魔法職の使い方−汎用一例
TV画面一杯に広がる緑の絨毯。そこを吹き抜ける風の動きさえも感じられるほど事細かに描写された画面の中、一人のキャラクター――所謂PCが対峙するのは、PCとほぼ変わらない大きさに描写された狼型のモンスター。
リュゼ草原――それが、今現在表示されているフィールドの名称だ。
草原ステージの例に漏れず、見晴らしが良く、しかし小型モンスターは隠してしまう程度の草が土を覆い隠すように生い茂る。大型モンスターの出現こそ少ないものの、小型モンスターの出現率などはむしろ高い。
初心者向けのフィールド――それこそスタート地点にも選ばれるグラバース国の首都周辺だとかであれば草原属性のフィールドはまだ草の背も高くなく、出現モンスターのLVも低いためよほどのことがなければ不意打ちをくらうことはない。
が、中級以降のフィールドではそうも行かない。
現に今、画面上でPCを狙っている狼型モンスターも、草に身を隠しながら接近しているためか今のところ動き事態はさほど早くはない。しかしその足取りはそろりそろりと慎重なもので、不意打ちを仕掛ける気満々である。
では、何故そんな姿が丸見えになっているのか――
答は簡単。今現在画面上にいるPCが索敵スキルを習得しているからだ。不意打ち防止に索敵など何らかの知覚強化系のスキルを取ることは、ソロプレイヤーだけではなく上級プレイヤーの嗜みのようなものだ。
慎重に動く狼型モンスターの動向を画面上で確認し、プレイヤーは手元の端末へ指を向ける。
液晶パネルの付いたそれは、所謂コントローラーであり、同時にもう一つのディスプレイでもある。パネル上に描き出されているのはTV画面と同じか、気持ち狭い程度の映像。
やはり緻密なドット絵で描かれたPCを、伸ばした指でつんとつつく。
とたん、ささやかなシステムエフェクトを伴いCPの周囲に四つの泡が出現する――
それぞれ剣、杖、袋、巻物の簡略されたイラストが描かれたそれらは所謂メニューやコマンドといったもので、それぞれが武術スキル、魔術スキル、消耗品、ステータスなどに対応している。
あぶくに入った四つのイラストの内、杖の描かれたもの――魔術スキルアイコンを選択し、先程そうしたように指でつつく。するとあぶくは弾け、さらにいくつかのあぶくとなって画面上に再構築された。
バブルコマンド・システム――それが、このゲーム「メイキング・ワールド」に採用されているコマンドシステムの名称だ。
まるであぶくが弾けるように見えるこのシステムは、タッチパネル機能に対応しており、こうして専用コントローラーを使う事でより直感的に、感覚的にコマンドの選択を可能としたMWの特徴とも言えるシステム。
しかし何故既存のシステムではなく、そんなシステムが採用されているのか――
それはMWではどのようにしてアクティブスキル――とりわけ魔術スキル――を使うかを説明すれば納得してもらえる事だろう。
MWにおいてアクティブスキルとは、運営側に初めから用意されているものではなく、与えられた選択肢の中から自らの手で組み上げるものだ。
スキルメイキング・システムの名称で呼ばれる独特のシステムは、よく言えば工夫次第で利用方法が広がる。悪く言えばひたすらに面倒、だ。
勿論、それに対する救済処置はきちんと講じられてはいるのだが。
アクティブスキルを使用する際、プレイヤーはまずそれが武術スキルか魔術スキルか生産スキルかを選択する。
そして魔術の場合諸々の事情からあれこれ複雑化しているのだが――まずは魔術の属性を選択。MWで採用されている属性は火、水、氷、風、地、雷、光、闇、それから無属性の六属性+二属性+一属性の計九属性。
これらの属性を――例えば攻撃に適している火属性を選択したとする。
すると先程までとは異なり、弾けたあぶくは等間隔に列ぶあぶくではなく、少し変わった形で属性アイコンを中心に再構成される。
中心に位置しているのは、今までと同じように直前に触れたアイコンだ。この場合は火属性を意味ずる赤い紋様が入っている。
その真上、時計で言うなら丁度十二時に当たる位置に一つ、九時の位置には大きなアイコンが一つと、まるでそれに追従するように小さめのアイコンが。その周辺には小さめのアイコンが四つ。中心の属性アイコンから見るとそれぞれ十時、十一時、その中間点をやや外周より、一時の位置に存在している。
一方で右側の空間は何があるのかと言えば、丸い泡を摸したアイコンではなく温度計のような細長いメーターが一つ。目盛りは中心のあたりを差していた。またその外側、二時から八時の位置に掛けていくつもの空のアイコンが浮かんでいた。
これらは、現在のスキルがどのような常態であるかを示している。
バブルコマンド・システムが採用されているのは、選択を直感的に行うためという理由もさることながら、現在の常態を解りやすくするためという理由もあった。
解りやすいように例を挙げてみよう。
例えば――ゲームではお馴染みの「火球を飛ばして敵を攻撃する魔術」を使おうと思った場合、どうするかで説明するとしようか。
火球を飛ばすのだから、当然魔術の形は球状だ。術の形を操作するのは九時の位置に浮かんだアイコンで、先程までのアイコン同様、指で触れると弾けて選択可能な形状――エフェクトを表示する。壁や矢、渦状になった物など様々な形が表示される中から、球状の形を示すアイコンを叩けばいい。
次いでエフェクトアイコンの下にあるアイコンを設定する。
このアイコンは魔術がどう動くかを決めるためのもので、スタイルという名称で呼ばれている。スタイルは五種しか存在せず、それぞれ水平に移動する《ホライン》、上から下へ叩き落とす《ダウン》、下から上に打ち上げる《アップ》、斜め下に打ち下ろす《ノック》、斜め上に打ち上げる《アッパー》だ。
火球を水平方向へ飛ばすつもりなら、《ホライン》に設定すれば問題ない。
最後に――というよりもこれがメインなのかもしれないが――スキルの軌道を決める。
まずは十二時の位置にあるアイコンに触れる。するとエフェクト選択の時と同様、形の異なるアイコンが表示される。それらはツールと名付けられたもので、これからスキルをどう使うかを示すものだ。
ツールを解りやすいものに例えるのなら――パソコンを使う人は画像編集ソフトのツールボックスに列んだ各種アイコンを想像してもらえてばいいだろうか?
