プロローグ
夕方。薄闇の中、柳川蓮は街灯の立ち並ぶ歩道を歩いていた。夕食をつくる段になって食材が不足しているのに気づき、今は買い出しの帰りだ。白いビニール袋をゆさゆさと揺らしながら、家路を急ぐ。
時折ちらほらと車が通りすぎるが、この近辺はほとんどと言ってよいほど人気がない。建物が落とす影ですらどこか不気味に感じられ、自然と歩調が速くなる。
「早く帰らねぇと、比奈が何ていうか分からんな…」
今頃、きっと妹はお腹をすかせて彼の帰りを待っていることだろう。夕飯の献立は、妹の大好物である唐揚げに決めていた。彼女の喜ぶ顔をみるだけで、蓮はいつでもまた作ってやろうという気持ちになるのだ。
自宅まであと数分という所まで来て、蓮は薄暗い路地に人影をみとめた。すっかり日も落ちて、人相はよくわからない。
蓮が一度瞬きをすると、先程の光景が嘘だったかのように、誰もいない通りの光景が目に入ってきた。
(見間違えか?)
首を傾げたものの、すぐに意識から追いやり歩みを再開しようとした、その時だった。
「…少し頂くよ」
背後から低く響く声と共に、ひんやりとした指が蓮の首に添えられる。これはまずいーー次の瞬間、蓮は加速する意識の中でそう感じた。
「ぐ…ぁ‼︎」
鈍い音と共に地べたを転がったのはーー危害を加えてきた人物の方だった。武道の心得があった蓮は、危機を察知し一瞬のうちに数発の突きを相手に叩き込んでいた。
「…誰だお前」
「ひィ!」
これでもかというくらいにドスを聞かせた声で、蓮は誰何する。よく見ると、その人物は同年代の女の子であることが分かった。尻餅をついたまま、ガタガタと震えている。相手に非があるとはいえ、女に手をあげてしまったことに、蓮は激しく後悔した。
「…です」
「は?」
か細い声で女の子が呟くが、よく聞き取れなかった。
「血が欲しかったんですっ!悪気はなかったんです、もうしませ〜んっ‼︎」
訳のわからない謝罪の言葉をまくし立て、一目散に走り去る女の子。ちらりと見えた顔は、どこかで見た覚えがあった。
「えっと…、どゆこと?」
闇に向かって問いかけるが、それに応えてくれる者は誰もいなかった。




