1/10
第1話 空の指輪箱
婚約破棄の通告は、王宮の白い回廊で、すれ違いざまに告げられた。
まるで今日の天気を伝えるような声だった。
足が止まる。
息を吸おうとして、うまくいかない。
指にはめていた銀の指輪が、急にひどく重くなった気がした。
振り返ることはしなかった。
あの人の背中を見れば、きっと膝が折れる。だから前を向いたまま、一歩だけ踏み出した。
宮廷魔道具工房の自分の机に戻ると、引き出しの中の設計図がすべてなくなっていた。
(……ああ、そういうことか)
婚約だけではない。
私の三年間も、まとめて捨てられたのだ。
指輪を外して、空の小箱に収める。
指の跡だけが、白く残っていた。
荷物をまとめ終えたとき、工房の窓から見えた空は曇天だった。けれど不思議と、涙は出なかった。
悲しみより先に、指先が疼いていた。
――作りたい。もう誰にも奪われないものを、この手で。
翌朝、届いた一通の手紙には、見たこともない辺境の地名が記されていた。




