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最強魔法師の隠遁計画  作者: イズシロ
第7章 「絶滅級」
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背反の忌み子~デミ・アズール~

 残念ながら見渡す限り砂漠というわけにはいかない。それでも広範囲に【砂国の世界(ムスペルヘイム)】を展開し、木々は砂へと化して小高い砂丘をいくつか形成している。

 景色は目まぐるしく様変わりの様相を呈したと言えるだろう。それこそ夢でも見ているかのように。


 先ほどまで陽光を黄金色に反射していた砂漠。その上空に渦巻くような黒雲を作ったために、陽の差さない薄暗い風景を醸し出していた。嵐の前触れのような天気だ。

 薄暗いとは言っても遠方の切れ間からは燦々と陽光を降り注がせ景色が色付いている。


 アルスはこれまでの戦いですでに満足感を得ていた。これほどの強敵に今まで対峙した試しがなく、またここまで魔力を使ったのが初めてだったからだ。理性ではなく本能が死闘を繰り広げる高揚をもたらしていると言える。


 こうして戦ってみれば面倒だと嘆いていた自分が嘘のようだ。いや、面倒事には変わりない。だが、今までは拮抗するような戦いではなく蹂躙するが如き殺戮に意味を見出せなかったからの新鮮味が今の思考なのかもしれない。SSレートならばたまにはいいか、などと考えてしまうのはやはり魔物に食われてやれないからだろう。

 この戦いはアルスにとっても良い実験になっていた。鎖に刻み込んだ数多の魔法を使うことができたのだから。威力や精度、構成プロセスにどれだけの意識を削がれるか。これらの魔法は大抵の魔物を一瞬で屠るため始動確認しかできなかったのだ。

 それを実践本番でできるというのだから、腕が鳴ると言ったところだろうか。


 こんな余裕を持っていても、格好だけを見比べた第三者がいたならば明らかにアルスが不利に映るはずだ。

 致命傷となる傷はないものの、血が滲むような細かい傷が至るところで確認できる。服は引き裂かれたように破れ、焼けたように焦げ痕を残していた。

 頬に走った切り傷の血が止まらずに強引に袖で擦る。傷口から擦った痕を引いて片頬を真っ赤に染める。滴っていた血が一時だけ流れを止めたが、また流れ出しても気になることはないだろう。

 一方の魔物はというと受けた魔法で比べれば圧倒的に息絶えてもおかしくはない。だが、腕を斬り落そうと頭部に刃を叩き込もうと瞬時に回復してしまうため、未だに対面した時同様に無傷のままだ。それでも魔法の応酬や回復にも相応の魔力が消費されるため、内包魔力は著しく減少していた――減少しているはずだ。


 さすがに何百という魔法師を吸収したのではアルスの膨大な魔力量をもってしても総量で負ける。


(にしてもどんだけ食ったんだこいつ……)


 自分が異常なほどの魔力を保有していることは自覚していた。魔力操作や他系統の魔法もさることながら魔力量だけは客観的に見ても歴然とした差がある。だが、さすがに何百という魔法師の魔力量には匹敵しないということだろうか。わかっていたこととはいえ、落胆してしまう。


 切り替えるように大きく息を吐き、魔物を見つめる。お互いに出方を窺っているのだ。

 本能的な危機察知からなのか、それとも知性ありしとあぐねているのか。どちらにせよ、ちまちまとダメージを与えていては日も暮れてしまうだろう。



「どうする? この砂漠ではお前の速度も半減だ」


 万策尽きたか、と魔物相手に問うように話かける。

 それが気にくわなかったのか尖った歯をガチガチと鳴らしだした。


(倒すなら一撃で消滅させなければならないか)


 たとえ、足を取られやすい砂場だとしてもあのすばしっこい魔物相手に上空に展開した魔法を当てるのは至難の業だ。


 魔物が動き出したのはそんな脈略もない時だった――魔物相手にとは思うが。

 規則性の無い角度でジグザグに砂を後ろに吹き飛ばす。魔物は直進でないにも関わらず異常な速度で切迫する。獣のように四足で駆けたと思ったら、前のめりになりながらも上体を起こし地面を擦るように埋めていた腕が勢いよく振り上げられる。