直線や曲線、消しゴムや塗りつぶし範囲選択その他諸々――あれとよく似たようなもので、これから使用する魔術を「どのように動かすか」を大まかにだが示すためのものだ、と解釈してもらえればいい。
例えば画面上に描いた線の上に魔術の効果を発動させるのか。
例えば画面上に書いた線で囲んだ範囲内に魔術の効果を発動させるのか。
例えば指定した対象を相手に魔術の効果を発動させるのか――といった具合に。
先に上げている火球を例にするのなら、線の上に魔術の効果を発揮させるタイプのものがもっともそれらしいだろう。
対応するアイコンを選択し、ディスプレイ上に軌道を描く。そして一時の方向に表示される小アイコン「実行」ボタンを押せば、そこでスキル調整は終了し、魔術が発動するというわけだ。
――勿論、これはあくまで一例であり、別に的の頭上から火球を振らせても別段なんの問題もない。
設定された発動方式だではなく、プレイヤーの判断でスキルを弄ることが出来る――
それがMWの売りであるスキルメイキング・システムの醍醐味なのだから。
そう、MWではスキルの効果範囲選択など、多くの部分をタッチパネル機能を使って行う。
勿論それ以外のコントローラーでも出来るよう対応しているが、やはり直接的に書き込めるパネル方式の方が圧倒的に多数派である。そうでなければダメというわけではなく、その方が誤操作が少ないという理由からなのだが。
システムにバブルコマンドが採用されたのも、視覚的に解りやすいことからと言う、至極単純かつ解りやすい理由からのことだった。
尚余談的ではあるが、魔術の場合先に上げた以外にも弄れる部分が存在している。
属性アイコンの右側に浮かぶメーターは威力調整メーターと言い、目盛りを上に持っていくことで魔術の威力を向上させ、同時に消費MPを増加。反対に下に持っていけば魔術の威力は減衰するが、その分消費MPは軽減される。
二時の位置から八時の位置にかけて存在している空きアイコンはエクストラエリアという。
端的に言ってしまえば先に説明した以外の性能を決めるための余剰スペースだ。貫通、炸裂、拡散などの特性。火傷などの常態異常、あるいは対象の能力を減衰させるステータス異常。他にも効果範囲内に対象が入ってきた瞬間スキルが発動するようにする罠タイプへの変更、敵味方識別機能のOFF、ツールに沿った発動方式ではなく囲んだ範囲の対象をまとめてロック常態にするツールロック等々――事細かな設定を行おうと思えばこれでもかと言うほど細かい設定を行う事が可能な仕様になっている。
自分だけのスキルを組み上げ、自分だけの戦闘スタイルを創り出せ――
それは、MWのキャッチコピーの一つであった。
武術スキル、生産スキルも同様にそれぞれの形で弄ることが可能なのだが、とりわけ武術スキルに関しては直接モンスターと対峙する前衛が使うものであり、比較的後衛にいることが多い魔術職とは異なり戦闘中スキルを調整するなどという悠長なことをしている余裕はない。
そのため、あらかじめスキルを創り、ショートカットボタン一つ押せば発動、あるいはバブルコマンドの中から選択して簡易発動するように登録しておくというスタイルのキャラクターが大半を占める。
無論、中には例外的にその都度即興でスキルを組み上げるプレイヤーも存在するが、それはよほどプレイヤー自身のスキルが高くなければ出来ない芸当である。
尚、余談的だがショートカットに登録したスキルには各自で好きなように名前を付けることが可能だ。
このため、スキルメイキング・システムは一部では中二病量産システムだのと呼ばれているのだが――
任意ではあるがショートカットに登録したスキルに付けた名称はそのスキルを発動する際PCの頭上に吹き出しで表示することが可能なため、他のプレイヤーにも見えてしまうという注意点がある。
勿論、任意なのでそれを隠すことも可能だし、表示される文字列を自分が付けた名称とはまったく違う物に設定することも可能だ。
PVP(プレイヤータイプレイヤーの決闘)を想定し、手持ちのスキルがばれないよう非表示にするプレイヤーが多い中――ごく一部のプレイヤーはとんでもなく長い名称を付けたスキルをひたすら打ちまくり、画面を文字で埋めたという強者までいたとかいないとか――そんな噂が交流サイトなど一部でまことしやかに噂されていたりする。
プレイヤーが選んだアイコンは以下の通り。
「魔術」「氷属性」「槍」「ホライン」「ライン」で追加効果は「常態異常:氷結」
エフェクト:槍はその名の通り槍の形でスキルを発動させる。
ツール:ラインは指定した方向へ向けスキルを発動させる。PCを始点に指定した方向へ向けて効果を発揮するタイプだ。
「発動」ボタンを押すのとほぼ同時、スキルが発動する。
魔術スキル選択画面以降PCの正面で輝いていた水色の光球が背中へ移動したかと思うと、瞬時にその形を変える。
背後から狙っていた狼型のモンスターへ向け、光の球から姿を変じた氷の槍は一直線に飛んでゆく。青々と茂る草を切り裂き身を隠す狼に突き刺さり、頭上に表示されたHPバーが三割ほど減少した。悲鳴を上げた狼型モンスターの体に白っぽい色が滲む。
まるで水が染みるようなそれは、氷結の常態異常の特徴だ。各種常態異常が与えられた場合、視覚的にも解りやすいように何らかの変化が現れる。
ただし、完全に状態異常を決めることは出来ず、その場に氷付けとはいかなかったようだ。
それでも氷結の常態異常の効果によって多少動きの落ちた狼型モンスターは、隠れているのは無駄と知ったか先程までの隠密行動をかなぐり捨て、一目散に駆け抜ける。
接近戦を仕掛けるつもりだろう。
対するPCは、はっきりと言うのならとてもではないが近接戦闘に向いているようには見えない――
