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最強魔法師の隠遁計画  作者: イズシロ
第7章 「絶滅級」
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解き放たれた渇望

 鳴るはずもない音、その奇怪な音の出所に向かってアルスは振り返り瞠目する。

 唇を噛み、震える喉で強引に呼吸するように口を開いた。


 そこには息絶えたはずの魔物の身体がブクブクと水泡を弾けさせながら肥大化していた。内部で膨れ上がり溜まった魔力が行き場を無くしたように弾ける気泡から異臭を伴って漏れ出している。魔物は確かに息絶えている。だから、魔力も霧散するはずだ。


(クソッ……!)


 魔物の器官には魔力を生成する器官、所謂命ともイコールである魔核というものがある。すでにアルスはこの魔物の魔核がありそうな場所を攻撃していたが、その魔核すら復元する超回復であると悟り諦めたのだ。だが、この魔物は悪食として吸収した魔力を魔核ではない別の器官に貯蔵していたことになる。それが全身なのかわからないが、この場合別ということが問題なのだ。

 吸収した魔力を魔物自身に適した魔力に置換する機能もまた魔核にあるとされているわけだが、この魔物の場合は吸収した魔力をそのままに身体が異色の魔力に適応したということになる。

 それがわかったからといって手遅れには違いないのだが。


 魔物が死んだことで内包された魔力が枷を解き放たれた猛獣のごとく暴れ回っているのだろう。相反する魔力の混合……これが背反の忌み子(デミ・アズール)の体内で上手く制御されていたとするならば……。


「魔力爆発か……」


 アルスは断念したように溢した。

 吸収したとはいえ、未だ膨大な魔力を内包しているはずだ。そうなれば周囲数kmに及ぶ被害が出るのは間違いない。

 確実にレティたちの部隊は一瞬で壊滅するだろう。


 アルスの脳内では無数の後悔が渦巻いていた。あの時――と。

 しかし、思い浮かぶ対策は気づけるはずがなかったという言い訳で一蹴される。

 SSレートの魔物など50年前以降報告はない。その時でさえ討伐に失敗しているのだから、こうなることが予想出来るはずもなかった。ましてや種類も違うのだから結局は――ダメだったのかもしれない。

 固定観念とも言えるが、悪食……いや、そもそも魔物は吸収した魔力を自分の魔力に置換するとされていることも失念する原因の一つだ。

 やはり一瞬で屠るしかなかった。全員の魔法を掛け合わせるしかなかったのだ。いや、黒雷クロイカズチであと一歩まで行ったのだから全魔力を注ぎ込んでもよかったはず。

 結局それらは次回以降生かされる対策であって、現状を打開する術ではなかった。


 魔物の身体はブクブクと肥大化していき、すでに【背反の忌み子(デミ・アズール)】の原型は留めていない。その巨大さに影が濃くなる。

 AWRを鞘に戻し、ため息を吐き出した。


(失態なんだろうな……)


 アルスは天を仰ぎ見て、諦観の念でじっと外界の空を……たゆたう雲を追った。やはり外界の空は今日も違う。あんな雲の形は中でも外界でも見たことがない。それが陽射しを掠める、雲に後光が差したように薄らと光るのだ。

 外界任務の際に必ず持ってくる水筒があれば、上から被ったはずだ。無いと分かっても何もない背中に腕を回してしまう。


「さて……」


 と言ってみたもののどうするかは既に決まっていた。レティたちとの交信手段はない。仮に繋がっても今更なのだろう。

 破裂するのを待つだけの魔物に目を向ける。

 この辺の地形は不毛の地へと変わるだろう。バルメスとて少なからず余波の影響を受けるはずだ。レティたちもどうせ死ぬなら僅かでも可能性のあるほうがいいはずだ。


 アルスはそっと目を閉じて……。


(レティたちには悪いことをした)