 三つの強靭な爪が砂を吹き飛ばしながら縦に斬撃を三つ走らせた。

 クラマが最後に放ってきた斬撃が三つと思えば良いだろう。それに込められる魔力は倍するものがあるのだが。


 風系統の斬撃は一部分に対抗したところで全てが消失するものではない。

 丁度上空には雲も作っているため、風には風で対抗するのが定石か。

 アルスはAWRの鎖を引き柄尻に近い一つに魔力を流して、手を突き出す。


「摂理の失墜ダウンバースト


 山が降って来たように上空から爆風が吹き荒れ、ドンッと斬撃を押し潰し地面に円形の窪みを深々と穿つ。

 そのせいで地面に叩き付けられた爆風が逃げるように飛散、砂嵐のように極細の粒を含ませて吹き荒れた。

 砂嵐の様相の中、アルスはすぐに意識を魔物に移すと、眼前には並行して二つの光が走ってくる。すぐさま上体を逸らして真上に向けられた視線を熱線が空気を焼きながら通り過ぎていく。

 そのまま視線を魔物に向ければ、この熱線は二本の尾の口から放たれていることがわかる。そして熱線を吐き続けたまま、クネッと鎌首をもたげるように熱線が振り回された。


 アルスは足で軽く蹴る動作をすると手前の砂が壁として盛り上がる。塞いだ一瞬で身体を捻って横にずれると――直後、真っ赤に染まった砂の壁から白色の熱線が貫通し、やたらと振り回された。頭を掠めたがすぐに伏せていたので問題はない。

 そして疾走してくる魔物の前方に何重にも障壁を展開してみるが、魔物はそこに両手を差し込むようにして開く。次々に力任せに破られる障壁。

 熱線が止み、魔物は破壊するのが面倒くさくなったのか破壊しながら口腔に魔力を集束する。

 ――ピタリと動きが止まり、一度口を閉じると胸の辺りを膨らませた。


「――――魔力にものをいわせやがったな!」


 瞬間、ガバッと口が180度近く開いて中から圧縮された魔力弾が打ち出された。巨大な魔力弾は容易く障壁を押しつぶす。魔物が生み出すだけあり、真黒に染まった鉄球のようでもあった。

