第三十六話 届かない距離
重い。
立っているだけで、
体が沈みそうになる。
枝に足をかけているはずなのに、
まるで地面に引き寄せられているような感覚が消えない。
視界の先。
森の中心で、
彼女はまだ泣いていた。
声にならない声を、
漏らし続けている。
「ぅ……あ……っ……」
そのたびに。
ズンッ
地面が沈む。
折れた木が、
さらに押し込まれる。
砕けた岩が、
土に埋もれていく。
魔物は、
もうほとんど動いていなかった。
生きていたものも、
逃げようとしたものも、
すべて。
押し潰されている。
(……終わっている)
戦いは、
もう成立していない。
ただ、
一方的な――
破壊だった。
だが。
それを起こしている本人が、
一番、苦しそうに見えた。
肩が震えている。
腕が、だらりと垂れている。
力を込めているようには見えない。
それなのに。
周囲が、
勝手に沈んでいく。
(……止められないのか)
そう思った瞬間。
胸の奥が、
ぎり、と痛んだ。
あの人は、
望んでこれをしているわけじゃない。
それが、
分かってしまったからだ。
足が、
一歩、動きかける。
だが。
――ズンッ
さらに、
重さが増した。
枝が軋む。
靴の底が、
幹にめり込みかける。
「……っ」
歯を食いしばる。
無理だ。
今、
あそこへ飛び込めば。
自分も、
あの地面と同じように。
押し潰される。
(……それでも)
行かなければ。
そう思うのに。
体が、
動かない。
恐怖ではない。
理性が、
止めている。
近づくべきではない、と。
今の彼女に、
触れてはいけない、と。
その時。
彼女の膝が、
わずかに折れた。
「……ぁ……」
声が、
かすれる。
体が、
揺れる。
重力の円が、
また一段、
広がる。
ズンッ
遠くの木が、
根元から沈んだ。
だが。
次の瞬間。
――ふっ
重さが、
ほんの少しだけ、
弱まった気がした。
(……?)
彼女の肩が、
大きく上下する。
呼吸が、
乱れている。
嗚咽が、
途切れ途切れになる。
そして。
ゆっくりと。
体が、
前に傾いた。
「……っ」
リヴァルの心臓が、
強く跳ねた。
彼女の足元が、
ぐらりと揺れた。
限界だ。
見ているだけで、
分かる。
もう、
立っていられない。
(……倒れる)
そう思った瞬間。
体が、
勝手に動いていた。
枝を蹴る。
重さに逆らいながら、
必死に距離を詰める。
今なら、
まだ。
まだ間に合う。
彼女の体が、
完全に崩れ落ちる前に。
あと、
少し。
その瞬間。
ドンッ
最後の一度だけ、
地面が大きく沈んだ。
そして。
重さが、
消えた。




