第三十三話 揺らぐ理由
最初にここへ辿り着いた時。
彼女は、魔物に囲まれていた。
ゴブリンが腕にしがみつき、
オークの魔物が距離を詰め、
フォレストウルフの影が地面を蹴って迫っていた。
助けに入らなければ、と。
そう思った。
次の瞬間。
悲鳴が、森を裂いた。
あの小さな体から出たとは思えないほどの、
切り裂くような叫び。
その直後。
魔物の体が、吹き飛んだ。
殴られ、砕かれ、地面に叩きつけられ。
あっという間に、群れが崩れていった。
(……強い)
分かってはいた。
だが、実際に見るのとは違う。
何十体もの魔物が、ただの一人に蹂躙されていく。
私は、ただ見ていることしかできなかった。
*
やがて空に現れた、あの巨大な影。
木々よりも高く。
月明かりを遮るほどの巨体。
彼女は迷わず飛び上がり、
それに向かっていった。
空中での衝突。
重い音。
揺れる森。
やがて、その巨体が地に落ちた。
そして――
聞こえた。
男の声が。
『……なんだと』
低く、押し殺したような声。
聞き覚えのない声だった。
その直後。
彼女の言葉が、はっきりと届いた。
『消えてくださらない……? 一人にしていただきたいの……』
静かで、震えている、その声。
(……誰と、話している)
姿は見えない。
だが、確かにそこに“誰か”がいる。
気配だけが、薄く伝わってきた。
『……私がっ、私の理性が無くなる前に……お願い……誰にも、見られたくないの……』
その言葉が、胸に引っかかった。
理性を失う前に。
誰にも見られたくない。
どういう意味なのか、理解はできない。
だが。
それが、ただ事ではないことだけは分かった。
ーー直後。
『......ぁぁぁあぁあぁああああああああああああっ!!!!!!!!!!』
『殺しますわっ!!!』
明らかに切羽詰まった様子の彼女の叫び。
男に、何かされたのか......!?
枝を飛び移り、少し近くまで寄る。
が、男は消えていた。
(……何が、あったんだ)
問いかけるように、彼女を見た。
彼女は下を向き、泣いていた。
*
それからだ。
空気が、変わったのは。
今。
目の前にいる彼女は、
さっきまでの彼女とは違って見えた。
肩が落ちている。
顔は下を向き、
ただ、そこに立っているだけ。
戦っていた時の、あの鋭さはない。
「……最悪、ですわ」
小さな声が、風に乗って届く。
その言葉に、胸がざわついた。
泣いている。
あの人が。
(……何が、あった)
助けに行きたい、と。
初めて、強く思った。
だが。
その一歩が、踏み出せない。
近づいていいのか、分からない。
触れてはいけないものに、触れてしまうような。
そんな感覚があった。
その時だった。
葉が、落ちた。
ひらりと舞ったそれが、
途中で止まり、
そのまま地面へ押しつけられるように沈んだ。
(……?)
小石が、転がる。
いや。
転がるというより、
引き寄せられるように、地面に張り付いた。
枝が、軋む。
空気が、重くなる。
彼女の周囲だけが、
静かに、沈んでいく。
(……これは……)
分からない。
だが、見ているだけで背筋が冷えた。
あの人は今、
何かに押し潰されかけている。




