面でもあった。だから必要以上に楽しく、嬉しく感じ入ってしまうのかもしれない。



 完全に思考を切り替えたアルスは改めて二人の訓練棒へと視線を移す。

 そして目を細め微弱に流れる魔力を注視した。この訓練棒は魔力を反発し弾く性質を持っている。だからこそ魔力操作の訓練には打ってつけなのだ。既存の魔法の習得に拘る魔法師では埒外な訓練方法だろう。



(こいつら…………これは俺が優秀過ぎるのか? それとも二人が予想以上の才覚を秘めていたということなのか)


 さらに言えば、魔物の外殻を使った訓練棒のおかげでもある。

 しかし、それを差し引いても形になるのが早過ぎるのだ。表情を見るからに余裕とは言い難いが、確かに反発を抑え込みAWRを覆うように微弱に流動する魔力はアルスが設定した到達目標地であった。

 魔力操作の訓練は永続的に続けていかなければならないほどに長い道のりだ。それでもここまで操作出来てしまえば後は継続的に習慣を付けて行けば良い。


 二人の現時点での魔力操作技術を比較するとすれば……三年生とAWRのみで近接戦闘を行った場合の魔力消費は半分程度だろうし、同じ魔力量でAWRに這わせたとしたら圧倒できるだけの技術だ。

 おそらくDレートの魔物程度ならばAWRだけでも苦戦しまい――単純な脅威度に対してだが。



 外界に出れば何時間も維持できるのが理想だが、それこそ急ぎ過ぎても良いことがない。そのため後は各人でやってもらうほかないだろう。

 

 ロキも二人の急成長に表面上冷静を装っていたが、内心では吃驚していた。用意された紅茶のカップ、その内一つだけが並々と注がれていたからだ。

 戦闘を度外視した場合二人は魔力操作という点でロキの背中を捉えたことだろう。

 彼女は外界で任務に就いていた経験と早い段階での訓練により魔力操作も秀逸だ。しかし、持続時間で言えば自慢できるほどではない。

 今日を以てロキも自身に魔力操作の訓練を課すのだった。



 アルスは二人の表情から後20分ぐらいはなんとか維持できそうだと判断し。


「良し、もういいぞ」

「えっ! まだ全然……」


 二人の驚きの表情は翳りを覗かせたが。


「後20分ぐらいはできるんだろう? そこまで見てる暇はないし、大体は理解した」


 アルスの推察が当たっていたことを裏付けるように二人の表情が晴れる。

 そしてどこか誇らしげにテスフィアが悪戯っぽい口調で言う。


「戻って来た時に驚かせてあげようと思ってね。二人でコツとか探したんだから」


 確かにコツは個々人であるのだろうが、そんな単純な話ではない領域だった。だから、やはりアルスは二人に対しての評価を上方修正するのである。


「確かに驚いたな。一度知り合いの二桁魔法師にやらせたことがあったんだが、そいつですら30分が限界だったしな」


 その結果自体は問題ではあるのだが。一応二桁魔法師の体裁のために庇うならば十把一絡げにはできない。


「そうだな、ここまでくれば魔力操作の訓練は終わりと考えてもいいだろうな」


 しかし、そんなアルスの言葉に二人は愕然と焦りの表情で抗議の声を上げた。

 当然、彼には理解不明な抗議だったのだが。


「え! それって訓練が終わるってこと? ちょっと待ってよ私たちはまだ外界で戦えるようになってないわ」

「そうだよ。まだまだ教わりたいこともいっぱいあるし……それに……」


 アリスの悲痛な訴えは訓練自体が終わると危惧しての言葉。いや、テスフィアも同じなのだろう。


 アルスはこの勘違いをすぐには否定しなかった。


「魔力操作は全ての魔法の根幹だ。それが学生の身でここまで上達したんだから外界でもそれなりには戦えるんじゃないか?」

「いや、でも……」


 テスフィアが二の句を継げなくなる代わりに、アリスが引き継ぐ。


「外界で戦える魔法師って……アルにとってはそういうことなの?」


 必死の訴え、苦し紛れの言だったが解釈の範囲は別としても的を射ていた。

 頬を持ち上げたアルスが口を開く前に、トレイに4つ紅茶のカップを持ってきたロキが呆れ顔で口を開く。


「アルス様、あまり意地悪が過ぎますと二人から何を言われても反論できなくなりますよ」

「「えっ!!」」

「悪い悪い、確かにそれは勘弁してもらいたいな」


 というのもアルスはテスフィアとアリスに課す為の訓練プログラムを資料として纏めてロキに見せたことがある――二人とも系統からして違うため二冊分用意されている。一人分だけでも300ページを超える量だ。

 だから彼女からしてみれば茶番にしては意地が悪いと感じたのだろう。


 そして窘められてしまったアルスは非を認め。


「二人とも勘違いしているぞ。そもそも訓練なんて始まってないようなものだ。お前たちの魔力操作が酷過ぎるからそこから手を付けただけの話で、俺が考えた訓練を実行してもらうのはこれからだ。だから魔力操作は習慣として各自でやってくれ」

「ちょっとそうならそうと言ってよ……」


 怒り心頭なテスフィアは「フンッ」と鼻息を荒くしてそっぽを向く。

 アリスは安堵したのか深く息を吐き出した。


「でもそうなら次は何をすればいいの?」


 アリスは逸早く気付いたのかもしれない。1位と呼ばれる者の訓練がいよいよ始まるのだから、それがどれほど魔法師として成長できるか期待せずにはいられないのだろう。

 魔力操作でさえ見違えるほど力が付いたと自覚できたのだ。始まると聞けばそれ以上に期待を寄せてしまうのは仕方のないこと。


 テスフィアも怒りそっちのけですでに興味をそそられた顔で耳を傾けた。まだまだ彼女は強くならなければいけないのだから。


 しかし、二人は少し思い違いをしている。魔力操作の技術は結果として自身の糧になっただけの話だ。外界で戦える魔法師への条件として実力や順位、共に上がったが、それはたまたま。


 アルスはそんな二人の表情を見、一度紅茶を啜って悪い笑みを浮かべてこう答えた。


「これからやることは勉強だ」

「はぁ!?」




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