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第三十四話 重さの中心

 葉が、落ちる。


 ひらりと舞ったそれは、途中で止まり、

 見えない何かに押しつけられるように、地面へ沈んだ。


 ぺたり、と張り付く。

 まるで、上から強く押さえ込まれたかのように。



(……なんだ、これは)



 思わず、息を呑む。


 彼女の周囲。

 そこだけが、明らかにおかしい。


 空気が重い。

 音が、遠い。


 耳鳴りのような、低い圧迫感が、胸の奥にじわりと広がっていく。


 視線を、彼女へ向ける。


 肩が落ちている。

 顔は、まだ下を向いたまま。


 腕は、自分の身体を抱くように寄せられていた。


 震えている。

 泣いている。



(……あの人が)



 あれほどの力を持つ存在が、

 ただ、立っていることしかできないように見える。


 今にも、崩れ落ちそうだった。



「……いや……」



 小さな声が、聞こえた。


 か細く。

 壊れそうなほど、弱い声。



「……いやです……」



 その言葉が落ちた瞬間。


 ズンッ


 地面が、沈んだ。


 木の根が軋む。

 足元の土が、わずかにめり込む。



(っ……!)



 思わず、枝を掴む手に力が入る。


 重い。

 空気が、重くなっている。

 この距離で、これほど。


 彼女の周囲の地面。

 そこが、少しずつ沈み続けているのが見えた。


 葉が張り付き、

 小石が動きを止め、

 折れた枝が、ゆっくりと地面に押し込まれていく。



(……近づけない)



 一歩踏み出そうとして、足を止める。

 直感が、告げていた。


 今、あの中へ入れば、

 自分も、ただでは済まない。


 だが。



(それでも……)



 目を逸らせない。


 あの人が、壊れていくのを、

 ただ見ていることしかできないのかと。


 その時だった。


 森の奥から、

 気配が、動く。


 低い唸り声。

 重たい足音。

 木々を掻き分ける音。



(……まだ、来るのか)



 新しい魔物の群れ。


 さっきまでのものとは違う。

 体の大きな影。

 歪な形をした巨体。

 見たことのない種類まで混ざっている。


 一直線に。

 彼女の方へ。



(やめろ……)



 思わず、胸の奥で呟く。

 だが、止まらない。


 命令に従うだけのように、

 魔物たちは進む。


 そして。


 最初の一体が、

 彼女の周囲の“沈んだ地面”へ、

 足を踏み入れた。


 ズブッ


 膝まで沈む。


 体勢を崩し、

 もがく。


 それでも前へ進もうとして――


 ズンッ


 地面が、さらに沈んだ。


 骨の軋む音。

 肉が潰れる音。


 魔物の体が、

 その場で、押しつぶされた。


 だが。

 止まらない。


 次が来る。

 また次が来る。


 忠実な僕のように、

 境界の中へ、

 次々と踏み込んでいく。



(……やめろ……)



 喉の奥が、締めつけられる。


 分かってしまった。

 これは、防御じゃない。


 これは――


 壊れる前の、悲鳴だ。


 彼女の肩が、震える。

 拳が、ゆっくりと握られる。



「……こないで……」



 震える声が、漏れた。

 その瞬間。


 ドンッ


 また、沈んだ。

 さっきよりも、深く。


 木が軋む。

 石が砕ける。

 空気が、さらに重くなる。


 魔物が、

 一体、

 また一体と、

 潰れていく。


 その中に。

 見えた。


 豚の頭を持つ魔物が、

 血走った目で、

 彼女へと向かってくる姿が。


 その瞬間。


 彼女の体が、

 びくりと大きく震えた。



(……っ)



 空気が、変わる。


 泣いていたはずの背中が、

 強張る。


 肩が、持ち上がる。


 拳が、

 ぎゅっと、強く握られた。



「……こないでと……」



 かすれた声。



「……いって、ますよね……」



 次の瞬間。


 ズンッ!!!!


 森が、

 沈んだ。

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