第二十六話 墜ちる巨影
空気を裂くような風のうねりの中、俺は巨大トカゲの顔面と同じ高さまで飛んだ。
近づいてみると、思っていた以上にでかい。
腐った皮膚が風に揺れ、ところどころ骨がむき出しになっている。近づけば近づくほど、鼻を刺すような腐臭が強くなった。
「うっ、ぉぇっ……!」
思わず顔をしかめる。
さっきのブレスの臭いもひどかったが、こいつ本体はもっとやばい。息するたびに、なんか体に悪そうな空気が入ってくる気がする。
(我慢だ、さっさと倒して新鮮な空気吸おう……うぇっ。それに、早く倒さないと......)
「くらいなさいっ!」
我慢しながら接近し、顔面に拳を振り抜く。
ドゴッ!!
頬に叩き込むと、肉が潰れる鈍い音が響いた。
巨体がわずかに揺れる。
……が。
(......効きが悪いな)
前に殴ってた豚頭とかより、手応えが鈍い。
硬い、というより。
――重い。
次の瞬間、巨大な爪が横から薙ぎ払ってきた。
慌てて身をひねる。
ゴォッ!!
空気が切り裂かれ、髪が大きく揺れた。
掠っただけで、風圧が肌を叩く。
「危ないですわね……っ!」
距離を取りながら、もう一度殴る。
首元。
肩口。
翼の付け根。
ドゴッ!
バキッ!
腐った肉が剥がれ、黒い霧みたいなものが漏れ出る。
こいつの攻撃は脅威だ。
早いし、重い。
当たったら一撃でもやばそう。
でもなんか......
(動き、ちょっと変なんだよな)
脅威ではある。
だが、どこかぎこちない。
反応が遅い。
動きが、ところどころ固まる。
俺の攻撃もあんまし効いてないが、相手の攻撃も俺には当たらない。
だからいつかは倒せると思うんだが、そうも言ってられない事情が俺にはある。
そう、膀胱がピンチなの。(内股プルプル)
魔物どもと戦い始めてどんくらい経ったかは分からないが、数時間は経過してるだろう。
もちろんその合間にトイレに行く暇なんてあるわけもなく、俺の膀胱は限界寸前になっていた。
早くしないと、ヤバいことになるぞ......!!!(尊厳的に)
(殴ってもあんまし効果ないなら......)
俺は殴るのをやめて、さらに上へ飛び上がる。
翼のさらに上。
背中を見下ろせる位置まで上昇した。
「(“重さ“なら!)どうですっ!?」
体を丸める。
重力を、ほんの少しだけ自分に乗せる。
落ちる準備。
狙いは、背中の中心。
「はぁぁぁぁああああああっ!!」
一直線に、急降下。
風が唸る。
月明かりが流れる。
そして――
秘技、ダイビング・フットスタンプゥゥウウ!!(ただ両足着地しただけ)(なお内股)
――ドゴォォォォォンッッ!!
踵が、巨大な背中に叩き込まれた。
衝撃が爆ぜる。
骨が軋むような音が響き、巨体が大きくのけぞった。
次の瞬間。
翼の動きが、完全に乱れた。
――グラッ
バランスを崩す。
首が大きく振れる。
空中で、もがく。
「あらっ」
巨体が、傾く。
そのまま。
――落ちた。
ドォォォォォンッッ!!
地面が揺れた。
土煙が巻き上がる。
木々がざわめく。
巨体が、地面に叩きつけられた音が、遅れて森に響き渡った。
俺もその少し後ろへ着地する。
土を踏みしめ、祈るような気持ちでトカゲを見つめる。
「……」プルプル
煙の向こうに、巨大な影が横たわっている。
動かない。
翼も。
首も。
(……よ、よし。なんとか間に合うぞ。今なら、ギリギリ......)
さっきまでの緊張が、少しだけ抜ける。
鼻をつく臭いは相変わらずだが、さっきの圧迫感はもうない。
――その時。
ヒュンッ
風を切る音が、背後から聞こえた。
「……?」
振り向くより、先に。
ザシュッ
背中に、鋭い衝撃が走った。