二頭身弱くらいの小柄な体型。皮鎧さえ身につけていない所謂ローブ姿の軽装装備。手にしている武器も杖であり、これは打撃攻撃よりも魔術の威力向上やスキル発動までの時間短縮など、魔術の方々において様々な恩恵を与える武器であり、けして接近戦をするための武器ではない。
プレイヤーは狼型モンスターの接近を見て取って、距離を開けるよう画面を操作していない左手の方でスティックを操作してPCを移動。
させつつ、もう片方の手で画面を操作。先程そうしたようにPCをつつく。
展開するバブルコマンド。その中から慌てることなくコマンドを選択。テンポ良く弾けるアイコン。一見するとPCを移動させながらその周囲に表示される画面上のアイコンを選択するのは難しいと思うかもしれないが、画面はPCをほぼ中心にすえているためさほど問題ではない。
先程使用した氷属性ではなく、火属性のアイコンを叩く。同じように現れたのはいくつかのアイコン。
火属性アイコンを取り囲むように展開するそれら。ツール、エフェクト、スタイル、エクストラ――その中から望む効果を選択するため素早く指を走らせる。
今現在、表示されているのは「柱」「アップ」「ロック」の三種類。追加効果は特にない。
ツール:ロックは所謂ホーミング機能のようなものを持ち合わせたスキルツールであり、単発発動方式のエフェクト:柱で使用した場合――
画面を弄ることなく「発動」ボタンを叩く。
とたん、草原に赤い火柱が吹き上がる。
吹き上がる火柱が向かっていた狼型モンスターを包み込む。
ツール:ロックの発動方式は所謂ホーミングタイプのものだが、スタイル:アップやスタイル:ダウンの場合対象がいる位置そのものから発動させる。
スタイル:ホラインであった場合でも、自動的に追尾して追いかけ回すため、例え外れても弧を描いて戻って来るというたちの悪さ。
つまりは、回避する事が非情に難しい。
その分消費MPも他のスタイルと比べた場合やや高く設定されているのだが、それはまぁ致し方がないものと言うところだろう。
なお、先程プレイヤーは画面上で対象を指定せずに「発動」ボタンを押した。この方式を簡易発動と呼ぶ。
時間を短縮するために簡易発動を使用する者は少なくないが、その場合魔術なら各ツールにあらかじめ決められた形式でスキルの効果は発動することになる。
ツール:ロックの簡易発動はPCから最も近い対象を選んで効果を発動させる。そのため移動しながらモンスターを攻撃するにはもってこいとも言えるだろう。
どうやら先の魔術スキルで狼型モンスターのHPは綺麗さっぱり消し飛んだらしく、火柱が消えるとそこにはドット絵で描かれた焼け焦げた地面が残っているだけで、モンスターの姿は影も形もなかった。
そう、MWは魔術スキルなどによってある程度地形に対しての干渉が可能だ。
例えば湖を凍らせたり、例えば地面をぬかるませたり、例えは斧などで木を切ったり、例えばハンマーなどの打撃系武器で岩を砕いたり、矢や投擲武器などの飛び道具が地面や壁に刺さったままになったり、それを回収することが出来たり――今のように火属性の魔術で植物を焼き払ったり、だ。
こうしてPCによって変化を与えられた地形は、それぞれ設定された時間が経過すると元に戻る。そのため細かい事は気にせず広範囲スキルを乱発するプレイヤーもいるが、どうやらこのプレイヤーはゲームの中のこととはいえ、そう言った無闇な自然破壊に抵抗感があるタイプのようだ。画面を見る目を僅かにしかめていた。
消費したMPを回復させるためしばらく休憩するか、それとも焼いてしまった草原をいつまでも見ているのもなんだ、もっと景色のいいところに移動しようか――
そんな事を考えながら、プレイヤーはちらりと簡易マップに目を向ける。
簡易マップは画面に表示させておくことの出来るマップ機能のひとつで、操作キャラの現在位置や他プレイヤーの位置、素材採取場所・現状、モンスターの現在位置など、PCが持つスキルに合わせて割と多くの情報が表示される。
もっとも、表示される範囲はさほど広いとは言えないし、現在いるフィールドのほんの一部しか表示しないわけだけれど。
フィールド全体の地図や現在いない地域の地図などは、マップアイテムを購入した上でシステムメニューのマップから確認することが可能だ。
ともあれ、何気なく目を向けた簡易マップには赤い点がいくつも映し出されていた。
それを見つけた瞬間、端末を手にしたままプレイヤーは「うげ……」と思わず呻き声をもらす。
簡易マップ上に表示される赤い点は敵性存在――要するに、モンスターの現在位置を表している。
とりわけ赤色で表示されるモノはアクティブモンスター――好戦状態を示す。黄色であれば警戒常態、緑色であれば非好戦状態を示す。操作中のPCは青色、パーティを組んでいるメンバーは少し色の薄い水色。採取場所はそれぞれシンボルマークで表示される。
つまりは現在、大量のアクティブモンスターが近場を彷徨いているということ。しかもその動きは最悪なことに、今現在PCが居る方向へ向かっているように思えてならない。
いや、向かっているようではなく実際向かっているのだ。
先程倒したモンスターは狼型のモンスターだ。「一匹狼」という単語はあるが、狼という動物は元来群を作り獲物を狩る。MWは律儀なことに実在する存在をモチーフにしているモンスターはその習性もまたモチーフと酷似していることが多い。
つまり肉食、人を襲う、嗅覚が鋭い、耳がよい、遠吠えで仲間と連絡を取り合う、群れる、等々。
先程一撃目の魔術を命中させた際、狼型モンスターは悲鳴を上げていた。おおかた群はその声を聞きつけたか、さもなくば仲間の燃える臭いに怒り狂ったか――といったところだろうか?
