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最強魔法師の隠遁計画  作者: イズシロ
第8章 「収束の果て」
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光明を見出す

「お久しぶりです。この度は御足労ありがとうございます。アルスは我が国にとっても失うことのできない魔法師です……人類にとっても」


 滔々と語ってはいてもべリックの顔は少し引き攣り気味だった。手ずからお茶を注いでも危なっかしいほどに。

 蛇足だが、ネクソリスを送って来たレティはすぐにアルスの元へと向かって行った。


「治癒を終えた直後にお越しになられるとは思いませんで、申し訳ありませんネクソリス様」

「そんな気は回さなくていいさね。あんたに年寄り扱いされると腹が立つ」


 「ははっ」と空笑いを浮かべるべリック。

 様扱いは彼女が聖女と呼ばれるほどの治癒魔法師だからではなかった――主に個人的な理由からだが、退役したネクソリスを今でも様付けで呼ぶ者は多い。


「そんなことよりもだべリック、お前さんを助けたことを後悔しないために来たんじゃが?」

「えぇ、私も後悔させるつもりはありません。あなたに救われた命は人類のために活用させていただいておりますとも」


 そうべリックは魔法師になりたての頃、ネクソリスに命を救われているのだ。イベリスとの演習訓練は実戦訓練も兼ねていた。魔法師としては褒められた実力者でなかったべリックは当時まだ隊の新米として外界に出た。

 そこで遭遇した魔物に致命傷を負わされたのだ。当時、イベリスとの関係は思わしくなく互いに牽制し合っていたが、お互い一歩歩み寄るための訓練であった。というのもSSレートの大災厄以降の研究は非人道を究めたものの、7カ国でも突出してアルファとイベリスは非難を浴びた。言ってしまえば市井の反発を緩和するために、情けないことに両国は非難の浴びせあいを行ったのだ。


 それは工作員を忍び込ませるほどだったという。

 だから互いの感情は火が付く一歩手前だった。当時、演習訓練全体の総指揮を受け持ったのが聖女と謳われたネクソリスだ。

 演習は予想以上の高レートの魔物を相手に負傷者を多く出したが彼女は分け隔てなく治療した。その時、アルファ軍とイベリス軍に同様の損害を与えたが、彼女はアルファを優先的に治癒していった。

 これはイベリスに死者を出してまですることではない。ネクソリスが反意を問われる事態にまで発展する可能性を秘めていたが、彼女は誰一人死者を出さずに救って見せた。

 これによって両国の敵愾心は鳴りを潜めざるを得なくなり、研究については7カ国間で禁忌として違法扱いになる。

 そこに一人の聖女の功績があったことをべリックやその場にいた魔法師は鮮明に覚えていることだろう。


「で、どう活用しているんだって? また同じことを繰り返すつもりじゃないんだろ?」


 浅く椅子に腰かけたネクソリスは仏頂面でべリックを見る。


 同じこと、というのが過去の非道な研究を差しているのは明白だった。


「無論です」

「だったらあの二人は? 軍規の抜け道でも見つけたのかい?」

「滅相もない。まずは誤解を解かせていただけますかな。アルス、ロキの両名は孤児に含まれます。ロキに至っては任務中に両親の殉職のため軍で保護しました。確かに軍での魔法師育成プログラムを積んでおりますが、第5期を経て一時凍結状態になってます」


 アルスが第2期生でロキが3期生に当たる。5期まで続いたのは被害もさることながら優秀な魔法師を排出できたという功績があったからだ。だが、その後は言わずもがな。


「彼女は両親への想いから志願しました。間違っても研究の被検体ではありませんよ」

「ふん、だとしてもやり方が汚いんじゃないさね?」

「えぇ私も同感です」


 軍のトップが何とも不甲斐ない発言だが、貴族など高貴な身分の者が内部で巣食う派閥を考えれば独断での裁量にも限界があるのだ。

 一見して大人の都合で強制させられているようにも見えるが、実情はそれほど厳しい環境ではない。

 挫折する者は軍保護の元で普通の生活ができるし、そこに集まったほとんどの子供が魔物に両親を殺されているため、魔法師としての道を提示している。

 だからこそ、軍内部でも批判が大きかったのだ――復讐心に訴えかけるとして。


「法に触れなければ良いという問題ではないさね」

「おっしゃる通りです。ですが、状況は少しずつ好転しているのも事実です。現にネクソリス様が退役されて20年弱、未だにあなたを超える治癒魔法師は現れておりません」

「お前さんの言いたいこともわかるさね。綺麗事だけじゃどうにもならんのは今も昔も変わらんさね。現シングル魔法師も聞けば20代の若造ばかりときた、それに加え1位が10代なんてね。まだ子供も子供」


