親指崎①
……私はスナイパー。
しかも凄腕の。凄い腕の。
すっごい腕! 何かスポーツやってたんですかぁ〜?
え〜!でも〜、何かやってないとぉ〜、こんな凄い腕にはならないと思うんですよぉ〜。
「親指崎。配置についたか?」
へぇ〜。ジムに行ってるんですか〜。どうりでねぇ〜。
「親指崎!応答しろ」
うるさ!なに凄腕のスナイパーに配置のこと言ってんだよ。
ついたよ!配置について、一回配置じゃない所に行ってから、もう一回配置についたぐらいの余裕あったよ!
「親指崎!応答しろ!」
でも、ここは凄腕のスナイパーらしく冷静に……。
「こちら親指崎。配置についた。隊長の指示さえあれば、今すぐ対象の脳漿をぶちまけて……あの〜、その、あれしますよ。します。殺します」
「よし。合図を待て」
やっば〜!最後のほうグダクダになっちゃった〜!
よし、って言われちゃった〜!軽くあしらわれた〜!
ぽくな〜!凄腕のスナイパーぽくな〜!
脳漿までは良かったな。素人は、脳にある液、とか言っちゃうところをちゃんとした名称で言ったまでは良かったな〜。
問題は、脳漿って言えたことに満足して、そのあとの言葉を考えてなかった事だな。
最後、殺します、ってスナイパーとしては当たり前のこと言っちゃったもんな〜。
脳漿をぶちまけて死なないほうがおかしいもん。そのほうがムズいもん。
あ!てゆーか、そうしようかな。脳漿をぶちまけておきながらの狙撃失敗!
「すいません。失敗しました。脳漿はぶちまけたのですが……」「え!?死んでないの?脳漿をぶちまけたのに?え、そのほうが凄い……」
ってなるし!
……なったからなんだよ!
ていうか凄くねぇよ!むしろ、ぶちまけられた側のほうが凄いわ。
「親指崎。対象が建物に入った」
私はカバンからスナイパーライフルの部品を取りだし、それを組み立てた。
私がいるのは七階建てビルの屋上。
そして対象者は、向かいのビルの会議室にもうすぐ現れるはずだった。
その対象者が何をして、いかにして命を狙われているのかは、聞かされていない。
しかし、私にはどうでもいいことだ。
ここから会議室へは、距離にして五百メートルほど。
一般的なスナイパーのことは分からないが、私には何てことない距離だ。
弾が届く範囲でならば、私は外すことはない。
何せ、私は……凄腕の……。
凄腕の……スナ……。
「親指崎。対象は会議室に現れたか?」
イパー!って言わせてよ!
あと三文字ぐらい言わせてくれや。
「まだです。さっきから、各椅子の前に並べられた資料の位置をしきりに直しているヤツ以外、会議室にはいません」
やっていることを見る限り、恐らくヤツは下っ端だろう。放っておいて構わない。
「殺せ」
「え?」
え?殺すの?下っ端を?
「対象は別では?」
「ヤツはしきりに資料の位置を直しているんだったな?」
「あ、はい」
「殺せ」
え?なんの確認だったの?
「しかし、死体が残ります。それはマズイのでは……」
「構わん。死体が残ってもいいから殺せ。そんなのは、お前ごときが気にすることではない」
「は、はい」
私は頭の中にあるモヤモヤを振り払い、ヤツの頭へ照準を定めた。
そして、撃つ。
ヤツの頭は破裂し、そのまま机に突っ伏した。
サプレッサー付きなので、音はしない。
俺はスコープを覗きながら報告した。
「ヤツを殺しました」
「よし、よくやった。いいぞ。すごくいい。すっごくいいぞぉ〜」
すごく誉めてくれるけど、レパートリー少ないな。
いいしか言わない…。
ていうか、無関係なヤツを殺しただけだけど。
いいのか?対象者が会議室に入った瞬間バレるけど。
「親指崎。聞こえるか?ビルのエントランス付近に、犬を連れた主婦がいるな」
俺は向かいのビルのエントランスを見た。
……確かにいる。買い物袋をぶら下げたおばさんが、犬を連れている。散歩中だろうか。犬かわいいな。この任務終わったら飼おうかな。何の犬種にしようかな。
「殺せ」
何でやねん!
今、犬飼うか迷ってたやろがい!
「ええと……。どちらをでしょうか?」
念のため聞いたが、犬はないだろ。そしたらやらないもん。「じゃあスナイパーやめます」って言おう。「スナイパーやめてスナイパーじゃない仕事に就きます」って言おう。
「犬はまずいだろ。倫理的にな。倫理的観点から見て。お前、最近倫理的観点からものを見てるか?普段から倫理的観点でものを見てれば質問しなくても分かることだよな?」
「主婦の方ですね」
「そう…………です!お願い…………し、ます!」
急に何だ。恐いし、意味分かんないし。
「了…………解!」
「ふざけるな!!!狙撃前に!!!」
はぁ……。お前発信だろ。