使命
②
その日の放課後。またしても教室には蓮と美咲だけが残っていた。
「それで…俺は何をすればいいんだ?」
不満タラタラな声音で蓮は美咲に問いかける。そもそも、写真をネタに揺するというのは普通男女が逆のシチュエーションだと思う。
「そう焦らないでくれるかしら。今まさに説明をしようというところだったのだから」
「フン…」
美咲はあくまで偉そうな態度を貫き通すつもりらしい。所々綻びが生じている気がするが、それは今言うべきことではないだろう。
「私が普通の人間じゃないってところまではいいわよね?」
「あぁ、邪気眼ってこと?」
「ちが…、馬鹿にしないで‼︎」
ちょっとした茶々のつもりだったが、美咲の地雷を踏んでしまったらしい。今後の事も考えて、詫びを入れておくべきだろう。
「わかったよ、ちゃんと黙ってきく」
「今度言ったら絶対許さないから」
ごほん、とわざとらしく咳払いし美咲は場を仕切り直す。
「まず、昨日の事からね。あの時私があなたを襲ったのは、血を吸うためだった」
やはり、あの出来事は幻などではなかったのだ。そう確信を得た蓮は、核心に迫る。
「お前は……吸血鬼なのか」
「民間で語られているものとは少し食い違うけど、大まかな認識はあってるわ」
どこか誇らしげな様子で語る美咲。
「でも、素手の人間にやられたよな」
「ゲフン、あれはえと、その、相手が悪かっただけよ‼︎」
どうやらこれも聞いてはいけないことだったようだ。ごく自然に次の質問に移る。
「吸血鬼ってほら、牙が生えてるんじゃないの?お前もあるんじゃないのか」
「そんなものあったら即バレちゃうでしょ。こうするのよ」
美咲が自分の首に指を這わせる。すると、瞬く間に人差し指の爪が注射針のように切っ先を尖らせ、皮膚に侵入していく。変形した爪が元の形に戻ると、美咲のうなじ辺りから静かに血が流れ始めた。
「…!」
このままでは失血死してしまうのではと危惧した蓮だが、彼の予想に反して、傷口はものの一瞬でふさがってしまった。
「やっぱり、何にでも変身できるのか」
「無理ね、出来て体の一部分まで。例外もいるけど。体を霧にすることは出来るわよ」
砂糖が水に溶けるのを思わせるような光景と共に、美咲の身体が消失する。先日彼が美咲を束の間見失ったのも、この能力によるものだろう。陽炎の様に揺らめきながら、美咲が再び姿を現す。
「その辺はイメージと変わらないんだな。日光には当たって大丈夫なのか?」
「大丈夫じゃないわ。あまり当たると、お風呂でものすごくヒリヒリするもの」
「それはただの日焼けだよ…」
日光に関しては一番気になっていたが、全く問題ないらしい。
「お前はどうして俺を『眷属』にしたいんだ?」
「それは…」
先程まで饒舌だった美咲が、途端に口ごもり始めた。唇を引き結び、何かに耐えるようにして俯いている。このまま彼女の口は閉ざされるかと蓮は思ったが、しばらくの後に美咲は少しずつ喋り始める。
「私の一族は、今はもう皆死んでしまったから」
彼女の口をついて出た言葉に、蓮は驚きを隠せない。ここではないどこか遠くを見つめながら、美咲は語る。
「それは私の一族に限った話じゃない。世界中で吸血鬼は窮地に追いやられてる」
「私はこの数十年、日本の至るところを点々とする生活を続けてきたの。一つの土地に留まることができたのは、せいぜい半年くらい。私の種族は弱い部類だったから、縄張り争いにあぶれてきた。この土地には一年弱いるから、それでも落ち着けてる方なのよ。
でも、この土地に新たな一族が移りすんでから、私は迫害されるようになった。生きていくのに最低限の血にありつくので精一杯。でも、私はこの血にかけて一族を絶やす訳にはいかないの。だから……力をもったあなたにあの日声を掛けたのよ。あなたには、私の『最強の眷属』になってもらわなければならない」
それまで静かにじっと聞いてきた蓮は、おもむろに口を開いた。
「……そいつはお断りだ」
「今の話聞いてた⁉︎」
目を見開いて取り乱す美咲。
「要はこの町にお前が居られるようにすればいいんだろ?『眷属』になるのは御免だが、それぐらいの協力はしてやるよ」
「そんな事が、…あなたに出来ると言うの?」
「信用しろ。俺はお前を倒した男だからな」