 べリックはそんな単純な了見ではないのだが、と肩を竦める。

 その余裕を真っ向から睨みつけたネクソリスは。


「あの坊主は……まさか、両親を殺された孤児だと戯言は言わないんじゃろうね? 私が見てきたどのシングルでも、天賦極まるほどの戦闘力でもまだ納得出来たさね。でもあの小僧は別格も別格、人の身であれほどの魔力量は有り得ない」

「と言われましても……彼に関しては我々もわからないことのほうが多いのですよ」


 対面に座って喉を潤すべリックは隠匿するつもりは微塵もないと言わんばかりに過去を振り返る。


「確かにアルスに血縁者はいません。というよりもわからないのです」


 血中に含まれる魔力情報体の基礎ワードの登録は住民の義務だ。出生と同時に住民として国民のデータベースに登録されることになっている。もちろんこの体制ができたのは人類が7カ国になってからだが。

 アルスの血液から得られる魔力情報は無。大凡9割が現段階のロストスペルでは再現できないことになる。


「彼が発見されたのは推定3歳の時……それも外界でのことです」

「―――!! 人間が生存していたということか、いや、集落でもあったのか」


 べリックは当然のように首を左右に振る。

 ネクソリスはわけが分からずに解答を待った。その表情はお世辞にも平静を保っていない。


「いえ、北東100kmを超えた辺りでのことです。未開地踏破を目的とした部隊を投入したのは13年前でした。当時はまだ総督にはなっていなかったのですが、この作戦を提案したのは私です。本来の目的は地形の整合を取るためだけでした。期間は2カ月を予定していた私が外界から帰還したのは出立から僅か20日後のことでした」


 今でもその時のことは鮮明に覚えている。


「私は隊に隠蔽を得意とする魔法師を選び、極力魔物との戦闘を回避しながらひたすら直進していました。最初こそ完璧に想定通り、いえ、想定以上の速度で遂行できていた。しかし、ある地点を境に一変した……しました。景色は何も変わっていないというのに明らかな死が蔓延していた。そこには五万と魔物が蔓延っていたんです」


 多種多様な魔物の巣窟と化していた一帯に踏み込んでしまった時にはすでに遅かった。

 ネクソリスも枯れた喉で生唾を呑み込み口を閉ざす。


「私たちでは逃げることもできなかった。ですが、A・Bレートの魔物は微動だにしなかった。まるで何かに脅えるように、様子を窺っているように」


 一度、ふぅ~と息を吐き出したべリックは両膝に肘を立てて、手を組む。


「そこで後退すればよかったのでしょうな。できたとは思えませんでしたが。私は刺激しないように魔物の意識の中心に進みました……な、なんと言えばいいのでしょうね。魔力の源泉とも言える小さな湖を見つけたのです。湖畔には途中から折れた巨大な古木があり、幹には人が一人入れるほどの洞が開いていました。まるで巨木が傷を癒すように湖から養分を吸い寄せていました」


 そしてべリックはその古木の洞から異様な魔力が流れていることに死を予感した。だが、不思議とその敵意は自分に向けられているようには思えない。

 魔物が警戒していたのはまさにこの古木が原因だと直感したのだ。


「どの道助からないのならばと私は湖に入って近づき、古木を覗いたのです。そこにいたのがアルスです。周囲には人影はおろか、痕跡すらない有様。何故生きていられたのかもわからない……ですが、根拠と呼べるものではありませんが、その時の私はこの古木が幼子を育て守っているように思えたのです。彼を抱き上げ、洞から出した時、古木は中心から真っ二つになって割れてしまいました」

「俄には信じられんさね」

「でしょうな。これを知るのは当時の隊数名だけでしょう。上にも虚偽の報告をしましたから」

「思い切ったじゃないか。とはいえ本当なら研究対象になるだろ、それでも以前のような非道な研究ではなく、人道的な調査で済むはずないのかい?」


 すでに研究に対して被検体を使用する場合は様々な制約があるため、当時のアルスが非道な扱いを受けることはないだろう――おそらく。


「それだけならば私も保護するだけに留めたでしょう。ですが、問題は帰りでした。魔物がいつ襲ってくるともしれない状況は子供を連れていまいが覆るものではありませんからね。刺激しないように、神に祈りながらゆっくりと歩くしかなかった。生きた心地がしませんでしたよ」