 心中でそっと謝罪した。言い出しておいてこのザマだ。

「これで報酬も無しか……まぁ、悪くはなかったな」自嘲の笑みは覚悟の表れのようでもある。どちらの選択をしてもアルスが生き残れる可能性はない。

 それがわかっているのだから、やり残したことが走馬灯のようにフラッシュバックした。

 「結局死に場所は外界か……」となんとも感慨深いものを感じるのだ。外界の景色は好きだ。人の手が入れない叡智……摂理を感じる。

 まっとうな死に方はできないと覚悟はしていたのだから、この現状は上出来な方なのかもしれない。犯罪者とは言え、何人も殺し、アルスが外界任務で一人で出れるシングル魔法師になるまでは月日が経つ度に変わり変わり入ってくる隊員たち。その中でアルスだけは変わらなかった。

 仲間を楽にしたのも両手の数では利かないのだ。


 それがこうして隊を生かすために模索しているのだから、アルスからしてみれば笑える話だ。どうでもいいと思っていた他人のために命を張る。

 いや、そもそも助かる見込みがないのだから、余興程度のつもりなのだろうか。自分でも感傷に浸っている感があるだけによくわからない心の動きだ。


「ハッ、俺ってこんなんだったか……」


「いやっ!」と顔を軽く振り、可能性が1%未満だろうと最善であるならば迷わず決断する心構えではいた。今回が初めて経験する僅かな可能性なのだろう。


 だから――。

 

「始めようか!」


 AWRが腰からドサッと音を立てて落ちる。これはもう重いだけで使うことがない。


「全てを喰らえ【暴食なる捕食者グラ・イーター】!!!!」


 片手を勢いよく突き出した。混沌を顕現したような魔力が一気に溢れ出し、瞬く間に一帯を闇が侵食するかのように覆われていく。コントロールを考えない全力、津波のような大波が我先にとがむしゃらに魔物に向かって走った。

 そして大波が一体となり大口を開けて巨大化した魔物を一息に呑み込む。


 爆発する前に全ての魔力を食らい尽くす。単純だがそのリスクは相応にして致命的だ。

 だが、魔物を呑み込んだグラ・イーターから送られた魔力はアルスの容量を一瞬で振り切った。

 ドクンッ――何かが跳ねたような感覚が伝わる。それは決して自分の心臓の音ではない。

 そんな違和感を残す音を無視し、全神経を魔物を覆い尽くすだけに集中する。どんどんと大きくなるのは吸収した魔力によってグラ・イーターが成長したからだろう。

 幸いなことに制御下を離れても貪欲に膨大な魔力を内包した魔物に群がる。


(まだだ……この速度でも間に合わないか)


 グラ・イーターのドス黒い魔力の中で膨張を続ける魔物に舌打ちをして、アルスは制御できないのであれば、と全コントロールを手放した。

 さらに速度を増してもの凄いスピードで蓄積されていく魔力に苦悶の表情を浮かべ――。


 突き出した右腕が痙攣したように小刻みに震え出し、次第に一人でに踊るかのように意思に反して暴れ出すと――ブシュッ! 凄い勢いで腕の血管が破裂し、血飛沫が舞った。

 血液中の魔力が過剰に密度を増したために起きたのだろう。

 アルスはギリッと奥歯を擦り減らして堪えた。

 だらりと垂れ下がった左腕は肩から真っ赤に染まり、痺れすら感じずに腕の感覚が切り離され――。

 ほとんど間を置かずに両足の血管が浮き上がり、破裂する。


 ドサッと膝を付いたアルスはそれでも右腕を突き出して魔物を見据えていた。

 最初からわかっていたことだ、目の前の魔力爆発を防げてもグラ・イーターは確実に制御できない……と。


 魔物の身体から漏れ出していた魔力が全て喰い尽され、肥大化が収まるとグラ・イーターが離れていく。

 そこには薄い外殻が固まり、中が空洞であるかのように残り滓だけが残っていた。

 ミシと罅が走り一部崩れ去っていく。

 

(間に合ったか…………次、は)


 そのまま暴れ回ると思っていたグラ・イーターはアルスの真上に戻ってきている。だが、それは一度調整でもするかの前触れであるようであった。

 視界を覆うほど巨大化したグラ・イーターは夜になったと思わせるほどだ。

 地面には透かしたように蠢く濃い影が落ちていた。


「これほどか……」


 視線を上空に向ければ、そこには巨大なクレーターの中に収まってしまう程の蠢く魔力の水槽が浮遊していたのだ。

 いつ方々に魔力を求めて活動の限り襲い続けるかわからない。いや、近辺でいうならばレティたちの魔力を感知するだろう。次はバルメスだろうか。

 さすがにそこまではアルスもないと考えて吸収したのだが。

 自我を持つとは言え、エネルギー体としての魔力であるならば離れ過ぎれば情報が劣化し、残滓に還るはずなのだ。だが、これほどまでとなるともしかすると見誤ったかもしれない。焦燥感が項をチリチリと焼いた。


