~あの頃と今~
次の日。僕はご近所の人への聞き込みを始めた。『引っ越してきた』という何とも話しかけやすいことがあったおかげで、すんなりと話が弾み、
「そう言えば、あの山には誰か住んでいるんですか?」
ときくことができた。すると、何人か目の小母様(敬意を表して)が、
「ええ、ここら辺を纏めている一族が住んでいるわ」
と情報を渡してくれた。小母様は喋っただけだけれど。
「へえ、あんな山に。何か理由があるんですかね?」
「さあ……。私達を見下していい気にでもなってるんじゃない?」
と言った。以降の小母様達も、色々噂話をきかせて下さった。訊いていない、孫の話とかも話していたけれど。
かなりの時間が経ったような気がする。もう、日も傾きかけているし一旦家に帰った方がいいだろう。僕は、昨日に覚えた帰路をだらだらと歩いた。
さすが夏。暑い。
もしかしたら全部嘘かもしれないが、一つだけ殆ど全員が口を揃えた言葉があった。
――あそこの美人の娘さん、家を継ぐらしいわよ。
彼女は次期当主になるらしい。
この町で、一番力を持っている家の最高権力者。
彼女は、僕の手では到底届かないところにいる。
『七年』は、確実に過ぎ去っていた――。
その事実を知った後。一度家に帰り、お母さんに出て行くことを伝えてから、昨日と同じように、石の階段を登った。よく見ると、ところどころかけていたりひびが走っている。老化だろうか。
昨日再開した場所には彼女はいなかった。いつも、僕が座っていた切り株は七年経っても変わらずにそこにあった。でも、人は違う。他のものと時間の流れがきっと違う。
この山は上までいつも行っていた。でも二人だけの空間の下、あの崖の下には
行ったことがない。薄々、子供の僕でもあの大きな城のような高い建造物には彼女が住んでいると思っていた。彼女の身なりや喋り方からして、良い環境で育っていそうだし。僕は彼女と居られるだけで幸せだったから、特に気にしていなかった。
お互い、自分のことは話さなかった。
お互い、相手のことをきかなかった。
思えば不思議な関係だ。不思議で――不安定な関係だった。
どちらかが入り込んでしまえば、すぐに傾いて全部無駄になってしまいそうなくらい、不安定で――不気味な関係だった。
僕は、彼女のことをどう思っていたのだろうか。
彼女は、僕のことをどう思っていたのだろうか。
今は――七年経った今はどうなのだろう。
わからない。
わからない。何もかもわからない。
階段から反れて、道ではない完全に山を歩いて行く。斜面で、なおかつ夏だ。みーみーと鳴く蝉の声ですらも、僕の体力をじりじりと奪っていっていると思えてしまう。息が上がり、汗で服がべったりと引っ付いて気持ちが悪い。
しばらくすると、前方に金色の光が見えた。
「あっ!」
僕は声を少しだけあげてしまった。その金色の光は、彼女の髪に反射して見えるものだったからだ。その方向に駆けて行くと、大きく開けた場所に出た。そこに大きな城みたいな風貌の建造物が建っていた。どうやら彼女は、そこに入って行ったらしい。
「よし」
僕は抜き足忍び足で門の傍まで行き、ゆっくりとそれを押して中に入る。門番とかがいなくて助かった……。