吸血
「今のは…なんだったんだ」
「あれが『高橋』一族の頭領、高橋博文。県内でも随一の力をもつ吸血鬼よ」
しばらくの間、沈黙がその場を支配する。口ごもりながらも、蓮は先程からずっと気にかかっていたことを尋ねた。
「なぁ、東郷……あいつが言ってた『木偶』って何の事なんだ」
蓮の発言が、室内の空気を一層重くした様に感じられた。
「主人である吸血鬼に血を与えるだけの操り人形のことよ」
「……」
「でも、これだけは知っておいて。吸血鬼は何十年も前に『木偶』を作ることを禁止した。それに私は…あなたのことを『食い物』なんて思ったりしない」
「んなこた分かってるよ、心配すんな」
「ホンマ?」
「キャラ違うよね⁉︎」
その後。美咲から二、三の説明が終わると、時計の針は六時過ぎを示していた。家ではじきに夕食が出来上がっている頃だろう。
「じゃ、そろそろお暇させてもらうよ」
「えぇ、また明日」
そこで蓮は、微かに美咲の声が震えているのに気がついた。いや、声だけではない。強く握られた拳が、雪山で凍えるように小さく震えていた。
「東郷?」
「やっぱ駄目かぁ…」
そのまま床にへたり込み、美咲は荒い息を吐き始めた。
「血が足りてないのか」
「もう五日は飲んでないんだ…」
「それで保つと思ってたのか⁉︎…少しじっとしとけ」
蓮は美咲を抱え上げ、ベッドまで運ぶ。思っていた以上に軽い。五日というのがどれほどの意味を持つのか知らない蓮でも、事態の重大性だけは理解できた。
「俺の血を使えよ」
「でも、それは…」
「今日だけだからな。って、やっぱこれ男女逆だろ普通!」
そんな場合では無いのだが、セルフで突っ込んでしまった。
「俺に後味の悪い思いをさせんなよ。それに、俺達は最初からそういう『契約』だろ」
「柳川君…」
どうやら分かってくれたらしいが、何かを思い出したのか美咲は血の気が引いたはずの顔を紅潮させる。今美咲の血は全部顔に集まってるんじゃないか、と蓮は思った。
「どうした、まだなんかあるのか」
「有難く頂きたいところだけど、やっぱりダメ!」
「何が問題なんだよ」
赤らめた顔を隠すようにして、観念した様に美咲は呟く。
「吸血時には、性的な快感を伴うのよ」
「なっ…そこは伝承通りなのかよ!ま、で、でも仕方ないよな⁉︎東郷の命がかかってるしぃ?」
「興味津々なのね」
非難の眼差しを向ける美咲だが、ふと柔和な表情をみせた。
「でも、あなたの気持ちはとても嬉しい。受け取らせて頂きます」
そして。チクリとした痛みの後に、美咲の柔らかな唇の感触を首元に感じた。