(そうなったら、手はある)


 自ら命を絶てばこの異能も消失するはずだ。

 魔物が進行して人類が絶滅するならばなんとも思わないが、さすがに自分で滅ぼすとなれば話は別だ。勝手に死ぬのは構わないが自分で殺すことは望むところではない。

 アルスは古い記憶を掘り起こした。意図してではなかったが、無性に気になったのだ。

 そう、いつだっただろうか。

 仲間は必要ないと言ったのは……それは何人……何百人の魔法師の死を見た後だったか……それとも魔物に食われることを恐れて、殺してくれと頼まれた時だったか。

 悲鳴が、叫び声が、後悔や無念、心残りを涙として流した魔法師を見て来た。

 だから『いつだったか』の解…………それは手に掛けるために心を殺した時だったのかもしれない。


(俺は誰も殺したくなかったのか……)


 自問自答は悪い気がしないものだった。

 自嘲の笑みがこぼれる――最後になって連れて来た隊を自分で全滅させてしまうのだから。


 直後、全身にゾワッとした寒気が這い。巨大なグラ・イーターが弾けるように分散した。


「クッ!!!」


 堰を切った濁流の如く、巨大な大蛇のように水槽プールからいくつも飛び出す。


 ♢ ♢ ♢


「なんすか、あれは……」


 レティが俯瞰した黒い魔力の集合体。それは空中に浮かぶ水槽のようだった。

 独白に返答はないが、レティは反応を示した人物を追及する。


「リンネさん、知ってるっすね……魔物はどうなったすか、あれはなんなんすか!」

「ま、魔物はアルス様の手によって討伐されました……」


 ホッとした安堵と歓喜が隊員たちの顔を綻ばせた。だが、レティだけは続きを促すようにじっとリンネに視線を固定していた。


「あれはアルス様……の魔法と言えばいいのでしょうか……」


 リンネは口止めされていたが、あの禍々しい魔力を前に口を閉ざしておくことはできなかった。あれは明らかに制御下を離れていたからだ。

 だから、魔眼で見た今のアルスを伝えるのは後にした。


「クラマとの一件でアルス様が見せた吸収の正体は、あそこにある魔力で間違いありません」

「なら終わりってことっすか」

「いえ、すぐにここから離れたほうが良いでしょう。あれは……どうすることもできないのですから」


 訝しんだレティが更に追及する。


「どういうことっすか。あれはアルくんの魔法っすよね」

「か、かもしれません。ですが魔法というのとは違う気がしました。あの魔力には魔法としての構成はありません。それこそ自ら動いているように」

「…………」


 リンネの諦めにも似た声音が浮かれた空気を冷却し、強張った緊張感が漂い始めた。


「たぶんですが、アルス様はあの魔力をコントロールしようとしていたのだと思います。魔物は魔力爆発を起こす直前でしたので、吸収……したのです。ですが……」


 言い難そうに唇を噛み締め。


「すでにアルス様は瀕死に近い状態と言えます。出血がひどく……」

「ならすぐに救助に行かなければ」


 サジークが声を張り上げるが、出鼻を挫くようにリンネの話は続き冷静に分析する。


「瀕死の状態で未だあの魔力がある事……つまり、アルス様の制御下から離れたと見て間違いありません。あれは……そういう生き物・・・だと思います。行けば我々など抵抗すらさせてもらえないでしょう。戦うとか防ぐとかではないんです」


