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第四話 静かな里、外からの風

 それから、数日が過ぎた。


 里の朝は早い。


 目を覚ますと、もう誰かが弓の弦を張る音がしている。

 木を割る音。

 水を汲む音。

 子どもたちの声。


 静かなのに、ちゃんと生活の気配がある。


 俺は、借りている小屋の前に座って、

 ぼんやりとその音を聞いていた。



(……平和だなぁ)



 あの夜のことが、嘘みたいだ。


 森が揺れて、

 地面が沈んで、

 叫んで、

 泣いて。


 ――その後のことは、やっぱりほとんど覚えていないけど。


 重たい空気とか、

 胸が締め付けられる感じとか。

 そういう断片的な感覚だけが残っている。


 でもまあ、無理に思い出さなくてもいいかなって。


 こうして普通に座っていられる。

 それだけで十分だ。


 ふと、右のこめかみに触れる。

 白い仮面は、今日も頭の横に付けたままだ。


 里に戻ったあの日は外したままでもいいかと思ったけど、

 次の日の朝、なんとなく手が伸びていた。


 理由は、自分でもよく分からない。


 ただ――


 つけていると、少しだけ落ち着く気がする。

 こっちの世界に来てからずっと身に付けてるからなー。

 無いと不安なんだよな。



「ナギ」



 名前を呼ばれて顔を上げると、

 少し離れたところにリバルが立っていた。


 弓を背負って、いつも通りの姿。

 今日もキリッとしてるなぁ。



「おはようございます」


「……おはようございます」



 丁寧に返すと、リバルは小さく頷いた。

 ほんと律儀なやつ。

 


「体調は、もう大丈夫そうですね」


「はい。だいぶ楽になりました」



 里に帰ってからしばらくは疲れからか身体の怠さが取れなかったんだが。

 今はもうそれも無くなって、元通りだ。


 というより、身体が軽く感じる。

 前よりも動きやすいくらいだ。


 魔物との戦闘が良い筋トレになったんだろうなー。

 やっぱ実践って人を成長させるんだ。



「それは、よかった」



 短く言って、リバルは隣の木に軽く寄りかかった。

 あれ?ここにいるんだ?


 会話が、途切れる。

 でも、不思議と気まずい沈黙ではないな。


 リバルの雰囲気が柔らかいからっていうのが大きそう。



(……こいつだけなんだよなー)



 普通に話せるエルフの人って。


 他の里のエルフたちは、相変わらずだ。


 会釈はされる。

 目が合えば頭を下げられる。

 でも、それ以上はない。


 まあよく言えば敬われてる。


 明け透けに言うならーー距離を保たれている。


 近づいてはいけないものを扱うみたいに。



(……まあ、仕方ないか)



 そこはもうしょうがないかなって、若干割り切ってる。


 世界樹がどうとか、選ばれたとか。

 別世界の俺からしたら理解できない感覚だし。


 疎外感は感じるけど、良くはしてもらってるからな。観光地に来てると思えば悪くはない。



「今日は、見回りですか?」



 なぜかここにいるリバルに聞くと、彼は軽く頷いた。



「はい。里の周辺を確認してきます」


「......そうですか」



 この前の魔物の群れのことを思い出した。

 あれはスタンピートと言って、何かしらの影響で魔物が大量発生して街を襲ったりすることを言うらしい。


 あんなことがあったんなら警戒するのも頷ける。

 あれが里に向かってきたらヤバいもんな、普通に。


 ただ、リバルがどの程度の強さかがわからないのが不安っちゃあ不安だが。

 大丈夫なのか?わしゃ心配だよ。

 ついて行こうか?



「問題ありません」



 どうやら顔に出てたらしい。

 キッパリとそう言われてしまった。


 ......まあ気負ってる感じもなさそうだし、大丈夫か。

 エルフってみんな身軽だし、いざとなったら逃げるくらいはできるだろう。



「......お気を付けて」



 それ以上は言わなかった。

 里には里の生活がある。俺がとやかく言えるものじゃない。



「ナギは、どうしますか」


「え?」


「今日は、特に予定はないと聞いています」



 確かに、ない。

 もう里も一通り周っちゃったしなー。


 鍛錬はしたいけど、

 あんまり派手にやると里を壊しそうだし。

 壊してこれ以上距離を置かれるとか精神的にキツい。


 かといって、何もしないのも落ち着かないんだよな。



「……少し、森を歩こうかと思っています」


「そうですか」



 それだけ言って、

 リバルは弓を肩にかけ直した。


 そして、少しだけ間を置いてから。



「遠くへは、行かないでください」



 視線をこちらに向けたまま、静かに言う。



「まだ、完全に安全とは言い切れません」



 俺は素直に頷いといた。

 この前は心配かけたみたいだし、少しの間は自重しておこう。





 リバルはそのまま森の方へ歩いていった。

 足音は、すぐに消える。


 また、一人になった。



(……さて)



 立ち上がって、軽く伸びをする。


 身体がよく動く。

 力も、前より入る気がする。


 でも、その感覚にまだ慣れていない。



(やっぱり、なんか変わったよな。俺)



 里に来てから。


 女だって自覚したことも、

 あの夜のことも。


 全部ひっくるめて、

 少しだけ、自分が変わった気がする。


 その時だった。


 里の外れの方から、

 ざわめきが聞こえてきた。


 誰かが走っている音。

 少し慌ただしい空気。



(……ん?)



 何事かと顔を上げる。


 普段は静かな見張りの場所に、

 数人のエルフが集まっていた。


 誰かが、外を見ている。


 その中の一人が、

 ぽつりと呟いた。



「……人間だ」



 その言葉に、

 周りの空気が、わずかに張り詰める。


 森の向こう。


 ずっと遠くの方に、

 小さな影が、いくつか見えた。


 ゆっくりと、

 里へ向かって近づいてくる。



(……来客?)



 そう言えば前に人間とも交流があるって言ってたっけ。


 なんとなく、

 胸の奥がざわついた。


 静かだった里に、

 外から風が入り込んでくる。


 そんな予感がした。

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