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最強魔法師の隠遁計画  作者: イズシロ
4部 第1章 「ぎこちない福音」
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歩き出す噂

 アルスとロキが感じた違和感は校内にまで蔓延していた。

 立ち話に華を咲かせている生徒の数が異様に多いのだ。それもどこもかしこも似たような内容であり小さな輪を行ったり来たりと情報を仕入れるように。


 教室に入ってもやはり似た光景だ。

 聞き耳を立てずとも跳び込んでくる話題にアルスは眉を顰めることで嫌な予感……悪寒とも似ているものを感じた。


「先輩の話では間違いないそうだ」

「ってことはアルファだけじゃなくて7カ国全てに公表されているってことか?」

「いいや、どうもそうじゃないらしい。軍関係者でも一部の人しか知らないらしいんだ。先輩の親が軍に顔が利くらしいから情報の裏は取れていると思う。もう2・3年の間じゃ広まってるんじゃないか?」

「で、肝心の名前は? どんなお方なんだ?」

「それは上級生の間でもベールに包まれている所なんだよなぁ」

「そうだよな……でも……」

「あぁ、きっと素晴らしいお方に違いない。なんと言っても全魔法師中最強最高の魔法師なんだからな」

「一度でもお目に掛かれないかな」

「言ってろ。軍に入ってもまず目にはできないんじゃないか? これだけ情報がないというのはレティ様とは違って秘匿性の高い要人なんだ」


 チラリと目だけを動かしたアルスは頭痛を覚える。

 バルメスでの討伐は脅威度で言えば前代未聞、人類史に残る脅威だったために情報規制が掛けられなかったのだろう。外界の出来ごとではあったがそれに留まらない危機だったのだから。

 アルファからはレティの部隊が派兵され、他の6カ国も最高戦力を投入しているのだから情報を規制するいとまもなかったに違いない。

 とは言えこれはアルファ、如いてはべリックの個人的な私情であるためアルファ国内では名前を伏せて公表されているだけであり、他国にまで要求することはできない、できるはずがないのだ。

 無論、市井の不安を煽るような公表は避けるだろうが。


 こんな会話を繰り広げている男子生徒の反対側では色めいた声で女生徒の一団が先走る理想的妄想を展開していた。


「間違いないわ。アルファが誇る第1位の名声が全世界に轟いたということなのよ。そうなのよ」


 うんうんと弁舌を振るう女生徒に相槌を打つ周囲。


 アルスとロキには初めて聞く内容だが、テスフィアとアリスの表情から二番煎じであるのが察せられる。


「バルメスの危機にレティ様率いる部隊を伴い颯爽と馳せ参じる。まさに憧れだわ」

「ここだけの話なのだけど……」


 と勿体ぶるように輪の中心に顔を近づけ、口に手を添えたお決まりのポーズを取り機密性の高さを窺わせた。ただその声量は興奮の所為かアルスの所まで漏れ聞こえている。


「彼の1位はクーベントにゼントレイを奪還した戦果に……」

「そんなのは疾うに知っているわよ。情報は鮮度が命よ」

「常識だって」


 言を遮った女生徒に対して嫌な顔をせず……それどころか餌に掛かったとでも言いたげに頬が持ち上がる。呆れるようにため息を吐き、首を左右に振って見せた。


「まだ何かあるの?」

「そ、それだったら是非私たちにも教えていただけないかしら」

「しょうがない。実は本当に最近の話でね。たぶん知っているのは少ないんじゃないかな……でね、まだ公式に発表されたわけじゃないからここだけの秘密よ」


 生唾を飲み込むような音が聞こえてくるようだ。


 アルスは聞こえてくるものは仕方がないとばかりに席に着く。授業が講義形式のため基本的に席の指定はない。そういった理由から奥の端からアルス、ロキ、テスフィア、アリスの順になるのは自然な流れだと思う。たぶん。

 ただ常に行動が一緒になっているせいか何かの派閥のような疑いが掛けられそうな一団ではあった。

 アルスが時間を確認し1限目まで少しあると見て、持ってきておいた資料をカバンから取り出す。彼に限って言えばカバンを持ってくるのは初のことだ。

 そうして目を通そうと意識をシャットダウンする直前。


「数日前、レティ様が長い期間掛けて攻略されているバナリスへと赴いて任務に協力されたそうなの」

「バルメスでの任務が終わった後でなんて……少し酷使し過ぎてない?」

「そうよねぇ、さすがに魔法師の最高位だからと言っても身体に差し障りがあったら一大事だもの。でも、そのおかげで後数カ月は掛かると言われていたバナリスでの掃討任務を完遂されたのだから」