どちらにせよ、プレイヤーにとってはあまり歓迎しがたい状況であることに変わりはない。
この状況に対して、逃げるかせめるか――思考は一瞬、すぐさまタブレット端末のボタンを操作。
タブレット端末に映し出された映像に、七色の光の輪が浮かび上がる。
光の輪が踊っていたのはほんの一瞬。次の瞬間には画面は何事もなかったかのように元の草原を映していた。
先程使用したのはあらかじめショートカットボタンに登録しておいたスキルだ。それぞれエクストラで追加効果「罠」と「追従」加えて選択対象を空間指定にしてある。前衛が居ない際身を守れるよう調整したスキル。
エクストラ:罠は、その名の通り対象が指定した範囲に侵入した時点で効果を発揮する。待ち伏せ、誘い込み、もしくは回復などの効果を持ったスキルをあらかじめ仕込んでおき、緊急時にそこへ避難して素早く回復する等々、使用方法は様々だ。
エクストラ:追従はツール:サークルやツール:ドーナツなどの指定に対して利用出来る追加効果の一つであり、スキルを発動した時点でツールの選択範囲内にいた対象に、文字通り追従するようになる。
一方で、選択対象というのは丁度十時と十一時の間に浮かんだ小アイコンで設定する。
項目は空間指定と対象指定の二つのみ。空間指定は画面の方にはに指定を書き込み、対象指定はその時点で映し出されている画像そのものに指定を書き込む。
解りやすく言うのなら、地図の上に透明な下敷きを置いた常態で、どちらに書き込むか――と言ったところか。
空間指定で書き込むのは下敷きの方で、下敷きそのものを動かせば書き込みもまた移動する。
一方で対象指定は地図そのものに書き込むため、下敷きを移動させたところで書き込みは移動しない。
下敷きを端末が表示する画像、地図をフィールドそのものと置き換えればいい。
つまり、キャラクターを移動させた際、あるいは画面をPC追従モードから変更してあちこち移動させた場合に指定した範囲が移動するか、しないかといった事である。
この利点は様々にあるが、あらかじめ迎撃のスキルを仕込んでおけるというのはもっとも代表的な使用例だろう。逆に移動しながら足止め用のスキルを置き土産にする――という使い方も一般的だ。
中にはあらかじめ空間指定で範囲指定を行った後、表示範囲を移動させて複雑に書き込んだスキルを発動させる――などというなかなかにえげつない使い方をするプレイヤーも居るが。
先程発動させたのは、攻撃向けのモノではなくどちらかというと迎撃向けのものだ。重い鎧を身につけるには腕力・体力に割り振るSPが不足する魔術職のPCは軽装装備でいることが多い。今現在使用しているPCもその例に漏れず布装備である。接近されないためにも、されたとしても四方八方から取り囲まれるなどといった事態に陥らないためにもこのような対策は必須である。
……パーティプレイをしていて、きちんと身を守ってくれる仲間が存在するのなら、ここまでする必要はないのかも知れないが。
目に見えて減省したMPと、反対に増加した精神疲労。MPは文字通りスキルを発動するために消費するもので、これが零になってもスキルを使う事は可能だが、その場合今度はHPを、大量に持って行かれる。そんため、本当に非常事態でもなければあっという間にPCが戦闘不能になってしまう。
一方で精神疲労とは、その名の通りの魔術など頭を使うと思われるスキルを使用した際に蓄積されるものだ。これが五十%を越えるとMP自動回復が機能しなくなり、百%になれば問答無用で気絶常態となり、強制的に操作不能常態に陥ってしまう。
一度や二度の魔術の使用でそこまで行く事はほとんど無いが、それでもMPと並び魔術職のPCは戦闘中に気を配るべき項目である。
消耗した分を回復するためPCを叩いてバブルコマンドから消耗アイテムを選択。MP回復効果と精神疲労を回復させる効果のある甘い味の付いた(という設定の)ポーションを使用。減ったMPがある程度回復し、精神疲労を示す数字も一桁台まで減少する。
次いで、先程と同じようボタンを操作しアビリティを発動。
アビリティはシステム上あらかじめ決められた動作を取る共通スキルの名称だ。しゃがむ、ジャンプ、ダッシュ、集中等々――様々な動作と効果がある。
これらアビリティは、どちらかというと魔術職のPCよりも武術職のPCによく使われるものだ。それもそうだろう、魔術職のPCは普段の戦闘に置いて立ち回りを気にする事は少なく、仲間に守られながらいかに早く適確に敵を殲滅するかを求められるのだから。
先程発動させたアビリティは《集中詠唱》。詠唱加速、魔力上昇の効果があるアビリティだ。勿論恒久的なものではなく一時的なものでしかないが、魔術職につくPCのほとんどが使用する一般的なアビリティだ。
尚、アビリティの習得は武術、魔術、生産の基礎スキルのLVを上げる事で習得できるモノがほとんどだ。基本的なモノであれば比較的低LVで習得できるため、魔術職であっても武術や生産など、他の系統のスキルをかじっているPCは意外にも多い。
