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第九話 森は沈黙する

 夜。


 里の明かりは控えめだ。

 火はあるが、里の中を優しく灯すのみ。

 森を照らすほどではない。


 ガルドは宿として与えられた建物の外に立っていた。


 兵は休んでいる。

 外交は一応、無事に終わった。


 だが。



(……おかしい)



 スタンピートがあった森にしては、

 あまりに整いすぎている。


 焼け跡もない。

 破壊の痕跡もない。

 恐怖の残滓も薄い。


 なにより、里のエルフたちが平穏すぎる。

 人間の団体が来たと言うことで多少緊迫していたようだが、それだけだ。



 “戦いの空気“を纏っているものがいない。



 まるで、スタンピートそのものが発生していないかのような......。

 


(......)



 風が吹く。

 森の奥から、わずかな魔力の揺らぎ。


 微弱。

 だが、自然のものではない。


 ガルドは一人、森へ足を踏み入れた。


 許可は取っていない。

 里の境界から外れた、森の縁だ。

 必要ないだろう。


 山の麓まで足を伸ばし、地面を確かめる。


 踏み跡。

 獣の気配。

 魔物の痕跡。


 大量の、血の匂い。



(……ここだな)



 消えかけた残滓。

 大規模発生の形跡。


 間違いなく、ここでスタンピートは起こった。


 そのはずだが――



(死骸が、少なすぎる)



 スタンピート規模ならもっと残るはずだ。

 森の獣に食い荒らされたにしても、痕跡が少なすぎる。



 風が、また揺れる。


 その奥。

 巨大な影。


 星々に照らされ、神秘的に輝く大樹。

 森の民が信仰する、世界樹だ。


 そして、その隣。

 ぽっかりと空いた地面が見えた。


 近づいたガルドの足が止まる。



(……これは)



 自然にできた穴ではない。


 巨大な木が、引き抜かれた痕。

 それも根こそぎ。


 しかもここ最近の出来事だろう。

 穴周辺の土の締まりが浅い。



(魔法で......いや、無理だな。“土“ならいけそうだが、それならこんな穴はできない。......“身体強化“、か?)



 魔物ではない。

 人間でもない。


 この規模を、力で。


 ガルドでも不可能だ。

 いや、力だけでなら可能だろうが、持ち上げた瞬間に根に足を取られ、物理的に持ち上げられない。



(空を飛びながらならいけるか?......馬鹿か俺は)



 自身の荒唐無稽な妄想に呆れていた、その時。


 風が変わった。


 ざわり、と。

 枝が鳴る。


 静かに振り向く。


 ガルドからは、風に揺れる木々しか見えない。

 だが。

 確かに感じる、“見られている“感覚。


 口元がわずかに上がる。



「いるなら出てこい」



 低く、静かに。


 威嚇はしない。

 あくまでも確認のつもりで。


 もちろん、返事はない。

 森は沈黙する。


 だが。

 確かに何かが、

 そこにいる。


 ガルドはしばらく立ち尽くし、

 やがて踵を返した。



(……今はいい)



 依頼の範囲を超える必要はない。


 だが。


 この森は、

 何かを抱えている。


 そして。


 あの仮面の影。


 軽い体重。

 異質な重さの制御。



 夜風が、世界樹を揺らす。


 森は何も語らない。


 だが。


 沈黙は、肯定ではない。

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