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5000兆円ボタン

作者: 神奈いです
掲載日:2026/03/15

 「押すと5000兆円をもらえます」

 「は?」


 いきなり目の前にボタンがあった。

 

 会社の帰り。路地裏の自動販売機と自動販売機のあいだ、ふだんなら猫か酔っぱらいが落ちてるだろう薄暗い場所に、ぽつんと金属製の台がある。台の上には赤いボタンが一つ。いかにも押してほしそうだ。

 

 その台にこれまた小さな金属製のプレートで「押すと5000兆円をもらえます」と書いてある。


 これは見ない方がよかったんじゃないか。僕は逡巡した。だいたいこんなのは冗談か、ドッキリに決まっている。ドッキリなんて今どきの人にはわかるのだろうか。「どっきりカメラ」ってあれ昭和後期のテレビ番組だぞ。いずれにしてもろくなもんじゃない。ただ、周りには誰もいないし、監視カメラのようなものもない、じゃあ何の冗談なんだこれは。

 

 僕はボタンを見ないふりをして自動販売機に向き合った。ウーロン茶が欲しかったんだ。台湾って書いてある奴は旨いからな……と思っていたら、その自販機はめずらしく電子マネーが使えないタイプだった。僕は小銭は持たない主義である。純粋にチャラチャラして始末に悪いからだ。


 「しかも千円限定とか」


 もちろんいざという時のために現金は持っているが、よりによって万札しかなかった。札は千円札しか受け付けないらしい。あきらめようと思って視線を逸らすと5000兆円ボタンに目が合った。


 「副作用ないです」


 は?


 こんな文章書いてあったっけ? ピカピカする金属製プレートに文章が付け足されていた。さっきは見落としたんだろうか。まぁ、いいや。ウーロン茶が買えずにむしゃくしゃしていた僕は冗談半分でボタンに近寄った。副作用無いならいいでしょ、知らんけど。


 「二百円でいいから頂戴っと」


 ボタンを押す。

 すると脳内に不思議な音が響いた。


 「ありがとうございます、どうやって受け取りますか?」

 「ん?」


 いや、なんだこれ。気でもおかしくなったのだろうか。ただ、僕はなんとなく流れでつきあってやることにした。

 

 「二百円でいいから現金で頂戴」

 「分割はできません」

 

 脳内の声が冷静なトーンで伝えてくる。5000兆円をくれるというのに融通の利かない奴だ。現金で全部貰う? さすがに持って帰れないだろ。


 「じゃあ銀行振り込みでいいよ」

 「わかりました」


 それきり、声はしなくなった。なんなんだもう。

 結局ウーロン茶も飲めないまま、僕は家に帰ることにした。


 ― ― ― ― ―


 翌朝、早朝に僕は銀行からの電話でたたき起こされた。


 「おはようございます、お客様の口座に昨晩、5000兆円の振り込みがございましたが、着金拒否しました」

 「え、受け取れないんですか?」

 「はい、大変申し訳ございません」


 銀行のお姉さんが言うにはBIS規制とやらで、銀行は総資産に対して多すぎる預金は受け取れないらしい。その銀行の資産はかき集めても百兆円程度。5000兆円を受け取ると即座に金融庁に怒られて、業務停止もあるんだとか。

 

 「わかりました、なんかの冗談だと思うので要らないです」

 「ご理解ありがとうございます」


 銀行のお姉さんはどこかほっとしたように電話を切った。これが心当たりがあるから受け取れとか言われたら大問題だったんだろう。

 しかし、不思議な力で振り込みはできるくせにナントカ規制とかも知らないとかいい加減なやつである。


 「すみませんでした」

 「いいよ、知らなかったんだろ」


 脳内の声が謝ってくる、いい加減な割に素直だな。もう脳内で声がするぐらいは驚かないぞ。

 

 「では、受け取り方を指定してください」

 「現金で」


 銀行の口座はダメだというなら、現金しかないだろう。幸いここは自分の家だ。少しぐらい札束を置く場所はある。


 「かしこまりました」


 その声が聞こえた瞬間、僕の家は爆発した。


 5000兆円。


 僕は知らなかったんだ。5000兆円は一万円札で五億枚。一万円札の重さは約一グラムなので、約五十万トン。体積でいうと六十万立方メートルだ。それだけの紙がワンルームマンションに一瞬で転送された。


 馬鹿野郎、副作用はないんじゃなかったのかよ?!


 ― ― ― ― ―


 「申し訳ございません、お客様を爆発させたのはこちらの落ち度でした。お詫びに送金処理を巻き戻させていただきました」

 「わかればいいんだ」


 脳内の声が申し訳なさそうにしている。なんか土下座するイメージも投影してきた。なんか可愛らしいけど、どうにもこいつはドジっ子がすぎないか。というか巻き戻しとかできるのか。不思議な力で振り込みとか瞬間転送とかだけでなく、人知を超えた存在だな。


 「で、どのようにお受け取りいただきますか?」

 「要らないよ、キャンセルで」

 「ダメです、受け取り方を指定してください。一括のみ受け付けています」

 

 え……いや、それどうしろと……。どこに振り込んでも怪しまれるし、その辺で現金で受け取っても絶対大騒ぎになる。


 考えろ。考えるんだ俺……。



 ― ― ― ― ―



 「独裁者の引き起こした侵略戦争が終結しました」


 ニュースが良い話を教えてくれる。

 侵略戦争をしかけていた遠い国の独裁者が十兆枚の五百円玉に押しつぶされて、指導部ごと全滅。それを受けて戦争は終了、革命が起きて民主化するんだとか。独裁者の宮殿が巨大な銅とニッケルの鉱山に化けたので、民主化の資金と革命からの復興に当てるらしい。


 攻撃に使われたのが五百円玉だったため、日本政府の責任が問われかけたが「そんなバカな攻撃が現実的にできるわけがない、陰謀だ」ということで逃げ切った。そもそも日本にそんな攻撃する能力がどう考えてもない。五百円玉が遠い国から輸入される前にということで急遽五百円玉が使用停止になってしまったが、他の硬貨に交換することで影響は少なく収まった。

 

 僕は交換してもらった百円玉でウーロン茶を買っていた。


 「押すと5000兆円をもらえます」


 自販機と自販機の間に何か見えたが、僕はウーロン茶を飲む。うん、台湾製はやっぱり美味しいな。

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― 新着の感想 ―
「5000兆円ほしい!!」 というよくあるネタに対して 「死ぬよ」 「え?」 「5000兆円受け取ると死ぬ」 というある種のマジレスを返した作品。好き。
頓智が効いていておもしろかったです。
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