第十八話 森の中の小さな時間
エルフの里に滞在してから、しばらくが経った。
あれから修行は続けている。
山の麓まで飛んで、岩を持ち上げて、投げて、また戻ってくる。
だが今日は、珍しく何もしていなかった。
たまにはこういう日があってもいいかな、と。
木の上の通路を歩きながら、なんとなく周囲を眺める。
静かだ。日本風に言えば静謐?
風が葉を揺らす音と、遠くの鳥の声だけが聞こえる。
(……平和だな)
ふと、少し離れた場所から声が聞こえた。
「こっちだ!」
「まてよー!」
振り向くと、小さなエルフの子どもたちが走り回っているのが見えた。
鬼ごっこでもしているらしい。
なんか懐かしいなー。
しばらく見ていると、こちらに気づいた一人が立ち止まった。
「……あ」
子どもたちの視線が一斉に集まる。
仮面をつけたままの凪を、じっと見つめていた。
少し、怖がらせてしまったかもしれない。
(あー……そりゃそうか)
俺は軽くしゃがみ込み、仮面を少しだけずらす。
怖がらせないよう、少しだけ笑いながら。
「そんなに警戒しなくても大丈夫ですわよ」
子どもたちは目を丸くした。
「……女の人だ」
「仮面つけてたから分かんなかった」
「怖がらせてしまいましたか?」
「ちょっとだけ!」
正直だな、と苦笑する。
「何してるんですの?」
「追いかけっこ!捕まったら交代!」
「楽しそうですわね。私も入れてくださる?」
子どもたちは顔を見合わせて、すぐに笑った。
「いいよ!」
「逃げろー!」
「あら、私が鬼ですの?」
*
木の幹の上。
枝の間を飛び移りながら、子どもたちが逃げ回る。
エルフって身軽だな。子どもでもこんなことできんのかよ。
俺はその後ろを、軽く追いかけた。
このクソ重い身体でこんなことができるのは、もちろん魔法のお陰だ。
空を飛ぶ時と同じ感覚で体を少し浮かせる。
着地や枝を蹴る瞬間だけ、重さを逃がすように力を抜く。
そのおかげで、細い枝でも折れずに済む。
割と精密な魔力操作が必要なんだが、今では意識しなくても出来る。
というよりこの体重で何かするって時はほぼこの魔力操作が必要になるから、勝手に慣れた。
(魔法ってほんと便利だよな)
軽く踏み込み、次の枝へ。
子どもたちの笑い声が響く。
「はやっ!」
「ずるい!」
「ずるくないですわ。たくさん練習しましたもの」
「そうなの?」
「そうですの」
俺も練習いっぱいしよー!と元気いっぱいな子どもたち。みんな素直でいい子だ。そのまま大人になるんだぞ。
「ねえ」
一人の子が、不思議そうに凪を見上げる。
「……人間って耳ないの?」
子どもが不思議そうにこちらを見る。
あー、髪で隠れて見えないのか。
もしかしてこの子たちって人間見たことないのかもな。
「ありますわよ?ほら」
そう言って、俺は自分の髪をそっと耳にかけた。
さらり、と黒髪が流れる。
そういやなんかずっと髪さらさらだな。
水洗いしかしてないのに。
髪といえば俺一回も髪切ってないぞ?
伸びてなくね?どして?
髪について気になりだした俺は、無邪気な声でハッと正気に戻る。
「ほんとだ!人間の耳って短いね!」
「隠れてただけか!」
「びっくりしたー!」
子どもたちは一気に距離を詰めてきた。
「でも、空から来たって聞いた」
「私、飛べますから」
「えー!」
「すげー!」
目を輝かせている。
なんて素直な子どもたちなんだ!
俺は少しだけ、ドヤった。
*
その様子を、少し離れた場所から見ている者がいた。
リヴァルだ。
見張りの際、子どもたちの声が聞こえて何気なく視線を向けただけ。
だが、気づけばずっと見ていた。
(……)
子どもたちの前で、髪を耳にかける仕草。
何気ない動きのはずなのに――
なぜか、一瞬だけ息が詰まった。
(……なんだ、今のは)
すぐに視線を逸らす。
だが、胸の奥が少しだけ騒いだままだった。
子どもたちと笑いながら走り回る姿は、あまりにも自然体で。
あの仮面の人物と、同一人物だという実感が薄れる。
(……普通の人間、なんだよな)
特別な存在のはずなのに。
どこにでもいそうな、ただの人みたいに見える。
*
ひとしきり遊んだあと、子どもたちは満足したのか、ばらばらに帰っていった。
「また遊ぼー!」
「また飛ぶとこ見せて!」
「ええ、また遊びましょう」
手を振って見送る。
ふう、と一息ついて、仮面をつけ直した。
チラッと後ろをみる。
「……楽しそうでしたね」
少し後ろに、いつもの真面目な顔でリヴァルが立っていた。
リヴァルって笑わないよなー。
表情筋硬いのかな?
「見てたのか?」
「見張りをしていたものですから」
「そっか」
もしかして子ども相手にドヤってたのも見られた?
恥ずかちい。
「子ども、好きなんですか?」
「別に好きってほどじゃねぇけど……嫌いでもないな。特にこの里の子ども達はみんな素直でいい子だし。」
すごいすごいって褒めてくれるし。
リヴァルは小さく頷いた。
「……お似合いでした」
「何が?」
「いえ、なんでも」
子どもたちに混ざっても違和感ないってこと?
やっぱドヤ顔見てた?
*
夕方。
凪が自分の寝泊まりしている場所へ戻っていくのを、リヴァルは見送っていた。
森の奥へ向かって歩いていく背中。
ふと、胸の奥に引っかかるものがあった。
(……読めない)
あの女性は、強い。
それは間違いない。
だが――
(なんだろうな、この感じは)
聖剣の担い手にして、強者。
普通なら畏怖の対象になってもおかしくはない。
だが、リヴァルの頭に浮かぶのは子どもたちと遊ぶあの姿。
柔らかい笑みに、優しい目。
そんな凪が、頭から離れない。
その時。
ほんの一瞬だけ、風の流れが変わった気がした。
遠くの森の奥から、微かなざわめきのようなものが伝わってくる。
リヴァルは無意識に、そちらへ視線を向けた。
(……?)
だが、すぐに元に戻る。
気のせいだろうか。
それとも――
胸の奥に、わずかな違和感だけが残った。