「はぁ~どんなお方なのかしら」


 切り替えた意識が強引に引き戻される。

 

 恍惚な表情を浮かべる女生徒は物思いに耽りながら理想像を脳内構築していく。その中にはきっと欠点と呼ばれる類の負の要素は介入する余地がないのだろう。

 雰囲気がなんというか、完全にふわふわしていて夢心地と表現して差し支えないだろう。


 アルスは苦味を味わうように引き攣りそうになる頬を気力でねじ伏せた。

 レティとの個人的な口約束に過ぎなかったが、名目上任務扱いとして通達がべリックより下っている。報酬に関しての話し合いは以前レティとの間で取り交わされた通りである。

 確かにアルスとロキが出立する際、一部軍内部が慌しくなっていたがこれは正式な沙汰があったという報が内部で広まったためだろう。


 表向きとは言え任務扱いにすることでアルスの経歴にまた一つ功績が加わるわけだ。

 しかし、その代償に情報はだだ漏れであることは間違いない。

 今はまだいいが軍関係者で上層部に顔の利く者がいれば、すぐに名前など洗い出されてしまうだろう。そうなれば学院生活は容易く崩壊するに違いない。もちろん他人の空似という解釈をされるかもしれないが、と当初誰かがそうだったように淡い期待を抱いてみる。


 アルスは満足そうに喜気を漂わせるロキを尻目に一つ奥の席に座るテスフィアに一瞥を投げる。 


 その視線に返って来たのは「この通り」とでも言いたげな表情だった。つまり、人伝にではあるもののアルスとロキが休んだ理由の一端を知ったためだろう。

 アリスも言っていたように連日この調子だとするならばアルスとしては非常に遣り難い環境に変わってしまったということになる。


(人の噂も七十五日と言うが、さすがに魔法師を目指すだけあり噂では無くなりつつあるな)


 勘弁して欲しいと盛大なため息を吐いて眉間を摘まむ。


「きっと眉目秀麗に決まっているわ。ジャン様と並んだらさぞ絵になるでしょうね」

「そんなの決まっているわ。歴代でも最強の名を馳せているのよ。きっとそれだけに留まらないわ、見つめられたたら息もできなくなってしまうわよ」


 こんな会話が跳び込んでくればアルスでなくても噴いたに違いない。頭痛は酷くなる一方だ。

 秘匿するということが何を招くかを体験しているようだった。あまりに美化され過ぎていてそのつもりがなくても名乗ることができない雰囲気になっている。


 そんなアルスの胸中を察したのかテスフィアがニンマリと悪い笑みを浮かべて「色男は大変ね」と気持ち小声で発した。

 皮肉だろうと言葉だけを聞いたロキは満足そうに頷き、アリスは苦笑を浮かべているものの肯定も否定もできないようだ。どちらかに決められても困るのだが。

 だが、乗っかるだけではないようで。


「それは置いといて、学院中がこんな感じだからアルとロキちゃんの任務も少しは入ってきてたんだ。私たちだからわかるんだけどね」

「俺の場合は秘匿とは言え私的な部分が多いからな。限界があるんだろう。これ以上騒ぎが大きくならないことを願うしかないか……お前らも口外するなよ」

「もちろんだよ」


 アリスに続いてテスフィアの言葉は一瞬間があった。


「理事長にも言われているし言い触らすようなことはしないけど、いつまでも隠しておけるようなことなのかしら」


 その件についてはアルスも大いに疑問を抱いている。いや、バレることに対しては問題ない。問題はそれによって時間が無くなると言う副次的な影響が主だろう。

 だが、テスフィアのニュアンスとアルスの理解では差異があるように感じた。それもそうだろう、学院内でも顔の広い彼女に対して軍で育った彼の認識は違って然るべきで、どこか見落としのような些細な気付きはあるはずだが、今回はそれに興味が湧いた。如いて言えば彼女の凡庸な視点がこの場合は役に立つと感じたからだ。

 だから、教員が入室し会話が途絶えた時アルスはロキと座席を替えて続きを促す。


 こういう時に最後尾の席だと何かと見つかり難い利点がある。

 アリスとロキも気持ち身体を寄せ聞き耳を立てた――ロキに関しては少し別の意図があるのか密着し過ぎな気もしたが。


「テスフィアはどう思っている? 俺は何事もなければ静かな生活が送れると思ってるんだが、まあお前たちのことは一先ずおいといての話だがな」


 ムスッとしたのは僅か。


「はぁ~……アリスは知っているけど、今でこそ1位の活躍が話題に上がっているけど、7カ国魔法親善大会から帰って来た時なんかはお祭り騒ぎだったのよ」


 鬱陶しい話だが、アルファが優勝したという結果は快挙と言えるだろう。アルスはその場にいなくてよかったと安堵したのも束の間。

 アリスも大凡察したのか「あぁ~」と相槌を打った。


「最初は優勝騒ぎだったけど一端落ち着いたらやっぱり試合や個人に話題がすり変わるってこと。アル、決勝を辞退したじゃない」

「あぁ、そうだったな」

「辞退って相当じゃないと反感の的よ。というか何回遡っても怪我以外での辞退なんてないんじゃないの!? 一応フェリ先輩は擁護していたけどね。でも、反感や不満なんて最初の内だけ……」