 あれに呑まれれば物理的なダメージに加え魔力を乱されること請け合いだ。


 アルスもすぐさま同じ規模の球を生み出すが、それは魔法としての様相であり小さな太陽の姿にも映って見えた。


煉獄アストラル・サン


 まさに縮小した太陽である。

 それが軌道上に乗り、表面を螺旋に燃え盛りながら、二つの巨球が進路を交わらせた。

 アルスはその衝撃と押し寄せるだろう熱波に備えるため、すぐさま分厚い砂の壁を作る。高波が途中で時間を止めたような砂壁。

 作り出した直後に人間など容易く吹き飛ばすほどの爆発が衝撃とともに襲う――いや、熱波で焼け死ぬだろう。

 魔力爆発が起き、二つの膨大な魔力が一帯を吹き飛ばした。

 衝撃が止みアルスは壁越しに立ち上ろうとするが――。

 砂の壁の中を二本の尾が口を開いて突き破って来たのだ。


「――――ッツ!」


 その内の一本をナイフで寸断するが、もう一本は間に合わず左肩口に鋭利な歯を突き立て、ギュルンッと回転し肉ごと抉っていく。

 翻したナイフで断ち切るが、落ちた尾の先端から血塗れた肉塊が零れた。

 眼の端で傷口を見ると、ドクドクと脈打つように血が流れ出している。動作を確認するために手を開閉し、指先を動かせることに安堵するが、腕までは上がらない。


「……殺す前に一泡吹かせてやるか!」


 アルスは意趣返しとばかりにギロリと睨みつけ、俯き気味に意識を集中する。するとブワッと蠢くような魔力が身体から溢れ出す。

 闇がそのまま顕現したような光景だ。魔力のように可視することができる。

 そのおぞましい気配を察したのか尾が回復すると来た道を戻るように凄まじい速度で引き戻された。


「何処へ行くんだ……」


 右手をゆらりと持ち上げ――闇が蠢く。


「貪り喰らえ【暴食なる捕食者(グラ・イーター)】」


 魔力が意志を持ったように弾け飛び、標的に向かって高速で飛んでいく。先端があまりの速度に丸みを帯び……パカッと口が開いた。走るように無駄に地面にぶつかって波打つ。

 数本の太い魔力の流れが開けた口の中から膨大な魔力を吐き出し、いくつも分かれまた貪欲な口を開ける――それはアルスを起点として触手が生えたようでもある。

 繰り返され魔物を囲むように襲った捕食者は百近くに分裂していた。

 蛇に睨まれた蛙ではないだろうが、身動きできずにいる魔物にグラ・イーターは容赦なく食らいつく。左右から襲い掛かるがそこに魔物はおらず大きく後退していた。中央で衝突――ベチャッと空中で弾けるが、すぐに合わさって追撃する。

 魔物は迎え討つために魔力に向かって斬撃を放つ爪で斬り裂くが、グラ・イーターの魔力体を通りぬけた。

 魔法が加味されていたことでアルスに膨大な魔力が流れ込む。グラ・イーターは魔力であるため実体がなく、魔法でしか対抗する術はないが、それとて消滅させることはできず吸収される。つまり、魔力がある攻撃は無意味と言える。

 腕を振り回し、尾で食らいつくが、グラ・イーターに触れる度に魔力が喰われていく。何も口である必要はないのだ。その身に触れるだけでいい。


(そろそろか……)


 予想以上に一度で吸収する魔力量が膨大だったためにコントロールが利かなくなる前に引かせる。

 相当量の補給魔力はグラ・イーターの養分兼、アルスの魔法を使うためのエネルギーとしても使用できるのだ。かなり体積を大きくした捕食者。グラ・イーターの抵抗をねじ伏せて引き戻すことに神経を注ぐ。

 次第に渇望の赴くまま動いていた魔力が薄れていく。

 アルスの中に戻ったことを確認すると、実体の無いグラ・イーターに攻撃を加え続けていた魔物を見て。


「知性があるのかわからんやつだな……いや、あるんだったら【砂国の世界(ムスペルヘイム)】を使った時点で逃げるか」


 呆れた具合で肩を竦め……視線を上げる。


「ヴォオオオオォォォォ!!」


 魔力を食われたことに気付いたのか、怒り狂ったような咆哮は大気を震わせ鼓膜を破るほどの衝撃だ。前のめりに手を地面に付けた魔物は爆発したと思わせるほどの初速で駆けた。口から、尾から魔法の迸りが見え、魔力が全身から溢れ出す。地面を踏み締める足からは一帯を凍らせ、砂漠を氷結の世界へと変えつつある。


「やはり化け物だな」


 一足飛びに駆けた直後、アルスの指がクイッと上を向いた。

 走り出してすぐに魔物の顎が上に引っ張られるように跳ね上がる。

 空間掌握魔法と言えば大層に聞こえるが、アルスがしたことは向かってくる魔物の下から上に長方形の棒のような空間を生み出し勢いよく突いただけだ。激情していなければ避けられただろう単純な攻撃だ。

 身体が地面から浮き、離れた僅かな隙を見逃さない。

 

 アルスは両手を突き出して交差させる。

 腹を見せて浮かせた濃いグリーン色の身体。そして凍った地面を割り跳び出して来たのは捻じれるように高速回転した砂の棘だった。それが4つ、四方から腹部を貫く。


「ヴォギャアアアァァァ!!」


 悲鳴に似た叫びですら、耳が痛い。

 貫いた砂は動きを止め、岩のように硬質化して魔物を空中で釘付けにした。さすがに永久凍結界(ニブルヘイム)だったら砂国の世界(ムスペルヘイム)を上書きされてしまっていただろう。だが、魔物が使った魔法はフリーズのような初位級程度の魔法であり、表層を凍らせることしかできなかったのが救いだ。

