幕間 歪んだ答え
左遷の辞令は、紙一枚だった。
薄くて軽い、ただの紙。
それだけで、全てを奪うには十分な重さだった。
ヴァルディス・クラウゼンは、無言でそれを机に置いた。
薄暗い部屋。
窓の外には王都の喧騒。
ここは前線ではない。
戦場でもない。
書類と帳簿と、裏取引の管理。
「再配置」という名の左遷。
拳が、軋む。
脳裏に蘇るのは、森。
沈んでいく地面。
圧し潰される兵。
崩壊する陣形。
そして......。
黒髪。
華奢な体。
なぜか裸で魔物の群れと対峙していた、あの女。
あいつに、蹂躙された。
辺境を襲わせるつもりで用意した、魔物どもを全て。
(……あり得ない)
詠唱がない。
構えもない。
とても人間の魔力量ではない。
ただ、存在しているだけで周囲が沈んでいく。
(アレは……本当に人間か?)
......そうだ。
そうでなければ、辻褄が合わない。
人間があの規模の魔法を扱えるはずがない。
兵を一瞬で殲滅するなど、理論上不可能だ。
(私は、間違ってなどいない)
『怖かったのかな?』
......違う。
違うっ!
恐怖ではない。
あれは――未知への警戒だ。
戦術的判断だ。
撤退は最善だった。
(私が、怯るなどあるものか)
拳を握る。
思い出すのは、あの瞬間。
視線が合った。
見透かすような目で、こちらを見ていた。
その目に、
敵意は、あったか......?
(……は?)
違和感が走る。
なぜだ。
なぜ、背後から攻撃を受け、それでいてあの目ができる?
あいつは、俺を見ていたのか?
それともーー眼中に無かった?
「アレは......魔族」
ぽつりと、呟く。
(そうだ。そうでなければおかしい)
人間では説明がつかない、あの超越した力。
自分すら歯牙にもかけず、魔物の群れを殲滅したあの存在。
(魔族が人間の姿をしていた)
それなら辻褄が合う。
それなら、自分の敗北は“例外”だ。
人間に負けたのではない。
規格外に遭遇しただけだ。
(魔族……同族が、邪魔をしたのか。この私を......!!!)
視線が歪む。
「……次は」
低い声が、部屋に落ちる。
「次は、必ず」
赤い瞳が、静かに燃える。
「化けの皮を、剥がしてやる」
泣いていた顔が、脳裏に焼き付いて離れない。
理解できない存在。
自分の地位を奪った異物。
「……理違いの、化け物め」
唇が、歪む。
「今度こそ、嫌でも視界に入れてやる。……その正体を暴き、証明してから殺す」
その誓いが、憎悪に変わるまで、
そう時間はかからなかった。