傾向としては運動系アビリティは武術のスキルLV上昇で、頭を使うことや手先の器用さを求められるアビリティは魔術や生産のスキルLV上昇で習得する事が多い。
迎撃準備は整った――とばかりに、端末の前で一つ息をついたプレイヤーは、簡易マップではなく視線をTV画面へ。コントローラーにもなる端末よりもやや広い範囲を映し出す画像の中には、すでにモンスターの第一陣が映っていた。
戦闘機って駆けてくるのは、狼――先程倒したのと同種だろう、灰色の毛皮が緑の草に混じって見える。
どうやら姿を隠すつもりはないようだ。いや、無駄だと悟っているだけかも知れないが。
MWにおけるモンスターの行動制御システムは、驚くほど高度なモノが採用されている。それこそ同種のモンスターであれば画一的な反応しかしない――などと言うことはなく、個体差とでも言うべきずれが多々に盛り込まれている。
例えは草食動物がモデルの個体でも時たま好戦的なモンスターが出現したり、反対に肉食で常に獲物を探しているようなはずの種族が何故かやたらと臆病で逃げ回ったり――と言った具合に。
勿論そんなモノはイレギュラー中のイレギュラーな訳なのだけれど。ともかく「このモンスターを相手にはこれさえやっておけば絶対勝てる」などという必勝パターンは組みにくい。無論、種族的な傾向はある程度似通っているわけだから、全く異なる攻撃パターンのモンスターと乱闘をするよりはましなのだろうけれど。
現状も、そうだ。簡易マップには一番槍を勤める数個体と、反対に殿で様子を見る個体。中には大きく迂回するような動きを見せる個体も居る。
狼型のモンスターは、群れ下狩りをする習性を色濃く反映されている。取り囲んで責め立てるつもりだろう事は想像に難い。
ともかく、全方位から一斉にせめられては流石の防衛陣もすぐに丸裸にされてしまう。
まずはお手を拝借、とでも言うようにプレイヤーはPCを叩く。バブルコマンドから魔術アイコンを選択し、属性アイコンを叩く。
選択したのは「水属性」「杭」「ホライン」「ライン」「常態異常:衰弱」。
水属性は八属性中最も常態異常成功率が高く、代わりにスキル自体の威力は他の属性と比べてやや劣る。
スキルツール:ラインはPCを中心に指定した方向へ向けてスキルを発動する。この際に複数の方向を選択することも可能だが、その場合消費MPと蓄積精神疲労度は増加し、威力は僅かずつであるが分散されてしまう。
衰弱の状態異常はかかった対象のステータスを全体的に目減りさせる。所謂デバフと呼ばれる専門の弱体効果と比較した場合には劣るのだが、ダメージを受けた場合のノックバックが大きくなるため、一長一短の常態と言える。
そして、先程縦方向に発動させたエフェクト:杭を横方向に発動させた場合――
「発動」ボタンが叩かれるとほぼ同時、PCの正面で青く輝いていた光の球が弾ける。
いや、それは弾けると言うよりはまるで水鉄砲か何かのように、その方向へ向け一直線に伸びてゆく。
エフェクト:杭を横方向で使用した場合、まるで攻城槌のように指定した方向へ向けスキルが発動する。水属性ならば、さながらウォーターカッターといったところか。
迫り来るモンスター達に向けて放たれたそれは、手元の端末の表示範囲を超えTV画面での表示範囲を超え――簡易マップの三分の一程度の範囲を貫いた。当然、その道筋にいたモンスターは巻き込まれている。
エフェクト杭を横方向に発動させた場合、かなりの距離を攻撃する事が出来る。その分直線的な範囲のみになるのだけれど、ある程度数が多い相手を狙撃するのにはなかなかに使い勝手の良いスキルとなる。
まだ距離があるにも関わらず攻撃されたことで、狼達はそれまで固まっていた隊列を変え個々に動き始める。固まったままでは恰好の的と判断したのだろう。
ある意味で、それは正しい。
魔術職は遠距離攻撃職――遠距離から、高火力広範囲を焼き殺す職業だ。そんなモノを相手に、固まって暢気に進軍してくるなど狙ってくれと言っているようなものなのだから。
ばらけた群れに対し、プレイヤーは素早く次のスキルを発動させる。
「雷属性」「爆破」「アッパー」「コーン」「常態異常:麻痺」
雷属性は八属性中で攻撃範囲が広い方に入り、スキルの威力も高く麻痺の状態異常を与えやすい。
エフェクト:爆破はその名の通り爆ぜる。
スタイル:アッパーは下から上に掛けて弾き飛ばすような動きを見せる。
ツール:コーンはPCを中心に扇状の範囲に効果を発揮する。
麻痺の状態異常は文字通り、相手の動きを阻害するモノだ。具体的には相手の行動を種別を問わず訳五十%程度の確率で硬直常態にしてしまう。勿論これはPCがかかったときも同様で、なかなか厄介な常態異常の一つ――もっとも、常態異常はどれも厄介だけれど――だ。
広範囲に広がった狼型モンスターを、扇状に広がった紫電で焼き払う。しかしまだ距離が遠く狙いが甘かったのか、それとも事前に察知したためか、端の方にいた個体は素早く範囲外に逃れて事なきを得る。
ちっ、と舌打ち一つ。いよいよ端末が表示する範囲内に侵入し始めた狼達に向け次のスキルを選択する。
魔術アイコンを叩いた後、今度は属性アイコンではなくショートカットアイコンを選択。
