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11/12

~海~

 僕side


「起きて?」

 僕が声をかけると、彼女はゆっくりと瞼を上げた。黒い目を縁取る長い睫毛が、彼女の気品の良さをより、引き立たせている。

「……おはよう」

 彼女は眠そうな顔でそう挨拶した。僕はにっこりと微笑んで、「おはよう」と返し、彼女の夏なのに冷たい手を引き、電車を降りて改札を抜けると、目の前に広がっていたのは『海』。けれど、辺りが暗いから綺麗とは言えなかった。ちらりと彼女を見ると、「えー」みたいな表情を浮かべている。まあ、日が昇ってきたら輝く水面や、白い砂浜に目を奪われることだろう。その様子を思い浮かべて、思わずくすりと笑ってしまった。

 捕まらないといいなあ。このままずっと一緒にいたい。

「あっちまで歩こう?」

 少し遠くの方に砂浜へ降りる階段が見える。

「うん」

 彼女は繋がれた手を見て、少し照れくさそうにしている。ぎゅっと握る力を少しだけ強くしてみると、彼女も強くしてくれた。その手を引いて歩き出す。すると、圧倒的に彼女の歩く速さが遅いことに気がついた。彼女の足元を見ると靴は履いておらず、とても足が痛そうだ。

「乗ってよ」

 僕はしゃがみこんで彼女に言った。彼女は躊躇いながらも僕の肩に手を乗せて、ゆっくりと乗ってきた。彼女を落とさないように立ち上がると、上に乗っている彼女の軽さに驚いてしまう。

 それからしばらく歩き、階段を降りて砂浜に着いた。夜明けまではまだまだ時間がある。

 僕が波がやって来るぎりぎりのところに腰を下ろすと、彼女は僕の右隣に座った。靴と靴下を脱いで横に置き、いわゆる体育座りをする。何回かに一度、波が足を濡らした。

 先に口を開いたのは彼女だった。彼女はこう言って話を切り出した。


「昔の話を、しましょうか」


 それから、色々きいた。近所の人が言っていたことは大体は当たりで、彼女は次期当主になることになっていた。それで、僕に会ってはいけないと――、僕とは世界が違うのだと考えてしまったと。

 全部、全部きいた。それが終わった後、僕は彼女を抱きしめた。何故か、抱きしめずにはいられなかった。

「大好きよ」

 彼女は高らかに告白した。

「僕も、大好きだよ」

 涙が頬を伝った。すると、眩しい光が僕らを照らした。

「うわあ……」

 彼女は感嘆の声を上げた。彼女の目がきらきらと輝いて見える。それは涙の所為でもあるかもしれない。

 『海』は夏の暑くて、鬱陶しくて、嫌で――それでいて、清々しいほど真っ直ぐな日差しを受け、煌いていた。夏であることを精一杯、アピールしながら。僕と彼女に風が、海の塩の匂いを送っていた。彼女は僕から離れ、立ち上がって海の中にじゃぶじゃぶと入って行った。

「ま、待ってよ!」

 急いで、僕も立ち上がる。彼女はひとしきり水と戯れると、大きな声で、嬉々たる表情を浮かべながら言った。


「ねえ。『海』ってこんなに綺麗なの?」


 その言葉に驚愕した。それは九年前に彼女が絵本を指さして言ったからだ。彼女は楽しそうに僕の方を見て微笑んでいる。

 きっと、あのときの会話を再現しているんだろう。


「見たことないの?」


「うん」


 彼女の黄金の髪を太陽の光が皇后と照らして、美しい情景を生み出していた。これを写真に収めることができたらどんなにいいだろうか。


「じゃあ、『海』ってどんなものなの?」


「うーんと、広くて」


「うん」


「青くて」


「うん」


「いっぱいお魚がいて」


「うん」


「水がたくさんあって」


「塩の匂いがするんだ」


 あの頃の記憶が蘇ってくる。


「ねえ」


 シナリオが、変わった。


「何?」


 確かに七年が過ぎた。ここからは僕と彼女が物語を創り出す。


「これから、何度でも『海』に一緒に行きましょう?」


「うんっ!」


 僕はゆっくりと彼女に近づいて、指を絡めた。僕らは一緒に笑いあい、そして唇を重ねた。


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