~ウソとホントウ~
横長のクローゼットの端にいた僕から、どんどん彼女が遠くなっていく。避けられたのだろうか。
「何で……すか」
ちゃんときこえなかった。
「なに――」
僕が言葉を言い終わる前に彼女はこう言った。
「何でまた来たんですか?」
クローゼットの中は真っ暗だから、彼女の表情はわからない。でも、声はとても怖かった。ぼくを否定するような、そんな声。
落ち着け、僕。大丈夫だ。彼女は絶対僕のことを覚えている。『今の出来事』が証明しているじゃないか。
必死に感情を抑えようとする。しかし、目の奥がどんどん熱くなっていって、瞬きでもすれば涙が出てきてしまうだろう。駄目だ。理由はわからないけれど、ここで泣いたら絶対駄目だ。
「会いたかったから」
「――っ!」
息を呑むのがはっきりとわかった。でもきっと、彼女は僕にそのことを知られたくないんだろうと思う。
僕はそのことに気づいていないかのように、
「ねえ。本当に僕のこと忘れちゃった?」
ときく。その声はまるで、畳みかけるようだった。
「うるさい。……貴方なんて、大嫌いよ」
声が震えていることなんて、はっきりわかった。僕はゆっくり近づいて、彼女に触れる。真っ暗なことなんて、関係なかった。息遣いが彼女の居場所を教えてくれていたから。
「嘘、つかなくていいよ。もう」
「……嘘じゃっ、ないっ!」
彼女はもう、誤魔化すことができなくなるだろう。もう、明確にわかってしまう程に、彼女の言葉に感情が出てきてしまっていた。
「もう、いいんだよ」
僕は両手でしっかり、彼女を抱きしめた。「僕は大丈夫」って、伝えるように。優しく、体温を感じて。
「ごめん、なさいっ……。ごめんね」
手が背中に回され、すすり泣く声が胸に当たる。僕は彼女の耳元で、囁いた。
「ねえ、海に行こうよ」