ショートカットは、何もコントローラーのボタンだけに設定できる項目ではない。むしろ魔術職や生産職の場合、バブルコマンドに登録しておくことの方が多いくらいだ。
コントローラーのボタンに割り振るのは、あくまで緊急用。即時発動させたいスキルを優先するモノなのだ。
ショートカットアイコンを叩くと、そのまま属性や各種設定があらかじめ決めていたとおりに調整されたスキル情報が画面に表示される。ここでそのまま「決定」ボタンを押せばスキルはあらかじめ決めてある対象に発動するが、それは現状にそぐわない。ツールリセットボタンを押し画面上に表示されていた線――あらかじめ即時発動の際はそこに発動するよう設定しておいた線を消し、新たな対象を選択。
ショートカットスキルをボタンにではなくコマンドから使用する理由。その最も大きな理由がツール選択など範囲の指定に関わる設定をいじりやすいからだ。
ショートカットボタンから発動させた場合、登録しておいたボタンを放せばそれでスキルは即時発動してしまう。設定を変更するにはその間ずっとボタンを押し続けなければならないという、少々に面倒な事を要求される。
そのため、臨機応変に使用したいスキルはコマンドから選択するよう設定するプレイヤーが多い。
「風属性」「斬撃」「ノック」「サークル」
風属性は効果範囲が広く攻撃力もある属性。
エフェクト:斬撃は切り裂く刃を生み出す。
スタイル:ノックは斜め上から襲うよう指定する。
ツール:サークルは円形に指定した範囲に効果を発揮する。選択範囲内に触れながら動かせば選択範囲を移動させることが出来、外周部に触れながら同じことをした場合は円自体の大きさを変更することが出来る。
発動した風の刃が範囲内にいた哀れなモンスターに襲いかかる。
数秒間暴れ回った風の刃は円形の範囲内にいたモンスターを切り刻み、HPバーを消失させた。
ラインやコーンのツールとは異なり、サークルなどのツールは発動起点をPCに限定されない。指定した場所に即座に魔術が発動するため、軌道を読まれにくいという利点がある。
後続に続いていたモンスターも何匹か勢い余って飛び込んでしまったようで、HP全損こそしていないモノのノックバック効果で倒れている。
しかし他の方向からのモンスターはそのままだ。いよいよPCを攻撃圏内に納めようかと言うほど近づいた、まさにその時狼型モンスターの足下が光り輝く。
出現した光の剣が、接近戦を仕掛けようとしたモンスターを腹部から串刺しにした。
「光属性」「剣」「アップ」「ドーナツ」「罠」「追従」「ツールロック」
光属性はその名の通り光にまつわる属性であり、攻撃力・範囲共に優秀だ。
エフェクト:剣はその名の通り剣の形を生み出す。
スタイル:アップは下方向からの攻撃を加える。
ツール:ドーナツは文字通りドーナツ状の範囲に効果を発揮する。
エクストラ:罠は対象が範囲内に侵入した場合効果を発動させる。
エクストラ:追従は特定対象の動きに効果範囲が追従する。
エクストラ:ツールロックはツールで選択した範囲内に存在する対象をまとめてロックする。
串刺しにされたモンスターは抜け出そうと身震いするようにもがく。しかし深々と突き刺さった光の剣はそう易々と外れることはなく、そのまま貫通ダメージも相まってHPを全損する。
防衛用オリジナルスキル【光剣葬送】。要するにトラップハウスなどでお馴染みの串刺しトラップなのだが、仕掛けと違って何処に罠が仕掛けてあると識別スキルがなければ判別が付かないこともあってなかなかに使い勝手が良い。
仲間の死に怯んだか、僅かに勢いの緩んだ狼型モンスターに向け火球を発射。モノのついでで追加したエクストラスキル:拡散の効果によって標的に着弾した瞬間複数の小さな火球に分裂した魔術は、周辺にいた狼モンスターに雨あられと降り注ぐ。
ダメージ自体は少ないが、狼型モンスター――というよりは獣型モンスター――の例に漏れず、この狼型モンスター達も非を苦手としているようだ。あちこち飛び散った火に明らかに怯えたような反応を見せる。
本当に、こう言うところ非情に芸が細かい。
しかし中には木にしない個体も居るようで、また一匹防衛用オリジナルスキルに引っかかり、突如発生した突風によって遙か後方へ吹っ飛ばされる。
「風属性」「爆発」「ホライン」「ドーナツ」
この組み合わせは敵を吹っ飛ばす事に長けている。相手との距離を開けたいときなどには便利だ。最も、その分衝撃が分散してしまうのだろうか、ダメージは少々控えめだ。
吹っ飛ばされた先がたまたま固まって彷徨いていた場所らしく、玉突き事故よろしくの事態になっている惨状にツール:サークルの炸裂魔術をお見舞いしながら、舌打ち一つ。
防衛手段は何重にも張り巡らせてはいるけれど、流石に全部引っぺがされてはかなわない。
なら張り直せばいいじゃないか――そう思うかもしれないけれど、生憎今はそんなことをしている暇はない。
ショートカットの欠点として、一つ決定的なモノが存在する。
