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第十話 夜の境界

 森から里へ戻る道。

 月明かりが細く差し込む中、ガルドは足を止めた。


 道の先。

 一人佇む人影が見えた。


 弓を背負った若いエルフ。

 夜気の中で、微動だにしない。



「……夜更けの散策ですか」



 静かな声。


 咎めるでもなく、

 ただ事実を置くような言い方だった。


 ガルドは目を細める。



「見回りだ。依頼の範囲内だろう」


「里の外縁ならば」



 即答。


 だが、その視線は逸らさない。


 互いに、数歩の距離。


 剣も弓も構えない。

 だが、油断もない。



(……若いが、悪くはない)



 ガルドはわずかに口角を上げた。



「聖域の近くまで行った」



 一瞬。

 空気が張る。


 だがエルフは表情を変えない。



「そうですか」



 素っ気ない返事。

 だが、警戒していることは分かる。


 “世界樹の守り人“としてだろうか。

 それともーー



「何か、見えましたか」


(......まあ、だろうな)



 エルフのその問いにより、ガルドは“何かを隠している“ことを感じ取った。

 もしくは、何かを“守ろう“としているか......。


 ガルドは肩をすくめ、答える。



「世界樹の隣に、穴があった」



 月明かりの中、エルフの瞳がわずかに細まる。



「それも、自然にできたとは思えない、な」



 沈黙。

 風が枝を揺らす。



「……貴方には関係のないことでしょう。世界樹にも、里にも、影響はない」



 エルフは静かに言う。



「それで十分では?」



 線を引く言葉。


 これ以上は踏み込むな、と。


 ガルドは数秒、彼を見た。



「そういや、仮面の客人がいたよな」



 わずか。


 本当にわずかだが。


 エルフの指先に力が入る。



「それが、なにか?」


「強いだろう?そいつ」


「……どうでしょう」


(......若いな、本当に)



 昼と同じ問いに対して、変わらず素っ気ない返答。

 少しでも情報を渡さないようにしてるんだろうが......。



(隠す気か)



 その拙さも、含めて。


 どうやらこのエルフは、仮面の客人とやらに俺の興味がいかないようにしているらしい。



「名は?」


「申し上げる必要はありません」



 またしても昼と同じ問いに、返答。


 だが今度は、明確な意思がある。


 夜の境界。


 これ以上進めば衝突する。


 ガルドは小さく息を吐いた。



「……まあ、いいや」



 エルフの青年の隣を横切る。



「依頼が終われば、大人しく帰るさ。だが......」



 そして数歩進み、止まる。



「森の外に“何か”が出てくるってんなら、俺は動くぞ?」



 宣言でも、脅しでもない。

 ただの事実だ。


 沈黙。


 弓の弦が、わずかに鳴る。


「その時は――」


 月明かりの中、青年の瞳は揺れない。


「私が先に立ちます」


 短い。

 だが十分だった。


 ガルドは笑う。



「頼もしいな」



 月が雲に隠れる。

 夜が深まる。


 互いに背を向け、

 それぞれの場所へ戻る。


 まだ、刃は交わらない。


 だが。


 境界は、確かに引かれた。

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