【掌編】桃太郎after
桃太郎が鬼を討伐してから数年の後、村は依然として平穏な日々が続いていた。
そんな村に一人の少年がやってきた。髪の毛を全部隠すくらいの大きな帽子を被ったその少年は木の隙間から茶屋を覗いていた。どうやらお腹を空かせているらしい。茶屋には子ども3人と一人の若い女性がお団子を食べながら話していた。
少年は翌日も、その翌日も木の隙間から茶屋を覗いていた。それも若い女性がいつも来客する時間に。
少年はその女性に不思議な気持ちを抱いていた。何か胸が締め付けられるような。そしてその一方で少年は自分の気持ちを押し殺した。「ダメだ、僕には目的があるんだ。父さん、母さん」ある種の矛盾を抱えながら、少年は木の陰に身を寄せた。
その時だった。
「もし、そこの御方」
女性が優しい口調でこちらに向かって話しかけてきた。少年は慌てて身をひそめた。
「もし、隠れていないでこちらへ」
少年が少し身を乗り出すと、女性がこちらへ手招きしていた。恐る恐る少年は近付くと、
「お座りなされ」
と、隣の席を手でポンポンとするものだから、少年はなすがままにそこに座った。女性はお団子とお茶を注文し、少年に渡した。
「私、百代と申します。あなたは?」
「僕、女木って言います。女に木と書いてメギ」
「まぁ、可愛らしい名前なのね」
少年は顔を赤らめて俯いた。女性は微笑みながら続けた。
「あなた、いつもあの木の陰に居たわよね」
「・・・っ!」
少年は驚いた。というよりは顔は恐がっていたに近いかもしれない。
「あ、い、いや、あの、それは・・・、えっと・・・」
「フフフ、変なお方」
女性は口に手を当てて笑っていた。
その日から少年は毎日毎日その茶屋に通い詰めた。楽しかった。女性はいつも笑顔だった。その笑顔を見るだけで少年の心は癒された。
その一方で少年は相反する気持ちを抱いていた。このままでいいのだろうか。このままでいいのだろうか。このままでいいのだろうか。父さん、母さん。
半月の後、少年は意を決した。少年は女性に告白することにした。全てを。
「あ、あの、百代さん。初めて会った時からずっと、ずっと好きでした!あの、もし良かったら、僕と、付き合ってくれませんか?」
女性はにこやかに「まぁ、ありがとう」と応えた。
少年は本題を切り出した。
「それで、今まで百代さんに隠してきたことがあって、今から全てを話したいと思います」
すると少年は大きな帽子を取った。少年の頭には二本の角が生えていた。
少年の正体は鬼だった。数年前、父親と母親と共に小さな島で暮らしていた。その不格好な姿からか、人間からは恐れられ、謂れ無い罵声を浴び続けられてきた。だからこうして小さな島でひっそりと暮らしてきた。それでも少年は幸せだった。大好きな父さんと母さんに囲まれて幸せだった。
しかし、悪夢は突然訪れた。桃太郎と名乗る人間が犬、猿、雉を連れてやってきた。その人間は僕たちに罵声を浴びせるといきなり襲いかかってきた。
「早く逃げなさい!」
父さんが僕にそう言って、岩陰に僕を押しやった。母さんの泣き叫ぶ声が聞こえた。僕は両手を口に当て、泣きながら叫んだ。僕を庇うように目の前で父さんと母さんが殺された。
人間たちは金品を奪うとすぐに立ち去った。僕はすぐに父さんと母さんの元へ駆けつけた。でも、もう息はなかった。
それから数年後、僕はこの地を訪れた。人間に復讐するためだ。人間を襲っては略奪を繰り返した。父さんと母さんの姿を思い浮かべるとそれは当然の報いだと思った。
そんなある日、百代と出会った。少年は彼女に恋をした。人間だとわかっていても、彼女にはそれを上回る慈愛を感じた。少年の心は揺らいだ。少年は人間に復習しに来たのだ。それでも、それでも彼女が好きだった。こんな僕でも認めてほしい、そう思った。
少年は帽子を取って全てを語った。こんな僕でも好きでいてほしい、認めてほしいと思った。
全てを話した後に少し沈黙が生まれた。そして、女性が口を開いた。
「そうだったのですか・・・。話してくれてありがとうございます。さぞお辛かったことでしょう」
女性は少し微笑んだ。
「最初から言ってくださったら良かったのに・・・」
少年の顔が笑顔に変わった。
「じゃ、じゃあ・・・!!」
「すぐに言ってくださったら・・・
殺してあげたのに」
数日の後、あの桃太郎が村を襲いに来た鬼を退治したということで、村人から褒美を与えられた。村人は言う。
「いや~、女の子なのにすごいねぇ」
「3、4年前も島の鬼を退治してくれて本当に助かるよ」
「私も百代さんみたいな英雄になりたいな」
女性はたくさんの褒美をもらい、今日もまた茶屋で団子を食べるのである。
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