それはバブルコマンドから選択するスキルとは異なり、ショートカットに登録したオリジナルスキルにはスキル再使用時間――所謂クールタイムが存在するのだ。
勿論、バブルコマンドから同じコマンドを選択してスキルを使用することに制限はかからない。けれど今バブルコマンドの方は狼型モンスターを迎撃することに手一杯だ。とてもではないが、防衛用のスキルを張り直している暇はない。
モンスターの数も今では随分と減って、二十ほどはあっただろう赤い点は今では半分ほどまで減少している。とはいえ、貧弱で脆弱な事に定評のある魔術職にとっては、この数でも囲まれ、突破されれば目も当てられないのだけれど。
狼型モンスター達もいい加減学習したらしく、先程から上手く立ち回ってなかなか攻撃が当たらない。単に鈍臭い個体が先にやられて、余計そう見えるだけかも知れないが。
ちまちまと狙いを定めている余裕はないか――そう結論づけて、プレイヤーはスキル情報を操作。
ツール:ロックによる即時発動で近場のモンスターから集中砲火を浴びせかけ、多方向から近付かれた際はツール:サークルを可能な限り範囲を広げて発動。おかげで広範囲のモンスターのHPを目に見えて削る事が出来た。中にはHPを全損した個体もちらほら存在した。
しかし同様にPCのMPや精神疲労の蓄積も右肩上がりだ。この状態が長く続くのは好ましくない。MP自動回復で使う側からある程度補っているとはいえ、MPゲージは八割方を空を示す黒で染めている。
加えて、精神疲労もかなりのモノ。というか連続使用が祟って自動回復のボーダーラインである五十%を越えてしまっている。これが六十、七十と増えていくと、段階的にだが魔術失敗だなどという洒落にならない失態を侵す羽目になる。
消費アイテムから先程使用したモノよりも効果の高いMP・精神疲労回復ポーションを使用。その間を好機と見たか、狼型モンスター達は殺到し、一枚二枚と防衛用オリジナルスキルをはがしていく。
まさしく漢解除 。しかも素晴らしいことに同時に飛び込むなどと言う愚かなことをせず、一頭一頭間を開けてくれている。おかげで一度の発動でまとめて排除、ということは望めないようで――
五度目の発動が終わり、見届けていた狼型モンスターが突っ込んでくる。残り三頭。七重に張った防衛陣と手動発動のスキルでぎりぎり対処可能な数字に見えるけれど、残っているのはどうやら群のボスらしき個体とその側近。現にそれなりに攻撃力に設定してあるはずのオリジナルスキルを受けて尚、相手のHPバーは危険行きを示す黄色にようやく入ったといったところだ。
怯まずさらに近付こうとする狼型モンスター。その足を止めるように発動したのは六つめの防衛陣。
効果を発動した魔術に――コンピューターが制御する存在にこんな言葉を使うのは滑稽かも知れないが――狼型モンスター達の間に動揺が走ったように見えた。
発動したのは水属性の魔術。
「水属性」「壁」「ホライン」「ドーナツ」「常態異常:衰弱」「罠」「追従」「炸裂」のオリジナルスキル【潮流障壁】。PCの周囲を水流が勢いよく循環し、強固な壁となって立ち塞がる。
エフェクト:壁は防壁などを築くことに向いたエフェクトだ。他のエフェクトと比べると攻撃性はあまり期待できないが、その分相手の足を止めることにかけては高い性能を持つ。
数秒間の間PCの周囲を循環していた水流は、そのままでは終わらず最後の仕上げとばかりに盛大な水飛沫を周辺にばらまく。
エクストラ:炸裂。この効果は本来、火球などを放った際に威力の底上げするために用いられる事が多い。けれど他の組み合わせにも組み込むことは可能だ。
例えば【潮流障壁】の場合は、発動後スキルに呑み込まれた敵にはダメージを与えられるけれど、今回のように遠巻きに様子見している手合いにはダメージを与える事が出来ない。なのであえて爆散させることで少しでもダメージを与えてやろうという嫌がらせ。
案の定、予想外だったようで遠巻きに見ていた狼型モンスターにもダメージが入ったようだ。まぁその量たるや微々たるもののようだが。
PC自身も効果範囲の中にいる事になるけれど、敵味方識別さえしていれば影響を受けることはない。
狼型モンスター達は警戒するよう足を止める。それまでは単体相手か、せいぜい一方向に瞬間的に発動していたスキルが突然全方位に発動するようになったのだ。その上持続時間もなかなかに長い――警戒するのも当然だろう。
足を止めた狼型モンスター達に向けて、スキルを発動。
「雷属性」「棘」「ノック」「ライン」「常態異常:麻痺」
エフェクト:棘は似たようなエフェクトであるエフェクト:槍よりも一回りも二回りも小さな突系の攻撃手段だ。当然ながら威力は劣るが、消費も少なく同時に複数使用した際の負担上昇も比較的緩やかだ。
周囲にいる狼型のモンスターに向け、いやろくに狙いなど付ける事をせず手当たり次第、それこそ乱打の勢いで目標を指定――軽く二十を越える線を引いた後、「決定」ボタンを叩く。PCの前方で紫色に輝いていた光の球が弾け、ラインと同じ数の棘となって四方八方に飛び散った。
当然狼達は避ける。当てずっぽうな攻撃はいくつかは掠めたようだったが、致命傷には到底至らない。
