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過去編~白狼Ⅲ~

 任務においてニケの活躍は研究班にとっても予想だにしないデータを提供できたはずだ。

 慢性的な探知魔法師の不足は解決できたかのように思えた。

 探位における探知魔法師は素質がなければ育成も効果がないという実証がなされているため、軍では貴重な人材として探位者への様々な優遇措置が定められている。

 その内の一つが二桁魔法師以上のパートナーとなる申請を独自で行えることだ。もちろん給与の面でも二桁魔法師に引けを取らない。


 ニケは探知犬、パートナーとしての役割を遂行できることになる。ただ魔犬と呼ばれる人工動物に対して探位を取得できるかというと現状では不可能だった。

 最初の例ということもあったが、それ以上に研究班が不確定要素が多いとして渋ったことにある。

 それも当然の言い分であり、未だ研究データは好調であるものの3カ月分しかないのだから。


 だが、隊の中でのニケの位置づけは完全にアルスのパートナーとなっているのは事実であり、隊員たちはそう思っていた。

 ヴィザイストもこれほどアルスが面倒見が良いとは思っておらず、ニケの身体に包まれるようにして寝ている寝顔を年相応の子供であると再認識した程だった。

 アルスとニケは四六時中一緒にいることが多い。それこそ自室に戻らず部隊室で過ごしてしまうほどに。


 そんな姿を2カ月ほど見てきた隊員たちはアルスに抱く感情が随分和らいだと言えた。


 1カ月に1回の休日は軍本部の敷地内にある無駄に広いスペースへと赴いてボール遊びに興じる。ただ投げてニケが取ってくるというお決まりの遊びだが、魔法的な力を借りないと遊びにすらならないという欠点もある。

 つまり、何百mも飛ばさないと運動にならないのだ。最高速度200kmで走るニケの身体能力は常人では相手できない。以前隊員の一人が慣れた動作で普通にボールを放った時、まさに手から離れた瞬間に横から掠め取られたことがある。

 最初はゴム製のボールを使っていたために喰い破られてしまったのだが。

 というわけで現在は弾力のある素材でボールを新調したわけだ。対物理用防具に用いられている特殊加工済みとなっている。





 すっかりとニケが隊の一員となって早3カ月が経った。

 任務は以前と変わらず、いやそれどころか以前よりも増えたというのに隊員の顔にはあまり疲労が見られなかった――気分的な疲労であって肉体的ではない。

 部隊室で湾曲したヴィザイストのデスクには完遂した任務書から舞い込んできた指令書が積み重なっている。

 部隊室には全員ではないが、9割ほどの隊員が顔を揃えていた。

 ヴィザイストの隣で補佐役としてエリーナが控えている。


「今回は少々厄介な任務だ」


 重苦しく吐き出したヴィザイストに対して隊員たちは肩を竦めて「いつものことですよ」と普段通り無思慮に口を開いた。

 確かにこれまでの任務では厄介事以外のほうが少ないのではないだろうか。

 それでも部隊員、誰一人欠けることなく今日まで来たのだ、多少の自負が生まれてもくるだろう。


「いえ、今回ばかりは事情が異なります」


 エリーナが眼鏡を掛けていたならクイッと持ち上げそうな調子で神妙に返した。彼女の声の端々に苛立ちのような物を感じる。


「今回はべリック総督からの指令だが、尻拭いに違いはない」


 今でこそヴィザイストは滔々と語ってはいるが、この命令をべリックから直々に受けたときは憤慨のあまり青筋を立てて指令書をくしゃくしゃにしてしまったほどだ。

 

 ぐつぐつと煮え滾る音を聞いたエリーナは横目で見て落ち着かせるために後を引き継ぐ。


「急を要します。以前から外界での領土拡大の計画として私たちが引っ切り無しに駆り出されていることは御存じですね。もちろんその指令が外界進行統合部のモルウェールド中将からだということも薄々気付いているとも思います」


 そう明かしても喫驚する隊員はいない。ヴィザイストを目の敵にしていると言えば大袈裟かもしれない。彼は大佐の地位にあるのだから。

 だが、べリックがヴィザイストを使って隊を新設したとなれば軍内部でも力を持つモルウェールドにとっては面白くなかった。

 現行体制においてべリックの力は内部でも大きくなりつつあった。それでも未だ勢力図は貴族など、高官の割合のほうが圧倒的に大きかったのだ。その筆頭にいるのがモルウェールド中将である。

 この手の潰しは珍しいことではなかったが、地位に物を言わせた命令は露骨を極めた。

 無論、特殊魔攻部隊は外界を担当する部隊であるのだから、主な命令は統合幕僚本部で下されるのだが、特殊と入っているため、独立部隊であるのは確かだった。


 しかし、隙を見せれば噛みついてくるだろう相手にわざわざ餌を撒いてやるほど新設部隊は強固な地盤を確保していない。べリックの息が掛かっているとは言え、表向きはヴィザイストの個人新設になるのだ。

 だから、特隊0では出来る限り指令が下った場合は細心の注意を払って完遂させてきたのだ。綱渡りのような日々だったが、アルスという核があるおかげで今日まで一度の失敗もなく成功させてきた。


