第十九話 揺れる日常
ギルド受付嬢ミリア視点
冒険者ギルド・リムネア支部。
今日も元気に、笑顔でお仕事。
それが、私――
冒険者ギルド・リムネア支部受付嬢、ミリア・フェルナーの使命!
……の、はずなんだけど。
(はぁ……)
以前の出来事を思い出して、思わず遠い目になる。
仮面をつけた毛皮姿の人が来て。
魔法を止めようとしたら、床が抜けて。
そのまま地下に落ちていって。
その後も、なんだか色々あって。
――ギルドは、しばらく大騒ぎだった。
(……思い出すだけで胃が痛い)
あれから、しばらく経った。
床は修理されたし、ギルドも元通り。
冒険者たちも、いつも通り騒いでいる。
依頼を受ける人。
報告に来る人。
酒を飲んでる人。
……本当に、いつも通りだ。
「ミリア、依頼書追加だ」
「あ、はい! 今貼りますねー!」
受付カウンターの横にある掲示板へ向かう。
新しく届いた依頼書を並べながら、自然と周囲の声が耳に入ってくる。
「最近、森の方おかしくね?」
「魔物の数増えてる気がするな」
「群れもデカくなってるって聞いたぞ」
(……また、その話か)
ここ最近、よく聞く話題だ。
森の奥で、魔物の動きが活発になっている。
群れが増えている。
妙に騒がしい。
最初はただの噂だった。
でも、少しずつ“報告”に変わってきている。
「昨日も北の森で遭遇したってよ」
「Eランクの群れが、三つ同時だと」
「ちょっと多すぎるよな……」
私は、依頼書を貼る手を止めてしまった。
なんだろう。
胸の奥が、ざわつく。
(……嫌な感じ)
理由は分からない。
でも、なんとなく。
なんとなくだけど――
静かなままじゃ、終わらない気がする。
*
カウンターに戻ると、ちょうど冒険者が一人、依頼の報告に来ていた。
「討伐完了だ。これ」
「はい、お疲れ様です!」
依頼書を受け取る。
魔物の名前を確認して、記録に書き込む。
いつもの流れ。
いつもの仕事。
……のはずなのに。
「なあ、ミリアちゃん」
「はい?」
その冒険者が、少しだけ声を落とした。
「森の奥、ちょっと変だぞ」
「変、ですか?」
「ああ。妙に静かなんだよ」
「静か……?」
魔物が多いって話じゃなかったの?
首を傾げると、冒険者は小さく頷いた。
「気配はある。確実にいる」
「……」
「なのに、出てこねぇ」
そこで、少しだけ言葉を切る。
「まるで、集まってるみたいだ」
背筋が、ぞくりとした。
*
その日の夕方。
ギルドの中は、少しだけ慌ただしくなっていた。
報告が増えている。
森で見かけた魔物の群れ。
移動している形跡。
妙に偏った出現場所。
どれも小さい話ばかり。
でも、数が多い。
書類を整理しながら、無意識に唇を噛む。
「ミリア」
「はい?」
呼ばれて振り向くと、先輩の受付嬢が立っていた。
「もしもの時に備えて、避難経路の確認しておいて」
「え?」
思わず聞き返してしまう。
「念のため、ね」
そう言って、すぐに別の対応へ戻っていった。
(念のため……)
胸の奥が、きゅっと締まる。
ギルドがこんな準備をするなんて、滅多にない。
*
夜。
人もまばらになったギルドの中。
私は、一人で帳簿をまとめていた。
窓の外を見る。
暗い森が、街の向こうに広がっている。
(……静かだな)
静かすぎる気がする。
いつもなら、もう少し音がある。
遠くの魔物の鳴き声とか。
風の音とか。
今日は、妙に重たい。
その時。
――ドンッ。
微かに、地面が揺れた気がした。
「……え?」
手を止める。
気のせい?
しばらくして、もう一度。
――ドン。
今度は、はっきり分かった。
地面が、揺れている。
(なに……?)
胸がざわつく。
嫌な予感が、ゆっくりと形になっていく。
何かが。
遠くの森の奥で。
確実に、動いている。