 無論、その場合は別の方法を考えただけだが。


 尾が勢いよく破壊しようとするが、それも砂に包まれ一纏めにされてしまう。それなりの拘束ができたとしてもあっさりと破るだけの力があの魔物にはある。


「その停滞は命取りだ……」


 魔物の真下の地面が割れ、奈落の底にでも繋がっているような真っ暗な大穴が空く。今魔物は大穴の上で砂の棘に穿たれたままである。

 すると間髪入れずに貫いていた砂が元の微細の粒になってサラサラと落ち、魔物の身体は重力に従って落下。


 その姿を見てアルスはAWRをゆっくりと天に向かって掲げる。


(そう言えば新種の魔物だった場合は第一発見者が名前を付けられる権利があったか)


 新種発見者にはその呼称を付けることができるのだが、魔物の名付け親になろうなどと酔狂な奴はいない。そのため大抵は発見した国の魔物に関する機関【統合魔物情報部】で決められることになる。

 だがこの時アルスは直感的に思い付く。

 同類である魔物を食い、一人になる。誰からも忌み嫌われる者、宿主の中で潜む者。


「そうだな、【背反の忌み子(デミ・アズール)】なんてお似合いだ」


 落下する魔物が底に向かって落ち、視界から消える。砂であるため、腕や尾を伸ばしても取り付ける島はない。

 アルスはその最後を見据えAWRを振り下ろした。


黒雷クロイカズチ


 それは黒竜の逆鱗であるかのように真っ逆さまに漆黒の雷が竜の形を模って大穴に落雷。

 這いでるように黒い雷が穴から無数に吹き出し、遅れて落雷の音が竜の咆哮が如く叫ばれる。地面が吹き飛ぶことなくまばたきの間もなく消失した。

 1秒にも満たない黒色の世界が視界を覆う。それは眼を開けているのに瞑っているような薄暗い世界。だが、すぐに中心から景色が色を取り戻す。

 アルスは自分の位置を固定し、衝撃を緩和する障壁を幾重にも張っていたため、【黒雷クロイカズチ】が落ち後の光景を確認すると同時に、あるはずの地面がなく、浮遊感の後落下した。

 遥か眼下にある地面は抉られ、本来地表に晒されることのない地中だ。【砂国の世界(ムスペルヘイム)】が解けたのだろう。

 黒雲も嘘のように無くなり、雲一つない晴れ晴れとした空が広がる。そして遮る物の無くなった太陽が燦々と巨大なクレーターを照らす。


 吸収した魔力は回復していたにも関わらず三分の一も消費したことには驚いたが、系統外のアルスがこれほどの高威力の最上位級魔法を行使したのだ。燃費の悪さに納得はしないが、いじりがいのある魔法だとも考えた。

 そして最上位級という位置づけに。


(魔法の評価が崩れるなこりゃ……)


 そう三段階で全ての魔法を順位付けるにはそろそろ無理があるかもしれないのだ。この三段階というのは50年以上前に提唱された評価基準である。それから考えれば魔法の飛躍的な進歩に適用しなくなっていると言えた。

 アルスはやることが多そうだと肩を竦める。

 見渡せば、一部で表面には岩盤のような場所がごっそり抉られたように一部を覗かせていた。おそらく鉱床の一部かもしれないと、推察が当たっていたことになんとはなしに頬が緩む。

 続いて視線を巡らせ――。


「――――!!」


 一瞬身構えるアルス――少しして力の入った身体が弛緩する。


「消失していないなんてな……」


 黒雷クロイカズチが落ちた中心には投げ捨てられたような無残な格好で魔物が息絶えていた。

 濃いグリーンの身体は見る影もなく真黒に染まっている。片腕は消し炭になり肩からなくなっており、後方に伸びていた角のようなものも音を立てて崩れ去った。


 その死骸を最後にアルスはその場を後にして、凝ったように肩を軽く揉みながらクレーターの端まで歩み始め――。


「ポコッ……ポコッ……ポコポコッ……」


 水面に浮きあがって来た水泡が弾けるような音が背後で連続して鳴った。

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