「モルウェールド中将お抱えの部隊が我ら【特隊0】と競うように功績を立てていたわけですが、2日前北東70km地点にて目標をロストしています」


 これだけで任務の概要を大凡察した隊員たちは苦渋の表情で先に続く説明を待った。ただ、耳だけを傾けていた者も今は気に障ったように目にドス黒い怒りを含ませている。


「つまりはその対象を我々が討伐しろというのですか?」


 隊員はエリーナではなく、ヴィザイストに向かって力強く問う。

 他の隊員も頷き「だから尻拭いなのですか」と表に出さない憤慨を漲らせた。無理難題な任務を押し付けてきた上官の尻を拭うという苦汁を誰が呑もうというのか。今までも軽く見積もって達成率よりも死傷率が比較的高い任務だったのだから。


 任務の引き継ぎ自体は珍しいことではないが心証的には最悪だった。

 だが――。


「そうだ。指令が下った以上拒否権はない。それに我らは今本部に詰めている部隊の中で一番功績を立てている部隊だ。べリックからの指令でもあるしな。だからというわけではないが断ることが出来る類の任務でもない」


 目配せでエリーナが手元の資料に視線を落として、デスクの端にある仮想キーボードを叩く。

 ヴィザイストの背後、隊員たちの正面に仮想スクリーンが浮かび上がる。外界の地図であるのは誰もが理解できる。


 北東に赤い光点が浮かび上っていた。エリーナはその点を見て。


「現在判明している情報はAレート級の魔物、蜘蛛型【アラクネ】ということと…………逃走経路は……」


 スクリーンに点線が伸びていく。


「「「……!!」」」

「最悪なことに隣国クレビディートの排他的領地内になっています」


 自国の領土は奪還後に確定するが、基本的に国土から外界に向けて100km圏内は領土を奪還したとしても様々な不安材料を残しているため、全てが領土となることは少ない。そのため、無駄な抗争を避けるため共同作戦を取り、事前に配分を決めておくのだ。

 しかし、今回の場合は領土の奪還ではなく、排他的領地にAレート級の魔物に逃げられたとなればただ事では済まない。

 高レートの魔物は討伐において責任が発生する。他国との連携を必要とする場合もあるが、討伐における交渉ごとは要求する側に不利に働くのが常だ。

 仮に逃がしたAレートの魔物がクレビディートの隊と遭遇し全滅させてしまった場合、その責はアルファに帰属することになる。そのため、現在べリックはクレビディートにこの情報を共有していることだろう。

 できるだけ軽傷に収めるためにアルファが責任を持って早期討伐する必要があるのだ。


「何故我々が……」


 やるせない怒りがぽつり零れた。

 Aレートと言えば二桁魔法師を主戦力として構成。シングル魔法師を動員してもおかしくないほどのレートだ。だが、ヴィザイストの隊はというと二桁魔法師はエリーナのただ一人。キャリアを積んだ者が多いが魔法師として圧倒的な強者は少なく、三桁魔法師が多いのが現状だ。

 連携に関して言えば二桁魔法師にも劣らないという自負はあるが、通例で言えば不安が残る。

 これまでの任務を達成してこれたのはアルスがいればこそなのだが、当のアルスは現在二桁であり、次代のシングル魔法師としての呼び声も隊内では高かったが、それは将来的にということなのだろう。


 リンデルフは冷や汗を流しながら周囲の顔色を窺っていた。

 この隊ではヴィザイストに次ぐ指揮を任されている。そんな彼が不安に思っているのはいつものように血気がないことに内心「まずいな」と思っていた。

 いくら連携が巧みとは言え、恐怖心やそれに類する感情は外界では無用どころか足を引っ張る。

 そんな懸念を抱いていると。


「ハンッ!! 辛気臭い。腹は立つがそんなに悪い話でもない」

「とおっしゃいますと?」


 先ほど沈痛を溢した隊員が徐に訊ねた。


「考えてみろ。馬鹿な上官が勝手にヘマをしてくれたんだ。俺らが綺麗にケツを拭いてやれば失脚は免れん。どうだ? 最高のシュチュエーションじゃないか?」


 悪い笑みが伝播するのは早かった。それこそ浸食するように隊員の顔が見る見るあくどく様変わる。


 それを見ていたリンデルフはさすがと感嘆の意を込めて目を伏せた。


 エリーナも頬を持ち上げて一層覇気のある声を上げる。


「隊は現在この場にいる12名で組みます。指揮官はリンデルフ大尉となります」

「えっ!!」

「ん? なんだリンデルフ、不満か?」

「い、いえ、これほど重要な任務ならば隊長自ら指揮を取ったほうが確実かと思われますが」

「俺はこっちでやることがあってな。なにお前の手腕には俺も一目置いている。いつも通りやればいい」


 はぁ~と嬉しいような微妙な表情で頷いたリンデルフは、ヴィザイストの言うやることのほうが気になっていた。本人も魔法師としての腕だけで考えれば首が千切れるほどの勢いで横に振っただろう。しかし、この隊で指揮をしてきた彼には自信があった。

 ヴィザイストが整えてくれた士気を考えても完遂できない任務なんてないのではないかと思うほどに。


「いいか! 確実に抹殺してこい。帰ったら祝杯があることも忘れるなよ」

「「「はい!」」


 隊員の敬礼が床を揺らす。


「準備を整え、即時向かえ


 ヴィザイストは頬を上げて発破をかける。

 慌しく更衣室へと駆け込む、支度は怠ることのできない生命線だ。

 アルスとニケもそれに続く。


「リンデルフ、エリーナ……」



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