 そこでテスフィアは机に頬杖をついて続ける。


「みんなが着目したのはそれまでの試合ってこと」

「何か問題があったか?」

「そこよ! アルだって知ってるでしょ普通の生徒の実力。試合時間5秒なんて記録残したんだから話題にもなるわよ。今までだって何かと奇異に見られていたんだから」

「それは初耳だな」


 そうだろうとは思っていたがテスフィアは交流関係から聞き及んでいたのだろう。それをアルスに伝えなかったのは彼女なりの気遣いだったのかもしれない。


「もう……」


 そんなテスフィアの顔はまさに人の気も知らないでというものだった。ただそれほど気にした様子はない。


 アルスとしてはやってしまったという後悔は希薄だ。それほど手を抜いたのだから。早いのは時間だけで実際に使用した魔法も初歩的な物。

 だから問題はないと思っていたが、関心は魔法という点ではなく単純な時間だったということ。


「私もアリスも散々問い詰められたんだから」


 怒りという感情ないが、思い出すだけでも疲れると言外に告げている。


「まぁ、いつも一緒にいるからね。訊かれたことはいろいろだけど一番多いのはやっぱり順位だったねぇ」

「アリスも質問攻めか?」


 首肯が返ってきた。口止めされているのだからやり過ごすのも相当骨が折れたに違いない。


「そうは言ってもあれ以上はどうしようもないぞ。総督にも少しは魔法を使わせてやれとは言われたが」


 アルスは内心で不自由さを痛感していた。自覚がなかっただけに理解できないことだ。おそらくロキも同様だろう。彼女は学院内でも順位が知れ渡っている点で違うが。


「二人とも苦労を掛けたな」


 思ってもみなかった謝罪に二人は反応が遅れる。真っ先に口を開いたのはテスフィアだった。


「それほど苦労したわけじゃないけど、やっぱり隠し通せる物じゃないと思うのよね。順位がじゃなくて力をね」

「アルは悪くありませんよ」


 耳の傍で声が聞こえて一瞬驚いたアルスだったが、振り返ればロキが当然と主張する。


「懸絶した実力差では仕方のないことです。まだ手心を加えたのですから、これ以上アルに何をさせるつもりですか」

「論点をずらす、な」


 と宥めるようにポンッと頭に手を置いて指摘して話題を戻す。

 当のロキは窘められてもしょげた様子はなく、これだけは譲れないと撤回はしなかった。


「まあ、上が何とかしてくれれば俺が動かずともいいんだけど、そうもいかないのがアルファの現状なんだろうな」

「そんなに良くないの?」


 不安気な表情で問い掛けてくるテスフィア。

 これは以前にバベルの防護壁が弱まっていると洩らしてしまったことに起因するのかもしれない。


「いや、正確にはどの国も大して変わらないし、今のバルメスよりはマシなほうだろう。ただ……1位というのはなるような物じゃないということは確かだな。何事も程度が大事だということは摂理だな」

「いやいや、そんな身も蓋もないこと言わないでよ」


 鬱屈を吐き出すアルスに呆れ顔で否定したテスフィアは順位を最重要視していた以前とは見違える。

 少しはアルスの置かれている状況に同情しているのかもしれない。


 加えて……というかちゃっかりと話の流れに乗じて爆弾を投下する。


「それとね。お母様も……その、随分と……というか、かなり興味を持っちゃって……」


 そこに落ち付けるかというアルスの感想はこの場では呑み込む。

 そんなことはフェーヴェル家から帰宅する際に言われた一言で薄々感付いていたのだから。婚約という言葉が安く感じるのは自分だけだろうかと、詮無きことを考えたりしてみた。


「…………ん、まぁそうだろうな。どうせお前がどうこうできるわけじゃないんだろ?」

「ま~そうなんだけどね」

「だったらなるようになるだろ」


 前を向いて会話しているとは言え、意識は両者の間を行ったり来たりしていた。この後、最後尾の席だろうとも教員に咎められたのは言うまでもないことだ。


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[気になる点] 1位の力他国から疑われてるのはベリックが秘匿してるからなんじゃ…。
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