紫電の棘を避けた狼型モンスター達はここぞとばかりに襲いかかって――は、これなかった。
スタイル:ノック――斜め下方向に向けて放たれた棘は狼型モンスターに刺さらないまでも地面に突き刺さった。
そして今現在、先に発動したオリジナルスキル【潮流障壁】の余波でぬかるんでいる。
つまり――水分を含んでいる。
濡れた地面に突き刺さった紫電の棘はそのエネルギーを拡散させる。当然、広がった電流は近くにいた狼型モンスター達に容赦なく襲いかかった。
これは地形へ影響を与えるMWのシステムを利用した、代表的な戦い方の一つだ。
尚蛇足になるが、水属性の地形への影響力はあまり高くない。特にただの草地であるこんな場所では、せいぜいが持って数秒といったところである。逆に水が溜まりやすい地形なら長時間継続するのだが。
流石の機動力とこちらのスキル察知する嗅覚を持ってしても、余波的なモノまでは予測できなかったようだ。魔術などの発動位置を予測するスキル――スキルの効果範囲を看破するスキルは基本的にプレイヤーが書き込んだ分しか表示しない。そのため、こうした副次的なダメージは予測できない。スキルに頼った回避を行っていると足下をすくわれる、その典型だ。
HPが減っていた方の側近は複合業でHPを全損したようだ。残る側近が赤く染まったHPバーをひっさげて襲い来る。すかさず発動させた影を使った闇魔術が足下から狼型モンスターに攻撃を加え、僅かに残っていたHPを消し飛ばした。
残るモンスターは一匹。
群を失った親玉は、他の個体よりも二回りほど大きな体で突進してくる。
突撃を止めるよう、正面からスキルを放つがことごとくが避けられる。どうやらこの個体が知覚系スキルの持ち主だったようだ。範囲の広いツール:コーンやツール:サークルで止めようとするけれど、すんでのところで避けられる。ツール:ロックを使用するも、ホーミング機能の代償とも言うべき速度の遅さから着弾したのは少数だ。
いよいよ真側へ迫った狼型モンスター。PCの背後から鋭そうな牙を除かせ噛み付こうと襲いかかる。
その牙が砕いたのは――鋭く付き出した石の槍だった。
防衛用オリジナルスキル【岩槍防柵】。「土属性」「槍」「アッパー」「ドーナツ」「罠」「追従」「継続ダメージ」を組み合わせている。
その守りは強固。見た目は付き出した槍状の岩がPCの周りをぐるりと取り囲んでいるといった様子だ。けしてこちらから襲いかかることはないが、一度踏み込めば踏み込んだものを容赦なく貫く。
加えて、地属性だということは他の属性とは異なり、物理的な存在として確固たる位置にいるということ――火属性や雷属性ではダメージこそ発生しても、強引に突っ込んでくる相手を吹き飛ばすことは出来ても受け止める事は難しい。
やがてスキル発動時間も終わり付き出した槍先の一つ一つからダメージ判定失われるが、その地形変動はしっかり残っている。相手の行動を妨害するには十分な役割を果たしてくれる。
そしてそれだけあれば、十分バブルコマンドを操作できる。
「闇属性」「蔓」「アップ」「フリーサークル」「拘束効果」「効果時間延長」
闇属性は影や暗闇を使い様々な常態異常・相手への妨害を得意とする属性。
エフェクト:蔓は対象にまとわりつくよう発動する。なければ選択範囲の地形一帯に広がる。
ツール:フリーサークルは画面上に書き込んだ線で囲んだ範囲内に効果を発動する。
エクストラ:拘束効果はエフェクト:蔓とセットのような扱いで、相手の動きを妨害するための追加効果だ。
エクストラ:効果時間延長はその名の通りスキル効果を延長させる。ただし消費MP・精神疲労度も上がるため、あまり多用できるものではないが。
素早く囲んだ範囲の中、親玉狼の足下から出現した黒い蔓がたちまち体を拘束し、その動きを奪う。振りほどこうともがくものの、影で出来た蔓はなかなか獲物を離さない。
その隙に、更なるスキルを発動――
「光属性」「柱」「ダウン」「サークル」「常態異常:盲目」
常態異常:盲目は所謂視覚的な能力が奪われた常態を絞め。例えば光に目をくらませたとき、砂など物理的な目眩ましを受けた時――等々
太い光の柱が、身動きの取れない親玉に襲いかかる。さながら、まるで日光を凝縮させたような様子に、なんとなく魔術というよりは虫眼鏡で黒い紙に火を付けようとしている光景を連想してしまうプレイヤー。
極太のレーザーに焼かれた親玉は、しかしHPを全損なせるには至らなかったようだ。満身創痍の体でありながら、逃げる素振りどころか尚好戦的な姿でPCを守る障害を飛び越えようと地面を蹴り――
その体を、光の剣が貫いた。
防衛用オリジナルスキル【光剣葬送】――先の光魔術に紛れて、クールタイムが終わったオリジナルスキルを発動させていた。
当然、そこへ飛び込めばどうなるかは――画面上の光景な訳だけれど。
光の剣によって最後に残っていたHPが消し飛び、他の狼型モンスター同様親玉も草原に四肢を投げ出した。
気を抜けない激戦をどうにかしのいだプレイヤーは、そろそろ切り上げようかと画面上のPCを操作した。