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第三十三話 揺らぐ理由

 最初にここへ辿り着いた時。


 彼女は、魔物に囲まれていた。


 ゴブリンが腕にしがみつき、

 オークの魔物が距離を詰め、

 フォレストウルフの影が地面を蹴って迫っていた。


 助けに入らなければ、と。

 そう思った。


 次の瞬間。

 悲鳴が、森を裂いた。


 あの小さな体から出たとは思えないほどの、

 切り裂くような叫び。


 その直後。

 魔物の体が、吹き飛んだ。


 殴られ、砕かれ、地面に叩きつけられ。

 あっという間に、群れが崩れていった。



(……強い)



 分かってはいた。

 だが、実際に見るのとは違う。


 何十体もの魔物が、ただの一人に蹂躙されていく。

 私は、ただ見ていることしかできなかった。



 やがて空に現れた、あの巨大な影。


 木々よりも高く。

 月明かりを遮るほどの巨体。


 彼女は迷わず飛び上がり、

 それに向かっていった。


 空中での衝突。


 重い音。

 揺れる森。


 やがて、その巨体が地に落ちた。


 そして――


 聞こえた。

 男の声が。



『……なんだと』



 低く、押し殺したような声。

 聞き覚えのない声だった。


 その直後。


 彼女の言葉が、はっきりと届いた。



『消えてくださらない……? 一人にしていただきたいの……』



 静かで、震えている、その声。



(……誰と、話している)



 姿は見えない。

 だが、確かにそこに“誰か”がいる。

 気配だけが、薄く伝わってきた。



『……私がっ、私の理性が無くなる前に……お願い……誰にも、見られたくないの……』



 その言葉が、胸に引っかかった。


 理性を失う前に。

 誰にも見られたくない。


 どういう意味なのか、理解はできない。

 だが。


 それが、ただ事ではないことだけは分かった。


 ーー直後。

 


 『......ぁぁぁあぁあぁああああああああああああっ!!!!!!!!!!』


『殺しますわっ!!!』



 明らかに切羽詰まった様子の彼女の叫び。

 男に、何かされたのか......!?

 

 枝を飛び移り、少し近くまで寄る。

 が、男は消えていた。

 


(……何が、あったんだ)



 問いかけるように、彼女を見た。

 彼女は下を向き、泣いていた。





 それからだ。


 空気が、変わったのは。


 今。


 目の前にいる彼女は、

 さっきまでの彼女とは違って見えた。


 肩が落ちている。


 顔は下を向き、

 ただ、そこに立っているだけ。


 戦っていた時の、あの鋭さはない。



「……最悪、ですわ」



 小さな声が、風に乗って届く。

 その言葉に、胸がざわついた。


 泣いている。

 あの人が。



(……何が、あった)



 助けに行きたい、と。

 初めて、強く思った。


 だが。


 その一歩が、踏み出せない。

 近づいていいのか、分からない。


 触れてはいけないものに、触れてしまうような。

 そんな感覚があった。


 その時だった。


 葉が、落ちた。


 ひらりと舞ったそれが、

 途中で止まり、

 そのまま地面へ押しつけられるように沈んだ。



(……?)



 小石が、転がる。

 いや。


 転がるというより、

 引き寄せられるように、地面に張り付いた。


 枝が、軋む。

 空気が、重くなる。


 彼女の周囲だけが、

 静かに、沈んでいく。



(……これは……)



 分からない。

 だが、見ているだけで背筋が冷えた。


 あの人は今、

 何かに押し潰されかけている。

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