 リンネは最初に見たあの異能が目に焼き付いて離れない。魔法でない力、それは天災のように抗う術を人が持ち得ないのだから。

 だからこそ、一刻も早くこの場から離れなければ危ないのだ。


「すぐに退却しましょう。それでも……」


 すでに詰んでいると思わせる言葉だった。

 だが――。


「だったら、アルくんの救助でいいっすね」

「ですね」

「異論はありません」

「スピードには自信がありますので」


 レティに続き隊員たちが自分の意志で口を開き決断する。


「無理です! あそこまで辿りつけるはずはありません。それよりもこの事態をすぐに報告する義務があります」

「ん~そっすね。では、その役目はリンネさんにお願いするっすよ」


 破顔してあっさりと答えるレティ。


「そもそもリンネさんはうちの隊じゃないっすしね。付き合う義理もないっす」

「そういう問題じゃ……」


 血走らせた目でリンネが声を荒げたが、今度はムジェルが遮った。


「そういう問題なんですよリンネ殿。我々は軍属で、レティ隊長の部隊員です。矜持と言いましょうか……分かりかねる生き方でしょ? でもそれが俺たちなんですよ。アルス様を見捨てておのおの帰国すれば妻に合わせる顔がないですしね」

「奥様がいらっしゃるなら尚更……」

「えぇ、死にに行くつもりはありません。ですが私たちは何を優先すべきかを理解しているつもりですよ。妻はこんな私だからこそ生涯付き添ってくれているんです。次代を思えば……尚更です!」


 ムジェルが羞恥に染めた頬を掻き、サジークが羨ましそうな眼で睨みつけている。


「まぁ、こいつの場合は少数ですが、俺もこのまま帰国する恥は晒せませんね。隊で隊長を見捨てるような生き方は習わなかったもんで」

「そういうことっす。リンネさんはこのことを総督に」


 リンネはレティの言葉を流して聞いていた。それはこの隊員たちの顔に苦汁の決断などの後悔が一切見て取れなかったからだ。そうすることに迷いがない――当然であると物語っている。

 確かに軍にいたとはいえ、リンネは後方であり、軍役も短い。分かるはずもない矜持だ。

 だというのに、そう言い切る隊員たちの顔が羨ましく映った。今の元首側近という地位に不満はない。それどころか天職だと思っている。それでも魔法師としての在り方は尊敬に価するし、シセルニアが同じような状況になったらと幻視したリンネの決断は早かった。


「はぁ~」


 肩を竦め、固まる身体を無理矢理にでも言うことを利かせて笑みを作って見せる。


「わかりました。私もご一緒させてください」

「――! 報告はどうするっすか!」

「いいんじゃないですか? だって死にに行くつもりはないのですよね」


 皮肉っぽい笑みが自然と浮かんだ。それにおそらくだが、何の考えもないのだろう。


「時間はありませんよ」


 リンネの決意を受けてレティも不敵に笑んだ。


「好きにするといいっす」

「時間がないとは言いましたが、無策では助かるものも助けられません。あれがどういうものなのかは大凡の見当が付いています」

「意外っすね」


 失礼なことを言われた気がしたが、シングル魔法師に食って掛かるほど馬鹿ではないし、時間もない。


「アルス様ほどではありませんが、異能関連の知識は少しばかりあります……ので!」


 語気が強くなってしまったのは不可抗力だろうと言い聞かせる。


「それでも見当が付く程度でわからないことの方が多いです。話にも聞かない異能なので」


 全員の頷きを見て、話を続ける。


「あれはアルス様の意識が途絶えても動き続けるでしょう。そうなった場合は打つ手なしのお手上げですが、アルス様の意識がはっきりとしている今ならば打開策はあるはずです。それと間違ってもあれに触れないようにしてください……一瞬で死にます。それと吸収するということはご存知の通りです。魔法は成長させるだけだと思ってください」


 触れることも、防ぐこともできないと聞いても隊員に気後れはない。最初から覚悟していたのかはわからないが。

 リンネは異能である魔力の速度を魔眼で確認している。あれほど巨大化していれば少しは緩慢になるかもしれないが、レティでさえ長続きはしないだろうと断言できた。

 だからこそ、死にに行くようなものだと言ったのだ。言っても聞かないのだろうけど。


「アルス様はクレーターの中心付近にいますが、傷が酷く身動きができません。今は意識があるはずですが、いつ気を失ってもおかしくない状態です」

「行き当たりばったりな感じもうちらっぽくていいっすね」


 

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