魔法使いと少女の話(6)
「痛い、流石に防ぎきれなかったか」
ボロボロになったローブを脱ぎ捨てて新しいローブを着直す。
「それ、何着も持ってるんだね。しかも常備」
少女は呆れたように目玉をぐるりと回した。もっとも、この場合注意すべきは道路のど真ん中で脱ぎだしたことのはずだが、今回は流石にむこうも人払いを済ませているようで、通りには誰もいなかった。
「ていうかアンタ火以外の魔法使えるじゃん。時間停止だっけ?そんなの使えるって何で言ってくれなかったのさ?」
「いや」
日奈和は静かに首を振る。
「使えない。そのはずなんだ」
自分に言い聞かせるように日奈和は言った。
ひねり出すように。
「さて、こいつ倒したからってオールオッケーじゃないしな。向こうの頭を叩くまでは安心できね……」
「その心配はいらない」
一瞬のうちに事は起こった。まず日奈和は声のした方に杖を向け、即座に火炎放射を行い、そののちありとあらゆる方向に手を伸ばした。
一瞬のうちに行われた攻撃、避けようもなく当たったはずだ。
「素晴らしい。この火力はそこらの銃火器をはるかに凌駕している。が、しかし効かんな。」
彼の焼き焦げた服の下にあったのは。
「防火対策の服だ。摂氏一千度にすら耐える。いくら君でもこれならどうしようもない」
この時の少女の気持ちは、敗北であった。日奈和が仮に時間停止を使えようと、先の戦闘から見て人間の停止が不可能と見れる。拘束魔法を使ったとしても周りを取り囲む銃を持った大量の奴らには敵わないだろう。
が、しかし日奈和の顔は敗北の表情を浮かべてはいなかった。しかしかわりにあるのは圧倒的苦悩。
「あんた、組織のボスじゃねえか。割と有名だぜ?悪行に悪行重ねてるからな。で、なんであんたがじきじきに来てんだよ。どう考えてもそっちには損しかないだろ」
「その心配には及ばない。先ほどの戦闘から学んだ君の特徴を見た結果、君を殺し少女を誘拐するのは難しくない。だが、それに対して最も有効な手段はこうだ」
周りを取り囲む敵全員がこちらに銃を向ける。
「ここで両方射殺して、血が流れきる前にその場で私が飲めばいいのだ。そうすれば問題なく私は魔法使いになれる」
「なるほど。あんたもエグイこと考えるね、って普通か。つまりさっきの爆弾使いは捨て駒だったわけか」
かわいそうに、と感情を込めずに言う。
「そう言うな。彼には仕事で動いてもらったのだ。責められるつもりはない。それでは皆の衆」
ボスはこちらに手を向けた。
「撃ち殺せ」
「年貢の納めどきかもしんないな」
少女は聞き間違えたかと思った。いくら絶望的な状況でも彼が弱音を吐くなど考えもしなかったのだ。
「魔法使いとして」
彼はやっと、全方位に動かしていた手を止めた。
そして杖を向ける。
上に。天に捧げるように。
「ファイヤ」
ありのままを伝えよう。組織全員の発砲と同時に日奈和の周りには炎のバリケードが出来上がっていた。とはいえ亜音速の弾丸を炎程度では防ぐことはできない。銃弾が溶ける前にバリケードを通過してしまうだろう。
しかし、結論から言うと銃弾は通らなかった。
そして炎のバリケードの消えたそこにあったのは。
鉛でできたバリケードだった。
「なにが……?いやまて。炎で防げるはずがない。しかし炎の後からできているのは紛れもなく溶けた銃弾でできたバリケード……。いや不自然だ!溶けた鉛が重力に逆らうようにバリケードの形を保つなど!」
「そうだ、日奈和頼太という魔法使いには不可能だろう」
一瞬の沈黙。ことの真意に気づいたのはボスだった。
「貴様さては……魔法使いではない!?」
「ご名答!」