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第三話 聖域を遠くに

 里の奥へ進むにつれて、地面の傾斜が少しずつ変わっていく。

 気づけば、周囲の木々の間から空が広く見える場所に出ていた。


 リバルの隣を歩きながら、ふと視線を上げる。


 そして――見えた。



「あ……」



 思わず、声が漏れた。

 それは、あまりにも大きかった。


 森のどの木よりも高く、どの枝よりも太く、空へ向かってまっすぐに伸びている。

 遠くにあるのに、その存在感だけで空気が違うのが分かる。


 巨大な一本の樹。


 葉の一枚一枚が朝日に透けて、淡く光っている。

 風が吹くたびに、ざわり、と低い音が森全体に広がっていくような気がした。



(……でっけぇな)



 知っている。


 あれが、世界樹だ。


 前にも見たことがある。

 ――いや、正確には。


 前に、あそこに行ったことがある。

 目を細める。


 その根元のあたり。

 少しだけ、地面の色が違って見えた。


 丸く、ぽっかりと空いたような場所。



(……やべー)



 思い出す。


 枝を折った感触。

 地面が割れる音。

 引き抜いた瞬間の、あの重さ。


 ――目算三十メートルほどの、もう一本の巨木。



(……あそこ、だったよな)



 喉の奥が、少しだけ引っかかる。


 あの時は、ただの大きな木だと思っていた。

 くっそ重い木刀を作ることに燃えていた俺は、あの木を見つけて興奮したっけね......。

 だって鍛えるのにちょうどいいかなーって。


 まさか世界樹だったなんて、考えもしなかった。

 だって誰も教えてくれなかったしっ(生粋のぼっち)


 横で、リバルが足を止めた。



「ここから先は、聖域です」



 静かな声だった。

 振り向くと、リバルは遠くの巨木を見上げている。



「普段、里の者も近づきません。

 遠くから、こうして見守るだけです」


「そぅ、なんですか......」



 自然と声が小さくなる。


 なんとなく、近づいちゃいけない気がした。

 理由は分からないけど、そう思わせる何かがある。

 なんであの時はそう思わなかったんだろうね?不思議だね?


 リバルは少しだけ間を置いて、続けた。



「昔は、あの隣にもう一本、世界樹がありました」



 ギクゥッ。



「……そうなんですね?」



 なるべく自然に返したつもりだけど、声が少し固くなった気がする。



「ある日、突然消えました」


「消えた……」


「はい。根ごと、なくなっていました」



 視線が、自然と地面の色が変わっている場所へ向かう。


 あの穴。

 遠くからでも分かるくらい、ぽっかりと空いた跡。


 いったい誰がそんなことをっ!?

 

 ――俺が、やりました。(両腕スッ)


 リバルの声は、責めるようなものじゃなかった。

 ただ、事実を語っているだけだった。

 とりあえずこの話題やめない?



「理由は、分かっていません。魔物の仕業でも、自然の変化でもないようですが……」



 そこで言葉を切り、少しだけ目を細める。



「それでも、あの大樹は残っている。

 だから里は、守られています」



 再び世界樹を見上げる。


 巨大な樹は、何事もなかったかのようにそこに立っていた。

 静かに、ただそこにあるだけなのに、森全体を包み込んでいるみたいだ。



(……これは、言えませんわな。)



 心の中で、ぽつりと呟く。


 エルフが大事にしてる世界樹を木刀にしちゃいました。鍛錬にちょうどいいかなーって思って。ちなみにその木刀殆ど使う機会無くなって森の住処に放置してますけどね!はははっ。


 まあ、言えませんわなっ!

 墓場まで抱え込む所存です。


 でもあの時、精霊は怒ってなかったよ?

 むしろ、木刀をくれたもん。


 だから許されてるかもよ?どう?だめ?

 ......今思えば木刀にされるの怖がってただけかも。



(……まあ)



 深く考えるのは、やめた。

 俺は過去を振り返らないんだ。(逃避は十八番)


 あの時は、知らなかった。

 ただ木刀が欲しかった。

 それ以上でも、それ以下でもない。


 でも。


 うん。罪悪感......あるかもね。ちょっとだけね。

 エルフの皆さんごめんなさい。



「ナギ」



 リバルが、こちらを見た。

 勘の鋭いエルフめ......。



「どうしましたか」


「いえ……なんでもありません」



 すっとぼけでは負けませんことよっ!


 世界樹から視線を外すと、急に周りの音が戻ってきた気がした。

 鳥の声。

 風の音。

 里の、どこか遠くの生活の気配。


 聖域は、遠い。


 でも確かに、この場所にある。


 リバルはそれ以上何も聞かなかった。

 ただ、小さく頷いて歩き出す。


 俺も、その隣に並ぶ。


 少しだけ後ろを振り返ると、

 巨大な世界樹が、朝の光の中で静かに揺れていた。


 あの樹があるから、この里がある。

 そんな気がした。


 そして。


 その隣には、もう一本、あったはずの場所がある。

 誰も近づかない、空いた地面。


 俺は、見なかったことにしてーー前を向いた。

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