「だったら何故お前さんはここにおる。救ってやった命を捨てなくてよかったさね」


 冗談混じりに小言を挟むが疑問は解消されず、やはりべリック待ちになる。


 冗談を冗談と受け取ったべリックは肩を竦め、苦笑しながら続けた。


「そうですね。私は思い違いをしていたんですよ。あの古木が魔物を遠ざけていたのだろうと思っていたのですが……違った。そこにいた全ての魔物は私を見ていた。いえ、正確には私の腕の中を……」


 その時、ゾッとしたのは一生忘れないだろう。


「アルスはじっと遠くを見るように眼を見開いていたのです」

「――!! ということは……」

「はい、Aレートも含まれる魔物たちが3歳児に恐怖していたのです。そのおかげで私は二度死ぬことはなかったわけです」

「私より先に耄碌もうろく……したわけじゃなさそうさね」


 気でも狂ったのかと初老を眇めて見たネクソリスは張り詰めた空気を弛緩するように大きく息を吐き出した。


 無論、これらの話はアルスとて知り得ないことだ。

 間が開くのは整理するための時間だったのだろう。だから、べリックが総括して先に口を開く。


「それを裏付けるように彼の潜在能力は何十年も魔法に費やしてきた魔法師を圧倒していたのです。彼を魔法師にしたのは私です。ネクソリス様の仰る通り、やり方は汚かったでしょう……彼には様々な将来があったが我らが一つに絞ったのは事実です」

「ふん! 偉くなったもんだよ。私はまたよからぬことをしでかしていないか心配してたんさね」


 顔を上げるべリックにネクソリスは憮然としながらも安堵するように顔が柔和になる。


「でしたら……」

「一先ず失望せずには済んだようさね。保留にしとくよ」

「あ、ありがとうございます」


 目の前の聖女がお茶を啜ると、そのあるのか分からない薄い眉尻が片方だけ上がった。


「あの坊主を被検体として虱潰ししらみつぶに調べないのはわかるさね。でも、そんな正体もわからない奴をよく使う気になったね」

「いえ、まったくというわけではありません。最初の段階ではできる限りの検査を受けて貰ってますが、わかったのは身体情報と魔力総量ぐらいなものでした。あとは本人任せですね」

「何さね。あんたはもう少し慎重な性格だったと記憶していたと思ったけど?」

「褒め言葉として受け取っておきます。アルスをすぐにでも投入したかったのは確かですが、今では彼以外に適任がいないのですよ。魔法に関する知識ではアルファで彼に勝る者はいませんしね」

「情けないね」


 と言ったネクソリスもアルファが魔法研究に力を注いでいることを知っている。AWRの製造技術ではルサールカだが、そこに刻まれる魔法式はアルファが群を抜いているのだ。


 べリックは苦笑で応えるしかできなかった。


「あの小僧が凄いのは理解したさね。見たところお前さんは小僧を表舞台から遠ざけたかったんじゃないのかぃ?」

「退役したとはいえ、見聞がお広い。それは無理というものでしょうな。ただ時期というのは大事です」

「それが今だと?」


 肩を竦めて左右に軽く顔を振って。


「いいえ、聞き及んでいる通り今回は止むに止まれずです。あとは彼次第ですか」

「まだ何かありそうだね。まぁいいさね、ただの街の治癒魔法師には関係ないことさね」


 勢いをつけて立ち上ったネクソリスは腰を数回叩いた。

 それを見たべリックは。


「ご自分で治されないのですか?」

「あんたは勉強不足だよ坊や。老化は治癒できないのを知ってるじゃろ。年寄りに皮肉を投げても何もでやしないさね」

「お変わりないようで何より……それと他言は……」

「軍を離れた私はただの街医者さね」


 嬉しそうにべリックは年甲斐もなく綻んでよたよたと歩く背中を見、先回りしてドアを開けた。扉の外にはイベリスの魔法師が控えている。


 ネクソリスは足を止め、悪い笑みで。


「棺桶に片足突っ込んだあんたに年寄り扱いされるのは、やっぱり腹が立つさね」


 それでもどこか嬉しそうであった。

 べリックは目を伏せる。


「それとべリック……」


 ネクソリスから初めて名前で呼ばれたような意外感を感じたべリック。


「さっき、私を超える治癒魔法師が現れないと言っていたけども、それは間違いさね。新しい才能は芽生えているよ」


 そうほくそ笑むようにべリックの言を修正し、部屋を後にした。

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