一
午後七時。水色と紫色が混じったような空に薄い煙のようなオレンジ色の雲が霞んでいる。ガヤガヤと騒がしく、露店の光りは、商店街の今にも消えそうな街灯よりも、はるかに明るくきらきらしていた。
夜店のアイスはやっぱ最高。
私は二百円の少し高めのアイスを舐めながら思った。冷たくて、甘くて、クリーミー。でも、シャーベットみたいにスッキリしていて爽快。ただ、店の人の押し付ける力が弱いから、気をつけながら食べないと、ふとした拍子にアイス丸ごと地面にボタッと落ちて、手におさまっているのはコーンだけ、という悲しい状況になったりする。だから、舐めるときは舌でアイスをコーンに押し込むように舐めるのがコツ。
結構覚えているもんだなあ。夜店に来るのは久しぶりだけれど。
アイスを押し付けるように舐めていると、ナイスタイミングと言うべきか、私と同じようにアイスを持った男の子が私に向かって走ってくる。男の子は友達の方を見ているのか、私のほうを見ていない。
あ。
まず、どん、という衝撃。そのあとに薄っすらとした冷たさがお腹に染みる。気づいたときには、男の子の重さに耐えられずに尻餅をついている私。アスファルトにはさっきまで舐めていた白い塊が落ちていた。そしてお腹を見ると、男の子のアイスが私の服にべったりと付いている。
「ごめんなさい」
男の子は震える声を絞り出すようにして言った。水分を多く含んだ瞳からは、震える肩の振動で今にも雫が零れそうだ。素直に謝れるってことは、それほど悪い子ではないのだろう。私は男の子を安心させるために、顔に精一杯の笑顔を貼り付けてみせた。
「大丈夫だよ。わたし、どんくさくって避けれなかっただけだから。ほんとごめんね」
久しぶりに笑ったせいだろうか、笑顔を貼り付けたまま話すのは頬の筋肉がやけに疲れる。
けれど、私の健闘空しく、男の子の右目からも左目からもぽたぽたと涙が零れ落ちる。ひっぐ、えっぐ、と嗚咽を漏らす声は少しずつ大きくなっていく。私たちを遠巻きに見つめる目線が痛い。まずい。どうしようか。
「すみません!」
不意にざわめきを吹き飛ばすような大きな声が飛んだ。私もその声にびっくりして思わず振り返ると、そこには青色のエプロンをつけた男の人が立っていた。
「すみません。うちの直樹が……」
彼は少しだけ声を小さくして、しゃがみこんだ。
「怪我はないですか?」
近くから見た彼の顔は涼しげに整っていて、私はまるで思春期の男の子のようにとぎまぎしながら、小さく頷く。すると彼は私よりもずっと自然な笑みを浮かべて「良かった」と言った。そして、視線を男の子に変え、眉間に皺を寄せた。
「おい直樹。前を見て歩けって、何回言ったら分かるんだよ。こんな風に迷惑をかけてからじゃ遅いんだからな」
そして、グーで男の子(直樹くん、というのだろうか)の頭を一回だけ、ごん、とげんこつを入れた。直樹くんの涙はまだおさまっていなかったけれど、後ろめたそうな表情には少しだけ安堵感が滲んでいる。きっと、彼は直樹くんのお兄さんなのだろう。顔つきもよくみたら似ているし、彼の怒っている表情にはしっかりと愛情が入っていた。
「俺、この商店街の花屋の息子なんです。すぐそこが俺の家なんで、シャワー貸しますよ」
「え……、でも、そんな」
「着替えは俺の母さんのを貸します」
「いや、でも悪いですよ」
私は小さく首を振って立ち上がろうとすると、どろどろに溶けたアイスがワンピースを伝って地面に落ちた。白い液体が膝のあたりまで垂れてきて気持ち悪い。そんな私をみた彼は何故か得意げに笑って、私の手を取る。
「その格好じゃあ、帰るに帰れないでしょ?」
悪戯っぽく笑う表情に、顔がかっと熱くなって咄嗟に次の言葉が出なくなった。